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桃の咲く季節に。

 来てくれれば嬉しいけれど、来ないなら来ないで困らない。

 自分が管理している咲零神社にとって、参拝客とは現状そんな存在である。

 1千年前の大戦で国家が崩壊し、妖怪、妖精、霊獣と、人ならぬ生き物が当たり前に入り交じる様になった今、神社とは大地を流れる霊気の管理のためにあり、それ以上でもそれ以外でもないからだ。

 それなのに一度考え始めると、何故か当社の最重要事項で、一人でも多く集客しなければ立ち行かなくなるような錯覚に陥ることがある。


 霊気溢れる神社では地脈の恩恵として、厄除けや身体能力の向上などのご利益が受けられるものだ。当社でも拝殿へ詣で霊気を浴びれば、気鬱や苦悩を吹き飛ばす熱いものが胸の中に生じ、チームワークと努力をもって何かを成し遂げんとの覇気に満ちる。また、身体能力の一時的向上や瘴気の除去などの効果もある。それだけであればよかったが、どうやら営業系の何かも刺激するようなのだ。

 以前、聞いた所によれば恩恵が神社ごとに異なる理由は色々あり、当社の場合は過去にあった建物や行われた催しの影響と言う、場所的な呪いのような、違うようなものらしい。強い念で痕が残るのは戦場や処刑場等、負の感情だけではないのだとか。

 営業的士気を高めるご利益と思えば、おかしくもないけれど、それにしては切羽詰まった感があるのは如何なものか。まあ、いいか。



 それはそれとして、春が近付いて暖かくなってくると、気分も華やかになると言うか、何か楽しい事をしたくなる。

 隣接する村からもイベントなぞをやりたいとの声が上がっており、普段からお世話になっている身としては役に立てることがあればと切に思う。


 しかし、考えても何も思い付かない。

 うちの神社には勇猛果敢な霊獣、純白若しくは空色の獅子が多数所属しているが、ライオンがイベント開催のアイデアに長けているはずがなく、相談相手にもなりはしない。では、他にと考えても、参拝以前にまず訪問者が少ない。

 必然的に手先が器用で多種多様な知識を揃える郵便屋を頼ることになる。


 今日も娘と2匹のペットを連れて、仕事という名の暇つぶしにきた加賀見にお茶を出す。

 ペットの動くぬいぐるみ達は子獅子と遊んでおり、娘のきいちゃんは古参の獅子、陸奥(むつ)のお腹に引っ付いて縁側で仲良く日向ぼっこ中と邪魔も入らない。

 全く、良いタイミングで遊びに来てくれたものだ。



「と、言うわけで良い案はないかね?」

「イベントねえ。」


 相談すれば、この国では珍しい青い目を瞬かせ、加賀見は首をかしげた。


「一口にイベントと言っても、色々あるからなあ。

 無難に季節の行事に乗っかるとして、今ならバレンタインかね?」

「バレンタインねえ。」


 確かに巷のデパートや洋菓子店が賑わう時節ではある。

 女子が年に一度、気になる男子にチョコレートを贈る日から、義理チョコだの友チョコだの、自分へのご褒美だのに発展しているイベント内容について、異論を挟むことは勿論、是非を論じるつもりもないのだが。


「なんか、他にはないかね?」

「自分で言い出してなんだが、他人事過ぎて興味が沸かないな。」


 遠回しに却下すれば、加賀見はあっさり同意を示した。



「別に悪いわけじゃないんだが、うちにはあんまり関係なさすぎるというか。」


 何せ、うちの神社の霊獣は揃って雄ばかり。

 雌ばかりの神社も有るし、そのあたりは如何仕方のないことであり、厳密には雄獅子の姿をしているだけで性別はないに等しいものの、どの道、バレンタインに似合う存在とはいい難い。

 どうせなら、もう少し繋がりの有るものを希望すれば、加賀見はやる気なく頷いた。


「関係の有る無しは兎に角、周囲がそちらで騒ぎ過ぎて、毎回誕生日を忘れられた身としては、あまり良い印象のあるイベントではない。」


 2月生まれな男子の宿命らしい。自分は10月で良かったと思う。

 嘘か真か事実はさておき、加賀見は見た目20歳程度の青年。何方かと言えば小柄で、格段に顔が良いわけではないが、全体的に中の上を行く。チョコが貰えないあれこれに臍を噛んでいるとも思えないので、言葉通り、純粋に興味がなく気乗りしないのだろう。

 やる気を感じさせないままに、話し続ける。



「でも、関連性と言ったら、あれじゃね?

 ホワイトチョコで獅子の形を作って恋愛成就とでもすれば、それっぽいんじゃねえの?」


 うちの霊獣は殆どが純白。確かにそれなら関係性を持たせることが出来るかもしれない。

 だが、しかし。


「でも、ホワイトチョコだとなあ……バレンタインと言うか、ホワイトデーっぽくないか?

 それに、白だけだと青毛の連中が拗そうだ。」


 チョコは種類が豊富なだけに、色でイメージが結構変わる。加えて数は少なくても、うちの獅子は白単色ではない。

 神社の長である宮司として、公平性に掛けるのは如何なものか。そう主張すれば、加賀見は鷹揚に頷いた。


「ホワイトデー……バレンタインは当然だけど、ホワイトデーの存在は無視する事例が多発する反面、3倍返しが基本との暗黙の重圧が発生している箇所も知っているだけに、コメントを拒否。

 あと、青も欲しいと言えば、先日何処かで藻から青の染料を作成するのに成功し、身体に優しいどころか、栄養豊富とか聞いたような聞いてないような。」


 どうでも良いような関係有るようなことをダラダラ述べて、嫌そうに首を横に振る。


「しかし、青色のチョコレート……どうなん、それ?」


 確かに不味そ……生理的に受け付けないとまでは言わないが、あまり食品に見かけない色なのは事実である。



「ミント味にするとか。」


 若しくはブルーハワイ。

 多くはないが青が食品に全く使われないわけではなく、改善案を述べれば首をかしげられた。


「ミント……春先の恋愛系イベントな趣旨から、ずれてる気がするのは俺だけか?」


 言われてみれば寒々しくて、送った先との関係が冷え切りそうだ。


「駄目だな。どう考えてもバレンタインっぽくない。」

「あと、チョコ作るにしても何処に頼むんだとか、関係製品売るならお守りとか絵馬のが先じゃねえかとか、色々あるけど、そもそも何がしたいんだ、商売がしたいのか?」


 年に一度の告白で、関係を凍結させるのは当方としても不本意である。

 きっぱりと却下すれば、加賀見はワンブレスで複数疑問点をあげた。良く息が続くものだ。



「そうじゃなくて、村でイベントをやりたいと。」

「ああな。数少ない観光資源として客寄せになれと。

 ないもんなー ここ近辺、デパートとかファミレスとか一定範囲は揃っているけど、目ぼしいものと言うか、此処がポイントみたいなのは皆無だもんなー

 ちょっと奥まで行けば雄大な自然とか温泉とかがあるし、近いところにも古き良き佇まいの町並みとかあるのに、この辺はお薦めスポット皆無だもんなー」

「おい、それ以上は口を慎め。」


 たった一言の説明で大まかな状況を理解してくれたのは良いが、深いところまで理解しすぎだ。


「でも、そういうことなら心当たりがなくもない。」


 大人しく里芋でも掘ってろなどと散々に貶した後だが、それでも加賀見は別案を出した。なんだかんだ言っても、頼りになる。


「その心当たりとは?」

「ひな祭りだ。」


 前言撤回するほどでもないが、やはり、うちの神社らしくない。



「ひな祭りも、女の子向けじゃないか。」

「それはそうなんだが、実は去年使ったセットが有る。

 これが使いまわし出来るんじゃないかと。」


 文句を言えば、加賀見はぴょんと腰掛けていた縁側から立ち上がり、ついてこいと顎でしゃくった。父親が移動し始めたので、きいちゃんももぞもぞと動き出し、陸奥と一緒に立ち上がる。

 子獅子達が遊んでいる拝殿前の広場へ移動すると、加賀見は何もないところを指差した。

 右目が青く光り、広場を指した人差し指が同じ色の光を灯す。ひょいひょいと動く指に合わせて地面に魔法陣が描かれ、何処としれぬ場所、恐らく彼の自宅から雛壇が呼び出される。 

 赤い絨毯が目に眩しい7段飾り。人形の代わりに人が乗れそうなほど大きく立派で、楽器や、雪洞、牛車などの家財道具も細部まで精密に作られており、見た目は本物と変わらない。


 妙なものの出現に、周囲で遊んでいた面々が寄ってきた。

面白そうなことが始まったと尻尾を揺らして集まってきたのは、璃宮(りきゅう)をはじめとする瑞宮(みずみや)天祥(てんしょう)など、まだ鬣のはえていない子獅子が全員に、監督役の兄獅子、二前(にのまえ)。加えて加賀見のところの動く犬のぬいぐるみ、ルーとティー。

 興味津々の面々が雛壇の前にずらりと並ぶ。


「また、お父さんが変なことを始めた。」

「また、お父さんがなんかやらかし始めた。」


 ルーとティーがくすくす笑う。

 きいちゃんの兄を自称する彼らは、加賀見のことをお父さんと呼ぶ。


「やらかすとか、人ぎきの悪いことを言うな。」


 憮然とした郵便屋に叱られてもちっとも悪びれず、二匹はわざとらしくきいちゃんの後ろに隠れてみせる。

 ふざけて笑うぬいぐるみ達の様子から危ないことではなさそうと見て、瑞宮と天祥が尻尾を揺らして思念波、一方通行のテレパシーを飛ばす。


『加賀見の兄ちゃん、何をしてるの?』

『これ何? 遊ぶもの?』

「何だ、お前ら、お雛様を知らないのか?」


 首を傾げる二匹に、無知な奴らめと加賀見は眉をひそめたが、何せ雄ばかりの神社のため、教える機会が今までなかった。

 陸奥が困ったように子獅子たちへ説明する。


『お雛様と言って、女の子のお祭りの飾りだよ。』

『遊びに扱うものじゃないから、囓ったり、引っ掻いたら駄目だぞ。』


 二前も真面目な顔で注意する。

 なにせ子獅子は悪気なく、そういうことをやりそうなのだ。特に天祥。



『ふーん。よく分からないけど、派手だね。』

『そうだね。華やかで可愛いね。』


 子獅子の中でも真ん中に当たる陸晶(りくしょう)逸信(いつしん)が不思議そうに首を傾げ、それより年上の璃宮(りきゅう)八幡(はちまん)が知った顔で尻尾を揺らす。


『ボク、これ、見たこと有る。』

『着物を着た、お人形を飾るんだよね。』

「そうです。しかし、今回飾るのは人形ではありません。」


 神社の外へ出かけた時に見た、可愛いやつだ。

 そう言って吠える子獅子たちに加賀見は頷き、雛壇の4段目を叩いて示す。


「八幡、璃宮、お前らちょっとこの段に座れ。」


 お膳や菱餅を挟んで、両脇に設置された座布団を示された二匹が、ひょいひょい段を登って席に付くと、その周囲に一瞬だけふわっと霧が立ち込めた。



『あっ! 凄い!』

『兄ちゃん、かっこいい!』


 子獅子達が歓声を上げる。 

 席に着いた二匹は其々、黒と緋色の着物、袍を着ているように見えた。武官らしく冠と緌を付け、背には矢を背負っている。

 随臣の衣装を纏った兄獅子を弟獅子達は羨望の眼差しで見つめ、興奮でしっぽをくねらせた。

 喜ぶ子獅子達に満足げに目を細め、加賀見は偉そうに説明する。


「段に幻視の呪文が組み込まれており、自動的に適切な衣装を着ているように見える仕様です。」

「凄いな!」


 一体、どれだけの魔法技術が施されているのか。素直に感心する。



「ほら、ちびファイブ。お前らは3段目に座れ。

 にゃんこスリーは2段目な。」


 加賀見の指示に従い、天祥を中心とした幼い子獅子たちが早速3段目にのぼっていき、それより少し大きい瑞宮、陸晶、逸信が2段目に上がる。


『ボクら、にゃんこじゃないよ。』


 上りがけに陸晶が文句を言うが、片手で追い払われた。っていうか、いつの間にそんなユニット名がついた。

 充てがわれた座布団に座れば、またしても霧が立ち込め、着飾った姿に変わる。三人官女に五人囃子と凝った衣装を身に纏い、皆、嬉しげに尻尾を揺らしたが、瑞宮が首を傾げた。


『ねえ、ボクらの衣装、なんか、赤とピンクで可愛すぎない?』


 紺を基調にした五人囃子の天祥たちや、随臣の璃宮たちと色が違うと不安げに耳を横に垂らす。


「三人官女だからなあ。」

『えー 此処、女の子の役なの?』


 加賀見の説明をきいた瑞宮は顔をしかめて立ち上がったが、これも片手で振り払われた。


「大丈夫だ、ミミ太。座った対象に併せて切り替えるよう設定してある。

 ちゃんと男物だし、格好いいぞ。」

『むー それなら、いいけどさ。』


 鮮やかな桃色の打ち掛けには金で縁取られた桜に流水紋。少し模様が大きいせいか、優雅と言うより派手で傾いて見える。明るさを抑えた蘇芳の袴も白の小袖と相まって凛々しい。

 必要以上に可愛すぎないデザインは兄弟達とさして変わらないと判断し、渋々ながらも瑞宮は座り直した。


「それより仕丁役が足らないな。ティー、お前真ん中座れ。」

「やだよ、召使いなんて。」

「良いから座れ。」 


 空いた5段目の席を見て、ぬいぐるみの片方に加賀見は強く言いつけ、ティーはブーブーいいながらも雛壇をのぼった。


「ニノとムツも、前足載せてみ。」


 言われた二前と陸奥が其々両脇に移動し、5段目に前足を乗せると彼らにも衣装は反映された。

 後は内裏にルーときいちゃんを座らせれば、立派なお雛様の出来上がりだ。



 完成した側から天祥が吠える。


『じいちゃん、これ、ずっと此処に座ってなきゃいけないの?』


 早速飽きたらしい。

 思えば飽きっぽい子獅子たちに、イベント中、ずっと大人しく座っていろというのは酷かもしれない。

 しかし、これも加賀見が解決してくれた。


「最後までお利口に座っていられた子には、ご褒美の豪華特別カリカリおやつがあります。」

『テンちゃん、頑張るよ!』


 その他の子獅子も俄然やる気になったようだ。現金である。



「そんなこんなでどうですか、これ。」


 敢えてなのか、加賀見は無表情できいてくる。


「当日は段に登る奴を適度に入れ替えれば、ある程度の時間持つだろうし、来客にも雛壇に上がって写真撮影、待機中の獅子たちとのふれあいもありますとかすれば、結構呼べるんじゃないか、人。」

「呼べると思う。凄いな、これ!」


 素直に感心して喜べば、郵便屋は自慢げに口角をあげた。彼が作った中でも、結構な自信作なのだそうだ。


「むしろ、こんな凄いもの、借りていいのか?」


 公私共に加賀見に頼ってはいけないことになっているので、不安を覚えて聞くも、これくらいなら構わないと了承される。


「段や飾りは普通に作れるし、衣装も着せ替えの手間が省ける程度と考えれば、再現可能な範囲だから問題ない。

 大体、音津で使用済みだしな。」


 必要以上に肩入れしなければ良く、元々昨年、他所の神社に頼まれて作ったものとのことだ。


「あそこは雌の狐ばっかりだからなー

 正に丁度良いイベントではあったんだが、狐ごとに好みが違うもんだから、衣装の柄だの色合いだの散々注文付けられた挙げ句に、出来たら出来たで席の取り合いになって、もう偉い騒ぎだった。」


 終わってみれば霊獣も参拝客も大満足、大成功であったそうだが、裏方の郵便屋は眉間にシワを寄せて唸る。


「赤も紅も大して違わないだろうに、こっちの色じゃなきゃ嫌だとか、袖の長さが1cm足らないとか、もう二度とやらねえ。

 女子は。これだから女子は。」

「むしろ、よく対応したな。」


 センチ単位の要望によく応えたと目を見張れば、加賀見はどうでもよさそうに鼻先で笑った。


「だって子狐共が、両手併せて『お願い』『お兄ちゃん、お願い』って、一生懸命頼んでくるんだぞ。」


 もふもふのふわふわに懇願されて断れるかと問われ、一応、首を横に振っておく。

 今年は時期が過ぎるまで音津には近寄らないと固い決意も語られたが、近いうちに、また文句言いながら対応してそうだと思った。


 

 話している間にきいちゃんが、何を思ったか段を降り、瑞宮を追い払って三人官女の席に着く。これを機に子獅子たちも勝手に位置を変えて遊び始めた。


『ミミ兄、テンちゃんも官女やりたい!』

『いいよー じゃあ、ボク、そっちに行く。』

『ルー兄、場所、かーわって。』

『いいけど、男雛は男前じゃないと駄目なんだよ?』

『えっ……じゃあ、ボク、官女のままでいいや。』

『ボクはそれでも男雛やりたい。官女は嫌だ。』


 みいみい、みゃうみゃう、実に騒がしい。幻術とは言え、服を着るなど珍しい体験にはしゃいでいるようだ。

 ただ、二前と陸奥は段の上に登れないため、見守るに留まっている。

 段は大きめに作られているが、大人の獅子が乗れるほどではない。イベント当日も子獅子に頑張ってもらおう。


「それじゃあ、これをありがたく借りるとして、後は日付と場所の調整だな。」


 術の効果は人間であっても作用するそうで、試しにちょっと璃宮に代わってもらった所、白い装束が渋い黒の袍に変わった。腰には儀仗の剣も佩いており、つい、ニヤリとしてしまう。

 これだけ手軽に雛人形気分を楽しめるとあれば、誰も反対すまい。村の役員方が喜ぶ顔が目に浮かぶようだ。

 子供達もきっと、気に入ってくれるだろう。



 ふと気がつくと、ルーと替わった陸晶はまだしも、きいちゃんが空けた席に八幡が素知らぬ顔して座っており、ダブル男雛になっていた。


「八幡、そこはお姫様の席だぞ。」


 三人官女が既に官女ではないが、一応教えてやる。

 それでも八幡は尻尾をゆらゆらさせてご機嫌だった。


『だって、此処の衣装が一番格好いいよ。

 ボク、こんな服だったらずっと着てたいな。幻術じゃなければよかったのに。』

「いや、本当に着たら大変だぞ。」


 自分は装束が普段着なので慣れているが、着物なんて人でも大変だ。まして動きの激しい子獅子では着崩れるわ、汚れるわ、当人が鬱陶しがるだろうわで、何もいいことはないと思う。

 隣で加賀見も頷く。


「動物が服を着るのはケースバイケースで一概に否定できないし、霊獣だし、当人が喜んでいるのでいいと思うけど、熱中症や皮膚病に気をつける以前に、じいさんが毎日洗濯物に潰されるのは間違いないな。」

『そっかー それじゃあ、駄目だね。』


 幻影だからこそ着崩れも洗濯も服の値段も気にしなくてよいのだ。

 八幡は素直に納得したが、少し寂しそうだった。余程、気に入ったものと思える。

 残念がる子獅子に、意外だと加賀見が目を瞬かせた。


「そんなに面白いか?

 音津で大人気だったのは雌だからこそで、お前らはこういうのに興味を持たないかと思ったんだが。」


 着せ替えを喜ぶのは女子だけだろうと言われ、八幡は大きく首を横に振った。


『そんな事ないよ。ボクらだって、お洒落するのは好きだよ。普段と違う格好をするのも楽しいし。

 何より、この衣装は素敵だよ!』

「そうか。それは良かったな。」


 幻惑の魔術は束帯衣装だけでなく、石帯や冠も違和感なく再現している。錦糸の縫い込まれた衣装も華やかで、嬉しそうに親王台の上でぐるぐる周る子獅子に、郵便屋はゆっくりと頷いた。


「子獅子までこんなに喜ぶとは思わなかった。

 後は色の調整とか何か、要望は有るか?」


 音津の子狐達の影響だろうか。当たり前の様に修正項目を尋ねられ、激しく首を横に振る。


「ないない。これで十分だよ。」

「そうか? じゃあ、場所と日程が決まったら教えてくれ。都合のいい時に運ぶよ。」


 このまま、此処に置かれても困るだろう。

 そう言って、加賀見が雛壇を片付けようとしたときだった。



 バキッ


 板が折れるような、嫌な音がした。

 反射的に音がした方へ顔を向けると段に両手を掛けた陸奥がゆっくりと此方に振り返る。


『加賀見さん……おじいさん……ごめんなさい……』


 はしゃぐ子獅子たちに釣られ、上の段に登りたくなったのだろう。しかし、大人の陸奥は子獅子たちの数倍以上の体重が有る。両の前足を掛けたはずみで雛壇が壊れたらしく、幻影の魔術も一気に解けてしまった。

 これはどう考えても不味いのではないか。

 子獅子含めて全員青くなったが、加賀見は軽く肩を竦めただけで済ませた。


「大丈夫だ。それより、怪我はないか?」


 割れた板が刺さったりしていないか。

 雛壇よりも自分の心配をされて、大きな獅子は悲しげにぐるると唸った。


『うん……板にヒビが入っただけみたい。』

「それぐらいならすぐ直せるから気にするな。けど、そういう問題でもないな。」


 肩を落とし、落ち込む陸奥の鬣をワシャワシャと撫でながら、加賀見は少し考えるような素振りを見せ、ニヤリと笑う。


「この際、当日までに大人の獅子が乗れるようなサイズを作るか。」

「いや、それは悪いだろ!」


 すでに十分便宜を図ってもらっており、これ以上は申し訳ない。まして、大人の獅子が乗れるほどの雛壇とくれば、一体どれだけの手間や費用が掛かるのだろうか。

 全力で断ろうとしたが、郵便屋は全く耳を傾けようとしなかった。


「全然。むしろ久しぶりにやりがいが有るわ。」


 うしゃしゃしゃとなにか悪巧みでもしているかの様に笑う加賀見を、雛壇の上から面倒そうに眺め、ルーとティーが欠伸しながら呟く。


「お父さんは、物作るのが好き。」

「お父さんは、物を作るのが結構好き。」


 好きなようにやらせておけと悟ったようにぬいぐるみ達は言い、どこまで分かっているのか、きいちゃんもむふーと偉そうに頷いた。



 その後、無事、村の了承が取れ、指定の場所に届けられた雛壇は、大人の獅子が何匹乗っても大丈夫と実に立派なもので、11段に増えていた。

 自分たちも参加できるとあって、獅子達は皆、喜んで雛壇にのぼった。雛壇を壊したことを気にした陸奥が特に頑張って接客し、イベントは大盛況だった。

 村の人も大層喜んでくれ、結果報告を聞いた郵便屋も満足そうに笑い、また来年も貸してくれると約束してくれた。


 あまりに好評だったので、桃が咲いているうちは引き続き、境内に雛壇を飾ることにもなった。今もみゃうみゃう鳴きながら、獅子達がのぼったり、降りたりしている。

 白酒を飲みながら、着飾った獅子達がすまして座る雛壇に、桃の花びらが優雅に舞うのを眺める。桜に次ぐ春の象徴は淡く柔らかい薄紅色。唐紅の雛壇によく映えて、春の妖精が踊っているかのようだ。

 ひな祭りなど縁がないと思っていたが、今年は実に楽しい思い出が出来た。



 ただ、リハーサルで雛壇を見た大人の獅子達が、子獅子そっちのけで誰が何処に座ると大騒ぎ、大喧嘩したのは、そっと胸にしまっておこう。

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