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流れる。(前半)

 我が国、陽伴(やはん)はミッドガルド大陸の東縁に位置する島嶼国だ。

 1000年程前、神々の住まう大地との境界が壊れた事によって開始された第二次神魔世界大戦(ラグナロク)で主戦場となり、多くの被害を出したとのことだが、今は多種多様の種族が特別な諍いなく、比較的穏やかに暮らしている。

 当時を知る郵便屋の魔物が以前、「決定打になったのがその辺なだけで交戦自体は以前より何度も起こっていた。」だの、「神と魔と言うより人間とその他が正しい。」だの、「そもそも、ラグナロクとか使い古されすぎてダサい。」だの、好き勝手言っていたが、兎に角、未だ各種族が交戦状況である大陸と異なり、我が国は一部の例外を除けば、一定の共存関係が築かれている。

 これは世界規模で見ても驚異的であるらしく、一歩間違えれば、「人であることを捨て、魔物と混ざった邪悪な連中」として、人間という種族の輪から外されかねないそうだ。非常に迷惑な話である。


 そう言えば、十数年程前に関西の方で、大陸からの救護要請に応じて複数の技術者が派遣されたが、あれはどうなったのであろうか。

 未だ現地で活動を続けているとの噂は聞くが、正規の外交ルートが確立していないため、詳細が伝わってこない。

 救護要請に応えた結果、異端者として断罪、処刑などされていれば洒落にならないと思うが、郵便屋という違法ルートからの情報によれば、幸いにして元気でやっており、個人的に偉い助かっているとか、なんとか。

 ひとまず、無事でなによりである。


 大戦や長い時の流れにより地名が変わったところもあれば、そのままの場所もあるが、昔は東京、今は水都と呼ばれる地域を中心とする関東地方は現在、龍の一族、竜堂(りんどう)家の統率によって一つの国の様に纏まっている。継嗣の年齢や留学などで当主不在と若干不安要素はあるが、当主代理のお人柄や、周囲の龍族が労を惜しまず働いていることもあって、公正無私な統治が行われていると評判だ。

 亡くなられた当主の弟で、当主代理の御三男もその類にもれず、最も跡目に近い立場でありながら、自ら巡業に出られる。そして、当社にも顔を出し、様子を見に来てくださる。


 しかしながら、うちのような田舎の神社に特別な用事が有るわけもなく、仕事を理由に遊びに、しかもメインの序に来ているだけなのが判明しているので、余り有り難みがない。確かにそろそろ邪鬼、怨霊など危険な魑魅魍魎が活動を始め、今年の防衛戦に向けて本腰を入れた準備を始める時期ではあるが、それは関係ないだけに有り難みがない。

 ただ、彼の目的である神社が当社と提携しているため、手紙を預かってきてくれた。これだけでも十分来てくれた甲斐があることにしておこう。



「可愛くて、いい子なのにな。美人薄命って嫌な言葉だよな。

 何とかならんのかね、あれ。」


 当社の子獅子、瑞宮(みずみや)を膝の上に載せた竜堂家の御三男、(いさみ)殿はぼんやりと何度も繰り返した。人間であれば30代ほど。短く刈り上げた黒髪に、引き締まった太い眉が男らしい武人であるが、縁側に座り、子獅子を撫でるその背中には哀愁が漂っている。立ち寄ってきた神社の霊獣の様子が気になって仕方がないらしい。

 近所と言うには遠く、遠方と言うには接点の多い三峰神社に新しく生まれた霊獣の子は、どうにも身体が弱い。少しでも改善すべく、周囲が手段を尽くしているが、未だ満足に駆け回ることも出来ないのが不憫で仕方がないと嘆かれる。

 青緑色の瞳が印象的な黒毛の雌で、眉目秀麗で有名な宮司兼霊獣頭の兄狼と違わず大変可愛らしいので、挨拶がてら会いに行けと勧められたのだが、色々あって未だ面識がない。


 自分としても気にはなるので、件の神社への手紙でそれとなく聞いたところ、「誕生祝いなどいらんし、会いにも来るな。」ときっぱり断られた。文面だけ見れば冷淡な内容であったが、心配せずとも大丈夫であるので余計な気や時間を使わず、自分の仕事をきっちりやって欲しいとのことだ。彼処の霊獣頭と話をするには、それなりの翻訳技術が必要になる。

 また、適当な折を見て、自分の方から挨拶に行くともあった。

 それこそ今年の邪霊討伐に置いて、顔を突き合わせた打合せをしたいところでもあり、無理に足を運ぶより、出来る準備を勧めておいたほうが賢かろう。本日預かった手紙も後でしっかり確認せねばと心に刻む。



 後で良いことは後ですると切り替えて、目の前の貴賓に集中する。

 無礼講を容認されており、むしろ忌憚のない付き合いを求められているが、それこそ神に等しい高位の龍族と気楽に付き合えるほど腹は座っていない。

 ついでに本当に忌憚無く発言すれば、色々傷つける気がする。

 うっかり口を滑らせぬよう、気をつけよう。


 普段は活発な瑞宮も勇殿がいらっしゃると「今日は抱っこされる日」と諦めるようで、逃げたり抵抗すること無く、大人しくされるがままになっている。寝こけて、だらんと弛緩した子獅子を繰り返し撫でながら、勇殿は溜息をついた。


「それでもな、加賀見が持ってくる薬のお陰で大分良くなったらしいんだよ、あれで。

 どうせ持ってくるなら、もっとバシッと効き目の有るやつを持ってくりゃいいのにとは思うが、そういう考え方をするのは傲慢だし、何より、そんなもんがありゃ彼奴のことだ。

 真っ先に持ってくるだろう。他に方法がねえから、現状維持なんだろうなあ。」


 何かと手先が器用で行動範囲が異常に広い郵便屋に文句を言うような、信頼しているようなことを言いながら、肩を落とされる。

 あの蒼い目の魔物はイレギュラーの塊みたいなものであり、当てにしてはならないのが不文律だが、小さい子供が苦しんでいるのに平然と無関心でいられるほど、冷淡ではないのも暗黙の了解のうちである。情報操作もあって忌避すべき魔物とされているが、あれは根本が子供に甘い。


「それでも、多少は良くなったんですか?」

「ああ、今日は俺にお茶を運んできてくれた。

 ナナちゃんと一緒に急須を咥えてきて、ゆっくりゆっくり歩く様が辿々しくて、もうな。」


 姉犬に支えられながらも、懸命に客をもてなそうとするのが凄い可愛かったと相好を崩すのに、でしょうねと頷いて返す。

 元々、彼処の霊獣は容姿が優れていることで有名だ。

 何より可愛いという話は、彼から既に散々聞かされた。今更、何も言うことはない。



「具合が悪いなりに、自分が出来ることをやりたいって……何ていうか、健気だよな。

 此処の霊獣も愛想が良くて、気のいいやつが多いけど、そういうのとは一寸違うっていうか。

 まあ、ここは雄ばっかりだしな。」


 身を呈して尽くすような、そういうのはないだろと問われて考える。


「敢えて言うなら、あれですかね。

 逸信(いつしん)が棘に苦心しながら毬栗を持ってきたことがありましたね。

 私が喜ぶと思ったらしくて。」

「やだ、何それ、健気。」


 去年の秋、子獅子の一匹が嬉しそうに持って帰ってきた毬栗は、棚の上に飾ってある。

 棘があるので咥えることも出来ず、中身を取り出すにも子獅子の前足では難しい。痛いのを我慢しながら何度も何度も前足で転がし、ようよう持ってきた、たった一つの毬栗を前に、『ボクね、じいちゃんがこれ、好きだったなって思って。』と尻尾を揺らす子獅子を見た時は、不覚にも泣きそうだった。

 毬の中に栗は多くとも3つしか入っておらず、色々と不毛なことも踏まえて泣きそうだった。

 自分はあの時の光景を思い出し、勇殿も状況を理解してお互いに目頭を抑える。

 逸信には足を怪我してもいけないし、時間も掛かりすぎるので、次からは場所を教えに来るよう、しっかり伝えた。



「あと、似たようなのでは、八幡(はちまん)璃宮(りきゅう)と一緒に雉を獲ってきたことがありました。」

「ワイルドだな。逸信の栗に比べて、随分ワイルドだな。」

「きっかけは似たようなことだったんですけどね。」


 テレビの料理番組で丸焼きにされる雉を見ながら、「美味そうだな。」と呟いたのを聞いて、決意したらしい。

 兄獅子を唆して朝から出かけたのはまだ良いとしても、誰にも言わずに居なくなり、一日帰ってこなかったので大騒ぎになった。

 まるまる太った雉を咥えて意気揚々と帰ってきたら、兄獅子総出で叱られて愕然としていた。

 当人とては突然獲物を見せて吃驚させたかったようだが、保護者としては捜索隊を出すか悩む突然の行方不明に仰天させられた。


「ちなみにその雉はどうしたんだ?」

「捌き方が分からなかったので、丁度来た加賀見に頼んで処理してもらいました。」

「彼奴、そういうのも得意な。」


 雉は獲ってすぐ食べるよりも、羽を抜かずに熟成させた方が肉が柔らかくなって美味いらしい。

 腸は抜かないと駄目だとか言いながら持ち帰られ、数週間後、スーパーで見るようなお肉になって返ってきた。塩焼きや水炊きにして食べたら、味が濃くて大変美味しかった。

 そんな雑談をしながら、勇殿が何かを思い出す。



「加賀見と言えば、今日、参拝した時に気がついたんだが、ほんの少し地脈が乱れてたのは、彼奴らの仕業か?」

「あー やっぱり、わかりましたか。」


 先日、郵便屋のペットが遊びに来て、子獅子相手に見栄を張り、結果、地脈の流れを乱した。

 神社は大地の霊気の流れ、地脈を保全するために建てられ、神職はそれらを管理するためにいるにも関わらず、止められなかったのは自分のミスだ。不祥事を言い当てられ、気不味い心持ちになるのを勇殿は慌てて執り成そうとしてくれる。


「いや、山口さんの責任どうこうって話じゃないぞ。

 大体、彼奴等のやることを止めろって方が無理だろ。

 親子揃って突拍子もないんだから。」

「いえ、あれは自分がしっかり制止するべきでした。

 特にティーには気をつけろと加賀見にも注意されていたのに、失敗しました。」

「やっぱり、ティーの仕業か。ルーはやらんよな、そういうことは。」


 予想通りの名前であったらしい。聞いた勇殿は苦笑しながら顎を撫でた。

 郵便屋のペットはぬいぐるみに詰まった双子の狼であるが、兄は弟より若干乱暴で後先考えない節が有る。

 実際には彼等の中に上下関係はなく、同盟を結んでいるだけで、お互いの行動に対する責任はないそうだが、飼い主はそれなりに苦労していそうだ。

 ただ、その飼い主も結構悪さをするので、あまり同情の念は湧いてこない。

 何方にしろ、いたずらで収まる範囲で、今回の地脈の乱れにしても、うちの獅子達がぶーぶー文句を言いながらすぐに直してくれた。故にバレずに済むかと思っていたのだが、分かる人が見れば分かってしまうらしい。



「まあ、程度は兎に角、場所は悪かったな。

 御神体のすぐ近くだから、ちいとばかし目についたが、所詮かすり傷だろ。」


 同じ毛先ほどの傷でも、指先か、顔のど真ん中に有るかで印象は大分変わる。

 大したことではないと豪快に笑い飛ばされるが、それだけ大事な箇所に傷がついたわけで、やはり猛省すべきであろう。

 落ち込む背中を叩かれ、あくまで笑い話として聞かれる。


「つーかよ、今度は何やらかしたんだ、彼奴等?」

「やらかしたと言うか、うちの子獅子が煽ったというか。」


 ことの起こりは、遊んでいた子獅子とぬいぐるみ達の中で、翼がなくとも空を飛ぶ技術があることに話が及んだことだ。龍や麒麟など魔術に寄って空を飛ぶ生き物がおり、ぬいぐるみたちも出来るかと子獅子が騒いだ。

 出来る出来ないではなく、やって良いか悪いかをまず、気にするべきであった。

 詳細を聞いた龍族の王子は笑い、納得して頷く。


「それでティーが器から抜け出たのか。

 けど、そういうことなら今頃、政司(せいじ)が飛んでみせろと強請られていそうだな。」


 何時も彼に随伴している青年は現在、子獅子達に攫われて参道下の広場にいるはずだ。

 実際に空を飛べる人物として、勇殿の名前を上げ、お付きの小日向殿も出来ると教えたので、確かに実演を頼んでいそうだ。


「迷惑を掛けていなければいいのですが。」

「何、龍の端くれとして空ぐらい飛べなきゃ話にならねえし、政司は俺より余程器用だから、どうとでもするだろうよ。」


 心配は軽く払い退けられた。

 出来ないとは思っていないが詳細を知らないので教示を願えば、人型ではバランスを取るのが難しく、龍体となる必要が有るらしい。

 一口に龍に戻ると言っても、そのままの正体を表せば数百メートルを超す龍が現れる事になるが、小日向殿は大きさの調整も巧みとして、滅多なことはないと言い切られる。

 身体が大きければそれだけ場所を取るため、龍と言えども人型で暮らすのが一般的。龍体など滅多に見られるものではなく、それならそれで自分も見てみたかったような気がする。



「やはり、相当難しい技なんでしょうね。」


 印象のまま、深く考えずに感想を述べれば首を横に振られた。


「いや、地上を歩いたり、走るのと同じで慣れだな。

 慣れちまえばどうってことねえよ。

 自然と身体が動くし、風に乗れれば勝手に運ばれるから、歩くより楽なくらいだ。」


 そのまま、雲の呼び方や風の掴み方、飛ぶ時の感覚や空からの景色などへ話が飛ぶ。上空は相当な強風が吹くそうで、如何にその流れを掴み、上手く乗れるかがポイントになるそうだ。

 龍は体全体で風に乗るため、飛行しやすいが、麒麟など四足の場合は宙に足場を作って蹴るスタイルとなるため、風に乗るどころか意外とバランスを崩しやすく、体力を消耗するので、地上を走ったほうが余程楽らしい。

 聞いた内容を整理して、大まかな結論を出す。


「何にしろ、うちの獅子たちには習得できない技術でしょうな。」


 うちの獅子は高火力や高い回避力で知られ、ネコ科にしてはタフだが、それでも長時間の活動を維持することは難しい。此処ぞと言う時に全力で駆け抜け、相手が立ち直れないよう短期決戦で一気に叩き潰す戦法が主流だ。

 勿論、出来ればそれに越したことはないであろうが、飛翔する相手には火弾を打ち込んで落とせばよいし、自らが空を駆ける必要性は少ないように思える。使わない技術を学ぶ余裕は流石にない。

 ただ、駄目と知れば子獅子たちは大層落胆するであろう。

 興味の程度はあれど、可能であれば自分たちもやってみたいと思うに決まっているからだ。


「無理して学ぶ必要はないだろうな。

 空を飛びたいだけなら、俺の背中に乗せてやれないこともないし。」

「もし、そうなったら、大変ですよ。」


 自力飛行せずとも方法は有る。

 気軽に請け負う竜堂家の御三男に、発言には気をつけるよう注意する。


「小さい連中だけで済めばいいですが、うちには大きな子供も居ますから。」

「なるほど。逆の立場なら、俺だって乗りたいもんなあ。」


 うちの神社には小さな子獅子だけではなく、鬣の生えた大きな獅子もいる。

 大人として我が儘を言うことはなくとも、獅子達に好奇心がないわけではない。子獅子達が空を飛ぶチャンスを得たと知れば、強い興味を示し、可能であれば自分もと望むはずだ。

 彼等の羨ましそうな、若しくはうらめしそうな視線を受けて、耐えられるかと脅せば、勇殿は豪快に笑った。



「大きい奴らもか。

 ま、一匹ずつなら、なんとかなるだろう。」

「そう、でしょうか……?」


 楽観的な見通しに少し心配になる。うちの獅子は見た目より、ずっと重い。

 首を傾げれば、舐めるなと更に笑われた。


「一応、これでも龍だからな。

 (みなと)二前(にのまえ)の一匹や二匹、なんとかなるさ。」

陸奥(むつ)もですか?」


 龍に戻れば身体の大きさも、使える力も大きく増えると言われ、具体的に名前が出たのに、つい聞き返す。

 名前が上がった連中は比較的細身だが、うちには最大火力がいる。しなやかながらも太くて重い前足で、邪鬼をふっとばす最大火力がいる。

 あれが大丈夫なら残りも大丈夫だと思うが、陸奥は見た目よりも重い獅子達の中でも、特に重い。凄く、凄く重い。


「陸奥も空に、興味有るかな?」

「それは勿論、他の獅子と同じだと思います。」


 陸奥は無口で豪胆に見えるが、恥ずかしがりやで繊細だ。他の兄弟が良いのに自分だけ駄目となれば、それこそ何も言わなくとも、静かに深く傷つくだろう。

 長兄の二前と双璧をなし、獅子たちの精神的柱である彼を仲間外れにするなど、考えるべくもない。

 ただ、陸奥は重い。何度も繰り返すが、とても重い。


 勇殿は空を見上げ、静かに頷いた。


「まあ、本当にいざとなったら、方法を考える。」

「その際は、宜しくお願いいたします。」


 色々大変だとは思うが、仲間はずれは宜しくない。

 よしなに取り計らっていただければ、幸いである。

 

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