みかん。(後半)
子獅子達が尻尾を揺らして居なくなり、改めてみかんを食べる。
やっぱり甘くて美味しい。部屋の温度が低く、みかんも冷えているのでより甘く感じる。ただ、手も随分冷たくなってしまった。掘りごたつの中に突っ込んで実感する。
社務所、寒いな、と。
申し合わせたように風が吹き込んできた。今年は暖冬と言うが、それでも身を切るように冷たい。
ぼんやりと思う。掃出し窓、閉めたい。
夜間や雪、雨の日は流石に閉じるが、通常、昼間は縁側続きの掃出し窓は開けっ放しだ。当然温かい空気が逃げてしまうのでストーブなどは効率が非常に悪く、暖房器具は掘りごたつ一点である。ついでに夏場はクーラーなし。
正気の沙汰とは思えないが獅子に戸は開けづらい。爪で引っかかれては痛むし、何か有る度に吠えて呼ぶのは大変だ。また、ガラス戸だと子獅子が時折、窓の存在を忘れて飛び込んでくる。
まさかと思われるかも知れないが、結構やらかす。
現在は割れた危険を考え、強化プラスチックを採用しているが、全力でぶつかれば痛いことには変わりない。たったサッシ一枚で可也コミニュケーションが取りづらくなるので、仕方がないものと諦めている。
それにこういう時の為、という訳ではないが、来ている装束は神職のための特別性である。霊獣の毛など特殊な素材をベースに作られており、丈夫で夏は涼しく冬は温かい温度調整機能が付いている。普段使いは勿論、霊獣と一緒に真夏の熱帯夜など、悪天候で魑魅魍魎と対峙することもある神職の必須装備なのだ。
神域の性質なのか、無風ではないが強風は吹かず、砂や虫なども殆ど入ってこない。それなりの環境と装備が揃えば苦痛を感じるほどの不都合ではない。
夜になって、窓閉めたらガンガンストーブ炊きますけどね。
寒いんだよ。装束の温度調整は優秀だし、綿入れも羽織るし、凍えはしないけど寒いんだよ。
掃出し窓さえ閉められれば、日中もストーブ使えるんだけど。
うちの霊獣は獅子であって猫ではないが、猫飼ってる家で偶に見かける専用ドア。あれ、欲しいなと時々思う。ただサイズや耐久性的に恐らく実現しない。
気を取り直し、書き物を済ませようとペンを取れば、古参の獅子、二前がゆったりと顔を出した。
足元に出ていったはずの燦馳がくっついているのを見て、嫌な予感がする。
『おじいさん、逸信に燦馳たちと遊ぶよう、勧めましたか?』
「ああ、相手をしろと、頼んだ。」
歯に物が挟まった様な聞き方に感じるところがあって、言葉を区切り、語気の強弱を付けて答えれば、兄獅子は「やはり」と言う顔をし、足元の子獅子を振り返った。
『燦馳、さっきも言ったが、今日は逸信と遊びなさい。』
『でも、にのにい、』
この様子だと、燦馳はあのまま逸信について行かず、遊んでもらい慣れた二前の方へ行ったのだろう。不安げに耳を横に動かす幼い子獅子に兄獅子は眉根を寄せる。
『イツと遊ぶのは嫌か?』
『ううん。いつにい、やさしいもん。
でも、たくさんは、たいへんそう。』
自分たち3匹を相手にするのは負担ではないか。燦馳は困ったように尻尾を左右に細かく振る。
二前の眉間のシワがますます深くなった。確かに数は多いかも知れないが、遊びで弟に心配されるのは如何なものか。
仕方がないやつだと一番の兄獅子は深くため息を付き、ふと、此方を眺めた。
『おじいさん、みかんですか?』
机の上の皮を見て、随分食べているようだと興味を示す。
「うん、加賀見がくれたんだ。」
『みかんは、ビタミンという栄養が豊富で、風邪を引かなくなると聞きます。
沢山食べてください。』
真面目な顔で勧められて、返って申し訳なくなる。健康のためではなくて只の暴食です。
『では、子供たちの様子を見てきます。
ほら、燦馳。皆のところに戻るぞ。』
「おう、宜しく頼む。」
ザッザッと規則正しく砂利を踏みつけ、去っていく頼もしい背中に少し心配になる。二前は真面目な分、少々厳しい。弟の面倒ぐらい見られなくてどうすると、逸信が絞られなければよいのだが。
でも、まあ偶にはいいかとダンボールに手を伸ばし、もう一つみかんを手に取れば、ジャカジャカと砂利を蹴る騒がしい足音がして、今度は瑞宮が飛び込んできた。
『じいちゃん、じいちゃん、なにしてんの?
あっ、みかんだ!』
かけっこをしていたのだろう。荒く息を弾ませながら、机の上の皮を見つけて、スピスピと鼻を動かす。
『何時も思うけど、不思議な匂い。
じいちゃん、みかんって美味しい?』
口を開けて、如何にも羨ましそうに首を傾げるのに、思わず笑ってしまう。
「ああ、これはいい奴だから余計にな。」
『ふーん。じいちゃんは果物食べられていいね。
そうだ、この皮、ボクに頂戴!』
食べられないのはつまらないと尻尾を振り回した側から、妙なことを言い出すのに驚く。
「どうするんだ?」
『乾かしてね、お風呂に入れるんだよ!
みかんの皮、お風呂に入れるとポカポカになるって聞いたよ。』
これは食べられないぞと言わなくてよかった。
幾ら、おやつ大好きな瑞宮であっても、人間も食べない皮まで食べたがったと思われたら、傷つくだろう。
ただ、みかんの皮は陳皮と言って、乾かして漢方薬としても使う。血流促進や整腸、リラックス効果が有ると聞くが、霊獣にも効くだろうか。
気になるのは、猫は柑橘類が好きではないことだ。
「あげてもいいけど、まずは入れてもいいか、皆に確認してからにしろ。
お前は良くても他の奴が匂いとか、嫌がるかも知れないだろ。」
『そっか、わかった!
後、ハチ兄がきたら、ボクは来てないって言ってね!』
言いながら、瑞宮は来たときと同じ様に外へ飛び出していく。
どうやら、兄獅子の八幡と鬼ごっこをしているようだ。そうであれば、もうすぐ顔を出すだろうとの予想通り、今度は八幡が璃宮と連れ立ってやってくる。
『じいちゃん、ミミ太来たでしょ?
匂いが残ってるもん!』
「うーん。」
黙っていてくれとは言われたが、即行でバレた。
何とも答え辛く、黙っている間に八幡はこたつの中に潜り込んでくる。中でもぞもぞやって、掛け布団から顔だけちょんと出し、満足げにグルグルと喉を鳴らす。
『あー 暖かい!
かけっこしてても、やっぱり外は寒いよね。
おこたの中は最高だよ!』
『ハチ、それより早く瑞宮追っかけようよ。
逃げられちゃう。』
前足で地面を引っ掻いて璃宮が急かすが、八幡はフンと鼻先で笑った。
『大丈夫だよ。
ミミ太は足、遅いもん。すぐ追いつく。』
当社切ってのスピードスター八幡と、何方かと言えば後ろから数えたほうが早い瑞宮では、勝負は目に見えているかも知れない。しかし、余裕はもっても油断は禁物。こたつの中の子獅子の身体を足でくすぐる。
「ほら、遅いとか言わない。
そういうのは捕まえてからにしなさい。」
『ちぇっ、わかったよ。』
不貞腐れるようにコタツから這い出た八幡は、机の上の丸いものに気がついた。
『あ、みかんだ。』
こんな小さいものも有るのかと、鼻を近づけて興味を示す。
『いつものより、随分ちっちゃいね。
変なの。』
璃宮も可笑しそうに尻尾を揺らし、首を傾げる。
「そういう種類なんだよ。」
『ふーん。』
話している間も興味深げにみかんから目をそらさず、八幡は机の側をウロウロ行ったり来たりしていたが、ひょいと前足を伸ばし、みかんを軽く叩いた。
転がるみかんを見定め、机の端に頭を寄せて受け止める。そのまま、鼻を突き上げるように頭を動かし、八幡は額の上へ上手にみかんを載せた。
白い毛並みにオレンジ色を載せたなら。
『みて! 鏡餅!』
『あはは、本当だ!』
どうだと言わんばかりの八幡を見て、璃宮が大喜びで笑う。
器用なことをするもんだと感心するも、彼らは鬼ごっこの途中ではなかったか。
「ほら、食べ物で遊ばない。」
苦笑しながらみかんを取り上げて、外へ追いやる。
「鬼が追いかけてこなかったら、鬼ごっこにならないだろ。」
『早く行こう。
ミミ太はまだしも、リクを捕まえるのは大変だもん。』
『それもそっか。
じゃあ行ってくるけど、じいちゃん、みかん食べ過ぎたら駄目だよ。
甘いものいっぱい食べると、おデブになるんだよ。』
璃宮にも、もう一度急かされた八幡は庭へ出ていきがてら、生意気な口を叩く。返事をする代わりにしっしと追い払う仕草をすれば、笑いながら駆けて行った。
ちょいワル子獅子にやれやれと肩を落とし、机の上を見て、実際食べすぎたかなと思う。
積み上がった皮をまとめてゴミ箱に捨て、仕事に取り掛かる。色々と溜まったせいで、なかなか片付かない。
序にみかんとは言え、腹がくちくなっているのでだんだん眠くなる。掘りごたつは暖かく、少しウトウトしてしまった。
ガサガサ、ゴトゴトと箱が動く音がして目を覚ます。音がする方を振り返れば、みかんの箱が自ら動いていた。
何あれ。ダンボールオバケ?
誰の影響か変な事を考えてしまったが、オバケであるはずもない。深く考える前に一番幼い青い子獅子が箱から顔を出す。そう言えば、この子は先ほど昼寝から起きた群の中に居なかった。
「無比刀、何をしてるんだ?」
『じいちゃん!』
声をかければ、小さい子獅子は得意満面で叫んだ。
『みて! なかみ、ぜんぶ、だしてやった!
ぜんぶ、ぜんぶ、むいが、だしてやった!』
辺りを見回せば、そこかしこに転がるみかん。あっちにもこっちにも、みかん。
何が嬉しいのかはさっぱりわからないのだが、無比刀は胸を張り、尻尾をピンと立てて自慢げだ。
「……そうか、全部、出したのか。」
『うん! むい、すごいでしょ!』
散らかった部屋にため息が自然と零れるも、とりあえず、仕事をやり遂げてご満悦な子獅子の頭を撫でてやる。
怒るほどのことではない。そもそも、何時までも片付けずにダラダラ食べて、子獅子の手の届くところに置きっぱなしにした自分が悪い。
それでも、部屋中に転がったみかんを全て集めるのは、少し面倒だった。
賢い霊獣であっても、なくても、子供は時折突拍子もないことをしてくれる。




