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帰り道。

「さてと、そろそろ帰るか。」


 公民館の裏に新しく作られた、ビオトープとかいう池の前で雑談しているうちに、涼しい風が吹いてきた。

 気がつけば大分時間が経っている。あと数時間もすれば日が暮れ、魔境から生み出された化物達が動き出す。過負盆地を抑える結界を利用して、魑魅魍魎を集めた狩場に今日も行かねばならぬ。

 腰を上げれば、話し相手の郵便屋もゆったりと頷いた。


「毎日大変だな。

 怪我のないよう、気をつけて行ってきてくれ。」

「おう、ありがとうよ。」


 遊んでいる小さい人と子獅子たちを呼び集め、帰還を告げる。

 帰り道に加賀見はついて来ず、このまま次の神社へ向かうと言う。聞いた途端に瑞宮(みずみや)が不満の声を上げた。


『えーっ! 加賀見の兄ちゃん、もう帰っちゃうの?』

「帰ると言うか、次の仕事です。」

『そっかあ……じゃあ、仕方がないね。』

 

 郵便屋として加賀見が取り扱うのは、どれだけそうは見えなくとも重要書類ばかりだ。邪魔は出来ない。

 しょんぼりと肩を落とす白い子獅子を、加賀見は鼻先で笑った。


「お前が言いたいことは分かってる。これだろ。」


 何時ものおやつ袋をポケットから取り出し、ジャラジャラと振って見せるのに、瑞宮はヨダレを垂らしそうな顔をした。


『そうじゃないよ!

 もっと遊びたかっただけ……だけど、兄ちゃん、ありがとう!』


 一応は否定するも満面の笑顔で瑞宮は尻尾を振り回し、弟達もみゃあみゃあ鳴く。

 うちに帰ってから食べろと袋を首にかけて貰い、喜ぶ子獅子にきいちゃんがむふーと溜息をつく。



「みみたは、くいしんぼうだねえ。」


 呆れたように言う小さい人に、瑞宮は尻尾をくねらせて反論した。


『でもね、きいたん。食べるのって凄い大事だよ。

 確かに神域にいればお腹は減らないけど、食べるのは生きることだよ。

 食べられなくっちゃ元気でいられないし、大きくもなれないよ。』


 食事も立派な獅子になるための大事な仕事。

 そう言って、子獅子はブンと尻尾を振る。


『だからボクはカリカリも食べるし、お水もしっかり飲むよ。

 きいたんも好き嫌いしないで、ちゃんと食べなきゃ駄目だよ。

 あと、しっかり運動もして、沢山寝るのも大事だよ。

 ちゃんと休まないと具合悪くなっちゃうもん。』


 真剣な表情で語る瑞宮に、きいちゃんよりも父親の加賀見が複雑そうに俯いた。


「なんか凄い、言われている気がする。」


 今日もどことなく眠そうな辺り、山ほど心当たりが有るのだろう。



「お前こそちゃんと食べて、ちゃんと寝ているのか?」

「睡眠さえ足りてれば、後は何とかなる。足りてればな。」

「さっさと寝なさい。あと、ちゃんと飯も食え。」


 聞いてみれば案の定、素早く目を逸らされた。全く、仕方のない奴だ。

 ただ、子供の前で親を叱ったのは不味かったかも知れない。少し反省する。

 

「ぐあい、わるくなっちゃうのは、こまちゃうねえ。

 みおちゃんもごはん、たべらんないから、げんきになれないのかねえ?」

『誰、それ?』


 幸いなことに、此方とけして目を合わそうとしない父親の足元に居たにも関わらず、きいちゃんは大人の話を聞いていなかった。

 瑞宮の話に尤もだと思ったか、幼いながら眉間にシワを寄せ、大層困った様子で言う。

 知らない名前に瑞宮が首を傾げれば、これから会いに行くのだと説明された。


「みおちゃんは、ちっちゃい、わんこだよ。おびょうきで、かわいそうなんだよ。」

『そうなんだ。早く良くなると良いねえ。』


 我が事のようにしょんぼりと小さい人が肩を落とすのに、子獅子も鼻をピスピスと鳴らし、耳を横に垂らす。


「そういう訳でもう行くわ。遅れると怒られるからな。」

 

 出立をこれ以上遅らせるわけにはいかないらしい。

 子供たちの会話を遮るように加賀見が口を挟み、きいちゃんは益々眉間のシワを深くした。


「しずくんは、おこるとこわいんだよ。

 こわいかおで、うーっていうんだよ。」

「いや、ウーとは言わんだろ。怒ると怖いのは否定しないが。」


 娘の言葉を修正しながら、郵便屋はきいちゃんを抱き上げた。

 話題の相手が誰だか予想が付き、怖いのは訂正しないのだなと思う。実際、自分も否定できない。



「じゃあ、じいさん、討伐頑張れ。子獅子共もお利口に留守番しろよ。」

「ああ、お前も程々にな。」


 挨拶代わりに片手をあげて、加賀見は得意の移動魔法で去っていき、自分達は来た道を歩いて神社に戻る。

 歩道をキャッキャとはしゃぎながら駆けていく弟たちとは一緒に行かず、自分と並んだ瑞宮がみゃあと話しかけてくる。


『じいちゃん、きいたんが会いに行くのって、前に勇おじちゃんが話してた子と、同じかな?』

「多分、そうだろう。」


 怒ると怖いと言われていたのは見知った霊獣頭の名前であった。彼等が次に訪れるのは三峰神社で間違いなかろう。

 時折、当社に遊びに来る龍族の貴賓が、その度に可愛いと語る三峰の幼い霊獣は、生まれてよりずっと体調が悪く、寝付いてばかりと聞いている。


『やっぱり、具合悪いんだね。可哀想。

 カリカリ食べても駄目なのかなあ?』

「うん。おやつは関係ないだろう。」

『そうなんだ。

 ボクだったらどれだけ落ち込んでても、カリカリ食べれば元気になるんだけどな。』


 食事療法もやっているかもしれないが、立ちどころに効果が出るものでもないし、出来る範囲のことは三峰の兄狼たちや、加賀見がなんとかしているような気がする。

 困ったものだと子獅子と一緒に溜息を付いても、幸せが逃げていくだけで、何の慰めにもならないのが悲しい。



『ねえ、じいちゃん。

 ボクはきいたんみたいにひよこは作れないけど、何かしてあげれることはないかな?』

「気持ちだけで十分だと思うが、気になるか?」


 心配するだけでなく、具体的に動きたそうに瑞宮はみゃうみゃうと鳴く。

 確かに何か手伝えれば良いが、これと思いつかないまま聞き返せば、子獅子はゆったりと頷いた。


『気になるとかは自分でもよく分かんないけど、勇おじちゃんがあれだけ褒めるんだから、良い子に違いないと思うよ。

 それに走ったり、おやつ食べられないなんて、やっぱり可哀想だもん。

 ボクに出来ることないかなあ?

 もし、カリカリが足らないなら、ボクのを分けてあげても良いんだけどな。』

「ミミ太、三峰の霊獣は鉱石は食べられなかったはずだぞ。」


 自分に出来ることを探しての上であろうが、量の問題でもないし、霊獣によって好むものも、口に出来るものも違う。子獅子たちと同じものが食べられるとは限らない。

 教えれば、瑞宮は不思議そうに首を傾げた。


『そうなんだ。もしかして、硬いから? 

 粉にしてあげても駄目なの?』

「うん。お前が肉や魚を食べられないのと同じだからな。」

『それはつまんないね。美味しいのに。

 ボクは元気に走れて、加賀見の兄ちゃんがカリカリくれるから、幸せだよ。

 三峰の子も早く病気が良くなって、沢山おやつが食べられれば良いと思うよ。』

「そうだなあ。」


 帰り道を往きながら、瑞宮は尻尾を揺らす。

 言うことはまだまだ子供っぽいが、真摯に他所の子を心配する様子に感心する。会ったこともない相手に大事なおやつを譲れるとは優しい子に育ったものだ。

 瑞宮は特別賢いわけでも、しっかりしているわけでもないし、他より気が利いたり、要領が良いわけでもない。

 それでも、自然に自分より弱いものを守り、力になろうとする。半ば無意識の優しさが、弟たちに頼れる兄貴分と懐かれる要因であろう。

 勿論、単に優しいだけでは兄として足りない事もあるが、出来ればずっとそのままでいて欲しいと思う。


 ただ、おやつで全てが解決すると思うなと伝えたほうが良い気もする。



 瑞宮にはこのままでいて欲しいが、確か相手は雌だったはず。女性への対応は間違えると色々面倒事になりがちだ。

 ただ、的確な教育やアドバイスが自分に出来るかと言えば、難しい。

 如何とするか自分が悩む隣で、当の子獅子は何の疑問も持たず尻尾をゆらゆら揺らしている。


『神域の霊気は美味しいけど、加賀見の兄ちゃんがくれるカリカリも美味しいんだ。

 美味しいのは大事だよ。じいちゃんも、そう思うでしょ?

 三峰の子も病気が良くなって、美味しいものが沢山食べられるようになれば良いね。』


 呑気なその姿に苦笑して考えるのをやめた。瑞宮はまだ子供で、先の心配を今からしても仕方ない。

 そのうち何とかなるだろう。

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