みかん。(前半)
1千年前の大戦で国家が崩壊し、妖怪、妖精、霊獣と、人ならぬ生き物が当たり前に入り交じる様になった今、神社とは大地を流れる霊気の管理のためにある。
龍脈、地脈などと呼ばれる強い力は良くも悪くも周囲に影響を与えるので、万一災害に繋がれば大きな被害を引き起こしかねず、どうせ有るなら有効活用しない理由もない。
可能であれば、きちんと保全するに越したことはないのだ。
神社には其々、管理者として人の神職と、霊獣が所属するのが常だ。
霊獣の姿形に特性は様々で、鳳凰、獅子、山犬など、明らかに人と異なるものや、天狗、木霊の様に人に近く、獣と言うにふさわしくない場合もある。
邪物の排除や結界の維持、地脈の調整など、神域を守るになくてはならない存在である彼らだが、人ではない手足や生まれ持った特性故に、出来ないことや不都合が生じることがある。そこで補助として近隣の町から人が神職として派遣されるのだ。
うちの霊獣は純白、若しくは空色の雄獅子。勇猛果敢な彼らは邪物の討伐を得意とし、関東西部を守る要として意外と重要な位置に居る。
それを補助する神職であり、神社の代表でもある宮司の自分も責任あるべき立場と言えよう。
だが、責任があろうとなかろうと、まず一介の人間であることは間違いないし、のんびり貰い物を楽しむ日だって有る。
先日、郵便屋の魔物が箱ごとみかんを持ってきた。沢山貰ったので、おすそ分けらしい。
勿論、嬉しいことは嬉しかったのだが、うちの神社に神職は自分一人しかおらず、獅子達は果物どころか肉や魚も必要としない。
大量に食するものでもないし、箱で貰っても食べきれるか心配するも、問題ないはずだと言われた。小ぶりでつまむにちょうど良い上に非常に美味で、気がついたら無くなるそうだ。
経験談を基に断言され、それならとありがたく受け取った。
受け取ってみれば其処まで大きな箱でもなく、目を見張るほど大量に入ってもいないので、腐らせる心配はなさそうだった。
早速、口にすれば確かに美味い。ピンポン玉と言えば大げさだが、指三本ぐらいと普通のみかんより一回り小さく、その分、味が凝縮しているのか、甘く、みずみずしい。
何かのはずみで紛れ込んだらしい大きなみかんの方が大味で、水分量が少ないのか、ぱさぱさして美味しくなかった。
ついつい一つ二つと続けて食べてしまい、気がつけば結構な皮の山が出来ていた。ちょっと食べすぎたかなと反省するも、箱から次を出してしまう。
『じいちゃん、何してるの?』
フンフンと鼻を動かしながら子獅子の一匹、逸信が縁側に顔を出した。
『なんか、いい匂いがするね。』
「生憎だが、りんごじゃないぞ。」
この子は食べたがりこそしないものの、果物に興味を示す。
特にりんごの匂いが好きなのだが、本日はみかん。予め断れば、困惑したように耳を横に垂らされた。
『それは分かるよ。匂いが違うもん。』
本当は特に何も思っていないのだろうが、子獅子特有の額についた暗色班が丁度下がり眉毛のようで、動かした耳と併せて困っているように見える。
ひょいと縁側を登り、部屋に上がってきた逸信は机の上を眺め、スンスンと匂いを嗅いだ。
『このみかん、何時もより匂いが濃いね。』
「違いが分かるか、イツ。」
鑑定するようなことを言うので、これはと思ったのだが、不思議そうに首を傾げられた。
『なんか、違うの?』
「……うん、不二の麓のいいやつらしい。
加賀見がくれたんだ。」
『ふーん。不二って一番立派な霊山でしょ。
流石、加賀見の兄ちゃんだね。
そんな所にも行ってるんだ。』
よく知らないけど何か凄そうと、単なる雰囲気で判断しただけの違いの分かっていない感想を述べて、逸信はちょいちょいとみかんを前足で突付いた。
『不二ってどんなところかなあ?
ボク、いつか、行けるかなあ?』
外に興味を示す発言に思い出す。
この子は先日、他の神社を訪問する機会に恵まれたにも関わらず、駄々をこねる弟に順番を譲った挙げ句、怒られたのだった。話の流れ的に仕方がなかったとは言え、可哀想なことをしてしまった。
「イツ、不二に行ってみたいか?
智知神社にも行けなかったしな。
次は連れて行ってやるから。」
気休め程度にそんな言葉を掛けるも、逸信は少し首を傾げるにとどまった。
『うーん。よく、わかんない。
後、ボク、智知はいいや。』
意外と興味がなさそうなのに、肩透かしを食らったような気分になる。
「いいのか?」
『うん、ボクね、智知に行ったら、大事が居るかなって思ったんだけど。
加賀見の兄ちゃんに「お前の大事は虎やフクロウじゃないだろう」って言われて、ボクもそうかなって思うから、智知はいいや。』
良く分からないことを言う子獅子に、ああ、またかと思う。
逸信は時々、誰にもわからない不思議なことを言う。詳しく聞いたところで当人にも答えられないため、予測でしかないのだが、何か「大事なもの」を探しているらしい。
人なのか、物なのかも、よく分からない探しもの。
特別必死になったり、執着しているわけはなく、普段は逸信も忘れているようだが、何かの折、正に今のような会話で無意識に探しているのが分かる。
色々と手先が器用で、魔術に限らず変な知識を溜め込んでいる郵便屋によれば、前世の記憶のようなものではないかとのことだ。けして多くはないが、ごく稀に有ることらしい。
「え、どうしよう。前世の記憶を駆使して、とんでもない魔法や技術を使い始めたり、往年の宿敵と戦うとか言い出したりしたら。」
「面白そうだし、逸信だし、好きにさせとけと思うけど、まず、ねえな。
仮に元が凄い技術者だったとか、魔法使いだったとしても、赤ん坊に人一人の一生分の記憶とか大量のデータは受け止めきれない。専門知識なんか9.9割方吹っ飛ぶわ。
万一、まるっと残ったとしても、術法も技術もどんどん変わっているから、自由に動ける頃には古臭くて、あまり役に立たんと思う。
どうせ引き継ぐなら、後悔とか信念とか感情系が有効かね?
頑張ればある程度、結果はついてくる。
例え知識が役に立たなくとも、努力するに足る感情が残っていれば、ちっとは有利かも。
ただ、多少下駄履いたところで頂点に立てるほど、世界は狭くなけりゃ、甘くもないけどな。
ま、全ての記憶を維持しつつ、新しい身体を得たいのなら、転生は不確定要素が多すぎておすすめしない。」
そんな会話を以前したなと思い返す。
逸信の場合はその感情系の記憶が残っているようだが、性格や行動に影響を及ぼしている気配はなく、役にはたっていないかも知れない。
ただ一度、桜の花を見て、毟らなくてよいのかと騒いだことがあった。
詳しく聞けば、花を咲かせると実が大きくならないと言う。うちの桜は花を楽しむもので、実はむしろいらないことを教えたら吃驚していた。
摘花は多少、園芸を嗜むものなら知っていて当然の特殊な知識ではないが、果物も好きだし、前世は農家か何かであったのだろうか。性格からしても何かやるとすればスローライフ系だろう。転生子獅子ののんびり田舎暮らし。時々邪霊討伐もあるよ。
うん、楽しそうだけど今とどう違うのか、じいさんにはわからぬ。
結局、記憶を引き継いでも前世と現世の自分、何方が主体かと言えば現世となり、断片的に思い出したところで、今更どうにか出来るようなものでもなく、若干の人生の指針にならなくもないが、大半は「ふーん、そうなんだ。」で終わるようだ。そもそも魂は単なるエネルギー体で、個人を形成していると考えられる霊体は死後消滅するのが一般的として、転生自体が疑わしく、真偽の程は不明瞭らしい。
ただ、郵便屋はうちの獅子のように物に霊気が溜まり生物化した付喪神系が、最もこの様な現象を引き起こしやすいようだとも言っていた。胎生、卵生など親から分裂し、肉体に遺伝子という記憶が刻まれている生物より、基が無である分、何らかの情報を引き込みやすいのではないかと思われるとか何とか。
そう言われてみれば、仲良し子獅子の瑞宮と天祥の寝言がシンクロしたこともあった。
縁側で揃って昼寝をしているなと思っていたら、寝ぼけたのか、瑞宮がひょいと頭を上げて『お前、また俺のお菓子、喰ったな。』と、みゃむみゃむ呟き、やはり寝ていたはずの天祥が『いいじゃないすか。それより飯、食いに行きましょうよ。腹減りました。』と、答えたのだ。
起きてから詳細を尋ねても、瑞宮が『なんか、美味しいものを沢山食べた気がする!』とご機嫌だったぐらいで、二匹は夢の内容すらも覚えていなかったが、いつも一緒に行動している彼らは、前世でも仲が良かったのだろうかとほっこりした。
そして、文句を言われているのに天祥が全く意に介していないのも“らしい”と思った。
何にしろ、特段、今の生活に大きな影響を及ぼすようなものではないだろう。前足でみかんを突付いて遊ぶ逸信を眺め、改めてそう思う。
食べ物で遊ぶのはよしなさい。ほら、机から落とした。
ころころとみかんが転がり、逸信が少し慌てて追いかける。
コトコトと背後の子供部屋で生き物が動く気配がし、戸を開けてやれば、昼寝から起きた幼い子獅子たちがちょろちょろと出てきた。
『じいちゃん、おはよう!』
『みいち、たくさん、ねたよ!』
白毛の燦馳と巳壱が元気よく尻尾を揺らし、青毛の豊一が目を輝かせて叫ぶ。
『あっ! あたらしいぼーるだ!』
そのまま、動きを止めた逸信のところへすっ飛んでいき、迷わずみかんに齧り付く。
「にびゃっ!?」
途端に悲鳴が上がった。
混乱のまま頭を大きく左右に振り、豊一が悲しげに鳴きたてる。
『まじい!
へんなにおいと、あじがする! まじいよう!』
全く、止める暇もなかった。
「大丈夫か、豊一?」
『じいちゃん、このぼーる、まじいよ!』
「それはボールじゃないぞ。みかんだ。」
泣きべそをかく蒼い子獅子に教えれば、豊一はしょんぼりと耳を横に伏せた。
『ぼく、ぼーると、おもったよ。』
こぶりなので自分に丁度良いサイズに思え、嬉しさから余計に間違えたらしい。
ペッぺと吐き出し、顔をしかめる弟を逸信が舐めてやり、巳壱と燦馳も目を丸くする。
『みいちも、ぼーるとおもった。』
『いつにい、あたらしいぼーる、もらったとおもった。』
『よく見なよ。匂いが全然違うよ。』
小さい弟たちに注意を促しながら、逸信はみかんを咥えて持ってきた。
豊一の牙で穴の空いたみかんを受け取る。多少潰れたが傷ついたのは表面だけだし、皮を剥けば食べられるだろう。
巳壱と燦馳が覗きにやってきて、膝の上に登り、ふんふんと匂いをかぐ。
『ぼーるじゃ、ないね。』
『これは、みかんだね。』
『ぼく、これ、きらい!』
サイズが違うが、偶に机の上に乗っている橙のやつ。
兄弟たちが観察している中、大層気分を害した豊一が前足で床をバシバシ叩く。
『じいちゃん、なんで、こんなの、もってんの!』
「じいちゃんのおやつに、加賀見がくれたんだよ。」
『にいちゃんは、わるい!
じいちゃんに、まじいの、くわせる!』
人聞き悪く、謝った解釈に苦笑してしまう。子獅子の感覚ではそうかも知れないが、これでは折角くれた郵便屋に悪い。
「豊一、これはじいちゃんには美味しいんだよ。
それに皮を剥いて食べるんだ。
お前が囓ったのはじいちゃんも食べられないところだぞ。」
説明しながら実演して見せれば、子獅子達は不思議そうに見ていたが、匂いを嗅ぎなおして顔をしかめた。
『やっぱり、これはみかん。ふしぎな、におい。』
『みいちはそんな、きらいじゃない。』
『こんなの、いらない!
たべらんないし、あそべない!』
元々、猫系は柑橘類が好きではない。良いものと聞いても判断致し難く、機嫌を損ねた子獅子には尚更気に食わないものらしい。
燦馳と巳壱は難しい顔でみかんを眺め、みゃうみゃうと豊一は抗議の声を上げた。
『じいちゃん、こんなの、ぽいぽいして!
それより、ほんとのぼーるで、あそんで!』
「そうだなあ。」
遊んでやりたいのは山々だが、みかんの美味しさに釣られてすっかりくつろいでしまっていたので、積み重なった皮がもろとも、溜まった机仕事を片付けなければいけない。上手く代理を立てられないかと考え、大人しくちょんと座り、弟たちを眺めている逸信に目が行く。
この子もそろそろ、自分のことばかりではなく、弟の面倒を見られなければいけない時期だ。ただ、すぐ上に年下に懐かれる瑞宮がいることなどから、逸信が弟の相手をすることは少ない。
これはいい機会なのではなかろうか。
「イツ、こいつらの相手をしてくれよ。
ほら、お前たち、兄ちゃんと遊べ。」
『ええっ!?』
頼めば小さい子獅子達はさっと兄獅子を見つめ、視線を集めた逸信はぽかんと口を開け、目を真ん丸にした。
『ボクが、ミイちゃんたちの面倒みるの?』
「……そうだよ。」
勿論、突然上手には出来ないだろうし、必要であればフォローするつもりであったが、それ以前にお前、何でそんなに驚いてるの。
「逸信、嫌なのか?」
『ううん、そうじゃないよ。でも……うん、わかった。』
何度か逡巡するような仕草を見せるも、逸信は立ち上がって弟たちを呼んだ。
『じゃあ、皆、向こうで遊ぼうか。』
『うん……』
『いつにいが、あそんでくれんの?』
今ひとつ、覇気の感じられない招集に、弟獅子たちは不安げに此方を見上げた。
逸信まで、耳を横に垂らして自分を見ているのに、眉をひそめてしまう。
「逸信、しっかりしろよ。お兄ちゃんだろ。」
これからも当社に所属する獅子として、仲間と集団行動を送るためにも、責任の有る立場や行動を学ぶためにも、年下の面倒ぐらい、みられなければいけない。性格による向き不向きが有るとは言え、出来れば自分から積極的に動いてほしい。少なくとも弟に不安を伝染させるようでは駄目だ。
ジツと見つめれば、気不味げに逸信は耳を横にしたまま縁側を飛び降り、改めて弟たちを呼んだ。
『ほら、いくよ。』
ガウと吠える兄獅子に逆らう理由は弟獅子達にもなく、ちょろちょろと付いていく。大丈夫か、あれ。
遊び場である拝殿前には他の兄弟たちもいるはずで、必要とあればフォローに回ってくれるだろうが、これ幸いと逸信が引率自体を委任しなければよいのだが。
逸信は足が速く、運動神経の良い頑張り屋でいい子なんだけれど、どことなく頼りない。
前世の記憶や特殊能力もいいが、あの子に今、必要なのは兄としての自覚や自信だと思う。
※お断り※
作中、前世の人格を引き継ぐ転生を否定するような記述がありますが、この作品の世界観に置いて生まれ変わりが起こり得た場合、どの様な現象として現れるかの説明となります。
転生行為を否定する意図はございませんが、ご不快に感じられた方がいらっしゃいましたら、ここにお詫び申し上げます。




