目指す。(後編)
『違うよ! ミツバ兄ちゃんみたいに、守れるところを広く、視野も広く持って、必要なところに素早く移動して、狙ったところを確実に、一気に攻められて、皆のフォローも出来て、あと、ええと、ええと……』
『つまり、三葉みたいに広い範囲で、確実に狙った動きが出来る様になりたいってことね。』
まだ弟が喋っている途中だと言うのに、八幡が横からビャッと纏める。素早さを誇るもの同士として対抗意識が有るのか、ぴしぴしっと尻尾を左右に振ってフンと鼻を鳴らす。
不機嫌そうな八幡を眺め、ルーもティーもおかしそうにシシシと笑った。
「三葉は強い。彼奴みたいになるのは大変。」
「でも、目標が高いのはいい。逸信、頑張れ。」
ぬいぐるみ達が楽しげに肯定するのを眺め、漸く腑に落ちた様子で天祥はみゃあと鳴いた。
『そっかあ。
ミツバ兄ちゃんみたいに、素早く動けるってことかあ。
テンちゃんはてっきり、お空が飛びたいのかと思ったよ。』
この流れで、どうしてそう思った。
『ボク、お空はそんなに、飛びたくないよ。』
弟の勘違いにみゅうと小さな悲鳴を上げて、逸信は前足を引っ込めて小さく蹲る。
『そう? ボクは面白そうだと思うけど。』
『むいも、とんでもいい。』
陸晶が尻尾を揺らしながら興味を示し、無比刀もミャッと鳴いて前足で床を引っ掻く。
『空を飛べたら、雲も捕まえられるよね?
雲は水で出来てるんだって、ミツバ兄ちゃん言ってた。
食べられるかな?』
舌なめずりする瑞宮を、璃宮が諌める。
『駄目だよ。
そんな何処の水かも分からないのを食べたらお腹壊すよ。』
『空は蹴れないから、きっと走れなくてつまらないよ。
それにどの道、翼がないと飛べないから関係ないよ。』
クアアと欠伸をして、八幡は興味なさそうにぬいぐるみたちを振り返った。
『ね、兄ちゃん。』
そうだよねと同意を求められた双子のぬいぐるみ達は少し考えるように首を傾げ、いつもの通り、順番に答えた。
「そうでもない。」
「結構、そうでもない。」
空を飛ぶのに翼は必須ではない。
新しい情報に、子獅子達は揃って飛び跳ねる。
『はねなくても、とべんの?』
『じゃあ、ボクらも、飛べるかな?』
みゃうみゃうと一気に騒がしくなった弟たちを、シャッと威嚇して八幡が黙らせる。
『騒いだら兄ちゃんの説明、聞こえないでしょ!』
どうでも良さそうな顔をしていたくせに、俄然、興味が湧いたらしい。見るからにウズウズしている。
璃宮も姿勢を正し、代表して続きを促す。
『兄ちゃん、翼が無くても大丈夫って、本当?』
興味津々な子獅子たちの視線を浴びて、ぬいぐるみ達は交互に説明を始めた。
「元々、本当に翼だけで飛べるのは鳥とごく一部だけ。
竜とか妖精とかは魔法で飛んでる。」
「翼があっても筋肉が足らなかったり、バランスが悪かったり、重すぎれば飛べない。だから魔法で調整してる。」
「ボクらが普段、住んでいる場所の奴らは殆ど翼を持っているけど、こっちの生き物はそうでもない。」
「麒麟とか蛇型の竜とか。
あと、知り合いにそういう術が得意な石猿が居る。
彼奴らは翼の代わりに風や雲を使う。」
そうだよね、じいちゃんと、今度は自分が話の矛先を向けられた。求められたのは肯定ではなく、子獅子たちに分かり易い具体例で、誰か丁度いいのがいないのかと視線で促される。
「そうだなあ、他所の神社には確かにそういう霊獣も居るし。
お前らが良く知っている中では勇様ができそうかな。」
考えて、仕事を理由に遊びに来る貴賓を上げる。
あの方は、ああ見えて龍族の一人どころか一族の代表である。高位の龍として武術を極め、魔術にも通じているはず。空を飛ぶぐらい簡単だろう。
『すっげー! 勇のおじちゃん、すっげー!』
『小日向のお兄ちゃんは? お兄ちゃんも飛べるのかな?』
『同じ龍だもん。出来るんじゃない?』
知っている名前に現実味が湧いたのか、子獅子達はみゃうみゃうガウガウ騒ぎ出した。
飛行も魔術の一つであれば、加賀見も出来るのではないかと思い当たり、ティー達に尋ねれば、やはり肯定された。
時折、一発芸でやっているらしい。ただ、飛ぶと言うより浮くが正しいらしく、あまり得意でもないようだ。
騒ぐ兄弟たちの群れをタタッと抜け出し、天祥が興奮気味にみゃうと鳴く。
『じゃあ、兄ちゃんは?
ティー兄ちゃん達も、お空飛べる?
兄ちゃんは凄いもん。きっと、出来るよね?』
出来て当然と言わんばかりの子獅子に、ルーとティーが顔を見合わせる。
「そう言えば、やったことない。」
「必要ないから、やろうと思ったこともない。」
『じゃあ、出来ないの?』
否定の言葉を受けて、途端に天祥は肩を落とす。実演してもらえると思ったらしい。悪気はないのだろうが、あからさまにがっかりされて、ぬいぐるみたちのプライドが傷ついたようだ。
「出来ないとは、言ってない。」
「やったことが、ないだけ。」
ぬいぐるみ達はガウと短く吠えて、難しい顔で兄弟と無言でやり取りする。
声には出さず、短く鼻を鳴らしたり、耳を動かしたり、僅かな視線の向きなど、仕草で会話をしているのだ。獣系が扱う意思疎通の技術だが、これをやられると自分は全くついていけない。
暫く話し合いをしたあとで、ティーが胸を張って偉そうに鼻を高く突き上げた。
「多分、やってやれないことはない。
練習すればきっと出来る。」
「今すぐだって、やれないこともない。
ただ、その方法は一寸危ない。」
ルーは嫌そうに耳を横に垂らした。気乗りしない様子で視線をそらす。
それなのに、天祥は無邪気に跳ね回ってねだった。
『本当!? じゃあ、やってみせてよ!』
「こら、天祥。ルーは危ないって言ってるのに。」
勝手なことを言うなと止めるも、興奮は他の子獅子に伝染してしまった。
『兄ちゃん、できるの? 凄い!』
『ボクも見たい!』
尻尾を振り回し、前足で床を引っ掻いて、ぎゃうぎゃう吠え立てる偉い騒ぎが始まってしまった。これではティーたちも引っ込みが付かなくなってしまう。
「危ないんだろ、やらなくていいから。」
「ふん、どうってことない。」
子獅子を抑えつつ、ぬいぐるみも止めるも、ティーは立ち上がり、ブルっと身体を震わせた。
「ちょっと器が邪魔なだけ。見てな!」
あっと言う間にティーの器であるハスキー犬のぬいぐるみがくたりと床に転がり、熱波のような魔力による圧力を感じる。
尖った耳に長い鼻。翠玉のような瞳を光らせた半透明の霊体。御神体に似た威圧と共に太古の魔狼が姿を表す。
器から離れたからであろう。声の代わりに目眩のする思念波で以って高らかに吠え、ティーは自分から流れ出る魔力に押されて座り込んだ子獅子たちを笑った。
『お前ら、見てろ!』
言うが早いか空を駆け上がり、風のように走る。影が滑るように頭上を駆け回る兄狼に皆、感嘆すら零さず、口を開けて見惚れる。
ただ、一欠片の疑念が頭をよぎる。
霊体は地に縛られるものではなく、浮くのが自然。これは飛べるとは言わないような。
翼の有無に拘わらず、技術があれば飛行は可能との話の流れ的に、そもそもが浮いて当然な霊体の浮遊は含んで良いのだろうか。でも、確かに空中を飛んでいる。これは、是か否か。
判別する前にバンッと大きな音を立て、叩きつけられるように引き戸が開いた。それが誰かを認識する前に、大きな怒声が響く。
「何やってんだ、お前はッ!
器から出ちゃ駄目だって、あれだけ言ってるだろうが!!」
雷鳴を思う程、激しく吠えたのは黒髪蒼眼の郵便屋、加賀見。
左手から銀の紐を伸ばし、霊体の狼をひっ捕まえて引き寄せる。
『大丈夫! 一寸ぐらい、大丈夫!』
「大丈夫じゃないわ!
魂が損傷し、地脈にも影響与えるから絶対駄目だって何度も!
仮にお前が良くても、じいさん達に悪いわ!!
入れ! ぬいぐるみに入れ!」
暴れるティーをくたったぬいぐるみに押しつけるも、上手く行くはずがない。
太古の魔狼の魂を力ずくで器に封印出来て堪るものか。
「ルー! お前も何で止めないんだ!」
「そう、言われてもねえ。」
「当てにならねえな!
本当に当てにならねえな、お前も!
一番当てにならねえのは俺だとは重々承知しているけども!」
八つ当たり気味にゆったりと尻尾を揺らすルーをも怒鳴りつけ、加賀見は床と己の評価を蹴りつけた。
青く光り続ける右目のままに片手で魔法陣を作り上げると、騒ぎで目覚めて泣き出した娘と弟狼をまず移動させ、兄狼を抱えて自身も動く。
「御免! 詳しい話は後でするから! マジで御免!」
嵐のように消え去った彼等の後には、魔力の乱れが残るばかり。
ぽかんと口を空けていた天祥がみゃうと鳴いた。
『じいちゃん。
ティー兄ちゃんも、悪いことすると怒られるんだね。』
「そりゃあ、まあ、そうだろう。」
ティーが居なくなった後も、捲き散らかされた魔力が周囲を圧迫するように漂っている。
向こうへの影響は明確にはわからないが、宜しくなかったのは間違いない。
そして、境内の地脈も大分乱れてしまった。
パトロールから戻ってきた二前が偉い怒り、管理不行き届きと自分も相当叱られた。
宮司であろうと怒られる時は怒られる。




