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落ちてきた。

 龍脈、地脈など呼び名は様々だが土地が持つ力には流れがあり、地脈の流れが強ければ良くも悪くも周囲に影響を与える。場の浄化や動植物の繁栄など、良い影響を与えれば神域、地脈の滞りにより、穢れや病を招き寄せれば魔境とされる。

 神域に流れる霊気は安定し、年間通じて一定である反面、魔境は毎年春から秋にかけて活性化し、邪鬼、怨霊などが生まれる。魔境の活性化は霊気の流れとして自然なもので、ある種の天災として諦めなければいけないが、瘴気を撒き散らし、他を傷つけ、神域をも歪ませる邪物は多種族共通の敵として、討伐しなければならない。


 神域を守る神社付きの霊獣の中でも、当社の獅子達は邪物へ対抗戦力として周囲から高い評価を受けている。高い打撃力と俊敏性を駆使し、ネコ科には珍しい統率を持って、魑魅魍魎を退治する。

 人と同じかそれ以上に賢い獅子達は、自分たちが行う討伐の重要性を深く理解し、誇りを持っている。子獅子であってもそれは変わらず、子供なりに遊びながら身体を鍛え、日々努力している。


 ボールを獲物に見立てて追いかけ、叩き、捉える遊びもその一つ。

 放っておけば自分たちで勝手に始めるが、投げてやるととても喜ぶ。最近、益々動きが俊敏になってきて、かなり強く投げても取りこぼさない。捉えたボールを打ち返すのも、狙ったところにまっすぐ飛ばすので、回収係の天祥が左右に大きく動くことは少なくなった。

 ただ、それでもやはり子供なので体力には限りが有る。

 本人も気が付かないうちに集中力が途切れ、ボールを見過ごしたり、よろけて転んだりする。予定外な動きは事故の原因となりかねず、早めに気がつくよう注意して、休ませなければならない。



 拝殿前に横一列に並び、尻尾を揺らして身構える子獅子たちに向かって、ボールを投げる手を止める。


「そろそろ、休憩にしようか。」


 声をかければ、子獅子達は不満そうに鳴き、人の言葉を話せない代わりに思念波、一方通行のテレパシーを飛ばしてくる。


『やだー もっと、やりたい!』

『じいちゃん、ボク、まだ頑張れるよ?』


 今、いる中では歳嵩の瑞宮(みずみや)が前足で地面をひっかき、逸信(いつしん)が首を傾げる。その弟の巳壱(みいち)燦馳(さんじ)たちはちょんと座り込み、荒い息をしているが休みたいとも言わず、兄獅子たちの様子を見ている。

 子獅子達が打ち返してくるボールの回収係として、自分の隣に陣取っていた天祥(てんしょう)が、尻尾を振り回して続きを投げろと騒ぐ兄獅子たちを眺め、偉そうに溜息をついた。


『駄目だよ。

 ミミ兄たちが良くても、じいちゃんがお疲れだよ。

 じいちゃんは歳だから、労んないと。』

「天祥、それは労りじゃなくて、侮辱と言う。」


 何処で覚えてくるのやら、生意気なことを抜かす子獅子を睨めつける。


「じいちゃんはまだ、お前に心配されるような歳じゃないぞ。」

『えー だって、ルー兄が言ってたよ?

 じいちゃんには優しくして、お手伝いもしろって。』

「ルーが言いたかったのは、普段の生活に関してじゃないかな。」


 時々遊びに来る動くぬいぐるみに一般常識の基礎を教わったようだが、どうも歪曲して覚えている気がする。

 難しいねえと不満げに尻尾を揺らす弟をじろりと眺め、兄獅子の陸晶(りくしょう)がミャッと短く鳴いた。


『じいちゃん、大丈夫なら、ボール投げて。

 ボク、もっと練習したい。』


 あまり感情を表に出すことはなく、何時もどことなく眠そうな陸晶だが、今日は若干目元に険が有る気がする。

 これは、多分、あれだろう。



 昼過ぎに、もうすぐ始まる邪霊討伐の下準備として、獅子達の多くが狩場の様子を見に出かけた。陸晶と仲の良い八幡(はちまん)も一緒について行った。

 尻尾をピンと立てて群れの後ろに加わり、出掛けていった兄獅子を、陸晶は特段変わった様子もなくぼんやりと見ていたが、内心、相当悔しかったものと思える。

 ただ、討伐は遊びではなく危険な仕事。自分も連れて行ってほしいと駄々を捏ねたり、騒ぐ代わりに、連れて行ってもらうに相応しくなるべく少しでも努力を重ねようとしているのだろう。

 その精神は立派の一言であるが。


 霊獣は人と同じ程に賢いとは言え、時々不安になる。時折彼等がみせる、年に似つかわしくない言動は、人手不足を理由に自分が仕事を怠り、無理をさせている結果ではないか。自分が足りない分、必要以上にしっかりしてしまっているのではないか。

 考えれば、瑞宮もその傾向が有る。毎朝早く起きて、少しでも身体を鍛えようと走り回っているが、幾ら憧れる兄獅子がおり、目標が明確だからといって、子供らしい行動とは思えない。彼等の年を考えれば、まだ其処まで先を考えず、その辺で転がっていてもおかしくないのに。

 幼い巳壱や燦馳が文句を言わず、頑張る兄に付き合っているのも、思えばその延長ではないのか。


『テンちゃんは、もうお昼寝したいよ。』


 のんびり欠伸する天祥に少し、ホッとする。

 お前はその点、何の心配ない。若干、問題点はあっても、のびのび育っているようで何よりです。



 ただ、今日の下見だって、本来は獅子達に同席すべきであった。神職の手さえ足りていれば、子獅子も一緒に連れて行ってやることだって出来た。

 むしろ、先々を考えれば、連れて行くべきなのだ。早い段階で現場を知ることがマイナスに働くはずがない。

 だが、幾ら活性化前とは言え、邪霊が何時出てもおかしくないような場所に子獅子を連れて行くのは、自分一人では心もとない。

 やっぱり、もう一人二人、人手が欲しい。本格的に討伐が開始されれば、村の役員さんたちにも協力を仰げるが、日常の範囲でも心置きなく、多少の融通を効かせられる人手が欲しい。

 何故にうちの神社の神職は、自分一人なのか。何故、近隣から新しい神職のなり手がでないのか。


『じいちゃん、ボール……』

『じいちゃん、早く投げてよ!』


 でも、討伐の現場は普通に危ないし、怖いしな。獅子たちのブラッシングや風呂掃除、毎日の洗濯も意外と重労働だしな。

 神術は難しいし、責任も重大。幾らやりがいが有っても、一歩踏み出すのは難しいかも知れぬ。

 どの道、いないものは仕方がなく、仮に今後来るとしても現状には何ら変化を与えない。騒ぐ瑞宮たちにハイハイと返事をするも、巳壱と燦馳は下がらせる。


「巳壱たちは豊一(とよいち)無比刀(むひと)を探してきてくれ。

 見つけたら、先に社務所に戻ってなさい。」

『うん、わかった。』

『みいち、とよいちが、いるとこ、しってる。』


 青毛の子獅子達は同色の兄に言われた別メニューにチャレンジしているはずだが、白毛の子と同じ様にそろそろ休ませなければいけない。言いつけに二匹は尻尾を揺らし、社務所の方に向かって駆けていった。

 弟たちが走っていくのを横目で眺め、陸晶がガウッと吠える。


『じいちゃん、まだ?』

「はいはい、今、投げるよ。」


 督促に応えて投げれつけば、待ってましたと瑞宮たちは駆け回り、天祥も仕方がないと言わんばかりに腰を上げ、戻ってくるボールをハッシと捉える。



 人数が減ったので、一匹が使う場所も広くなるよう投げる方向を調整する。

 動く範囲が広がっても子獅子達は変わらずボールを押さえていたが、やはり疲れているようだ。だんだん取りこぼしが増えてきた。

 自分の後ろに転がっていくボールを追いかけて、まず、瑞宮がその場を離れ、次に逸信が抑えはしたもの一旦動きを止めた。陸晶の息もだいぶ荒くなっている。それでも彼等はブルブルと身体を振るい、次を投げてこいと構えてみせる。

 やる気が有るのは良いのだが、無理をした所で急に体力が付くはずもなく、逆に身体を痛めてはいけない。

 いい加減、頃合いと強制終了を言い渡す。


「よし、もう休憩にするぞ。」

『じいちゃん、大丈夫だよ。もう一寸。』


 お仕舞いだと言っても、陸晶はびゃあと吠えて頭を振った。

 逸信は元々、言いつけには大人しく従う方であり、瑞宮も駄目だときっぱり言えば、逆らわない。陸晶だって普段は利口で大人しく、我が儘を言うことなどないのだが、今日は何時も以上に頑張りたい理由が有るだけに、前足で地面を叩いて次を要求する。

 陸晶が続けるのに、自分だけ下がる気はないと逸信と瑞宮も尻尾をブンと振った。

 粘る兄たちに呆れた天祥は地面に座り込み、口の周りをぺろりと舐めた。


『テンちゃんは、もう疲れたよ。』

『テンちゃんはちいさいからね。

 最後まで頑張れなくても仕方がないよ。休憩してな。』

『嫌だ!』


 陸晶に鼻先で笑われて、天祥は唸り声を上げて背筋を伸ばした。事実、天祥は陸晶たちより一回り幼く、体力に乏しいのは如何仕方のないことなのだが、負けず嫌いの聞かん坊主にとって、自分だけ休憩など到底納得できるはずもない。


『テンちゃんだって、まだ平気だもん!

 兄ちゃん達と同じに動けるもん!』


 仲間はずれにされてたまるかと天祥は尻尾を振り回す。

 やると決めたからには早く投げろと此方に向かって吠えるのに、重ねて休めと言うのは諦め、代わりに次で最後だと宣言する。



「良いか、これでお終いだからな。」


 言いながら右にボールを強く転がす。

 滑るように転がるボールを力一杯地面を蹴って、瑞宮が押さえた。

 真ん中に高く上げる。

 ゆっくりと時間を駆けて落ちてくる位置を見定め、危なげなく逸信が捉える。

 少し低めに左側に投げる。

 陸晶が素早く真正面に立って、前足で叩きつけて落とす、と思いきや、乾いた音と共にボールが消える。

 子獅子もあれっという顔をして、地面をジツと見つめ、キョロキョロと周囲を見渡す。


『じいちゃん、ボールが……』


消えたと言いかけた子獅子の頭に、白い物が降ってきた。


「ニギャッ!?」


 どうやら下に叩き落とすつもりが、逆に打ち上げてしまっていたらしい。

 バシッと落ちてきたボールを頭に受けて、陸晶は悲鳴と共に、暫し固まると叫んだ。


『天からお空が降ってきた! 逃げなきゃ!』


 そのまま、飛び込むように拝殿の中へ走り込む。

 何時も落ち着いて周りをよく見ている陸晶らしからぬ動きに、瑞宮たちも自分も一瞬固まる。



「リク、ボールだよ。空は落ちてこないから。」


 拝殿の中に隠れたのに大丈夫だと声をかければ、子獅子はハッと顔色を変えて、恥ずかしげにみゃあと鳴き、戻ってきた。


『……そっか、ボールかぁ。

 ボク、上に行ってるなんて思わなかったから。

 地面をいくら探してもないし、なんか落ちてきたし、吃驚したよ。』

「陸晶、お前、やっぱり疲れてるんだよ。」


 何度も顔を拭い、照れ臭さをごまかす子獅子の頭をなでてやる。普段であればしないであろう子供っぽい判断ミスは、頭が回らなくなっているせいだ。

 これが他の子であれば、疲れていなくても言いそうな勘違いであり、この際、事実と異なってもそういうことにする。

 動きを止めた反動で一気に疲れが来たのか、座り込む陸晶をもう一度撫でて、これにて終了と片付けを始める。片づけと行っても籠に全てのボールを放り込み、物置に仕舞うだけだ。

 ついでに井戸に寄って水を汲む。もう一杯欲しいところだが水桶は一つに留め、片手で運ぶ。

 今日は空いた方の手で、運びたいものが有る。



 拝殿前に戻っても、まだ座り込んでいた子獅子達に歩けるかを問えば、揃ってびゃあと鳴き、頷いた。


『テンちゃんは、もうクタクタだよ。』

『テンちゃんは、ちっちゃいからね。』

『まだ、ちっちゃいから、仕方ないね。』

『ちっちゃかないよ! おんなじに動けるよ!』


 動きたくないと目に付くようにひっくり返った天祥を瑞宮と逸信がからかう。途端に天祥は跳ね上がり、ガウガウ吠えて兄獅子達に飛びかかった。疲れているはずなのに、元気なことだ。

 団子になってコロンコロン転がり、一頻り笑ってから、何時もよりゆっくりと瑞宮達は社務所に向かって歩き出し、同じ様に戻ろうとする陸晶を抱き上げる。

 子獅子は慌てたように足をばたつかせた。


『じいちゃん、ボク、ちゃんと歩けるよ。』

「いいから、いいから。

 どうせ、そのうち本当に抱っこできなくなるんだし、大人しく運ばれてろ。」

『むー……』


 不貞腐れたような困ったような顔で陸晶は口の周りをぺろりと舐め、抱っこされた兄獅子を見て天祥が口を開けたが、何か言う前に逸信が挑発した。


『テンちゃんはちっちゃいから、もう走れない。

 ボクはお兄ちゃんだから、まだ社務所まで走れる。』

『テンちゃんだって、走れるよ!』


 先に立って走る兄獅子を天祥が猛然と追い駆ける。


『あ、待ってよ!』


 駆けていく二匹の後を、瑞宮が慌てて追いかけていった。

 煩い弟を始めとして、見栄を張る相手がいなくなって安心したのか、陸晶が凭れ掛かってくる。そっと抱き直し、水桶も持ち直す。

 ポツリと何かが顔にあたり、見上げればいつの間にか雲が黒くなってきていた。


「ふむ。空は落ちてこないが、雨は降ってきそうだな。」

『もう! じいちゃんったら!』


 からかえば、子獅子は怒ったように尻尾を振り回した。本格的に降り出す前に社務所に戻ろう。

 気恥ずかしいのは、変な勘違いをしてしまったことか、赤ちゃんに戻ったように抱きかかえられていることか。

 そっぽを向いて尻尾を動かす陸晶の顔は見えないまま、話しかける。


「お前だって、直ぐに八幡と一緒に行けるようになる。

 あまり頑張りすぎるな。」

『……うん。ボク、今日は一寸、無理した。

 次は気をつけるよ。』


 ミャウと小さい声で返事をする子獅子は、随分重くなった。もうすぐ、片手どころか、両手でも抱き上げることは難しくなるだろう。それが嬉しいような、寂しいような複雑な心も一緒に抱え、社務所に向かって歩く。

 沢山動いた子獅子たちは今日も食事代わりの水をたっぷり飲んで、よく眠り、明日も元気に走り回るに違いない。



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