ひよこ。
夏の少ない休日を見定め、手紙の配達を兼ねた慰問として郵便屋が娘のきいちゃんを連れてきた。
大きな獅子を全く恐れない可愛らしい小さい人に、大人も子供も夢中になって大はしゃぎし、パレードのように境内を練り歩いていたが、一頻り騒いで満足したらしい。
ある程度大きく育った子はそのまま別の遊びを始めたが、元々、連日の仕事で疲れている大人の獅子達は思い思いの場所で昼寝を始め、まだ幼い子獅子達は小さい人と一緒に社務所に引き上げてきた。
兄弟たちが順番に子供部屋の自分のダンボールへ向かう中、小さい人を送り届けた天祥は、まだ遊んでいる兄獅子達の元へ戻ろうとした。
去っていこうとする子獅子にきいちゃんが声を掛ける。
「テンちゃんは、おひるね、しないのかい?」
『テンちゃんはまだ、することがあるんだよ。』
はしゃぎ疲れているのは他の兄弟同様であろうが、天祥は尻尾をピシリと振って、偉そうにフンと鼻を鳴らした。
『頑張んないと、立派な獅子になれないからね。休んでいる暇はないんだよ。』
『ちゃんと身体を休めるのも、大事なんだよ。』
横から末っ子の無比刀がゆったりと口を挟む。
古参の兄獅子、陸奥や郵便屋の加賀見と一緒に縁側に座り、尻尾を揺らす弟を睨み、天祥はがうと本人的に重々しく吠えた。
『テンちゃんは、早く立派になりたいんだよ。
ムイちゃんみたいに、のんびりやっている暇はないよ。』
「テンちゃんは、りっぱになりたいのかい?」
子獅子の気合が伝わったのか、きいちゃんは不思議そうに目をぱちくりさせた。
『そうだよ。テンちゃんは、早く立派になんの。』
「なんで?」
『立派になると、ぴよこちゃんが来るんだよ。
テンちゃんは、ぴよこちゃんが好きなんだよ。
早く一緒に暮らしたいんだよ。』
小さい人の疑問に耳と尻尾をピンと立てて、天祥は真面目な様子で答えた。
郵便屋がポツリと呟く。
「彼は、まだ勘違いしてるのか。」
「そうなんだ。」
隣で陸奥が深々と溜息を付き、答えた自分もつい、遠くを見遣ってしまう。
先日、兄獅子の瑞宮が霊鳥の雛を拾ってきた。当社では面倒を見きれないため、きちんと世話をしてくれる貰い先を探し、知り合いの神社へ預けることにした。
時折、届けられる成長記録でも分かるように、貰われ先で雛は幸せに暮らしているのだが、別れの際、瑞宮が『立派な獅子になったら一緒に暮らそう』と約束した。
それを聞いていた天祥が、『立派になればひよこと暮らせる』と勘違いをした。
雛が他所へ預けられたのは世話をしてやれる技術や人手がないからで、獅子達がどうこういうものではない。
しかし、それ以来、天祥は頑張っている。元々、兄獅子についていこうと頑張っていたし、だいぶ日が経ったので当初の猛烈さは無くなったものの、頑張っている。その意気込みや努力に水を指すのもどうかと思い、現在に至る。
何より言っても聞きゃしない。
子獅子の勘違いを何時、どのように正すべきか。
難しい顔で腕を組んで唸る自分達と違い、きいちゃんに細かい事情は分からない。只、天祥がひよこが好きなことは理解出来たようで、小さいながらに相づちをうった。
「テンちゃんは、ぴよこがちゅきなのかい?」
『そうだよ。テンちゃんは、ぴよこちゃんが好きなんだよ。』
「ぴよこは、かわいいもんね。きいたんのおうちにも、たくさんいるよ。」
『えっ?』
小さい人の言葉に天祥はミャッと短く叫び、目を丸くして尻尾の先まで固まった。
立派にならないとひよこは来ないはずなのに、幼いきいちゃんの家に居るとはどういう事か。困惑した様子できいちゃんを責めるようにみゃうみゃう鳴く。
『なんで? 何で、きいたんの家には、ぴよこちゃんがいんの?!』
「きいたんのおうちには、にわとりさんがいるんだよ。
おかあさんにわとりが、たまごをうんで、いっぱい、ぴよこがうまれるんだよ。
みんなちっちゃくて、きいろくて、ふわふわなんだよ。
きいたんがだっこすると、ぴよぴよって、なくんだよ。」
「ニャア……」
一言一言話す小さい人の説明に、天祥は大層情けなさそうな顔になった。ゆっくりと此方を振り向き、力なく尻尾を揺らす。
『じいちゃん、ムツ兄ちゃん、きいたんちにはぴよこちゃんが沢山居るって……』
思い込みと現実の違いを整理できないのか、ギューと低い声で鳴く弟に、陸奥がピシリとしっぽを振る。
『きいちゃんのうちにはお母さん鶏がいるからだよ。
うちにはいないだろう。ピーコにも居なかっただろう。だから駄目なの。』
「ひよこは赤ちゃんだからな。世話をしてくれるお母さんがいないと。」
此処ぞとばかりに現実を突きつけるのも如何と思うが、陸奥の言葉を補足する。
うちの獅子たちは神社の奥に祀られた御神体が生み出す存在であるため、世間一般でいう母親のような存在はおらず、天祥も知識でしか知らない。
ただ、うちの神社にはいないものであるのは分かっているので、納得したようだ。
『うちには、じいちゃんしかいないもんね。
テンちゃんはじいちゃんが大好きだからそれでいいけど、ぴよこちゃんはお母さんがいないと駄目かもね。』
瞬く間に意気消沈し、その場で丸く蹲ってしまった。
その様子に加賀見が再び呟く。
「いないと言うなら、うちにも“お母さん”はいないのだが。」
『代わりのお兄さんやお姉さん犬が沢山居るでしょ。』
「折角納得しているのに、余計なこと言わない。」
要は世話をしてくれる人の有無の問題だ。漸く天祥に理解できる形で纏まったと言うのに、場を荒らすようなことを言わないで欲しい。
陸奥と一緒に嗜めれば、郵便屋は態とらしく肩を竦めた。
すっかり天祥は元気をなくし、しょぼしょぼと歩き出した。
『テンちゃん、やっぱりお昼寝するよ。疲れちゃった。』
耳を力なく横に垂らし、尻尾を地面に引きずるように歩く子獅子に、加賀見が眉をひそめる。
「おい、大丈夫か、テン坊。」
声を掛けられたのに少しだけ頭をあげたものの、天祥はすぐに俯いてしまう。普段は一息に飛び乗る縁側も、前足を引っ掛けるようにしてようよう登り、のたりのたりと歩いていく。
「おい、ちょっと待て、天祥。
きいこ、あれ、こいつにやったらどうだ。」
あまりの有様に蒼い目の郵便屋は益々眉間にシワを寄せて子獅子を呼び止め、次に小さい娘を呼んだ。不思議そうに目をぱちくりさせるきいちゃんを招き寄せ、背負わせたリュックの中から何かを取り出す。
『ひよこだ。』
興味深そうに無比刀が鼻をひこひこ動かす。
“ひよこ”の単語に天祥の耳がピクピクと動き、子獅子はゆっくりと足を止める。
取り出されたのは黄色の毛糸で作られたふわふわの小鳥。二つのボンボンを雪だるまのようにくっつけた胴体に、フェルトの目やくちばしが着いている。
ほらと、父親から手渡されたひよこを見つめ、きいちゃんは思い出したようにむふーと頷いた。
「ぴよこちゃんだよ。きいたんが、つくったんだよ。」
『きいちゃんが作ったのかい?
上手に出来たねえ。』
陸奥が尻尾を揺らしながら褒めると、小さい人は益々得意そうに頷いた。
「きいたんが、けいとをまいて、まんまるにして、かおをつけたんだよ。」
「その毛糸や型を用意して、巻くのを手伝って、縛って切って、ハサミで整えて玉にして、二つくっつけて、顔のパーツに糊を付け、つける場所を指示したのは俺です。」
「そりゃそうだろうけど、大人気ないな。」
大変だったと横から補足する父親を嗜める。
半輪の型にぎっちり巻いた毛糸を切るのは結構な根気と力が必要だったそうだが、そういう問題じゃない。
「これ、みおちゃんに、あげようとおもったけど、てんちゃんに、あげるよ。」
元々はこれから向かう予定の他所の神社の霊獣に作ったらしい。きいちゃんは此方を見ている天祥にむかって、ひよこを突き出した。
「良いのか、天祥が貰っちゃって。」
「だいじょうぶだよー きいたん、また、つくるよー」
他の子が楽しみにしているのではと心配したが、小さい人は気負いもなくあっさりと頷いた。
代わりに手伝わねばならない父親が理解りやすく顔をしかめる。実に大人気ない。
『良かったじゃないか。ほら天祥、見てご覧。
ふわふわで可愛いよ。』
陸奥にも呼ばれて、天祥はいそいそと戻ってきた。
きいちゃんが抱えたひよこに、改めて目を輝かせる。
『本当だ!
ぴよこだ! ぴよこちゃんだ!』
天祥は興奮気味にしっかりと耳を立てて鼻を突き出し、ひこひこと匂いを嗅いでから、ガアと吠えた。
そのまま、何かを待つようにじっとひよこを見つめる。
しかし、何も起こらない。
子獅子は不思議そうな顔で首を傾げ、もう一度があと鳴く。
やはり、何も起こらない。
一体、何をやっているのかと思えば、此方を見上げて困惑したようにみゃあと鳴いた。
『じいちゃん、このぴよこちゃん、ぴよぴよって鳴かない。』
「そりゃそうだ。人形は鳴いたりしないだろう。」
ものは只の毛糸の作り物だ。付喪神になるような年季も入っておらず、それこそ出来立て生まれたて。何かと器用な加賀見が手伝ったとは言え、そんな機能は付けていなかろう。
鳴きも動きもしないと聞いて、天祥は見るからにがっかりした。
『テンちゃんは、ぴよぴよ言うぴよこちゃんが良いんだよ。
やっぱり、ぴよこちゃんはぴよぴよ言わなくっちゃ。
テンちゃんは勇猛果敢な獅子だもん。動かないお人形は好きじゃないよ。』
折角の貰い物にケチを付け、不満げに尻尾を左右に振る。その無作法に陸奥が鼻にシワを寄せたが、無比刀が嬉しげにびゃあと鳴いた。
『じゃあ、それ、ムイに頂戴。テンちゃんいらないなら、ムイが欲しい。』
『駄目だよ!』
早速、間に入ってこようとした弟にむかって、天祥はすぐさま吠えた。
前足でだんだんと縁側を叩き、無比刀を牽制する。
『きいたんは、テンちゃんにくれたんだよ!
テンちゃんはお人形は好きじゃないけど、きいたんは好きなんだよ!
きいたんがテンちゃんにくれたんだから、テンちゃんが貰うよ!
それにムイちゃんは、すぐブチッてするから駄目だよ!
このぴよこちゃんも、ブチッて壊すに決まっているよ!』
何だか理屈を捏ねて弟を押しやると、子獅子は改めて小さい人に向き直り、偉そうに子首を傾げてみゃあと鳴いた。
『きいたん、テンちゃんは獅子だからお人形は好きじゃないけど、きいたんの気持ちはとっても嬉しいから、このぴよこちゃんは大事にするよ。
どうも、ありがとうね。』
そのまま、よく分かっていない様子のきいちゃんの手から素早くひよこを咥え取り、尻尾をピンと立ててゆうゆうと去っていく。
そうして戻っていった子供部屋では直ぐに喧騒が起こった。
『なに、それ? 見せて!』
『駄目だよ! これはテンちゃんが貰ったんだよ!
だから、テンちゃんのだよ! 誰にも触らせないよ!!』
ガオウと一人前に天祥が吠える声と、それをみゃあみゃあ責める兄弟たちの声が聞こえる。
何だったんだろう、今の。
見栄か、見栄っ張りなのか。
ぎゃあぎゃあと喧嘩する声を聞きながら、陸奥がたらりと耳を横に垂らした。
『おじいさん、天祥のあれは、無作法だと注意するべきでしょうか。』
「そうだなあ。人形に喜ぶのは、何らかのプライドが許さなかったのかもしれんが……」
嬉しいのであれば素直にそう言えば良いのに。
態度はどうあれ、物凄く気に入って、喜んでいるのが丸わかりなだけに対応に悩む。
どうしたもんかと首を傾げる自分達と違い、きいちゃんは素直に納得した様だった。
「てんちゃんは、おにんぎょうじゃないほうが、いいんだねえ。」
仕方がないねと小さい人は頷いて、ひよこが貰えず寂しそうに口の周りを舐める無比刀の頭を撫でた。
「むいちゃんも、ごむのおもちゃをあげるよ。
これは、たたかうむしさんだから、ゆうもうなはずだよ。」
『ムイはあのひよこも好きだけど……でも、ありがと!』
ポケットから取り出された黒っぽいものを受け取り、無比刀も嬉しそうにしっぽを揺らして子供部屋に仕舞いに行く。
そして再び部屋から叫び声が上がった。
『ギャーッ! ムイちゃんが変な虫咥えてきた!!』
『変じゃないよ。クワガタだよ。』
彼等は疲れて子供部屋に戻ったのではなかったか。
煩い。うちの子獅子ながら、実に煩い。
困った弟たちに、陸奥がピシリと尻尾で縁側を叩いた。
そんな喧騒を気に掛ける様子もなく、よっこらしょと郵便屋が立ち上がる。
「さて、そろそろ次に行くか。ほら、きいこ。そろそろ出掛けるぞ。」
「あい。」
大人しく頷く小さい人を抱き上げて、簡単な別れの挨拶のもとに郵便屋は消えていった。
「さて、俺も書類を片付けるか。」
夏の最中は忙しい。少ない休日の間に、やることは沢山有る。
息抜きも出来たことだし、そろそろ仕事を始めよう。




