訪れる。(前半)
龍脈、地脈など呼び名は様々だが土地が持つ力、霊気には流れがある。
地脈の流れが強ければ、良くも悪くも周囲に影響を与える。場の浄化や動植物の繁栄など、良い影響を与えれば神域、地脈の滞りにより、穢れや病を招き寄せれば魔境とされる。
神域の中心には御神体があり、その管理施設として神社が置かれ、大概、地脈から溢れる霊気を糧とする霊獣が住み着いている。
人と同じ程の知能を持つ彼らは、眷属、神使と呼ばれ、調和のために地脈が乱れぬよう務める。
霊獣にもいろいろな種類があるが、うちの神社は御神体の分身型で、雄獅子が生まれる。
稀に青い毛並みも出るが、基本はどれも純白の獅子。生身の獣と異なる彼らは地脈から溢れる霊気を糧とし、嗜好品としても、口にするのは霊力を含んだ水や鉱石。
故に餌を求めて狩りをし獲物を取ることはないが、代わりに邪鬼や怨霊を狩る。神域を守り、理由もなく他を傷つける化物を討伐するため身体を鍛え、瞬発性を高めるべく彼らなりに努めている。
ボール遊びものその一つで、ボールを獲物に見立てて、追いかけ、叩き、捉える。
これは子供だけでなく、大人になってもやる。ただ、若干用途が変わり、叩く力も段違いなため、時速100kmを軽く超すスピードでボールが飛び交う。非常に危険でうっかり近寄ると大怪我の元になる。
また、実戦での連携に直結しているため、取り組む獅子達は真剣で、遊びというより普通に訓練が正しい。
そんなところに子供を混ぜるわけにも行かないので、子獅子は別枠として、遊び場となっている拝殿前でやらせている。
放っておけば勝手に始めるが、混ざれと騒がれることも多く、その相手をしてやるのも仕事の一つと言えなくもない。
横一列に並び、尻尾を揺らして身構える3匹の子獅子たちに向かって、かごからボールを一つずつ、高く投げたり、転がしたり、順番に投げつけてやる。
初めに叩いて勢いを殺し、捉えるもの。直接飛びついて抑えるもの。
やり方は様々だが、陸晶はまず取りこぼさない。逸信もボールの落ちる位置を見定め、素早く移動するので問題ない。瑞宮が若干怪しいが、特別酷いわけでもない。
それにこいつが得意とするのは打ち返し。
この距離では危ないので今は禁止にしているが、子獅子だけで遊んでいる時は、飛んできたボールをそのまま打ち返し、大人顔負けの飛距離を叩き出す。
捕ったボールはこちらへ転がさせ、天祥に集めさせている。
兄獅子たちはちゃんと調整してボールを叩いており、大したスピードではないのだが、天祥は真剣な顔でどのボールにもはっしと飛びつき、捉えている。
逐一大袈裟なのには苦笑してしまうが、真面目なのは良いことだ。
天祥が取り切れない分は、巳壱と燦馳が追いかけている。
まだ動きは弱々しいが、猛然とボールに突っ込む天祥にぶつからないよう、ちょろちょろと動き回り、小さいながらに場所を調整して動いている。
尤も、そろそろスタミナ切れであろう。巳壱たちはまだ幼く、瑞宮たちと同じ程動く地力はない。
その点は天祥も変わらないはずなのだが、奴は元気すぎ。さして歳は違わないにも関わらず、天祥のあの元気は何処から来るのだろうか。
そんなことを考えていると、遠くの方から思念波が飛んできた。
『じいちゃんー お客さんー』
この思念波は八幡か。手を止めて参道を見やれば、真っ白い風が吹くように八幡が駆けてくるのが見えた。
華麗に広場に飛び込んでくる八幡の姿を見て、瑞宮たちも集まってくる。
八幡は子獅子と言うには大きいが、若獅子と呼ぶにはまだ小柄で、鬣も生えていない。加えて足が長く、すらりとした細身のために獅子と言うより豹に見える。丁寧に手入れされた白い毛並みが新雪のように美しい兄獅子を、弟獅子たちは羨望の眼差しで迎え入れた。
『ハチ兄ちゃん、どうしたの? 誰がきたの?』
『加賀見の兄ちゃんがきたんだよ、きっと。』
『おやつだ! おやつタイムだ!』
にゃごにゃご言いながら寄ってくる弟たちを、八幡はいかにも兄らしく宥めた。
『違うよ、加賀見の兄ちゃんじゃないよ。
竜堂家の偉い人。皆、お利口にお出迎えしな。』
そのまま鼻先で示すのに、瑞宮たちは大人しく従い、お客を迎え入れるべく、横一列に並んだ。
それをみて、天祥や巳壱も大急ぎでその隣に並ぶ。
行儀よく並んだ弟たちを眺め、八幡は満足げに頷き、改めて来客を告げた。
『じいちゃん、竜堂の勇様がきたよ。
今、璃宮が案内してる。』
「そうか、久しぶりだな。」
竜堂勇と言えば、ここいら一体で最も大きな都となる水都、昔は東京と呼ばれた地域を中心に、260余りある神社や部族と協力関係を結び、統制を取っている竜堂家の三男だ。
主従関係でこそないが、関東一円を収める王に等しい龍族の直接訪問ともあれば、予めそれなりの準備をし、礼節を持って迎えるべきである。
しかし、前触れもなく、訪問者の性格からして、型式張った対応は不要とされている。
近年、魔境の活性化に寄って発生する邪霊が、全国的に増えているそうだが、大きな問題にまでは発展していない。都主の三男坊がうちのような田舎の神社まで、わざわざ訪れる必要は本来ないはずだ。嫡子が出奔により不在である今、実質的な竜堂家の跡目でもあり、その様な業務は部下に任せれば良い。
にも関わらず、彼は地方の神社まで気を配り、自ら様子を見にやって来る。背負った立場を思えば、なかなか出来ないことだ。
ただ、地道な事務作業が嫌いなだけと言うのもなんとなく判明しているだけに、ありがたみがない。水都への業務連携も、伝令役の魔物、加賀見がまめに動いているため、今更これと言った通達事項も用事もない。
感覚からすれば、本社から次期社長が地方の支店にアポイントなく、視察の名目で遊びにきた。大体そんなところだ。
加賀見と同じ程に子供好きで、民草に喜んで混ざる人柄を考えても、必要以上に構える必要もないが、失礼があってもいけない。子獅子たちに注意する。
「勇様と言えば、竜堂家の次期当主だからな。
優しくされても、調子に乗って暴れるんじゃないぞ。」
言いつけに皆、揃ってびゃうと鳴き、了承を示したが、巳壱と燦馳が不安そうに首を傾げた。
『じいちゃん、りんどうけって、なに?』
『とうしゅって、なに? ぼく、しってる?』
「ん、そう言えば、お前らはまだ、会ったことなかったか。」
巳壱と燦馳は子獅子の中でも幼く、家となる神社の中のことも、まだよく分かっていない。
寝起きしている社務所とその周辺しか知らない子供だ。
この機会に教えるとしても、何処まで理解でき、何処まで覚えていられるだろうか。霊獣は人の子供より早く成長し、賢いとは言え、限度がある。
釣られて瑞宮たちもにゃごにゃごと鳴き出した。
『ボクも知らない。会ったことない。』
『竜堂家って、都の一番、偉いひとだよね?』
『次期当主だから、一番偉くなる予定の人じゃないの?』
うん、陸晶、良い視点と判断。やっぱり陸晶は賢い。
しかし、その分析に返って瑞宮は首を傾げた。
『つまり、どういうこと?』
その人は偉いのか、予定だからまだ偉くないのか。偉いとすれば、何処まで偉いのか。
わからんと何度も首を傾げる瑞宮に、そこまで知らないと陸晶が耳を伏せる。
『何にしても、偉い人には変わりないよ。』
『じいちゃん、ボクら、ちゃんと座っていれば良いんだよね?』
逸信が不安そうにみゃあと鳴き、早速落ち着きをなくし始めた弟たちを、八幡が尻尾で地面を叩いて注意する。
『ほら、騒がない! お客さんはすぐ来るよ。
逸信、お利口に座って、きちんとご挨拶すれば大丈夫だよ。』
頼もしい兄貴分に少し安心したのか、弟獅子たちはもう一度びゃあと鳴いて座り直した。
それでも、納得行かないのが一匹いて、天祥がみゃうとこちらを見上げて鳴いた。
『じいちゃん、それで結局、お客さんって、誰?
どんな人なの?』
どんな人と言われても。
わかり易く説明するならばと少し考え、まとめる。
「簡単に言うと、都を治めているお家の息子さんの一人。要は王子様みたいな人だよ。
だから、噛んだり引っ掻いたりするなよ。」
『王子様!?』
『王子様だって! 凄い!』
『うちの神社に王子様が来たの?』
例えはそんなに外れていないと思うのだが、返って喧騒の素となってしまった。
しくじったなあと頭を掻く自分の横で、八幡が怒る。
『だから、騒がないの!
お客さんの前でお利口に出来ない赤ちゃんじゃあ、恥ずかしいよ!』
ぴしゃっと叱られて、子獅子たちは背筋を伸ばし、自分が一番と思う座り方で固まった。
ただ、固まった側から尻尾がゆらゆら揺れだすのは、子供なので仕方なかろう。
興味を隠せず、来客の到着を待つ子獅子たちの前に、兄獅子の璃宮が何度も後ろを振り返りながら現れ、そのすぐ後から二名、人型をした男性が現れた。
片方は人間であれば30代ほど。黒髪を短く刈り上げ、武人であることが見て取れるガッシリとした体つき。精悍といえば聞こえは良いが無骨で、きりりとした太い眉が男らしい。
もう一人はまだ若く、細身で歳の頃20代だろうか。市松人形のように揃えた前髪に整った顔立ち。白い肌。見るからに育ちが良さそうで、洗礼された動きと生真面目さが溢れた面差しが、軍服に似た竜堂家の制服によく似合っている。
まだ年若いと安易に侮れば足元を掬われること間違いなかろう。
どちらも人型を取ってはいるが、其の首元や手首に僅かな鱗を残し、金に光る瞳に尖った瞳孔は誇り高い龍族のもの。温厚そうで愛嬌に溢れた笑顔を浮かべているが、纏う気配は凛と澄んでおり、只者ではないことが感じ取れる。
案内役となった璃宮も若干気圧されているのか、逃げるようにこちらに走り寄ってきて、硬い声でみゃあと鳴いた。
『じいちゃん、お客さん。
竜堂家の勇様と、お供の人。』
「よう、山口さん、久しぶり!」
璃宮の案内が終わるや否や、大きな声で親しげに挨拶してきた大柄の青年に頭を下げる。
「これはこれは、わざわざこのような鄙びたところまで、ご足労ありがとうございます。」
「そう、型式張らないでくれよ。こちとら非番だし、公務でもない。」
「そう言われましても。」
敬語も止めてくれと笑顔で言われるが、立場上なかなか難しい。
苦笑で返せば、同じく困った顔をした細身の青年と眼が合った。改めて頭を下げる。
「本日は、良くお越しくださいました。」
「いえ、こちらこそ、急にお邪魔いたしまして申し訳ありません。」
印象通り、品良く返される。
優しげな眼をした青年は、そのままずらりと並んだ子獅子たちに目を移し、微笑んだ。
「わざわざ、神使殿にまでお出迎えいただかずとも、良かったのですが。」
大人同士の挨拶が終わったと判断し、八幡が弟たちを突っつく。
『ほら、みんな、ご挨拶して!』
兄獅子に促され、子獅子たちはこういう時のため、予め教えた決まり文句の通り、びゃあと鳴いた。
『竜堂家の王子様、こんにちは!
ようこそ、お越しくださいました!』
揃った鳴き声と、旺盛な好奇心に満ちた真っ直ぐな視線を一身に集め、細身の青年が首を傾げる。
「王子様……?」
挨拶が済み、もう黙っていられなくなったのか、天祥がぴょんと飛び出して、みゃあみゃあと鳴く。
『お兄ちゃんが、そうなんでしょ?
都の偉い人だって、じいちゃんが言っていたよ!
テンちゃん、王子様見るの、初めてだよ!』
そのまま、たっと青年の足元に駆け寄り、興味津々と言った体で、周りをぐるぐる回り始めた天祥につられ、子獅子たちが青年の足元に集まる。
『凄い! 本物の王子様だ! 絵本で見たのとおんなじだ!』
『嗅いだことのない匂いがするねえ。』
『水の匂い。あと、お香の匂いが少し。』
「いえ、私は……」
好き勝手騒ぎながら、足元を駆け回る子獅子たちに優面の青年が戸惑うのは、先程使った例えのせいではない。
弟たちに向かって八幡が叫ぶ。
『違うよ! そっちじゃないよ!』
そうなのだ。竜堂家の偉い人は、そちらの青年ではない。
「お前たち、こちらが竜堂家の御三男であられる竜堂勇様だ。」
大柄な方の青年を改めて紹介すれば、子獅子たちは眼を見開き、口を開けてにゃごにゃごと鳴いた。
『でも、じいちゃん、』
「そして、そちらの方は随伴の小日向様だ。
小日向様は御用取次と言って、水都の偉い人には変わらないから、失礼のないように。」
なにか問いかけた瑞宮が喋りだす前に、ピシャリと言いつける。
それにより、子獅子たちも聞いちゃいけない雰囲気を感じ取ったようだが、お互いの顔を見合わせ、にゃごにゃご鳴くのは止められなかった。
『だって、王子様って、』
『王子様って、ねえ?』
『じいちゃんが読んでくれる絵本と、違うねえ。』
申し訳なさそう且つ、不満そうに尻尾を揺らしながら耳を伏せる子獅子たちに、竜堂家の御三男は豪快に笑った。
「うん、君たち、言いたいことはなんとなく分かるが、口には出すなよ。
お兄さん、泣いちゃうから!」
彼は特別醜男というわけではない。
ただ、気品に溢れたイケメンと言うよりはガテン系の霊長類。随伴の部下のほうが余程と言うか、兎に角、その立場につく者が役職のイメージに添っているとは限らないのは、残念であるが公然たる事実である。




