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人が欲しい。(後半)

「彼奴ら、大概何らかのオタクだからな。

 相互理解を顧みない専門知識の展開や価値観の押し付けはまだしも、受け入れられないと相手を見下す思考回路は受け付けがたい。

 まあ、これは天狗に限ったことではないが。そして俺にも同じ面が有ることも否定しないが。」


 素知らぬ顔して語る蒼い眼の郵便屋は、相変わらず悪い。


「分かっているなら、何故、改めない。」

「幾ら環境に適さないから進化が必要であっても、己という蛙は蛙でしかあり得ず、他の動物になれって言ったって、無理が有る。

 それなら、蛙なりに出来る範囲で如何に誤魔化すかを検討したほうが合理的だろ。」

「“誤魔化す”という単語を使わなければ、もう一寸同意できそうなんだが。」


 自分が悪い自覚が有るなら、他に改善の方法はないのだろうか。

 関係のない方向に話が流れていることを感じるが、元々正規の議論でもない。脱線ついでに情報収集をする。



「天狗と言えば、三峰の狗賓の子はまだ戻ってこれそうにないのか?」


 加賀見は活動範囲が広いだけに、様々なことを知っている。折角なので前から気になっていた、他所の天狗の近況について聞けば、案の定詳細を把握していた。


「ん、真守(まかみ)か。あれは駄目だ。9割方、出向先に持ってかれたと思ったほうが良い。

 シズが滅茶苦茶怒っていて怖い。」

「マジか。どうしてそうなった?」

「情が深いのは龍が有名だけど、狼も相当なもんだからな。

 今更、あそこの主を置いて戻ってこれないだろう。」

「すまん。いまいち要領を得ないんだが。」

「簡単に言うと出向先の責任者が天祥と八幡を足して二で割ったような感じなんだ。」

「あー 分かった。何となく分かった。それは手間かかる上に色々放置できないな。」

「そうそう。泥沼に両手両足突っ込んだようなものだと思って諦めるしかない。」

「納得していてなんだが、うちの子獅子使っての例えに、その感想は酷いんじゃないか。」


 ダラダラと会話を続けるごとに、手紙のやり取りだけではわからない各所の事情や状況が判明する。

 ゴシップとはこの様に伝達され、当社の醜聞も拡散されているのだろうかと思えば一寸怖い。


 話題の現場が北へ南へと移動するのを聞くごとに加賀見の顔の広さを実感する。

 これだけの情報網を持っているなら、うちの神社に来てくれそうな人を見つけられそうなものだが、それでも無理なのだろうか。そう思ったら何だか悲しくなった。当社はそんなに酷い働き場所ではないはずなのだが、何故、見付からないのだろう。

 つい、相づちを打つのも上の空になってしまい、郵便屋は言葉を止めた。


「ん? どうした?」

「いや、お前は本当に彼方此方に移動してるなと。」


 素直な感想を述べれば、怪訝な顔をされる。加賀見は意外と人の機微に敏感だ。

 言いたいことがあるなら言えと、重ねて問われる。


「なんだよ、今更。それがどうかしたか?」

「それだけ顔が広いんだから、うちの神社にちょうどいいのを、探してきてくれりゃあ良いのにと思って。」


 若干、上手くいかない不貞腐れた気分も有って、八つ当たり気味に文句を口にし、死んだ魚のように無表情な視線と目が合った。

 ハッと我に返る。



「すまん。忘れてくれ。俺が悪かった。」


 この万能とされるほど多様な能力を持つ青い目の魔物に、頼み事をするのは禁忌とされている。気安い相手であるからこそ、守らなければならない不文律を忘れていた。

 人の欲望に限りはない。一つの願いは二つとなり、3つ4つと無限に増えていく。多大な欲望は得た以上を失うことに繋がり、世の均衡を崩し、壊す。

 また、如何に他の追随を許さぬ甚大な力を持っていたとしても、背負える荷には限りがある。故に無闇な依頼は魔物を怒らせ、足を遠のかせる要因となる。


 以前、当社の様に自らの身分を気にせず、気軽に遊びにこれる場所は少ないと、彼のペットが喜んでいたのを知っているだけに、自己嫌悪に陥る。

 しくじったでは済まない失態を犯した自分を眺め、郵便屋は黙って茶をすすった。

 そして、はたと何かに気がつく。


「ああ、俺に頼み事しちゃいけないって業界のあれか!」

「気がつくのが遅い! そして緩い!」


 他者からの干渉、期待を嫌い、如何な存在であろうと簡単に切り捨て、手を汚すことも厭わないとされる魔物として、この反応は如何なものか。

 ある程度、現実とのギャップがあるのは仕方がないが、公式設定自体を忘れ去るのは如何なものか、本当に。



「良いのか、それで。仮にも安易に触れてはならん魔物の癖に、それで良いのか。」

「周囲への示しや限度を超えれば罰則がある以上、けして良くはないんだが、この程度の会話も出来ないとか、無いだろ。

 只の世間話にいちいち気を使って何が面白い。

 大体、規制違反なんてもんはバレない様、適当にやりくりすれば良いんだよ。」


 咎めれば、本来此方を牽制すべき立場のくせに、建前と本音を堂々と暴露しやがった。

 失敗した以上に陰鬱となり、肩を落とした自分を眺め、郵便屋はのんびりと言う。


「協力が当然との考え方や、過度の要望は勿論だけど、一番困るのは不可の警告が通用しないことだからな。

 根本を覚えていてくれれば良いんだ。」


 結局、誰が何を何処まで良いのかは、魔物の胸三寸。

 世間では触れただけで破滅を呼ぶとされる禁忌であっても、当人は限度を弁えられていれば良いようだ。

 それでも駄目なものは、やはり駄目であるらしい。俺は万能ではないとも、改めて言われる。


「でも、まあ、なんだ。

 問題があれば、じいさんにはちゃんと先んじて言うから、そんなに気にしなくていい。」


 自分にはと前置きが付いたのが不安だ。余所で警告なしに突然キレていなければいいが。

 兎に角、破った結果が言われているほど恐ろしくはなくとも、この魔物に対して不文律が存在し、それを知っている以上は守るべきだろう。

 心に刻み直し、会話に一区切り付けるべくお茶を入れ直す。



「実際、幾人か紹介できなくもないんだが。」


 一時的に表情をなくしたのは、幾つかの心当たりを考えていたからだったらしい。

 お茶を入れ直した湯呑を抱え、改めて世間話の一環として加賀見は言った。


「適性や性格、能力値はまだしも場所がな。

 いくら良いやつがいるぞと言っても、海を越えてまで呼ぶ気にはならんだろ?」

「確かに。」


 探す範囲が広いほど、条件を揃えた相手を見つけられる可能性は増えるかもしれないが、距離が伸びれば移動も大変になり、現実性がなくなる。


「あと、移動距離は長くとも主要箇所を回っているだけだから、各地の情報を網羅しているわけでもない。

 だから俺に聞くより隣町とか、探索範囲を広げたほうが良いんじゃないかと思う。」


 本気でやれば出来ないこともないらしいが、情報過多に陥ることを防ぐため、諜報活動は極一部に制限しており、直接見聞きしたこと以上は基本、わからないらしい。

 ただ、やろうと思えば出来る余地が有るだけ凄い。



「隣町か。隣町ね。」

 

 言われたことは理解できたが、では、募集範囲を広げれば見つかるかと言えば、首を傾げざるを得ない。

 この問題は役場の方でも気にしていて、結構広範囲で探してくれているはずなのだ。少なくとも半径20km北部には声を掛けていると聞いている。

 南部? 南部はまた、別の管轄だから知らぬ。


「募集範囲を3、40kmぐらいに広げれば、見つかるかな?」


 その旨を伝えれば、鷹揚に頷かれる。


「わからんけど、50km範囲なら一人心当たりがいる。」

「なんだ、結構近いじゃないか。どんな人だ?」


 本当に近いと言っていいかは疑問が残るが、この際、30kmも50kmも大きく変わるまい。

 その人で良いんじゃないかと詳細を聞けば、直ぐに紹介しなかった理由もそれなりにあるそうで、郵便屋は首をひねった。


「まだ、試験に受かってないから正規の神職ではないけど、家が神社である程度の知識と適正がある。要は見習いだな。

 他の神社に修行に出ると考えれば、返って喜ばれるかもしれん。

 霊獣の性質、重要性も理解しているし、動物好きだから、獅子達の世話も喜んでやってくれるはずだ。ただ、」


 無資格なところが若干引っかかるも、非常に好条件に思える説明をし、加賀見は言葉を区切った。


「ただ、女子なんだ。」

「巫女さんか。」

「更に若いんだ。今年で15歳。」

「女子高生か。」


 割と細かいことに気にしない郵便屋が、言い淀んだ理由がわかった。



「そうかー 子獅子たちは良いかもしれないけど、他の連中はどうかなー

 あと、俺が一番どうかなー」


 うちの獅子達は見かけだけとは言え、全て雄であり、当人達もそのつもりである。種族が違うとはいえ、若い女性相手に気を張らず、上手く対応できるだろうか。

 何より自分が孫ほど歳の離れた、しかも難しい年頃の女の子と差し支えなく働けるだろうか。

 何を話せば良いのか、どう付き合っていいのか、非常に悩みそうだ。

 働きに来るのだから、それこそ業務として対応すれば良いのかもしれないが、それでも無駄に気を使いそうだ。

 心配が次々から湧くのに、さもありなんと加賀見も頷く。


「それにまだ、就学中だしな。

 学校帰りに来るには、特急使って電車で片道1時間半は遠い。かと言って、住み込みも如何なものか。」

「役場に頼めば寮代わりのアパートとか紹介してくれそうな気もするけど、ちょっとなあ。」


 幾ら神社の仕事が重要とはいえ、学業を疎かにしてはならず、未成年を一人暮らしさせるのも気が進まない。

 かと言って、うら若い女性と社務所で暮らすなど俺が御免こうむる。

 そう考えると声を掛けるにしても成人後、せめて卒業後にしたほうが良さそうだ。


 とはいえ、受け入れにも準備が必要であるし、獅子たちに説明もしなければならない。

 さっさとその人に決めて、慣らしも兼ねて少しずつでも話を進めた方がいいだろうか。

 妥協せず、他の人を探すべきだろうか。

 悩む自分を眺め、加賀見も複雑そうな表情で首を傾げる。


「誘えば向こうは今からでも大喜びで来そうな気はするんだけどな。

 性別とか、年齢とか、学校とか、そういう問題じゃない気もするんだよな。」

「っていうか、神社の子って何処の神社だ? 俺が知ってるところか?」


 呼ぶなら挨拶に行かねばならず、打ち合わせの日程も検討したい。

 詳細を更に尋ねれば、言葉を濁される。まだ、何か有るのだろうか。


「知ってるっていうか、懇意にしてるっていうか。」

「だから、何処の子なんだって。」

「智知の宮司、平の娘だ。」


 重ねて聞けば、何だか嫌そうに回答した。

 その歪んだ口元はなんだ。



 お互いに神域を守る神社として協力関係を結んでいるため、智知神社のことはよく知っているが、加賀見があそこを嫌う理由がわからない。同時に向こうも郵便屋を恐れていたことを思い出す。


「そう言えば、お前、智知の事、嫌いなのか?」


 情報操作であろうと深く触れてこなかったところを確認すれば、軽く首を竦められた。


「別に。ただ、宮司は煩いし、婆さんが説教臭いし、子虎は愛想悪くて可愛くないし、筆頭は梟ってかチキンだし、宮司が煩いなって思ってるだけ。」


 宮司が煩いって二回言った。

 


「いや、仕方がないんだ。

 あそこの参拝客は年寄りばっかりだし、はっきり大きな声で喋らないと聞こえない。

 ただ、俺には音量がな。」


 確かに智知神社の宮司、平さんはとても元気だ。

 彼が嫌いと言うより、苦手が正しいのか敵意はなく、理解を示すようなことを口にしながらも、加賀見の顔から表情が消えている。

 特別、冷淡にしているわけでもないが愛想をよくするつもりも理由もなく、お互い一歩引いた関係らしい。

 双方を良く知るものとして関係性が改善すれば良いとは思うが、喫緊の課題でもなく、一先ず横に置いておくこととする。

 まずは、当社の人手不足を解消せねば。


「でも、まあ、それなら、」

「後、娘も親父そっくり、っていうかそれ以上だぞ。」


 見知った所であれば相談もしやすいと、安心を口にするのを遮るように、郵便屋は断言した。


「凄いお喋りだぞ。姦しいぞ。落ち着きないぞ。

 お祭り好きで、若い分、夢中になったら前のめりに突っ込むしな。

 あれが子獅子共と組んだら凄い騒ぎを引き起こす気がする。」


 流れるように述べられた注意喚起に感情はのっていないが、それだけに暗に言われている気がする。

『後でなんかあっても、俺のせいじゃないからな。』と。

 前もって無責を主張したくなるほど、高確率で何かやりそうな子であるようだ。



「でもまあ、悪い子じゃないけどな。人懐っこくて明るく元気だし。」


 取ってつけたようなフォローが白々しい。ただ、父親の平さんにそっくりだと言うなら、嘘ではなかろう。

 面識が有る分、具体的に想像できてしまい、如何したものかと考えて、一つ、思い出す。


「もしかして、花火とか、」

「ああ、親父同様大好きだな。

 善意で音真似とかやってくれるぞ。そりゃもう、身振り手振り使って。」


 懸念を口にすれば、加賀見は全て聞く前に答えを教えてくれた。予想通りの回答に黙って頷く。

 智知神社からは以前、魔物退治用の支援物資として、花火の音が送られてきたことが有る。

 祭りの雰囲気だけでもとの好意によって、音の爆弾が送られてきたことが有る。

 あれを良いと思う感性か。



「……まあ、何にしても高校卒業してからだな。」


 人は欲しいが、お互いに無理をして転けるのもつまらない。

 約3年後、まだこの問題が解決してなかったら考えよう。

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