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断捨離。

 大体に置いて、“やらなければいけないが、緊急性を持たないもの”は、後回しにされる。

 そして溜め込まれて煩雑性を増し、更に後回しになる悪循環に陥る。


 他の神社や関東近域を統率する龍族からの手紙や資料の整理、本殿の修復や境内の整備など、夏の忙しさにかまけて後回しになりがちな作業も、秋の訪れと併せて片付けなければならない。

 ファイリングを終え、雑巾を掛け、境内の雑草を抜いて回って戻ってくれば、子獅子の無比刀(むひと)がガラクタを咥え、社務所の中をウロウロしていた。



「どうした、無比刀?」

『あ、じいちゃん、これは燃えるゴミ? それとも、燃えないゴミ?』


 声を掛ければ、灰色の小石をペッと吐き出す。

 なんの変哲もない、只の石だ。


「そうだなあ。燃えないゴミだろうが石だし、その辺にうっちゃっておいてもいいだろ。」

『わかった。』


 境内に敷き詰められた石が一つ増えた所で何の影響も変化もない。

 その辺りに捨てろと指示すれば、すぐに子獅子は縁側からぺいと小石を投げ捨てた。


「どうしたんだ、それ?」

『夏に、河原で拾ったの。

 その時は、真ん丸でいいかなって思ったんだけど、もう要らないから。』


 なんとなしに聞いてみれば、特別珍しくもない理由だった。

 ふーんと頷いて見ていると、無比刀は子供部屋から別の小石を咥えてきて、縁側へ捨て始めた。

 何度も同じ作業を繰り返すので、もう一度聞いてみる。


「無比刀、何してるんだ?」

『ムイね、断捨離してるの。

 要るものと要らないものを分けて、要らないものは一寸勿体なくても捨てるの。

 でないと、ダンボールいっぱいになっちゃうし、新しいものがしまえないから。』

「そうか、偉いな。」


 誰に言われたわけでもないのに、持ち物を整理するとは子獅子らしからぬ利発さだ。

 しかし、うちの子獅子に断捨離など女子力高そうな言葉を教えたのは誰だ。そっちのほうが気になる。



 何にしても、良いことであるのは間違いないので褒めれば、無比刀は嬉しげにヒゲをピクピクさせた。


『綺麗にお片付けが出来る男の子は、格好いいって星宮のお姉ちゃんも言ってたよ。

 だらしないのは勿論、自分のことを自分で出来ないのは嫌われるって。

 まして、誰かにやらせて当たり前の顔してたら駄目だって。』

「無比刀、それ、他の連中にも聞かせてやれ。」


 どうやら、夏場に子獅子たちと留守番をしてくれた役場のお姉さんが、良い教育をしてくれたようだ。

 女子力の出処を理解し、偉い偉いと撫でてやれば、みゃーうと鳴きながら頭を押し付け返してきた。


『ねえ、じいちゃん。

 星宮のお姉ちゃん、また、こないかなあ?

 お姉ちゃん、夏の間、いっぱいブラッシングしてくれたんだよ。また、してほしいよ。』

「そうだな。また来年来てくれると良いな。」


 言いながら身体をこすり付けてくる子獅子の毛並は、まだ柔らかい産毛を残しているが、大分ざらついてもいた。これも後回しになっていたことの一つだが、もっと小まめに毛並を梳かしてやらなければ駄目だろう。

 ただ、やるとなれば一匹二匹では終わらず、子獅子はまだしも、身体の大きい大人の獅子を全身ブラッシングするのは結構な重労働になる。

 明日以降に回すことにして、今からでも出来る別の仕事を思いつく。

 むしろ、なるべく早く取り掛からなければいけなかったことを思い出したが正しいか。

 掃除が終わったと無比刀は満足げに尻尾を揺らしているが、子供部屋を使っているのは彼だけではない。この機会に他の連中のダンボールも整理しよう。



 無比刀に頼んで、他の幼い子獅子を呼び集めてもらう。

 うちの子獅子は然程、物には執着しないが、宝物を溜め込まないことには繋がらない。寧ろ、時々チェックしなければ、後悔するようなものを抱え込む。

 今までに一番驚いたのは、璃宮が捕まえた蛇だ。

 やっつけたので誰かに見て欲しいと持って帰ってきたものの、間が悪く、見せる相手が捕まらなかったので、後で自慢しようとしまい込み、そのままになったらしい。

 ダンボールをひっくり返したら、結構な大きさの蛇が出てきたのには肝が冷えた。

 生き物の死骸は腐ると始末に悪いので、今後持ち込まないよう厳重に言いつけた。


 また、子獅子の抜け毛や埃、ゴミは自然と溜る。一度ひっくり返して、箱を日にあてたほうが良かろう。

 変なものが出てきても被害を受けないよう、辺りを片付けて、縁側に子獅子達のダンボールを運ぶ。

 全部移動させたところで持ち主達が帰ってきた。要件は無比刀が伝えてくれたようで、それぞれ不満そうな顔をしている。

 到着するなり、早速、豊一(とよいち)が文句を言った。


『じいちゃん、箱の中、整理しきゃ駄目なの?』


 捨てたくない宝物が有るのだろう。

 耳を横に垂らし、不機嫌そうに前足で地面を引っ掻く。


「そうだな。全部捨てなくてもいいが、要るものと要らないものはきちんと整理しなさい。

 本当に大事なら、箱の中でぐちゃぐちゃにしていたら駄目だろう。」

『それはまあ、そうかもしれないけど。』


 言われた内容を理解はしても、素直に受け入れ難いところが有るのか、豊一は神経質に尻尾を左右に揺らした。一体、何を仕舞い込んでいるのだろう。

 偶々、豊一のダンボールが一番手近にあったので、彼の箱から整理することにする。



「じゃあ、まず豊一のからな。」


 見た目からして前途多難なダンボールを上下逆さにひっくり返せば、タオルの塊がボトっと落ちてきた。

 広げてみれば、皺になったタオルが6枚。


「豊一、布団にするタオルは溜め込まないで、小まめに洗濯に出しなさいって、教えたよな?」

『うーん……でも、いっぱいのほうが、暖かくて気持ちが良いんだよ。』

「だからといって、何日も洗わずに溜め込んだら駄目だろう。」

『うーん……そうなんだけど。』


 耳を横に伏せていたのは、整理整頓が不満だったわけではなく、怒られる要因を抱え込んでいた不安だったらしい。

 それ以外に入っていたものはなかったが、どうして彼等はタオルを貯め込むのが好きなのか。綺麗に洗ったもののほうが気持ちが良いと思うのだが。誰の影響だ、全く。

 全部纏めて洗濯籠に入れてくるよう言いつければ、豊一はショボショボとタオルを咥えて持ち運べるよう、たたみ始めた。その間にひっくり返したダンボールを叩き、埃を落とす。



「よし、次は燦馳(さんじ)な。」


 隣のダンボールを手繰り寄せ、ひっくり返せば大量のどんぐりが出てきた。

 森の中に昔から住んでる妖精でも、遊びに来たのかと思うほどに出てきた。

 縁側の上にバラバラと散らばる宝物に、不機嫌そうに燦馳が文句を言う。


『じいちゃん、何でボクのどんぐり、捨てないといけないの?』

「幾らなんでも量が多すぎるだろう。整理して、一つか二つにしなさい。」

『でも、みんな、真ん丸でピカピカだよ。綺麗だもん!』


 腐ったり、汚れていないのだから、沢山あっても問題なかろうと、尻尾を振り回す子獅子は何も分かっていない。

 どんぐりの危険性というものを。


「そう思っているなら、甘いぞ燦馳。

 お前のこれ、本当にどんぐりだけだと思うか?」

『? 何で? どんぐりだけだよ。』

「いや、じいちゃんの経験上、ある生き物が住み着いているはずだ。」

『嘘だ。なんにも見えないよ。』


 即座に否定するも、気にはなるのか燦馳はチョンチョンとどんぐりを前足でつついた。

 その無知を嘲笑った所で、事態は進展しない。只、事実を伝えるのみである。


「いや、住んでいる。どんぐりの中にどんぐり虫が。」

『どんぐり虫?』


 燦馳以外の子獅子も不思議そうに首を傾げているが、嘘ではない。大体いるのだ。小さい、あれが。



「小さい芋虫だよ。そのうち内側から皮を食い破って、もぞもぞ出てくるぞ。

 お前のダンボールの中を這い回るぞ。」

「ニギャッ!?」

「ともすれば、蛹になって羽化して飛び出してくるな。ゾウムシが。」

「フギャアッ!!」


 それでも良いのかと問えば、全然良くなかったらしい。

 燦馳は悲鳴をあげるにとどまらず、後ろに三段跳びした。ブルブルと身体を震わせ、半泣きで叫ぶ。


『じいちゃん、ボク、ムシムシの湧くの嫌だよ! どうすればいい?!』

「そうだなあ。一番簡単なのは冷凍殺虫だろうが、冷凍庫にどんぐりを入れる隙間なんかあったかなあ……?」

『少なくする! 良いのを選んでちょっとだけにするから、じいちゃん、虫やっつけて!』


 みゃうみゃう訴えるのに素知らぬ風を装えば、自ら取捨選択を申し出て、一生懸命選び始めた。少し可哀想だが、寝床に潜り込もうとしたら虫が湧いているより良かろう。

 兄獅子の護矢が小さい頃、同じ様にどんぐりを持ち込み、芋虫が湧いてパニックになったことがあった。あまりのショックで暫くダンボールの中に入れず、寂しそうだった。

 あの様になるよりはマシだと思う。



 さて次と手を掛けて、ずっしりとした反応に眉をひそめる。

 先程も気になったのだが、ダンボールとタオルだけにしては随分重い。


「これは巳壱(みいち)のだな。随分重たいが何を溜め込んだんだ?」

『じいちゃん、ミイチ、タオルも溜め込んでないし、どんぐりや石も持ち込んでないよ。』


 聞いても子獅子は不思議そうに首を傾げるばかり。特段、嘘は付いていないようであるが、それにしても重い。

 見てみれば分かるだろうとタオルをどけてみれば、真っ白い砂がたっぷり詰まっていた。なんだこれ。


『知らないよ。ミイチ、砂なんか運ばないもん。』

「だろうな。」


 問われる前に、子獅子は首を横に横に振る。

 身体に付いていたにしては量が多く、さりとて故意に砂を運び込む理由がない。

 何だかわからないが、白く輝くこの砂は、何処かで見たことが有る気がする。何処でと具体的に言いたくないが、本殿の奥で見た気がする。

 ただ、巳壱がいたずらで大切な御神体に近づくはずもなく、あまり良い想像が出来なかったので考えるのを止めた。

 こういうのは詳しい奴に聞いたほうが早い。

 心当たりは夏が過ぎ、涼しくなった辺りから、またちょくちょく顔を出すようになったので、そのうち聞く機会が出来るだろう。

 取り敢えず、砂を適当な瓶に移し、保管しておくこととし、一旦、新聞紙の上に明けて、注ぎ込もうとしたが。



「……何か、茶色いつぶつぶが混ざってる。」

『セミの抜け殻、壊れちゃったんだよ。』

「……このボロボロになった布みたいなのは。」

『蛇の抜け殻、ちぎれちゃったんだよ。』

「……。」


 そのままとっておく気にはなれなかったので、考えたあとザルにあけて漉した。大体700mlの瓶が一杯になった。

 一先ず、棚の上に飾った毬栗の隣に置き、巳壱にはタオルをたたむのに苦戦している豊一を手伝うように言う。



 思ったより手間と時間が掛かってしまったが、問題は次の箱だった。ひっくり返せば鳥の羽だの、噛み潰したボールだの、ガラクタがゴロゴロ出てきた。

 持ち主は既に片付けに飽きてしまい、のったりと腹ばいになって寛いでいる。


天祥(てんしょう)、お前のだろう。中身を片付けなさい。」

『いいじゃん。このままじいちゃんが片付けてよ。』


 本来、自分でやらなければいけないことだと言うのに、人に押し付けて恥じる気配もない。むしろ、やってもらって当たり前と言わんばかり。

 神社一の甘ったれ坊主だけに、やってやってとねだることは今までも有ったが、そろそろ目に余るようになってきた。

 幼い子獅子と甘やかしていたが、人の話を聞かない我が儘っ子だからこそ、いい加減ガツンとやらねばならないかもしれない。


 覚悟を胸のうちに隠し、出てきたガラクタを一瞥する。

 石ころやどんぐりはまだ良いが、大小様々な鳥の羽は虫や病原菌がついていることがあり、ボロボロに破れたボールは普通に汚い。

 先日より天祥は本殿で寝ることもあるようになったが、この様子では向こうの子供部屋も後で調べなければならないだろう。

 タオルもグシャグシャで何時取り替えたのかもわからない有様のが複数枚見つかり、取り急ぎ、埃を叩こうと手に取れば、汚れた毛糸玉がこぼれ落ちた。



『あっ、駄目だよ、じいちゃん。それはテンちゃんのぴよこちゃんだから。』


 毛糸の玉を手に取れば、横から出てきて返せと威張る。

 やはり生意気な子獅子を無視して、溜息をつく。

 知り合いの郵便屋の娘ちゃんが作ったひよこは、貰ったときは鮮やかな黄色であったのに、今は好意的に表現して薄クリーム色になっていた。そればかりか、付いていたはずの目も嘴もなくなり、羽も取れかかっている。


「これじゃあ、ひよこじゃなくてダルマじゃないか。

 可愛いからって舐め回すから。」

『そんな事してないよ!』


 眇目で睨めば心外だと吠え、天祥は鼻をフンと慣らした。


『テンちゃんは、男の子だよ。

 そんな人形なんかで遊ばないし、舐めたりしないよ。

 きいたんが折角くれたから、大事にしているだけだよ。』


 夏の間、散々出したり仕舞ったり、出したり仕舞ったり、抱えてみたり、眺めてにやけてみたり、近づく兄弟を怒って追い払ったりしていた癖に。

 何だかよく分からない見栄を張る、子獅子のこの生意気さはいい加減、正さねばなるまい。早く返せと偉そうに宣うのを片手で払い、他のガラクタと一緒にひよこをまとめる。



「そうか。じゃあ、もう要らないな。汚れてるし、きいちゃんも許してくれるだろ。」

『えっ!?』


 捨てると宣言すれば慌てて吠え立て始めた。

 しかし、その吠え方が実に偉そうだ。


『駄目だよ! テンちゃんのぴよこちゃんなんだから!

 横取りなんて、いくらじいちゃんでも、許さないよ!』

「じいちゃんに片付けろって言ったろ。じゃあ、じいちゃんが好きに判断する。」

『それは要るって言ってるじゃん! 返してよ!

 テンちゃんのぴよこちゃん、返してよ!』


 ここまで来て、謝るどころか己の都合ばかりを主張するとは自分勝手にもほどがあり、もっと早く叱るべきであったと後悔する。

 尤も、後悔は先に立たず、時間は巻き戻せない。首根っこをガッと掴んで、釣り上げる。



「さて、ガラクタは捨てるとして、この礼儀もなってなければ自分のやっていることも振り返れない、馬鹿な子獅子はどうしようか?」


 強く睨みつければ、天祥はビクッと震えた。

 幾ら霊獣が強く、単純な力では勝てない存在だとしても、それに負けるようでは宮司は務まらない。まして、どれだけ成長が早くとも、たかが子獅子に眼の飛ばし合いで負けるつもりなど毛頭ない。

 気合を込めて睨めば、子獅子はオドオドと目をそらした。ジタバタ手足を動かして逃れようとするのも、視線で抑え込む。

 真正面から見つめ続ければ、暫く天祥は視線を泳がせていたが、とうとう観念して謝った。


『じいちゃん、ごめんなさい。』


 流石に不味かったと思ったのか、四肢をぶらんと垂らし、反省の意を示す。

 普段なら、大体ここで終わりである。だがしかし。


「謝れば済むと思うか。」

『えっ?』


 霊獣は賢く、駄目なことは駄目と子供でもきちんと言い聞かせれば理解する。天祥もつい約束が守れなかったり、言うことを聞けなくとも、叱ればきちんと反省した。実際ある程度は幼いので仕方ない。

 だが、それで終わりにしていたので助長したとも言える。故に今日はガツンとやると決めた。



「そもそも、この箱やガラクタは誰のだ? 誰が管理しないといけないものだ?

 それを管理できなかったばかりか、人にやらせて何様のつもりだ。

 最近、お前の態度は目に余る。

 謝った所で本気で悪いのが理解できなければ、何の意味もない。」


 根が悪い子ではなくとも、礼儀知らずは嫌われる。

 神社の中、身内だから見逃されているだけで、何時でもきちんと反省を示し、謝れば許してもらえるとは限らない。勘違いさせたままでいれば、最終的に痛い目を見るのは本人だ。

 一切、視線を緩めず、出来るだけ淡々と叱る。

 いつもと違う自分の態度に周りの子獅子達もオロオロと慄き始め、天祥も慌てたようにニャアニャアと鳴いた。


『ごめんなさい。じいちゃん、ごめんなさい。』


 ここまで来れば余程悪い時でも終わりにするが、今日は止めない。泣きそうな視線に絆されたりしない。


「少し、冷静になって反省しろ!」


 そのまま乱暴に地面におろし、無視するようにそっぽを向けば、素が甘えん坊だけに必死になって反省したことを訴え始めた。



『じいちゃん、ごめんなさい! テンちゃん、悪くてごめんなさい!

 反省したから! 反省したから許して!』

「しらん。」


 ミャアミャア鳴き立て、足元に抱きついて縋るのを振り払う。

 謝罪が通用しないことに困惑し、他の子獅子達も怯えるようにひと塊に固まったが、中から燦馳が飛び出てガウガウ吠えた。


『テンちゃんは、悪すぎるよ!

 じいちゃんにここまで言わせるの、テンちゃんだけだよ!

 ひよこちゃんだって独り占めして、ずるいんだよ!

 何より、謝ったってすぐ同じ事するじゃん! 反省が足りないよ!』

『……ごめんなさい。』


 兄弟にも怒られて、流石に堪えたらしい。天祥は耳を頭にピッタリとつけ、小さな声でみゃあと鳴いた。


『わかったら、さっさとゴミ、片付けなよ!

 今、やらなきゃいけないことは鳴いて謝ることじゃないよ!

 自分のことは、自分でしなくっちゃ格好悪いよ!』


 燦馳にガウと怒鳴りつけられても反発せずに、天祥はしょぼしょぼと俯く。豊一がそっと近づいて、鼻でつついた。


『そうだよ。お片付けは自分でやんなくちゃ。

 手伝ってあげるから、一緒に片付けよう。』

『うん……ありがとう。』


 すっかり、元気をなくしたのを巳壱が鼻先で笑う。


『そもそも、何時も綺麗にしておけばいいんだよ。

 ミイチはタオル、ちゃんと取り替えてんもん。だからお片付けも一寸で済む。』


 無言で同意するように無比刀が尻尾を揺らす。

 其々の反応を見せたあと、これで話は終わりだと子獅子たちは片付けを再開し始めた。

 天祥も自分の所に戻ってきて、蚊が鳴くような声でみぃーと鳴く。



『じいちゃん、ごめんなさい。

 テンちゃん、悪かったから、怒られるのはしかたないけど、ぴよこちゃんだけは捨てないで返して。お願いします。』


 そう言えば、片手で握り締めたままだった。

 この生意気な聞かん坊主が敬語まで使い、泣きべそで頼んでくるのには違和感しかない。

 一寸、怒りすぎただろうか。いや、これぐらいやらないとこいつは本気で反省しない。

 右手のひよこを改めてみて、首を横に振る。


「洗濯してからな。」

『ええー! 洗濯するの?!』

「当たり前だ、こんなにばっちいままにしておけないだろ。」


 直ぐに返してもらえないことに子獅子は悲鳴をあげたが、捨てられないだけマシだと思え。

 こんな薄汚れたままにしておけば、それこそ虫が湧く。他の汚れ物と一緒に片付けろと言いつける。


「明日、洗濯してやるから、タオルと一緒に洗濯かごに入れてこい。」

『でも、そしたら夜、抱っこして寝れない……』

「じゃあ、何でもっと早く洗濯に出さなかった?」

『ごめんなさい……』


 不満は述べても、文句を言える立場ではないのは分かっているのか、天祥はくうぅと弱々しく鳴き、俯いた。そのお尻を燦馳が前足で叩く。


『ほら、そうと決まったら座り込んでないで、洗濯物を運びなよ!

 タオルはボクが持ってあげるから、テンちゃんはひよこちゃんを運びな。』


 言いながら天祥のタオルを咥えた兄弟に黙って頷いて、天祥は受け取ったひよこを持って、尻尾を引きずるようにして洗濯所に運んでいく。

 ちょうど豊一のタオルもたたみ終わったようなので、手伝いの巳壱と一緒に揃って出ていった。

 無比刀はそれについて行かず、のんびりと縁側に座り、尻尾を揺らしている。



『ムイはタオル取り替えてるし、要らないものも捨て終わってる。だから、ムイが一番お利口。』


 色々大騒ぎだった兄弟たちとは違うと自慢げに尻尾をくねらせ、ヒゲをピクピクさせるのに苦笑する。

 おっとりマイペースでありながらも、しっかり者でもある末っ子の頭を撫でてやり、最後のダンボールを引き寄せる。


『じいちゃん、ムイのは片付け終わってるよ?』

「そうだな。でも、埃を叩いたほうが良いだろう。」


 中身を片付けても小さなゴミは残り、箱をひっくり返して叩くのは子獅子には難しい。

 不思議そうな無比刀に一言断って、まずはタオルを取り出せば、ぽろりと出てきた。


 黒い6本足の奴が。



「──ッ!?」


 条件反射で後ろに飛び退き、机の上に手を伸ばす。新聞紙を手に取ったなら、一気にそれを叩きつける。


『ああっ!』


 バシンッと良い音が響き、無比刀の悲鳴が響いた。



 油断していた。

 神社の中に虫は滅多にこないので、油断していた。

 黒くて、カサカサと這い寄るあれ。あれは駄目だ。下手な邪鬼怨霊より質が悪い。

 

 

 一撃に叩き伏せたは良いが、叩きつけた手を持ち上げるのが嫌だ。翔ぶのも嫌だが、潰れたのも関わりたくない。

 それなのに、無比刀が前足でバリバリと新聞紙を引っ掻く。


『駄目だよ、じいちゃん。ムイのクワガタ、いじめないでよ。』

「クワガタ?」


 悲しげにみゃあみゃあ鳴いて抗議する子獅子に眉をひそめ、そっと新聞紙を持ち上げれば、そいつは潰れず其処にいた。

 どうやら思っていたものと違うものであったようだが、きちんと確認する前に、横から無比刀が大事そうに前足で手繰り寄せ、腹の下に隠してしまう。


『そうだよ。ムイのクワガタだよ。

 きいたんから、貰ったんだよ。』


 宝物をしっかり確保してから、改めて無比刀はムーと低く鳴いて抗議してきた。

 そう言えば、天祥がひよこを貰った際、無比刀もゴムのおもちゃを貰っていた。騒ぐどころか何も言わないので、忘れていた。

 正体が分かり、ほっと一息ついて、子獅子の頭を撫でて謝る。


「そうか、クワガタか。御免、無比刀。

 じいちゃん、間違った。」

『そうだよ。ムイの大事だよ。』


 大事な宝物を力一杯叩かれて、無比刀は低い声でムームー鳴き、毛を膨らませて不満を示す。その怒りは尤もで、謝るしかない。ただ、クワガタにしては少し気になることが有る。


「でもな、ムイ。そのクワガタ、顎がなかったぞ?」

『遊んでたら、取れちゃったんだよ。』


 象徴の角のような顎がないのはクワガタとしてどうなのか。

 聞けば、遊んでいる間に千切れてしまったらしい。

 おもちゃは子獅子のもので、どう遊ぶかは彼等の自由かもしれないが、無比刀はもう少し力加減を覚えたほうが良いかもしれない。

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