人が欲しい。(前半)
神域と呼ばれる霊気の流れが強い場所には御神体と呼ばれる核が出来る。
神域はその特性に置いて魔を払い、傷を癒やし、大地を繁栄させ、御神体は訪れたものに霊気を振り分け、魔石と呼ばれる霊気を含んだ鉱石や、時には霊獣を生み出す。
当神社の御神体も魔を打ち払い、参拝者の燃ゆる闘気を呼び起こし、霊獣を生む。
御神体の分身として生まれる獅子達は、一見、生身の獣に見えても無機物に魂が宿った付喪神に近く、その身体は必要に応じて石像となり、糧とするのは神域の霊気。
故に肉や魚は必要ないが、代わりに霊力を含んだ水や鉱石を食べることもある。
また、月に一度、御神体の周りに敷き詰められた白い砂の上で身体を休める。体調が悪いときや、怪我をした時も御神体の側にやってきて、癒えるまでじっとしている。
死ぬ時も御神体の側で眠り、二度と動かない石の獅子となった身体は少しずつ砂に変わっていく。
そして、砂は少しずつ小さな石となり、石は獣の形に変わり、子獅子が生まれる。
御神体が彼等に命を与えるものであれば、砂は彼等の身体を形作るものであり、産屋であり、墓場でもある内陣は宮司と言えども、安易に立ち入れる場所ではない。
御神体の側で休むのは毎月朔日と決まっている。
獅子達は毎日、特に邪鬼の討伐に赴く夏の間は浴びた瘴気を払う必要もあって、本殿の専用風呂に入り、身を清めるが、内陣に入る前日は更に念入りに身体を洗う。湯船の中に首まで浸かり、尻尾を使ってブラシを掛けるだけでなく、人の手も使ってゴシゴシ擦って貰う。
普段は燃料や湯量の問題があって水風呂が基本だが、この時ばかりはお湯を沸かす。薬草も湯船に打ち込んで、汚れや瘴気をしっかり清める。最初は子獅子、最後は古参の獅子と全頭洗い、乾いた後は丹念にブラシを掛ける。
故に月末は戦場である。何故に神職が自分一人なのかと最も悩む日でもある。魔物の発生具合で討伐の予定が入った際などは、もう最悪である。
数時間、怨霊怪異の蔓延る狩場を駆け回り、帰ったら帰ったで獅子たちを洗い上げてブラッシングするなど、とてもじいさん一人で出来ることではない。なので、役場から応援が入る。
討伐からの戻りはどうしても深夜となるため、その夜は取り急ぎ、薬湯にしっかり漬け込み、朝一番の早朝から役員の人達と一緒に丸洗いが始まる。
村のお役所は行政の一環として討伐中の子獅子との留守番や、現場への車の運転だけでなく、月末のクリーニング兼メンテナンスも手伝ってくれているのだ。
幾らうちの獅子が邪鬼を討伐しなければ、周囲の安全や神域の安定は守れないと言っても、役所には役所の仕事が別途有るのだから余り迷惑を掛けたくない。
掛けたくはないが、他に人を借りられる場所もなく、結果的に甘え続けている。いい加減、これは解決しなければならんだろう。
人手が欲しい。
考える毎に堂々巡りになって途中で飽きる、この問題を解決する方法はないか。
多種多様の魔術を扱い、世界中を股にかけ、忌避の視線を受けながら重要機密を運ぶ、茶のみ友達の魔物をひっ捕まえ、一緒に考えてもらう。
蒼い目の郵便屋、加賀見は茶を啜り、何処か遠い目をして呟いた。
「この話題が出ると、夏が終わったなって思うわ。」
「そうか?」
毎年恒例のような言い方をされるのに首を傾げれば、どうでも良さそうに頷かれた。
「討伐シーズンが終わって、落ち着くと毎年相談されてるからな。」
「そうだっけ?」
「ああ。そして、まだ来年まで時間が有るから、ゆっくり考えようと先延ばしされて終わる。」
昨年のことを思い出す前に、オチまで告げられて頭を掻く。
そう言えば、そうだったような気もする。
「そんなこんなで、今年も一年、お疲れさまでした。」
「お疲れ様でしたって、まだ終わってない。まだ今年は数カ月残っている。」
淡々と一年を締めくくられそうになって、首を横に振る。
確かに夏場、魔物を生み出す魔境の再封印が先日完了し、暫くは安心だが、まだ、今年のうちにやることはいくらでも有る。
人手不足の解消もその一つ。其処までの自覚がなかったとは言え、加賀見が言うように毎年話し合っても解決しないのであるから、この問題は根深い。
無から有を生み出す。希望者ゼロから候補者を募ろうと言うのだから、難しいことは間違いないが、さて、どうしたものか。
せめて仕事の一部だけでも、共有できる存在が居るだけで大分違うと思うのだが。
神職の仕事は所属する神社、規模や霊獣の種類や数、御神体の性質などで変わるが、当社の仕事は大まかに4つに分かれる。
1つは神社本来の目的、地脈の管理。
神社の管理人として本殿から始まる施設の掃除や管理、地脈の乱れへの対応をしなければならない。
2つは眷属とも呼ばれる所属霊獣、つまり獅子達の世話。
体調管理やブラッシング、座学や訓練の補助などだ。
3つは邪霊や怨霊の討伐への参加。
神術で獅子たちを補助するため戦場に立ち、指揮をとり、必要があれば、打合せや現地での調整をする。
4つが他の神社との連携や情報共有、近隣の町村との付き合い。
どれだけ大きい神社であっても、それ一つで立ち行くものではなく、他との協力のもとに成り立っている。神域を守るための打ち合わせは勿論、時には場の賑やかしや、神社や霊獣が如何な仕事をしているか、広報のためイベント参加もしなければならない。
この中で、今のところ1と4は何とかなっているが、2が若干怪しい。
うちの獅子達は霊獣の中でも、無機物に魂が宿って動く付喪神に近い種類で、一般的な食事の世話は不要だ。しかし、腹さえ減らなければ良いというものではなく、怪我や健康に加えて精神面の管理など、やってやりたいことが幾つも有る。
毛並みの手入れやマッサージも、もっと小まめに出来ればと思う。
筆頭獅子の五十嵐があまり身なりを重視しない性格なので、余計に必要性を感じる。あのボサボサの鬣は何とかならないものか。
それ以上に改善すべきなのが3番目。
流石に魔境に入っての討伐には随時参戦しているが、神域近辺のパトロールなど、簡易な任務は獅子たちに任せっきりにしてしまっている。
いくら魔物が発生しない時期だと言っても、交戦の可能性はゼロではない。古参の獅子、二前が代わりに多くを担当してくれるので、つい任せてしまっているが、安全を守るための職務に神職が参加しないのは、けして褒められることではない。
だが、当社には子獅子もいる。確実に護りきれる算段があればまだしも、魔物と直接対峙する場に連れていくのは危険だ。
さりとて彼らを置いて、神社をまるきり留守にするわけにも行かず、毎回、役所に留守番を頼むのも限度が有る。
整理して改めて思った。
やっぱり、せめてもう一人ほしい。常駐の補佐が。
この際、短時間勤務のアルバイトでもいいよ。危険手当、出ないけど。
「比較的、すぐ対処できそうなのは2かね。」
話を聞いた郵便屋がバリバリと頭を掻く。
「1と3はある程度、神術が扱えないと話にならない。
4の役場や他の神社と打ち合わせも難しい。
けど、2なら獅子達とのコミュニケーションが取れれば、何とかなるだろ。」
「そうだな。留守番と毛づくろいだけでも常時頼めれば、相当助かると思う。」
留守番も大事だが、うちの獅子達はブラシを掛けて貰うのが大好きだ。
少しでも彼等の生活が改善されれば、十分来てもらう価値が有る。
そう相槌を打てば、加賀見はフンと鼻をならした。
「けど、それだって本当なら、獅子共と信頼関係を築ける奴がやるべきだけどな。」
神社を管理し、属する霊獣を補佐するために神職はいるのだから、些細な仕事であっても、正規の神職が務めるに越したことはない。
ただ、例え時間が掛かっても、努力すれば技術は身につけられるものだ。神職の資格がなければ取ればよく、大切なのは長く努めてくれることだと思う。
今すぐ、全ての条件を満たさなくともいいから、本腰入れて来てくれる人がいれば良いのだが。
役所との議題でも、何度か上がっているにも関わらず、人手不足が解決しないのは、希望者がいないの一言に尽きる。
うちの神社を担当してくれる役員さんに何度か打診したこともあるが、手伝うことはやぶさかではなくとも、本職としてはお断りされ続けている。
神職の仕事というのは、余程のことがない限り衣食住に不自由せず、やりがいも有るが楽ではない。
先に述べた通り、所属する神社の特性を覚え、地脈を管理し、霊獣との信頼関係を築くだけでなく、他の神社との関係や神術の扱い方も覚えなければならず、邪鬼や怨霊の討伐が仕事でも有るので、安全ともいい難い。
何より年中無休に近い。言わば、動物園の職員と自衛隊の混合のようなものだ。難しく危険で、忙しい上に休みがないとなればお断りされても、仕方がないかも知れない。
ここで頭を振って思考を止める。いつもの堂々巡りに陥るところだった。
かく言う自分も獅子達との生活が気に入っているので苦ではないが、楽かと問われれば首を横に振らざるを得ない。
だからこそ、人手が欲しいのであって、なり手がいないことを前提でどうするのか考えているのだ。
仕方がないでは先に進めない。
「やっぱり天狗を頼むべきだろうか。」
「天狗ねえ。」
定番の解決方法を述べてみれば、郵便屋は気乗りしなさそうに繰り返した。
通常、何らかの理由で神域を管理する神職に不足が有った場合、救済措置として余所の神社やその土地の統率者へ応援を頼む。
要請に応え、派遣者となるのは天狗が多い。統率者、うちならば関東を収める水都の竜堂家経由で関西に有る大本山に連絡し、手配してもらう事になるだろう。
天狗は彼方此方の山に住んでいるので、近場にいれば直接交渉することもある。
姿は人に近いが、やはり霊獣の一種である彼等も大量の霊気を必要とし、地脈を重要視しているので、所属が決まれば優秀な眷属として働いてくれる。
うちも頼もうかなと、今までに考えたことがないわけではない。
ただ、派遣を頼んだとしても認められるかは別であり、認められても、派遣者と相性が悪ければ去られてしまうこともある。
そして天狗は、往々にして勉強家であると同時に、高慢で説教臭い。烏天狗、大天狗、狗賓など、種族に寄って性質も性格も違うが、どれが来ても神社の管理、討伐の作戦は疎か、獅子達の生活や訓練にまで口を出してくるのは、まず間違いない。
勿論、彼等の存在が上手く嵌まる可能性もある。裏付けの有る知識や経験による適切な指導に寄って、飛躍的に獅子達の能力を伸ばしてくれないとも限らない。
高位の霊獣だけに、戦力としても期待できる。
だが、うちの獅子達は平均的に前向きで人懐っこく、社交的だが、職務に誇りを持っているだけに、討伐が絡めば意固地になることも有るし、独立心も強く、訓練の仕方にも各自で決めた方針が有る。
強さを得ることに貪欲で有るため、他所から来たものの言葉に全く耳を貸さないとは思わないが、横から好き勝手に言われて、黙っているほど大人しくもない。
喧嘩となり、団結が乱れるようなことになれば取り返しが付かず、口煩く注意されて気分を害し、モチベーションを下げたり、萎縮するようなことになっても困る。
他に該当者がいないから仕方がないと頼めば、受け入れようとしてくれるだろうが、それでは神職を増やす意味がない。
うちの神社は霊獣が主体だ。獅子達に我慢させることはしたくない。
うーんと真剣に悩む自分を眺め、加賀見がどうでも良さそうに呟く。
「天狗なあ。彼奴ら、基本的にウザいから嫌だな。」
獅子達以上に我慢する気がない奴がいた。
「それがじいさんの選択なら仕方がないけど、呼ぶなら予め『すまない』と謝っておく。」
「何故、事を荒立てる前提で話を進める。」
眼が蒼いことを除けば、幾らでもその辺にいそうな人畜無害な外見をしているくせに、この魔物は無駄に好戦的な一面が有る。
裏に隠した能力値や、実年齢を考えても、もう少し大人になって落ち着いて欲しい。




