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目指す。(前編)

 大地から溢れる霊気には流れがあって、強い力は良くも悪くも周囲に影響を与える。

 場の浄化や動植物の繁栄など、良い影響を与えれば神域、霊気の滞りにより、穢れや病を招き寄せ、邪鬼や怨霊を産むようなところは魔境と呼ばれる。

 神域の中心には御神体があり、神社が建てられ、霊力を糧とする霊獣が住む。彼らは眷属、神使と呼ばれ、調和のために地脈が乱れぬよう務め、邪物と戦う。

 御神体の管理や霊獣の補佐として、自分が所属する咲零神社には獅子が居る。純白若しくは空色の獅子達は魔境から湧き出る魑魅魍魎を相手に、関東西部の護りの要として戦う。


 子獅子であっても、その誇りは受け継がれており、幼いうちから戦に備え、自らを鍛える。

 遊び半分と言えど、日々訓練に明け暮れ、切磋琢磨する彼らの様子は他者から見ても好ましいらしい。移動魔法を駆使して世界を股にかける郵便屋の魔物、加賀見も子獅子達を可愛がってくれており、仕事のついでに構ったり、おやつをくれたりする。

 お陰で子獅子達はすっかり彼を遊んでくれる人として認識してしまった。実際には高位の龍や鳳凰なども恐れる魔物で、安易に関わってはならぬものなのだが、子供にそんな事情は意味を持たない。

 加賀見が時折連れてくる娘のお守り兼ペットな動くぬいぐるみ、ティーとルーも、中身は太古の魔狼と相当やばい代物らしいのだが、やはり大きな意味がない。

 自分たちより小さいのに強くて、偉くて、遊んでくれる他所んちの兄ちゃん。ただ、それだけである。



 狼は群れにおける役割分担がきっちりしている為か、ティー達は子獅子の相手をすることに吝かではないようだ。意外と丁寧に面倒を見てくれる。自分より大きな敵と対峙した場合の動き方や、避け方、弱点などを中心に、実演込みで念入りに仕込んでくれるため、子獅子の成長が著しい。

 最近、保護者抜きの留守番に成功したこともあり、遊びに来る回数も増えた。


 加賀見がいざという時のアンテナ代わりに置いていった娘のきいちゃんを膝に載せ、拝殿の階段に座って子供たちの様子を眺める。

 教えるだけに実力は確かであって、八幡や璃宮など年長で、自分より身体の大きい子獅子の攻撃であろうと、複数からの同時攻撃であろうと、ルーもティーも難なく躱す。

 そして確実にカウンターを打ち込む。足を払われたり、突き飛ばされたりしてコロコロ転がり、子獅子達はみきゃーと悔しがった。

 複数の子獅子を相手にして、何ら苦にする様子もないぬいぐるみたちは、伊達に神に連なる太古の魔狼ではないのだろうが、見慣れすぎて、ただ単に喧嘩なれしているだけな気がしてきた。

 相手の力量をきちんと測れないようでは、宮司は務まらない。もうすぐ、邪鬼の侵攻が活発する時期だと言うのに、これではいけないなと反省する。



 転がされ疲れたのか、一番年下の無比刀が取っ組み合いから外れ、階段をよじ登ってやってきた。よっこらしょと自分の上の座るきいちゃんの膝にできるだけ頭と身体を載せて、落ちないようにジツと固まる。

 小さい人は膝の上に登ってきた青い子獅子に目をぱちくりさせたが、特段迷わず頭をクシャッと掴んだ。無比刀がびくっと震える。

 掴んだ子獅子が跳ねたのに、小さい人はしばし固まり、思い出したようにそっと撫で始めた。飽きずに何度も撫でる、きいちゃんの小さな手は気持ちが良いらしく、無比刀はグルグルと喉を鳴らしだす。

 手加減の出来ない小さい子の手を怖がらないとは、相変わらず、いい度胸をしている。当人曰く、兄獅子の陸奥が進んで相手をしているのを見て、『ぜったい、いいことがあるとおもった。』らしい。


 うちの獅子は見た目こそ獅子であるが、鉱物に霊気が溜まって生まれた付喪神のようなもの。若干変温動物の毛があり、寒いからと言って動けなくなるということはないが、温かいところに行きたがる性質が有る。

 夏の直射日光などは流石に論外だが、温かい日向や温泉、コタツの中などを好む。

 きいちゃんの手や身体は幼児特有の高体温でとても暖かく、大変気持ちが良いようだ。撫でられて無比刀はだらしなく身体を預け、とても幸せそうだ。それはいいのだが。

 小さい人と一緒に膝の上に乗られる形となった自分は大層重い。

 挙げ句、巳壱が此方に気がついて、不機嫌な顔で駆けてきた。



『きいたんは、みいちの、いもうとなんだよ!』


 馴れ馴れしく乗るなと不満げに周囲をウロウロし、無比刀の尻を前足で叩く。


『でも、ひざは、いま、むいがとった。』

『じゃあ、どいて! みいちがなでてもらうんだから、どいて!』


 叩いても煩がるだけで、無比刀に動く気配がないと見て、巳壱はきいちゃんと無比刀の隙間に頭を押し付け、割り込もうとする。


「こら、人の膝でおしくらまんじゅうをしない。」


 シャーッと威嚇音を出して弟を追いやろうとする巳壱を叱り、意地になって居座ろうとする無比刀の首を掴んで持ち上げ、膝から降ろす。


「はい、お前たち。きいちゃんの前で喧嘩するとどうだった?」

『きいたん、びっくりして、ないちゃうから、しません。』

『きいたん、まきこんで、いたくさせちゃうかもだから、しません。』


 反省してしょんぼり肩を落とす二匹を、きいちゃんはぼんやりと見ている。

 ゆっくり言い聞かせれば、幼い子獅子でもちゃんと分かる。ただ、喧嘩はいけないのは分かるが、いい気持ちでくつろいでいた無比刀は悔しさが拭えないらしく、ギャウと鳴いた。


『でも、むいが、なでてもらってたんだよ。』

『でも、むいちゃんは、もう、いっぱい、なでてもらった!』


 すぐさま、巳壱が反論するのをもう一度止める。


「無比刀、巳壱。」


 叱らずとも名前を呼んだだけで、二匹とも悲しそうにミャーと力なく鳴いた。駄目なことは理解できても、感情が追いつかないのは人間の大人でもよく有ることだ。一旦、きいちゃんを膝から降ろし、双方の頭を何度も撫でてやる。

 小さい人はそれを不機嫌そうに見ていたが、やがて自分の顔をひっかき始めた。


「ううー んー…」


 何とも言えない様子で顔を手でこね回すのに、慌てて両手を抑えて抱き上げる。恐らく、これは眠いのだろう。改めて膝の上に載せ、背中をとんとん叩いてやれば、ますますジタバタと暴れだした。

 眠いのに上手く寝付けず、気持ちが悪いらしい。此処は根気よく寝かしつけ続けるしかない。


 いつの間にかルーがそばに来ていて、ワンと吠えた。


「じいちゃん、ボクも。」


 自分も一緒に抱っこしてくれと二本足で立つぬいぐるみに、子獅子達はなんて我が儘なと驚きで目を見開いたが、そう言う話ではない。

 灰色と白のぬいぐるみが言いたいことを理解して掬い上げれば、ルーはきいちゃんの顔を舐め始めた。


「きいたん、きいたん、ルーが来たよ。

 もう、大丈夫だよ。」


 大好きなぬいぐるみが来たのを知り、きいちゃんは両手を伸ばしてルーをぎゅっと抱きしめる。子獅子達が羨ましそうに口を開けた。


「ルーが居るからね。ずっと一緒だよ。」


 大事な小さい人にルーは頭を押し付けて何度も言い、がうと吠えた。


「じいじゃん、立って、ゆらゆらして! 

 立ってゆらゆらしないと、きいたんは寝ない。」

「はいよ。」


 人使いが荒いぬいぐるみだ。

 言われたとおり立ち上がり、そのまま二人を抱えて背中をとんとん叩く。



「うー……」

「大丈夫、大丈夫。」


 小さい人がぐずる度にルーが根気よく宥める。声はだんだん小さくなり、殆ど聞こえなくなった。

 すぐに降ろすと起きてしまうらしいので、暫く立ったままで居たほうが良さそうだ。


『いいなあ。』

『いいなあ、るーにいちゃんは。』


 羨ましい対象が別途生まれたので、巳壱も無比刀も喧嘩を止めた。

 指を咥えんばかりに頭を動かして、きいちゃんの様子を見ようする二匹が一生懸命過ぎて、つい、笑ってしまう。


「お前たち、そんなに抱っこがいいのか?」


 そんなつもりはなかったのだが、侮辱ととられたようだ。

 二匹とも顔を赤らめ、ミャッと抗議の声を上げる。


『だって、きょうは、さむいからだよ。』

『じいちゃん、みいちも、さむい。おひさま、でてない。』


 抱っこされたい赤ちゃんと思われるのは心外だ。

 ただ、くっついて暖かくしたかっただけ。

 そう言って、子獅子達はそっぽを向く。


『あったかければ、だっこなんか、いらない。』

『みいちだって、いらない。』


 本当は甘えたかったはずなのに、全然平気な顔をして鼻を突き上げる彼等の主張にハイハイと頷く。

 ただ、見上げれば確かに今日は天気が悪い。空は黒く厚い雲に覆われ、今にも雨が振りそうだ。

 濡れてもいいことは何もない。社務所に引っ込むには数が多いので、本殿へ入ろう。



「じゃあ、休憩にするか。

 兄ちゃんたちにも本殿へ行くように言ってくれ。」

『わかった。』

『みいちが、にいちゃんに、いう。』


 兄獅子達が転がっているのは目の前で、大きな声を出せば済む話なのだが、折角なので頼めば二匹とも偉そうに胸を張り、尻尾をピンと立てて大人ぶって歩いていく。

 伝令も出来る自分たちは赤ちゃんじゃない。そう、態度で示しているのだろう。小さい人と一緒に抱っこされたぬいぐるみがくすくす笑う。


「獅子は子獅子でも、見栄っ張り。だっこがいらないなんて、勿体無い。」

「ルーは、赤ちゃん扱いされるのは平気なのか?」


 太古の魔狼だってプライドの高さは相当でなはいのだろうか。少なくとも知り合いの狼の霊獣は気位が高く、いい加減な対応をすれば面倒なことになる。

 けれども、ルーはぱさぱさと気楽に尻尾を振った。尻尾があたる手がくすぐったい。


「ボクは例え、赤ちゃん扱いされても、ちっちゃいぬいぐるみになっても、抱っこがあったほうがいいね。

 だって、きいたんが大事だもん。一緒がいいよ。

 大好き大好きが一番大事だよ。」


 きいたんが大事。ずっと一緒。

 ぬいぐるみは何度も繰り返し、小さい人に鼻や頭をくっつける。きいちゃんのことを本当に大切に思っているのだろう。

 仲良しの二人を背に負い直して、落とさないよう預かった抱っこ紐でしっかりくくる。



 巳壱と無比刀に言われて、子獅子たちが取っ組み合いを止めて戻ってくる。


『じいちゃん、休憩? ボク、まだ元気だよ。』


 息を弾ませつつも、八幡が物足りなさそうに尻尾を振り回す。


「そうかもしれないけど、雨降ってきて、濡れたら嫌だろ。」

『そっかあ。』


 空を見上げた子獅子達は溜息をつき、列になって拝殿の階段を登り、奥に続く本殿へ向かう。

 随分暴れたのか、皆、荒い息をしていた。何か飲ませたほうが良いだろう。殿になったティーに声を掛ける。


「水を汲んでくるから、引き続き、見といてくれ。」

「あいよ、じいちゃん。」


 ウォンと短い返事に手を振って、井戸へ向かう。途中でルーがもぞもぞと動いた。


「じいちゃん、社務所にも寄って。

 お父さんが隠したおやつが有るよ。それも持っていこう。」

「え、何だ、それ?」


 ルーたちを預ける際、黙って置いていったようだ。また、加賀見が気を使ったのだろう。


「そんな事、しなくていいのに。」


 あれが獅子達のために持ってくる鉱石は細石と言えど純度が高く、高価なものだ。おいそれと受け取るのは気が引ける。

 此方の心情を察したのか、ルーはもぞもぞと動きながら妙なことを聞いてきた。


「じいちゃん、此処んち、葉っぱがいっぱい有るよね。

 良い肥料になるからボク達が欲しがってたら、どうする?」

「ん? いくらでも持っていっていいぞ。」


 枯れ葉など、いくらでも有る。

 値のつくようなものでも、特別な用途が有るわけでもなく、好きなだけ持っていってくれて構わない。

 そう答えれば背中のぬいぐるみは頷いた。


「それと同じ。お父さんは値段のつかない屑石が一杯有るところを知ってる。

 だから、じいちゃんも気にしなくていい。」

「うーん。それは一寸、難しいなあ。

 葉っぱは葉っぱだし、屑でも、鉱石は鉱石だからなあ。」


 価値がないと言うが、あれだけ純度が高く霊気を含んでいれば、色々と使いみちがあるはずだ。ぬいぐるみが言いたいことはわかったが、素直に納得できず悩んでしまう。

 ルーがまた、楽しそうにくすくす笑った。



「じいちゃんは、面白い。

 人間は強欲なのに、山口のじいちゃんは面白いことを言う。」

「そうかい?」


 何が可笑しいのかもわからなければ、強欲などとらしからぬ台詞に強烈な違和感を覚える。

 小さな子犬の器に入った太古の狼に、まるで笑いながら呪いを吐かれている気分だ。


「だから神職になれた。

 欲が多いと本当の神職にはなれない。

 多くのものを捨てなければ、御神体と契約は結べない。

 そう、お父さんも言っていたよ。」


 目眩がする。加賀見は一体、彼に何を教えているのだろうか。

 ルーは見た目通りの可愛い子犬のぬいぐるみではないとは言え、心が酷くざわつく。



 一頻り笑ったあと、違和感を拭い去るように、ぬいぐるみがパサリパサリとしっぽを振るのを背中で感じる。


「でも、やっぱり気にしないでいい。

 お父さんはじいちゃんに随分助けられてる。」


 そのお礼も有るのだろうとオンと吠え、ルーは何でもなさげに言った。

 胸の使えが取れたようにすっと気持ちが楽になり、何となく、からかわれたような気分になる。


「何もしてないぞ。」


 むしろ、何かやったのはお前だろうと背中を振り返ってぬいぐるみを見やれば、とぼけた様子で目をくるくる回すルーと目が合った。


「そうでもないよ。ボクやきいたんを預かってくれる。

 普通に遊びにこれて、普通に迎えて貰える。これが結構難しい。」


 さらっと重いことを言われて、黙ってしまう。

 幾ら只人の青年に見えても、加賀見は安易に触れてはいけない魔物。龍や鳳凰も恐れる化物だ。時折垣間見せる魔術の腕は、ふざけた中身であっても他に類を見ない出来で、けして凡人に真似できるものではない。それを悪意で容易れば、どれだけの恐怖を撒き散らすのか。一度不安を感じれば拭い去るのは難しく、他所の神社で忌避されているのも聞いている。

 ただ、それでも。


「そんなもんかねえ。」

「そんなもん。」


 それでも、自分にとっては気のいい茶飲み話の相手。

 急に来なくなったり、毎日のように顔を出したりと気紛れで、我が儘であってもだ。

 彼奴はどれだけいい加減に見えても、無用な暴力を振るうことはなく、小さいものを庇い、慈しむ心だって持っている。例え魔の物であろうと邪鬼や怨霊のように意味なく他を傷つけるような存在ではない。

 安易に関わってはならない存在であるのは理解している。相応の覚悟も持っている。

 だが、向こうが筋を通す限り、此方も応じるべきであり、無闇やたらに忌避し、特別視するのは違うと思う。

 故に敢えて軽く流せば、ルーは実に楽しそうにウォンと吠えた。


「何せ、お父さんはお父さんだから。

 きっと、そのうち、何かやらかす。」


 不穏なことを当然のように断言するぬいぐるみに顔をしかめる。


「何かって、何をだよ?」

「獅子の鬣、編み込むとか、毛皮に落書きするとか。

 じいちゃんも覚悟しておいたほうがいい。」


 わざとらしく脅すように、鉱石は分割前払いの慰謝料だと言うのを鼻先で笑う。


「あのな、落書きに近いものはもう、された。」


 先日、イベントで余った顔料を塗りたくられた。只の仮装に留まらず、子獅子が数匹不良化し、大人の獅子までロックバンドになった。

 聞くなりルーは吹き出して、きいちゃんを起こさない程度に人の背中でジタバタ暴れる。


「やっぱり! やっぱり! きっと、これからも、お父さんはなんかやるよ!」

「どうしような、気がついたら鬣がリーゼントになってたりしたら。」


 比類なき魔物と付き合うと決めた以上、諦めるべきなのかも知れないが。

 本来、覚悟する被害と方向性が違うだけに、受け入れがたいものがある。


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