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成長度合い。(後半)

 一抹以上の色々は残るがさておいて、目の前に降ろされた璃宮を撫で擦る。


「璃宮、おい、キュウ助、大丈夫か?」

『大、丈夫……』


 あまり大丈夫でなさそうだが、返事をした大きな子獅子を何度もさすり、声を掛けてやる。幼い子獅子達もミュウミュウと兄獅子に頭を押し付けた。


『ごめんね、兄ちゃん。兄ちゃんの悪口、言うつもりじゃなかったんだよ。』

『キュウ兄ちゃんは、悪くないよ。試合でだって一杯走って、何度も敵の攻撃、避けてたもん。

 最後は負けちゃったけど、凄かったよ。』


 幼い弟達に一生懸命フォローされ、却って情けなくなってしまったのか、璃宮はしょんぼりと肩を落とした。


『でも、ボクがもっと大きかったら、勝てたかもしれないよ。』


 耳をピタリと頭にくっつけ、落ち込む弟を五十嵐がフンと鼻で笑い飛ばす。



『そりゃ、多少は違ったかも知れないけど、もしもで落ち込んだって仕方ないだろ。

 それに俺達全員が相手を手の届く範囲に降ろせなかったのがいけないんだ。

 お前一人でどうにかしようって方がおかしいし、責任を感じることじゃない。』

「そうだぞ、璃宮。お前たちは頑張った。

 悪いのはじいちゃんだ。じいちゃんが、もっと上手く指示が出せればよかったんだ。」


 もう少し、早い段階で攻撃の入れ替えの指示を出していれば、結界の張り直しを伝えていればと後悔し、反省すべきところは宮司の自分にこそ、沢山有る。

 一人で抱え込むなと言い聞かせるが、璃宮は悲しげにみゃあと鳴いた。


『だけど、ボクが大人だったら今よりも速く走れたし、チャンスだって作れたかもしれない。

 (みなと)護矢(もりや)も、もう大人になってるのに、何でボクだけ鬣生えてこないんだろう?

 やっぱり、駄目なのかな? ボク、ずっと子獅子のままなのかなあ?』


 子獅子は俯き、何度も前足で顔を拭って嘆いた。

 同い年の獅子達が既に成体となっているにも関わらず、自分は未だに鬣一つ生えないと、静かに傷ついていたらしい。

 同じく子獅子年長組の八幡(はちまん)と一緒になって、呑気に虎メイクとかしてたから気にしていないのかと思っていたが、そうでもなかったようだ。



「だけどな、湊だって鬣生え揃ったの結構最近だし、護矢だってそんなもんだぞ。」


 一先ず、其処まで大きな差ではないと取りなすも、璃宮は大きく首を横に振って叫んだ。


『だけど、あの二人、ボクより少しだけど年下じゃん!

 ジンちゃんに至っては、ハチより年下じゃん!』

『そう言えば、そうだな。

 何でお前、鬣生えてこないんだ? おかしくないか?』

「五十嵐、そうじゃないだろう!」


 言われて思い出した五十嵐が、ガウと弟に止めを刺すのを叱る。

 ただ、確かに成体の獅子の中で最年少の仁護(じんご)は、璃宮は疎か、八幡より年下だった。幼少期にどんどん大きくなって、あっと言う間に成体になってしまった上に、しっかり者なので忘れていた。



 しかし、今はそれを口にするべきところではない。

 兄獅子に前足で突付かれた璃宮はフギャアと大きな声で悲鳴をあげ、子猫のようにみゃうみゃうと鳴いた。


『やっぱり、頑張りが足らないのかなあ? ジンちゃんにも言われちゃったんだ。

 ボクが大きければ一回ぐらい勝てたかも知れないのに、ちっちゃいままだから、負けちゃったんだって!』

「そんな事ない、璃宮。

 お前は頑張ってるし、成長が遅いのは個人差だから仕方がないんだ。」


 思い詰めていた箍が外れてしまったのか、璃宮はミューと鳴いて蹲り、動かなくなってしまった。

 何度撫でてやっても芳しい反応がない。

 兄獅子がぐったりとしてしまったのを見て、大変なことになったと燦馳達も耳を伏せ、不安げに高い声で鳴き出す。


『リキュウ兄ちゃんは悪くないよう。』

『どうしよう。ミイチも、ちっちゃい。ミイチのせいで負けたら、どうしよう。』


 兄を深く傷つけてしまったと燦馳はオロオロ取り乱し、巳壱は己の未来を想像して慄き始めた。

 動揺する幼い弟たちに眉をひそめ、舌打ちするように五十嵐がガッと唸る。



『仁護め。勝手なことを。』

「ジンも、まだ若いからなあ。」


 怯える幼い子獅子達を大丈夫だと撫でながら、溜息が出てしまう。

 仁護は魔法を得意とする青毛の獅子。只、爪牙を振るうだけでなく、結界を張る防御の要として責任重大な位置にいるだけに、人一倍、試合結果を悔しがっていた。

 恐らく怒りのまま、つい璃宮に八つ当たりしてしまったのだろう。


『一寸、他より成長が早かったからって、勘違いしてるんじゃないか? 

 言って良いことと、悪いことが有る。』


 元々、メソメソした雰囲気が嫌いな上に、誰かに責任を押し付けるような発言は許せなかったらしい。

 尻尾をブンと振り回し、五十嵐は大きな声で吠えた。


『仁護! 一寸、こっちに来い!』


 当社の筆頭獅子の咆哮はよく響く。

 怒りを孕んでいただけに仁護が大慌てで走って来る。何事かと二前(にのまえ)翔士(とし)と他の獅子達も集まってきた。



『何、イガ兄?』

『何、じゃない! お前、試合で負けたのは璃宮のせいだって言ったのか?!』


 蒼い弟獅子の問いに、五十嵐はバンと前足で地面を叩き、低く唸った。

 睨まれた仁護はビクリと首を竦め、気まずげに頭を低くしながら、後ろ二、三歩下がった。


『それは、その、言ったけど、』


 認めるに併せて五十嵐の顔が更に怖くなり、やはり気分を害したらしい、二前の低い唸り声が静かに混ざる。

 吊し上げをしたいわけではないので、片手で五十嵐を押さえ、代わって仁護を叱る。


「ジン、試合で負けたのはお前たちのせいじゃない。悪いのは指揮官をしたじいちゃんだ。

 じいちゃんのせいだ。責めるなら、じいちゃんを責めなさい。

 少なくとも、頑張ってる兄弟を貶めるようなことを言うんじゃない。」

『じいちゃんは、悪くないよ! それより、俺が、もっと彼奴らをちゃんと押さえられればよかったんだ。』


 試合の結果は残念であるが、身内を責める要因になってはならない。何より、責任は宮司であり、指揮をとった自分に有る。

 考え違いを正せば、仁護は即座にガウと吠えて否定し、俯きつつも悔しげに唸った。


『でも、竈門の奴ら速くて、結界は間に合わないし、張っても抜かれちゃうし……

 もっと動けたら、もっと上手く止められたらって……

 八幡は勿論、璃宮は足だって速いし力も強いんだから、大人になってれば、もっと出来るはずなのにって思って……』

『それは皆、同じことだ。』


 言い訳をビシリと切り捨てるように二前が尻尾で地面を叩く。


『俺だって陸奥みたいな力はないし、五十嵐ほどの体格もない。

 誰しも完璧じゃない以上、持ち得ないものを責めるのは筋違いだ。』

『それは、わかってる、けど……』


 獅子達の中でもしっかり者で、怒られることなど滅多にない中、珍しく長兄にまで叱られ、仁護は首をすくめるようにしながら、ギャウと吠えた。



『試合直後の打ち上げで、俺はまだ悔しくて仕方ないのに、璃宮は女の子に囲まれて呑気に鼻の下伸ばしてるんだもん。

 負けたばかりなのに、何でそんなヘラヘラしていられるんだと思って。』


 グリュリュリュと不満げに唸るのに、心当たりがあったのか二前が顔をしかめ、翔士が呆れたようにガウと吠えた。


『そんなの、ジンだって同じじゃんー

 音津の狐ちゃん達に囲まれて、嬉しそうだったじゃんー』


 同じ青毛の兄弟に前足で突かれ、シャッと警戒音をあげて仁護が反論する。


『同じじゃない! 俺はあんなデレデレしてなかった!』

『ボクだって、鼻の下なんか伸ばしてないよ!』


 璃宮も一緒になって、言いがかりだと吠えるが、これは即座に二匹に否定される。


『いいや、伸びてた!』

『デレデレだったなー』


 ガウと強く指摘する仁護と笑う翔士に、璃宮は毛を逆立て丸く膨らんだ。


『そうだとしても、翔士にだけは言われたくないよ!

 それこそ、デレデレだったじゃん! デレンデレンのダレダレだったじゃん!』


 ひと回り大きさが違うとは言え、元々彼等は大体同い年だ。

 それを思い出したのか、璃宮にしては珍しくガアガアと吠え立てるのに、仁護も一緒になってグルルと唸った。


『そうだ! 翔士も酷かった! 同じ青毛として恥ずかしかった!』

『何でだよ! 俺だって特出して酷いとか、言われるようなことはしてない!』


 抱えていた悔しさや恥ずかしさがぶり返し、怒られていたことなど、すっかり忘れ去ってしまったようだ。

 体格や毛並の色は違えど、本来似たような立場である為に遠慮なくガオガオ揉め始める。


 確かに当社は連敗してしまったが、御前試合は出場自体がまず、大変な栄誉である。開催者である竜堂家が用意してくれた試合後の打ち上げに、幾つかの神社が健闘を讃えに来てくれ、その中には雌狐を眷属として抱える音津神社の姿等もあった。

 大変可愛いことで有名な音津の狐たちは、同じ四足として親近感があったのか、興味津々に獅子たちを囲んで、惜しかっただの、負けたけど格好良かっただの、口々に褒めそやしてくれた。

 また、他にも猫や豹、虎など同じネコ科の霊獣の雌も来ており、次は是非勝ってほしいと熱い視線を浴びせられもした。



 故に結論として、あの場に居たほぼ全員が大小の差はあれど、それなりに伸びてた。

 敗戦直後だけにどうかと思ったが、気晴らしになればと放置した、そう言えば。



 切っ掛けからしてくだらない弟たちの喧嘩に、二前が静かに溜息を付き、五十嵐は素知らぬふうを装い、目をそらす。


『じいちゃん、鼻の下って何?』

『何で伸びたら駄目なの?』

「後でな、燦馳。巳壱も大きくなったら分かるから。」


 打ち上げが遅い時間であったため、参加出来ず現場を見ていない子獅子達がみゃうみゃうと鳴くのを下がらせ、両手をパンパン叩いて、喧騒を止める。


「いい加減にしなさい。それこそ、誰がどうって話じゃないだろう。」


 強めに注意すれば、二前が同意するように低い声で唸り、長兄に睨まれた三匹は揃って飛び上がった。

 ついでに五十嵐も飛び上がった。理由は敢えて述べるまい。

 並んで大人しく頭を下げる獅子達に、思うところはあるが押し留め、根本を正させる。


「兎に角、成長の度合いは仕方のないことなんだから、それを責めるのはおかしい。

 仁護は璃宮に謝りなさい。」

『……はい。』


 自分でも悪いと思ってはいたのか、大人しく仁護は耳を頭にくっつけて反省を示し、素直に璃宮へ謝った。


『御免、酷いこと言って。仕方がないのは分かってるんだけど、でも、俺、悔しくて。』


 幼い頃に戻ったようにミャウーと情けない声を上げ、頭を押し付けてくる大きな弟へ、璃宮は頭を押し付け返した。


『いいよ。ボクも何時までも小さくて、御免。

 本当はちょっとだけでも兄ちゃんなんだから、ボクが前に立たなきゃいけないのに。』

『……分かってるんだ。本当はキュウが一番悔しいっていうのは。でも、早く大きくなってよ。』

『うん。ボク、もっと頑張るよ。』


 みゃうみゃうと仲直りする二匹をみて、全くもう、仕方がない奴らだねと言わんばかりに翔士が首を竦め、尤もらしい顔で五十嵐が頷くのに、お前らも十分しょうもないと二前が白眼を向ける。



 取り敢えず、落ち着いた兄獅子たちはこれで良いとして、子獅子たちにも言い聞かせる。


「巳壱と燦馳もジタバタしないで、どんと構えてなさい。

 さっきから言っているように、個人差は仕方のないことだ。

 何より今、ちょっとぐらい小さくたって、大人になったらそんな差、直ぐに埋まる。」


 璃宮だって偶々何らかの要因で遅れているだけで、明日にでも大きくなり始めたっておかしくないのだ。

 慌てるなと教えるが、それでも納得いかないのか、燦馳がミャーウと低く鳴いた。


『だけど、下の子に抜かれるのは、やっぱり嫌だよ。

 ムイちゃん、最近どんどん大きくなってるんだもん。』


 燦馳が言うように、末っ子の無比刀はまた少し大きくなった。

 全体的にムチムチしてきて、どっしりとした風格が漂い始めた。

 神社にいる間、身体が吸収する霊気は必要な分だけで、何もなければ太りすぎたり、痩せたりすることはないはずなのだが。

 もしかしてダイエットの必要性を確認したほうが良いのだろうか。



 違う不安にかられて黙り込んだ自分をフォローしようとしたのか、横から五十嵐がガウと鳴く。


『今更、何を言ってるんだ。そんなの、今頃になって気にしたって遅いだろ。』

『? なんで?』


 確かに無比刀の身体は大きくなっているが、まだ自分のほうが大きい。

 兄獅子の言っている意味がわからないと首を傾げる燦馳を、五十嵐は前足でつついた。


『抜かれるって言ったらお前、とっくに天祥に抜かれているじゃないか。』

『ああ、そう言えば。天祥より燦馳のほうが先に生まれたっけ。』

「フギャッ!?」


 既に同い年の弟に抜かれていると、無神経に現実を告げる五十嵐に翔士が頷き、その他も思い出したような顔になる。

 天祥は無比刀どころか、上の兄獅子について行けるほど同い年の兄弟に大きく差をつけ、成長している。故に忘れられていた事実に、子獅子達は大きく口を開けた。


『テンちゃんのが、ボクより小さい……?』

『ミイチ、テンちゃんのが燦馳よりお兄ちゃんと思ってたのに違うの!?

 もしかして、ミイチより、ちっちゃいの?』


 幼さ故に知らず、まして思ってもみなかったのか、突然告げられた真実に燦馳はブルブル振るえ、巳壱もみゃうみゃう鳴いて騒いだ。


『いや、巳壱は天祥の下。その次が豊一、無比刀の順番で間違いないよ。』

『良かったあ……』


 仁護の答えに、巳壱はあからさまにホッとしたようだが、燦馳はたたらを踏むように後ろに下がった。

 一体、どれだけショックだったのか、ブンブン頭を左右に振り、大声で叫ぶ。



『嫌だ!

 テンちゃんに抜かれたとか、絶対、嫌だーッ!!』

「燦馳、一寸だけだから!

 先に産まれたって言っても、ほんの2ヶ月かそこらの有って無いような差だから!」


 慌てて補足するも、子獅子には何ら意味がなかったらしく、燦馳は泣きながら明後日の方向へ駆けていった。

 どんどん小さくなっていく弟の白い背中に、五十嵐がグルゥと呆れた様子で鳴く。


『何で泣くんだ。仕方のないことだって言ってるのに。』

『いや、でも、俺、分かる気がするわ。』


 全く、訳がわからないと首を傾げる兄獅子の隣で、翔士が静かに耳を横に伏せた。

 件の天祥は頑張り屋の良い子なのだが、他の獅子達が翔士と同じ様に耳を頭につけるような子でもある。

 逃げていった燦馳の他にも色々問題を思い出してしまい、ちょっと憂鬱になる。



 それでも、どれだけ落ち込んだ所で現実は何も変わらない。もう一度、手を叩いて場をまとめる。


「では、璃宮と仁護はもう喧嘩しない。

 あと、五十嵐は逃げた燦馳を捕まえてこい。責任持って。」

『えー 捕まえるのは良いけどさぁ。別に俺の責任じゃ、』

「良いから、行きなさい。早く。今すぐに。」


 にゃごにゃご文句を言うのを片手で払い、ついでに他の獅子たちにも手伝えと言いつける。

 早速、獅子たちは弟を追って駆けていき、残った巳壱にも再度言い渡す。


「巳壱もわかったら、カリカリは諦めなさい。食べても大きくはなれない。」

『えー…… じゃあ、どうやったら、大きくなれんのかなあ?』

「沢山運動して、ちゃんと寝て、一生懸命頑張っていればだ。」


 不服を唱える子獅子の頭をガシガシ撫でて言い切り、この話は終わりだと告げる。

 結局のところ、それが一番だ。

 大体、身体ばかり大きくなっても、中身が子供では困るに決まっている。


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