ピーコ。(中編)
うちの神社は小さな丘の上にあり、境内の外は森になっている。
特段珍しいものもないので子獅子は通常、境内の中で遊び、参道を外れることはない。
ただ、魔境の活性化が始まるのに合わせて、討伐の準備や他神社や村とのスケジュール調整が始まり、何かと忙しいこの時期は、構ってもらえない憂さを晴らすように神社を囲う森の中へも足を伸ばす。
森の中も当社が管轄する神域の中であることは変わらず、結界とまで行かずとも霊気が神社を囲うように流れ、邪鬼や魍魎は勿論、侵入者があれば門番の獅子が直ぐに気がつく。
殆ど魔力を持たない生き物、普通の猪や鹿、たぬきや狐などが生息しているが、木霊から始まる精霊や妖精は僅かで、性質も良く、他者を惑わすこともない。
それでも万一の際、直ぐに助けに行けないのは困る。大きな危険はないとは言え、何処で何をしているのか心配だ。
「お前たち、瑞宮が何処にいるか、心当たりはないか?」
駄目元で聞いてみるも、子獅子達は揃って首を横に振った。そもそも、何時も一緒の瑞宮が単独行動をとっているから、天祥が怒っているのだ。一体何があったのか、自分にもさっぱりわからない。
本人を捕まえて聞いてみるしかないだろう。
しかし、森は広い。犬程ではなくとも、獅子もそれなりに鼻が効くので、子獅子達に探して貰うのが良いだろう。
「じゃあ、探すしかないか。手伝ってくれ。」
頼めば、子獅子達は揃ってびゃあと了承の声を上げたが、興ざめしたように加賀見がフンと鼻先で笑った。
「探すまでもないが、急いだほうがいいかもな。
随分奥まで行ってるようだ。」
僅かに右目を光らせて、瑞宮が消えた方向を眺める。
「わかるのか?」
そう言えば、この郵便屋は魔術で不可能を可能にするとまで言われる男だった。形式的に尋ねれば、当然と頷かれる。
「わかるも何も、俺は元々移動探索特化型だぞ。次点が幻惑。
こんな短距離で慣れ親しんだ、しかも霊力の高い子獅子の場所を突き止められないわけがない。」
「移動探索はまだしも、何故幻惑?」
「最近は面倒だから力技で押し通しちゃってるが、それでは間に合わなかったり、情報の自白が必要なケースに対応するためだ。
情報だけなら脳から直接引き出すのも出来なくはないけど、デメリットも多いしな。」
不思議な組み合わせだったので、つい突っ込んでしまったら、なんかヤバくて重そうな事情が出てきた。
触れるにしても後にしようと決め、社務所に戻って登山用の靴に履き替える。森の中までは整備できない為、結構荒れ果てており、滑ると危ないのだ。新しいタオルも持って来るよう言われたので、カバンに詰めて背負う。
全て理解した顔で先導する加賀見の後を追えば、子獅子たちも付いてきた。
まだ春が来たばかりで気温は低く、常緑樹と言えど葉の色は暗い。全体的に薄茶色い森の中の道なき道を進む。
追跡者としては落第点なことに、子獅子達はわざと落ち葉を蹴り上げ、がさがさ音を立てて跳ね回る。
逸信がみゃうみゃう鳴いて尋ねた。
『加賀見の兄ちゃん。
兄ちゃんはミミ兄が何処にいるかも、何してるかも、全部分かってるの?』
「魔法使ったのは場所把握だけで、後は予想の範囲だけどな。
兄ちゃんも万能じゃないし、普段から千里眼でもない。」
『普段から……じゃあ、本気でやったら千里眼になれるの?』
「何を持って千里眼と言うかにもよるし、条件をどれだけ揃えられるかも大きいが、特定の場所に絞って状況を観測できなくはない。
でも、本気出せば出すほど凄く疲れるし、反動酷いからやりたくない。」
好奇心のまま聞いてはみたものの、よく分からなかったのか逸信は首を傾げてミャウーと鳴いた。
その隣で陸晶がゆらゆらと尻尾を揺らす。
『兄ちゃんは、何でそんなの、出来るようになろうと思ったの?』
「元々はお前らみたいなのが迷子になったのを見つけるためだよ。」
『ふーん。
じゃあ、テンちゃんが迷子になった時も安心だね。』
『テンちゃん、迷子になんかなんないよ!』
郵便屋の答えに納得した様子で陸晶は口の周りを舐め、ついでにからかった天祥が繰り出すパンチをひょいと避ける。
じゃれ合いながら付いてくる子獅子達は分かっていないだろうが、言葉ほど軽い理由ではないのだろうなと予想する。
ただの迷子だって程度に寄っては大事件に繋がる。そして、子供が行方不明になる理由は大概ろくなものではない。誘拐、性犯罪、育児放棄。わずかに考えただけで気が重くなり、頭を振る。
まるで天から賜った加護のように言われるが、加賀見の万能性は本人の弛まぬ努力が生み出したもの。
其処に至るまで、どれだけの苦渋を舐めたのだろう。
時折、方向を確かめながら進む郵便屋の案内に疑いは持っていないが、思っていた以上に森の奥へ進むのに不安になる。
「瑞宮は、こんな所で何をしてるんだ?」
不安のまま疑問を口にすれば、加賀見は怪訝そうな顔をした。
「何って、たかが知れてるだろ。」
もしかして、分からないのかと視線で問われ、恥ずかしながら首を傾げる。
「そう言われても、正直、何がなんだか。」
「子供が親に隠れて餌運ぶっていったら、他に何があるんだよ。」
答えを聞けば、確かに分からない方が恥ずかしい理由であった。ただ、言い訳するのであれば、今まで他の子獅子がその様な行動をとったことがない。
「……何だろう。狸かな? 狐かな?」
「それこそ、見つければわかるだろ。」
ネズミやトカゲ、小鳥など、自分で捕まえたものは勿論、親からはぐれたと思しき小動物を子獅子が咥えてきたことは一度や二度ではない。隠して育てようなどしないどころか、後先考えずに見つけたものを大喜びで見せに来る。
瑞宮も同じ口だと思うのだが、どうして連れて帰ってこないのか。
何方にしても、まずはものを見てから考えよう。
憂鬱なままに歩を進めれば、みゃうみゃうと途方に暮れた様子の聞き慣れた声が風に流されてきた。
『困ったなあ、これも食べられないの?』
大木の洞に向かって話す、揺れる尻尾と白い背中が目に入る。
少し丸めの後ろ姿はよく見慣れたもので、駄目だと思いつつ、つい大きな声を出してしまう。
「何をしてるんだ、瑞宮!」
『じいちゃん!』
飛び上がって振り返った子獅子は、耳をピタリと頭につけて泣きそうな表情になったが、直ぐに毛を逆立て臨戦態勢になった。グルルルルと唸る瑞宮は本気らしく、無闇に近づけば攻撃されかねない。
『駄目だよ! こっちに来ないで!』
牙を剥き出して威嚇してくる兄獅子を見ていながら尚、空気を読まない天祥が、ぴょいと前に出てガアと吠える。
『ミミ兄、何してんの!
テンちゃんに内緒で、コソコソ何してるの!』
『テンちゃん!』
ぷんぷか怒る弟に瑞宮は顔を歪めたが、それでも威嚇を止めず、ガオウと吠えた。
『テンちゃんも駄目! あっちへ行って!』
『何でテンちゃんは駄目なの!? 何で! 何で!』
大好きな兄からの拒絶に怯むどころか、天祥は怒り狂った。
むきゃーと吠え立てて突っ込んでいこうとするのを慌てて抱き上げる。抱え上げられても天祥は、怒りのままに手足を振り回し、瑞宮に突っかかっていこうとする。
「天祥! 落ち着け、天祥!」
『何でテンちゃんは駄目なの!? テンちゃんもやりたい!
テンちゃんも、一緒にやりたい!』
「やるって何をやるんだか、分かっているのか?」
『わかんないけど、一緒がいい!
テンちゃん、ミミ兄と同じがいい!』
甘ったれの我が儘坊主は、何でも皆と同じでなければ気がすまない。
身体が小さいことや、まだ幼いことは彼にとって意味を持たず、気に入らなければ大きな兄獅子にも突っかかっていく。
今日も訳も分からず駄々をこねる弟に、陸晶と逸信は「あーあ」と言わんばかりに口を開けて呆れた顔をし、加賀見が興味深そうに顎を撫でた。
「天祥、お前、瑞宮と同じがいいのか?」
『そうだよ!
テンちゃんはミミ兄と何でも同じがいいんだよ!』
当たり前のことを言うなと自分に吠えかかる子獅子にウンウンと郵便屋は頷き、意地悪く口角をあげた。
「じゃあ、瑞宮がカリカリおやつもお布団タオルもなく、夜、暗い森に独りぼっちでいるって言ったら、お前も同じようにするんだな?」
『それは嫌だ。』
二言を許さぬ凶悪な本性を覗かせた蒼い目の魔物の問いに、何でも同じの危険性を即座に理解し、天祥はあっさり大人しくなった。
ぶらりと手足の力を緩め、抱かれたままミャアと鳴く。
『テンちゃん、おやつも食べるし、タオルもいるし、寝る時は社務所がいいよ。
森ん中で独りぼっちとか嫌だ。
……でも、ミミ兄だって、そんなことしないよ!』
「今、そういうことをするかも知れない話をしている。
それをじいちゃんが止めようとしているんだから、邪魔しないで大人しく黙ってろ。」
『わかった。』
途中で一瞬身体を強張らせたものの、改めて落ち着いた子獅子を地面に降ろす。
そもそも、何がどうなっているのかも分かっていない癖して、場だけを騒がせる弟を眺め、陸晶と逸信が溜息をつくようにグルウと鳴いた。
「お前、説得上手いな。」
「子供の我が儘を力づくで抑えつけるのには慣れている。」
肩を落として郵便屋を眺めれば、早く話を進めろと軽く突き放される。本来、説得すべき瑞宮と話す前から既に疲れてしまった。
確かに手段を選ばず、力づくで解決すれば早いかもしれないが、それでは信頼関係にヒビが入る。
変わらず毛を逆立て警戒するも、唸るのは止めた瑞宮に膝を折って視線を合わせる。
「瑞宮、お前、後ろに何を隠してる?」
『何も、隠してにゃいよ! 何も居にゃいよ!』
「じゃあ、何をそんなに怒っているんだ?
何を守ろうとしているんだ?」
自分達を追い払おうとする子獅子に、眉尻が自然と下がる。
態度が既に嘘であると指摘された瑞宮はうーっと唸って下を向き、もう一度、がうと吠えた。
『兎に角、じいちゃんも皆も、あっちに行って!』
何も説明しようとしない子獅子の咆哮に併せるように、足元から飛び出した小さな毛玉が一緒になってピィと勇ましく鳴いた。瑞宮を庇おうとしているのか羽をバタバタ動かし、嘴を大きく広げ、精一杯威嚇しているようだ。
逸信がガアと呑気に鳴く。
『ぴよこだ。』
陸晶がぺろりと口の周りを舐める。
『ひよこだ。』
天祥が目をまん丸くして飛び上がった。
『ぴよこちゃん!!』
『駄目だよ、ピーコ!』
洞から出てきてしまった毛玉を腹に隠そうと瑞宮はわたわた前足を動かした。
そして、目を怒らせて叫ぶ。
『何もいにゃい! なんにも、いにゃいから!』
「もう無理だ、瑞宮。」
考えれば、始めからバレっぱなしの隠し事に額を抑える。
加賀見がボソリと呟く。
「此処まで来て尚、ごまかそうとは往生際が悪いな。」
確かに開き直ったほうが、まだ清々しいかも知れぬ。
瑞宮は素直で温和な良い子なのだが、此処まで要領が悪いのも如何なものか。




