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目指す。(中編)

 若干以上に思うところはあるが、何が出来るわけでもない。

 折角貰ったものを仕舞い込んでも仕方ないので、背中のルーが言う通り社務所に置かれた小袋を回収し、井戸から新鮮な霊水を汲み取る。

 赤ん坊を抱えながら水を運ぶのは大変だ。背負っているだけで結構な重労働なのに、水桶で両手がふさがるのも危ない。

 本殿へ行ったはずの逸信が駆けてきて、右手を鼻で突っつく。


『じいちゃん、ボク、お手伝いするよ。』

「ん、重いぞ?」

『大丈夫。』


 少し考えるも、今日はきいちゃんを抱えているので万一にも転んではいけない。片手が空いているだけで大分違うだろう。一つ任せることにする。

 零さないよう水桶の中身を減らし、逸信に渡す。逸信は子獅子の中では大きめで、力も強いほうだ。大人の獅子と同じようにはいかないものの、持ち手をしっかり咥え、危なげなく水桶を運ぶ。


 拝殿の中を通って本殿の中に入り、休憩室でくつろいでいる子獅子たちのところへ向かう。心得たもので、子獅子達はしっかり自分の皿を咥えて列になって待っていた。

 一杯ずつの霊水とおやつの鉱石を一握り、順番に入れてやる。今日は水だけではない分かると歓声が上がった。

 獅子達は霊気を糧としているため、神域にいれば自然と身体が必要な分を吸収し、腹を減らすことはないのだが、神域を出て、吸収する霊気がない場合や、激しく運動したあとなど自然回復を待ちきれない際は、霊気を含んだ水や鉱石を取る。

 尻尾をゆらゆらさせながら子獅子達は順番を待ち、自分の分を貰うとその場で嬉しげに食べ始める。

 犬のように「待て」は出来ないし、させていない。待つほどの量もない。

 食べ方も個体差があって、皿が綺麗になるまで休まず食べ続けるもの、一口ずつ、ゆっくりと食べるもの、隣と話しながら食べるものと様々だ。


 手伝いをしたので最後になってしまった逸信には、おやつを与える前にしっかり褒めてやる。


「ありがとうな、逸信。」

『これくらい、どうってことないよ。』


 首の周りをわしわしと撫でてやれば、得意そうに尻尾を揺らし、みゃうと鳴いた。そして、貰った水と鉱石をゆっくりゆっくり食べ始める。



 あっという間に自分の分を食べ終わってしまった瑞宮が、物足りなさも顕に皿を咥えて持ってくる。


『じいちゃん、おかわりないの?』

「水は有るけど、カリカリはないぞ。」


 人ほどに賢い霊獣ではあるが、食事に関しては若干厳しく弱肉強食なところが有る。一寸油断すると、まだ食べている兄弟の分を横取りすることがあるので、注意しなければならない。

 案の定、瑞宮は食べている逸信の皿をジツと見始めた。

 危険な子獅子に自分の皿を出せと言いつける。さり気なく逸信から離して、少し多めに水を入れてやった。

 早速、舌なめずりして霊水を飲み始める瑞宮の身体は、最近、少し丸くなってきたような気がする。

 身体は必要なだけの霊気を取り込むので、何もなければ太ったり、痩せ過ぎたりすることはないのだが、なんだか最近、丸くなってきたような気がする。


「瑞宮。お前、最近食べ過ぎじゃないか?」


 声をかければ、子獅子はムッとしたように顔を上げた。


『そんなはずないよ。ボク、いっぱい運動してるし。』


 身体を動かせば霊気も多く消費する。必要以上に食べてはいないと不満げに、子獅子はググウと唸った。その隙に横にきていた天祥が瑞宮の皿に顔を突っ込む。

 フシャーと瑞宮が凄い威嚇声を上げ、猫パンチが飛ぶ前に天祥の首を掴んで引き離す。


「天祥! 自分のお皿はどうした?」

『ん? あっち。』

「あっちじゃなくて持ってきなさい。

 兄ちゃんの分を取るな。」

『んー……』


 当人としては目の前にあった水を飲んだだけで、横取りした感覚は余りないらしい。叱られたことが不可解そうに自分の皿を持ってくる。



 他の子獅子も自分の分を食べ終わり、おかわりを貰おうと列を作り始めた。その様子を腹ばいになって見ていたティーが、フンと偉そうに鼻先で注意する。


「お前ら、次から次へとおやつを欲しがらない。

 じいちゃんが休む暇がない。」


 背中に括ったルーも言う。


「じいちゃんは大変。きいたんを降ろす暇もない。」


 ぬいぐるみたちに注意されて、子獅子達はまずかったかなという顔でお互いをみやった。


「大丈夫だよ、これぐらい。」


 苦笑で返すも、陸晶もみゃうと鳴く。


『じいちゃん、先にきいちゃん降ろしたら?』


 気がついたからには、ちゃんと待てる。そう言って尻尾を揺らす陸晶に皆、頷き、すかさず八幡が胸を張って自分のタオルを持ってきた。



『はい、じいちゃん、これ。

 ボクのタオル、きいちゃんに貸してあげる。

 使ってないやつだから大丈夫だよ。』


 いつの間に、自分の部屋まで戻ったのだろうか。八幡の素早さにはいつも驚かされる。


『みいちも! みいちもたおる、かしてあげる!』


 最近、巳壱はきいちゃんの兄として面倒を見るのだと頑張っている。

 負けられない気分になったのだろう。悲鳴のような宣言と共に、社務所にかけていこうとし、陸晶に止められる。


『社務所から戻る間に、引きずっちゃうから止めな。』

「みゃあ……」


 言われたとおり、自分ではタオルをきちんと運べないことを理解し、情けない声を上げる弟に、陸晶はゆらゆらと尻尾を揺らす。


『この際、誰のでもいいから洗濯したタオル、持ってきなよ。

 一枚じゃ足らないし、きいちゃんの為なら誰も文句言わないよ。』

『わかった!』


 ぱっと顔を輝かせて巳壱は部屋を飛び出していき、釣られるように他の子獅子たちも付いて行く。無比刀も少し迷うように首を傾げたが、珍しく後を追った。

 おやつを食べていた逸信が何気なく顔を上げ、いつの間にか弟の姿が消えたときょろきょろすれば、その隙にさっと天祥が盗み食いする。



「天祥!」


 意地汚い真似をする子獅子の首を引っ張り上げるも、天祥は素知らぬ顔で鉱石をバリバリ噛み砕く。

 盗られた逸信は「あれ?」と言う顔をしたが、すぐに諦めたらしい。ふうと一息吐いて、特段何も言わずに続きを食べ始めた。

 これが他の子獅子であれば絶対黙っていない。瑞宮や八幡は勿論、大人しい性格の璃宮や陸晶だって唸り声を上げて怒るし、巳壱たち幼い子獅子だって泣き喚いて抗議するだろう。

 そして、怒っている間に更に盗られたりもするが、黙って諦めるのは逸信だけだ。大人しさを通り越して情けなくも見え、見ているこっちが落ち着かない。

 言うべき時にはガツンと言わねば。


「逸信、怒んなきゃ駄目だぞ。」


 注意するが、逸信はあまり気にしていないようだった。


『んー でも、其処までお腹空いてないし。

 ぼーっとしてた、ボクも悪いし。』


 彼にとって、まだ怒るほどのことではないらしい。

 おやつはあくまで副食で無くても良いものであり、神域に居る間は飢えるほど腹が減ることもないからだろうが、そういう問題ではない。


「そうじゃないだろう、逸信。お前、お兄ちゃんだろう。

 弟におやつ盗られてのんびりしてたら駄目だ。

 もっと、毅然とした態度をとらないと。」


 弟に舐められたままでいるな。少しきつく言えば、ようやく逸信もわかったらしい。耳と尻尾をピンと真っ直ぐ立てて、真面目な顔で天祥を叱る。


『テンちゃん、ボクのおやつ、盗らないで!』


 しかし、時、既に遅し。天祥は悪びれもせず、のんびりと口の周りを舐めた。


『もう、ごっくんしちゃったよ。

 イツ兄、まだ食べないから、いらないかと思った。』


 独自の判断をしゃあしゃあと述べる弟に、折角立てた逸信の耳としっぽがしおしおと力なく垂れ下がり、下がり眉に似た特徴的な額の暗色班が似合う顔になってしまう。


『じいちゃん……』

「逸信、次。次はすぐに怒れ。

 むしろ、盗られないように撥ね退けろ。」


 そもそも、盗られている時点でまず駄目だ。頑張れと逸信の頭を強めに撫でてやれば、子獅子は難しい顔をしてぺろりと口の周りを舐めた。



『じいちゃ、たおる、もってきた!』


 巳壱たちがタオルを引きずりながら駆けてきたので、この件は終わりにし、背中のきいちゃんを降ろす。おんぶ紐から開放されたルーがブルブルと身体を振るった。

 何枚か重ねたタオルの上にきいちゃんを降ろす。小さい人はすっかり寝入って幸せそうな顔をしていた。

 ティーが歩み寄ってきて妹を守るように横に腹ばいになり、ルーもその隣に座る。

 タオル運びを頑張った子獅子たちを褒めてやりながら、それぞれの皿に改めて水を入れて周る。ぴちゃぴちゃと舌で水を掬う音が響き、ぬいぐるみの器に入った狼の兄弟は子獅子たちをのんびりと眺め、顎を床に付けた。



 おかわりもさっさと平らげてしまった瑞宮が、ティーのそばに寄って首を傾げる。


『兄ちゃんは、おやつ貰わないの?』

「オレの器は本物の身体じゃないから。

 食べられないし、いらない。」

『それは、つまんないねえ。』


 我が事のように悲しそうな顔をする自分より一回り大きい子獅子に、ティーはゆったりと尻尾を揺らした。


「そうでもない。後でもっといいもの貰うから大丈夫。」

『もっといいものって、何?』


 おやつより、いいものが有るのかと目を見張る瑞宮から、ティーは視線を外し、からかうようにはぐらかした。


「内緒。でも、ミミ太が立派な獅子になったら、分けてあげなくもない。」

『うん、ボク、頑張る!』


 だから、頑張りなと軽く流されるも、勝手に美味しいものと判断したのだろう。口の周りを何度も舐め、瑞宮は尻尾を振り回す。

 まだ貰ってもいなければ何かもわからないのに、天祥が不満も顕にぎゃうぎゃう鳴きながら周囲を彷徨いた。


『テンちゃんは? ねえ、テンちゃんにはくんないの?』

「あげてもいいけど、テン坊は立派な獅子になれるのかい?」

『そんなの、当たり前だよ。』


 腹ばいのまま、どうでも良さそうな返事をされ、心外だと子獅子はガウガウ吠えて主張する。


『テンちゃん、お利口だもん。すぐ立派になるよ。』


 何の疑問もなく吠え立てるのに、兄狼のティーは胡散臭げに天祥を眺め、弟狼のルーが問う。


「瑞宮の目標は知ってる。けど、天祥に目標はあるの?

 どうなったら立派なの?」



 ただ、強くなりたいと言っても、具体性がない。戦い方にも色々な戦法が有る。

 攻撃力を高めたいのか、一発は弱くても確実に当て、次に繋げたいのか、避け続けて一発逆転の隙を狙うのか、自分自身は攻撃に加わらなくとも、敵を撹乱し、仲間の攻撃を補助したいのか。

 目標はきちんと定めているのかと聞く二匹の狼達に、天祥は何処まで分かっているのか、不思議そうに首を傾げ、みゃっと短く鳴いた。


『テンちゃん、ミナト兄ちゃんみたいになる。

 ミナト兄ちゃんみたいに後ろで皆が戦うのを助けながら、チャンスにすかさず攻撃する。』


 特に定まっていなかろうとの自分の予想に反し、まともな回答が返された。ぬいぐるみたちも驚いたようで、ルーは目を見張り、ティーも頭を上げた。


「天祥が、目標を持っていたよ。」

「テン坊が、まともな目標を持っていたよ。」

『だって、テンちゃん、ちゃんと広場で兄ちゃんたちの訓練、見てんもん。』


 天祥は鼻を天に向け、胸を張って威張るが、意外だっただけで別に褒められては居ないと思う。それでも調子に乗った子獅子はぶんぶん尻尾を振り回してガオウと吠えた。


『テンちゃんは、すぐに立派になる。

 そんで毛並は金色の尻尾は10本になる。』

「やっぱり、天祥だったよ。」

「やっぱり、天祥は天祥だったよ。」


 不要なオプションを鼻先で笑ってぬいぐるみたちはそっぽを向き、他の子はどうだと視線を動かした。瑞宮がガウと吠える。



『ボクは、ムツ兄ちゃんみたいになる!

 ムツ兄ちゃんみたいに、敵を一撃で倒せるようになる!』

「それは知ってる。」

「ミミ太はずっと前から言ってる。」


 瑞宮は以前より当社最大火力を持つ兄獅子、陸奥のようになりたいと主張している。聞き飽きたと狼達は笑って首肯し、尻尾をピンと立てた弟に呼応するように、八幡もガアと力強く鳴いた。


『ボクは誰よりも速く走る。

 誰にも捕まらずに敵を撹乱して、攻撃の流れと隙を作る。』

『ボクも。』


 璃宮が同意を示し、八幡にガウと牽制される。


『でも、一番はオレ! 一番速いのはオレ!』


 この年になると一人称も変わる。気取って行儀よくボクなどと言っていたのを放り出し、があがあと隣の兄獅子に八幡は頭突きをかました。


『それはそうだけど……じゃあ、敵の正面にまず一撃を入れて、相手の出鼻を挫けるようになりたい。』

『それもオレがやる!』

『じゃあ……最後まで疲れないで、敵に隙を与えないようにしたい。』


 真似をするなと弟に怒られて別案を出したのに、それも取られた璃宮は困ったように首を傾げた。

 この子ももう少し負けん気が欲しい。同い年の湊が既に成体として認められていることを考えても、八幡に負けるようでは頼りない。

 ただ、最後の案は短期決戦を得意とする獅子たちには難しいものの、我慢強く、馬力の有る璃宮に相応しい目標だろう。



 次に燦馳と豊一がみゃあと鳴いた。


『ぼくは、にのにいちゃんみたいに、なりたい。』

『ぼくは、じんにい。』


 二前の様に皆を率いて動けるようになりたいと燦馳は言い、火弾を飛ばし、敵の攻撃を抑える仁護のようになるのだと豊一も尻尾を振りまわす。

 ただ、深い意図はなく、普段遊んでくれる兄獅子と同じが良いぐらいのものだろう。

 反面、無比刀は目標を掲げることをしなかった。


『むいは、むいになる。』


 自分は自分になるのだと哲学的なことを言い、胸を張る。

 不安そうな様子はなく、堂々としているので、恐らく、まずは自分が得意なことを伸ばしたいと言いたいのだろう。



 同い年の子獅子が次々と答えを述べるのに、巳壱は不安げにウロウロと歩き回った。


『えっと、みいちは、みみ兄とおなじで、ばしって、てきをやっつけたいけど、いっぱい、たたきたいし、はやくも、なりたい。

 でも、みいがいなくっちゃって、いわれるようになりたい!』


 話しながら纏まったのか、最後にみゃうと吠えた小さい弟を眺め、陸晶がぱさりと尻尾を振るう。


『ボクは、あんまり、どうなりたいっていうのは考えたことないなあ。』


 眠そうとも、恍けているようにも見える顔で陸晶はぺろりと口の周りを舐めた。


『でも、今、自分が出来ることを確実にやりたい。

 木に登るなら絶対落ちないし、ボール遊びするなら取りこぼさない。

 そういうのを積み重ねているうちに、なりたいものが分かると思う。』


 そんな子獅子の主張を、ぬいぐるみたちはしっぽを揺らして肯定する。


「自分の出来ることを伸ばす。無比刀とだいたい同じだね。」

「それで逸信は? イツはどうなりたい?」


 全員が答え終わり、最後に残った逸信に視線が集まる。

 注目を浴びた逸信は慌てたように首を傾げ、悩んでからみゃうと吠えた。


『ボク、ミツバ兄ちゃんみたいになりたい。』


 三葉は以前、当社に住んでいた霊鳥だ。今は他の神社に所属を移しているが、その守備の厚さと攻撃の的確さで右に出るものが居ないことは皆、知っている。

 自分の答えに満足して尻尾を揺らす兄獅子に、天祥が怪訝な顔をした。


『でも、イツ兄ちゃん、テンちゃんたちは獅子だから、鳥にはなれないよ?』


 何を言っているんだ、あんたはと言わんばかりの視線を受けて、逸信は跳ね上がるようにビャアと鳴いた。


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