ピーコ。(前編)
土地が持つ力には流れがあるが、強い力を保った場には核が出来る。核は一種の制御装置の役割を持ち、大いなる力の拠り所として御神体と呼ばれ、畏怖の対象として、慎重に扱うべきものとされる。
当神社の御神体は魔を打ち払い、参拝者の燃ゆる闘気を呼び起こし、霊獣を生む。
御神体の分身として生まれる獅子達は、誰に教えられずとも神域の重要性を悟り、調和のために地脈が乱れぬよう務める。
霊獣にもいろいろな種類があるが、必要に応じて石像となり生身と使い分ける彼らは、西洋ではゴーレム、ガーゴイル型と呼ばれるそうだ。肉や魚の代わりに神域に溢れる霊気を吸収していれば良く、嗜好品としても、口にするのは霊力を含んだ水や鉱石。
だから、ほとんどの獅子が人の食事には興味を持たない、はずなのだが。
「こら! 瑞宮!
分かっているだろ! 吐き出せ!」
『嫌だ!』
子獅子の一匹、瑞宮が咥えたものを離さない。
『ボク、なんも盗ってにゃいよ! だから、大丈夫だよ!』
現行犯且つ、口をモゴモゴさせながら、それが通用すると思うのか。
足を突っ張って抵抗し、隙あらば逃げ出そうとする白い子獅子を押さえる。彼等に魚や肉などは必要ではないばかりか、吸収できないまま腹の中で腐り、毒となる。
以前、駄目な理由を知らず、興味本位で人の食べ物を口にして大泣きしたと言うのに何故、同じことを繰り返す。
「出しなさい、瑞宮! 早く!」
『やだ! じいちゃんこそ、放して!』
瑞宮は子獅子のなかでも真ん中くらいの歳。身体はまだ大きくないし、足も早い方ではないが力は強い。
むしろ、子供とは思えない馬鹿力。朝早くから身体を動かし、自らを鍛えた効果が出ているようだ。
ブルブルッと乱暴に身体を振るうのに、つい手を離してしまった。
今がチャンスと瑞宮は猛突進し、何事かと集まってきた兄弟たちを突き飛ばすように逃げる。
その行き先を塞ぐように拝殿の方向から歩いてきたのは郵便屋の魔物。
「よう、瑞宮。」
『兄ちゃん、どいて!』
「加賀見! 瑞宮を捕まえてくれ!」
フラフラと現れた郵便屋の加賀見は、彼自身が魔術も手先も器用なだけでなく、自由自在に動く銀の紐を持っているはずだ。子獅子を捕まえるのに最適と叫ぶが、蒼い目の魔物の反応は鈍く、のんびりと小袋を瑞宮に向かって振る。
「また、何やらかしたんだ? 悪い子はカリカリ貰えないぞ?」
『いらない!』
一言、ガウと吠えると少しもスピードを緩めず、子獅子は猛スピードで駆けていった。
その後ろ姿を眺め、加賀見は茫然自失と目を見開き、ヨロヨロとよろける。
「み、瑞宮が、あのミミ太がカリカリおやつを無視しただと!?
天変地異だ! 者共、備えろ!
明日は隕石の嵐が来る!! 天から空が落ちてくるぞ!」
「降らねえよ!
幾ら瑞宮でも其処まで言われるほど、食いしん坊じゃねえよ!」
「じゃあ、あれ、偽物だろ!
馬鹿な、俺の目を誤魔化すだと!? どんな神獣だ!!」
「違う! れっきとしたうちの子獅子だ!
化物扱いしない!」
あまりの言われように、間髪入れず突っ込んでしまった。
正直、自分も吃驚したが、副食の鉱石に目をくれなかっただけで、其処まで言われるのは瑞宮が可哀想だと思う。確かにあの子はどういう訳かおやつ大好きな食いしん坊だが、他にも大切にしていることがいくらでも有る。
去っていった兄獅子と喚く自分達を眺め、弟獅子の天祥が不思議そうにニャグニャグと鳴く。
『何? リク兄ちゃんもこないだ言ってたけど、お空が落ちてくるのって流行ってるの?
テンちゃんも見られる?』
『知らない。』
『煩いなあ。それぐらい吃驚したってことだよ。』
すぐ上の兄達、逸信がやる気無く尻尾を揺らし、先日の言動を悔やむように陸晶が口を歪め、シッと威嚇音をだす。
兄をからかうつもりはなく、言葉通りの意味だったのか、何故、嫌がられたのかわからないと困惑した様子で天祥は首を傾げ、そのまま不満げにみゃうみゃう鳴いて俯いた。
「何だ天祥。元気がないな。」
無駄に騒いだのは演技であったのか、あっさり冷静さを取り戻した郵便屋は膝を折り、子獅子の頭を撫でる。その手に頭を押し付け返しながらも、天祥は寂しそうに前足で地面を引っ掻いた。
『加賀見の兄ちゃん。ミミ兄は昨日から変なんだよ。
テンちゃんと遊んでくんないで、どっか行っちゃうんだよ。
酷いよ。』
「嫌われたんじゃねえの。お前、しつこいから。」
『違うよ!』
現状を伝えた側から酷いことを言われ、子獅子は全力で怒った。
『テンちゃんとミミ兄は仲良しだよ!
何で違うって分かってるのに、そうやって意地悪言うの!
兄ちゃんなんか、嫌いだよ!』
「そうだな。
そうやって他人の意見に惑わされず、真実を見抜く目と自分の気持ちを貫く強さを養えよ。
ただ、偶には自分が間違っていないか疑うことも忘れるなよ。視野が狭くなる。」
子獅子と言えどその平手打ちは強烈だが、天祥にバシバシ叩かれても加賀見は揺るがず、淡々とそれを受けた。痛くないのだろうか。
ただ、叩かれて当然だけに止める気にはならない。
兄に置いていかれた寂しさを怒りでふっとばし、フシュフシュ唸る天祥を無表情で無理やり撫で繰り回す郵便屋を叱る。
「子獅子のメンタルを鍛える名目で、酷いことを言うのは止めてくれ。」
「失敬な。
俺だって子供には手加減しようと思ってはいるんだ。思っては。」
「子供相手じゃなくても言うなよ。」
悪言は身を滅ぼす。思うだけでなく、実際に止めていただきたい。誤解を受けやすい立場だと思うので、尚更、無駄に余計なことをしないでいただきたい。
情報操作の関係で、自ら望んで忌避されるように仕組んでいる部分も有ると思うが、あまり他所で友人の悪口や疎まれている話は聞きたくない。
何より、8割以上が単なる性格の問題に決まっている。
揉める自分達を眺め、逸信が困った調子でミューと長く鳴いた。
『それよりじいちゃん、ミミ兄、追っかけなくていいの?』
「ああ、そうだった。」
つい、わかりやすく悪い魔物に釣られて、大切なことがおろそかになるところだった。
早く瑞宮を捕まえて飲み込んだものを吐かせなければ。生物の誤食は下手をすれば命に関わる。
肩を落とせば、逸信は心配そうに更に鳴いた。
『ミミ兄、どうしたの? 何をやったの?』
「それがなあ、」
夕食時に食べようと冷蔵庫から出し、自然解凍させておいた冷凍のささみを持っていかれた。
縁側の掃出し窓は開け放したままだが、流石に台所の引き戸は普通、閉めてはいる。だが仮に開いていたとしても、入るなと言いつけているので、子獅子達はガラス窓から覗いたり、隙間から零れる匂いに反応はしても中には入らない。
故に戸締まりには其処まで気を使っておらず、潜り込めるようにしていたのは認めるが、まさか食べられないと分かっているものを盗むとは思わなかった。
しかも、自分が同じ部屋にいるのに。何であれでバレないと思ったのか、さっぱりわからない。
細かいことは瑞宮の名誉に関わるので触れず、鶏肉を持っていかれたことだけ話す。
皆、一様に不可解そうな顔になった。
『何で、そんなの持ってくの? 食べられないのに。』
『ミミ兄は、変なもんばかり欲しがるよ!』
逸信が困惑した様子で尻尾を左右に揺らし、天祥が機嫌の悪いままにガウと吠える。
『昨日はみかんで今日はささみ!
何が良いのか、いくら仲良しでもテンちゃんにはさっぱりわからないよ!』
「みかん?」
妙なことを言うのに聞き返せば、郵便屋への怒りがそのまま兄獅子に移ったのか、天祥は腹立たしげに尻尾をブンと振った。
『昨日、咥えてどっか行ったよ!
テンちゃんを置いていったんだよ!』
『持ってたって言えば、タオルも持ってたよ。』
果物に興味はないが、自分を置いて行くなどなど許せぬ。
地面を引っ掻いて不満を全身で表す天祥を横目で眺め、どうでも良さそうに陸晶も目撃談を話す。
『タオルは小まめに洗濯に出さないといけないのに。
何をやっているんだか。』
ゆらゆら尻尾を揺らし、口の周りをぺろりと舐める兄弟に、逸信が不安げに俯いた。
『そうだ。
ボク、今日、お布団のタオル出したっけ?』
忘れたかも知れないと耳を横に垂らすのを、陸晶がシッと警戒音を上げて叱る。
『知らないよ。
イッちゃん、タオルはちゃんと管理しなきゃ駄目だよ。』
『じいちゃん、テンちゃんのタオルも洗っておいて。』
「天祥。タオルは自分で洗濯籠に入れなさいってあれほど。」
便乗して勝手なことを言う天祥も叱る。
毎日の洗濯も神職の仕事だが、洗濯籠まで洗い物を運ぶのは獅子たちの役割だ。風呂に入った後のタオルは使う場所が固定されているので洗い忘れることはないが、布団代わりのタオルは提出されないとそのままになる。
この辺り、意識に個体差があって、一週間に一度は出しなさいと言いつけていても、出さないやつは何週間でも出さない。割と曖昧な提出率だ。
其処に冬の寒さが加わり、一枚では足らないと複数枚部屋に運び込み、そのままタオルの山を作るやつが毎年必ず1、2匹出る。子獅子はまだしも、良い年した大人の獅子ともあろうものがだらしのない事だ。
全く困ったものだが、まず現在、困っていることを忘れてはならない。
気持ちを切り替えて、瑞宮が逃げていった方向を顧みる。
「全く、瑞宮のやつ、何を企んでいるんだか。」
向かっていったのは参道の方角だが、神社の外には出るはずがない。恐らく横へ抜けて、森へ入ったのだろう。
兎に角、追いかけようとした自分を加賀見が止めた。
「ミミ太を追うのも大事だろうが、その前に俺の話を聞いてくれないか。」
「なんだよ、この忙しいときに。」
この魔物は時折、真面目な顔をしてくだらない冗談を言う。
つまらない事なら怒るぞと眉間にシワを寄せれば、黙ってカバンを降ろし、封書を取り出した。
「先にこれを受け取ってくれ。忘れられると困るんだ。
俺が一応、水都からの重要書類配達人だってことを。」
「そう言えば、そうだったな。」
ここいら一体で最も大きな都からの連絡は、うちでも最重要事項の一つ。
大人しく手紙を受け取り、社務所の机にしっかり仕舞う。
加賀見も郵便屋なら、子獅子をおやつを釣ろうとする前に、もう一寸それらしくして欲しい。




