お出掛ける。(その5.智知神社【後半】)
そのまま社務所に通され、神域を護るもの同士の打合せを行う。
この近辺の関係図を非常に大まかに言えば、此処より西部を護る三峰と、南部を護る霊山不二、二つの神域の合間に有る魔境、過負盆地から東へ流れ出てくる邪鬼を当社、咲零が迎え撃ち、智知は後衛部隊として援護射撃や物資の調達、情報収集などを担当していると考えていただければ、何となく雰囲気はつかめると思う。
勿論、当社が全ての邪鬼を打破しているわけではないし、今、上げた他にも複数の神社が関係しており、飽くまで雰囲気だ。
それでも不二と三峰が守護している地域は広大であることは変わらず、何度考えても30kmを超える山脈をたった三匹で管理している三峰の霊獣は凄いと思う。凄いと言うか、ある種異常だ。
そんなことを口にすると、平さんは頷いた。
「あそこは霊気の流れが防御向きで、古くから何重にも張られた結界もあります。
加えて、狼の霊獣は広範囲の活動を苦にせず、
敵の無効化が得意だから、成り立ってるんでしょう。」
『犬、狼はタフですからね。虎じゃあ、ああは行かない。』
うちの婆さんには無理無理と、首をぐるぐる動かしながら同意した雪之丞を、平さんが表情を変えずに突っつく。
同じネコ科のうちの霊獣への批判にも繋がると気が付き、白いフクロウは羽をばたつかせ、慌てて付け加えた。
『その分、攻撃力がもの凄いですけどね、猫系は。
ただ、単なる持久戦なら縄張りに陣取った狼に勝るのは、龍だって難しいでしょう。』
うちの獅子や他のネコ科の霊獣は単体でも高い攻撃力を誇り、短期決戦が得意だが持久力に欠けるのは事実だ。反面、三峰の狼たちは連携によって自分より大きな邪鬼を倒し、鉄壁と言える防御網を維持する。どの霊獣が優れているかではなく、其々に特性があり得手不得手が有るという話だ。
「そういえば水都の龍族でも防御で三峰に勝つのは難しいって、以前、勇様から聞きましたよ。」
当社に遊びに来る関東一円を統治する龍族から聞いた話を適当に混ぜつつ、同意を示せば、平さんが真顔になった。
「防御と言えば、山口さん。守るという言葉を知っていますか?」
すっごい無表情に問われるに、昨年の討伐結果のあれこれだろうなと心当たりがつき、さっと目を反らせる。
すみません。昨年は攻撃力に任せて結構ゴリ押ししました。多数の面で危機に陥りかけました。後方からのご支援、ありがとうございました。
うちが崩れると一気に多方面へ邪鬼の群れが向かいかねないので、援護する側の神社にとっても、他人事ではない。全く、神社間の連係は重要である。
「本当にもう、なんで三葉君、手放しちゃったんですか!」
「いや、嫌だったけど、本人の希望で仕方なく……」
「くそう、竈門め! あそこは何時もいい霊獣持っていくんだ!」
自分の首に掴みかからん勢いで、我が事のように悔しがる平さんを雪之丞が止める。
『はいはい、まあまあ、そのあたりで。
三葉君は優秀だから、竈門が欲しがるのも仕方ないですよ。』
「その点、うちは大丈夫だな。おっさんだしな。」
『うるさいよ! 僕だって探索方面では結構なもんだよ!』
止めた側から酷いことを言われて白いフクロウが叫ぶ。
ばしばしと何度も傍らの平さんを羽で打ち付けて、胸元を膨らませブルブルと体を振るう。
『これだから、うちの宮司は!
こんな神社見限って、それこそ三峰にでも鞍替えしてやろうか!』
「婆さんー! 雪之丞が筆頭の席、降りるってーッ!」
『降りないよ! あっさり、そういう事言わないの!』
すぐさま庭の紫を呼ぶ平さんを雪之丞は嘴でガスガス突付いた。結界の緩みや邪鬼の発生を見逃さない雪之丞の索敵能力が加われば、三峰の防御はますます頑丈になるのであろうが、取り敢えず、仲が良くて何よりです。
そして三峰と言えば、思い出したことが有る。
「そう言えば、平さんたちは三峰に最近行きましたか?」
軽い気持ちで問えば、話題の変更に二人の喧嘩もとまる。
「ええ、それがどうかしましたか?」
「じゃあ、知ってますよね? 三峰に新しく生まれた子のこと。」
先日、三峰に新しい霊獣が久しぶりに生まれたと、龍族のお偉いさんから聞いた。
めでたい事なので挨拶に行きたいのだが、どうも生まれた子の具合が宜しくないらしく、三峰も誕生を公にしていないので、躊躇している。あそこの霊獣頭のシズとは知らない仲ではないが、うっかり怒らせると何かと面倒なのだ。どんな状況か、分かるなら教えてほしい。
首を傾げた平さんに聞きたいことを伝えれば、大きく頷かれる。
「ミオちゃんのことですね。
あの子は、本当に可愛いですよね。
水都の勇様が通ってくるようになって、
鬱陶しくて堪らないってシズ君が怒ってますが、
勇様の気持ちも分かりますよ。」
そのまま、小さいのに健気だの、何とか、具合が良くなる方法はないものかだの、詳細を知っていることを前提に話を続けられ、返答に困る。その通っているという関東広域を治める龍族の御三男から、当神社に立ち寄った際に聞いた以上の話は知らない。
戸惑っていると、白いフクロウが会話が繋がっていないのに気がついた。
『あれっ、その様子だと山口さんはまだ、会いに行かれてないんですか?
どうして?』
「え、そうなんですか?
てっきり、僕はもうとっくに会いに行っているのかと。」
雪之丞の言葉で、平さんも考え違いに気がついたが、何故なのかと揃って不思議がられ、戸惑う。
様子をちょっと聞きたかっただけなのだが、まるで会いに行って当然という思わぬ反応を受け、頭を掻いてごまかす。
「いや、加賀見が余りいい顔をしてなくて。
具合が悪いと聞きますし、騒がせたらいけないのかと思っていたんですが。」
『……確かにミオちゃんは体の弱い子ですから、
大勢で向かうのは、どうかと思いますが。』
挨拶ぐらいは問題ないのではと白いフクロウは呟きつつも、空気が一気に冷えたのがわかった。
足元の湊が不安げに身じろぎする。
「なんだかわからないですけど、加賀見が反対してるんじゃ、
止めておいたほうが、無難かも知れませんね。」
触らぬ神に祟りなしと平さんも真剣な表情になり、雪之丞は落ち着きなく止まり木の上を歩き回る。
『怖いですよね、あの人。
何時も無愛想で、何考えてるんだか分からないっていうか。』
不安げに胸元を膨らませたり縮めたりするのに、齟齬を感じる。
彼らが言っているのは、うちによく来る只人にしか見えない郵便屋の魔物と同一であろうか。名前の同じ別の誰かと混合されてやしないだろうか。
「加賀見、ですよね? あの、郵便屋の。」
聞き直せば、揃ってうなずかれる。
「ええ、あの蒼い目の。あの氷みたいな冷たい目ときたら。
うっかり怒らせないか、来る度にドキドキです。」
『水都でも暴れて、龍族が複数で鎮めたって本当ですかね?』
ああ恐ろしいと平さんは首をすくめ、雪之丞がブルブルと体を震わせているのは、演技ではなさそうだ。
まるで腫れ物の様な扱いだが、違和感しか感じない。
「子虎とか、構ったりされてませんか?」
「いや、要件だけ済ませて直ぐ帰っちゃうんで。
確かに紫婆さんは比較的話をするみたいですけど、
武斬たちは近寄りませんし、相手にもされてませんよ。』
「はあ、そうなんですか……」
「山口さんのところでは違うんですか?」
普段、うちで加賀見がやっていることを聞いてみるが、やはり否定され、逆に不可解そうに聞き返される。
違うどころか、子獅子は揃って遊んでくれる人と認識しており、一部に至ってはおやつくれ機と同一視していることが判明しております。
鈍い沈黙があたりを包んだ。
考えてみれば、奴は一応安易に関わってはならない魔物の位置づけであり、面倒ごとを避けるためのイメージ戦略というものが有るのかも知れない。このまま、見なかったことにすることにした。
お互いに知らないままで居たほうがいいことが有るのを察し、適当に話題を変える。
「さあ、それより仕事はこの辺にして、お茶にしましょうお茶に。
美味しいお菓子が買ってあるんですよ。」
『地元のメープルと地酒を使ったゼリーなんですよ。
殆ど水だから、湊くんも食べられると思います。美味しいよ!』
話は済んだと、平さんは机の上をどんどん片付け、雪之丞が忙しなく羽をばたつかせる。
自分も食べられるお菓子と聞いて、湊も耳を動かした。
『え、じゃあ、弟たちも。』
「うん、呼んできてくれる? その間に準備をしておくから。」
先程冷えた空気が嘘のように平さんは元気よく笑い、湊はいそいそと立ち上がる。
少し子獅子達が心配だったので、自分も腰を上げた。
「私も、見てきていいですか?」
「どうぞ、どうぞ。」
一言断って、境内に向かう。
外に出るとすぐに天祥がはしゃぐ声が聞こえた。楽しくやっているらしい。
『ミミ兄、見て見て! また、大きいお魚!』
『テン坊、その辺にしておきなさい。』
『大丈夫、大丈夫! テンちゃん、バランス取るの、得意だもん!』
『テンちゃん、戻っておいでよ。』
いや、少し雲行きが怪しい。隣の湊が大きく顔を歪ませた。
声がする方に行ってみれば、川を彩る御影石を幾つも飛び越えて、うちの子獅子がはしゃいでいた。それを兄獅子達と年配の虎が呆れ顔で止めている。
大急ぎで駆け寄った湊が吠える。
『天祥! 何してるの!』
『あっ、ミナト兄ちゃん、おかえり!
見て! ここの川、大きな魚が一杯居るよ!』
『鯉って言いなよ、テンちゃん。』
吠えられても天祥はちっとも悪びれず、はしゃいだまま。外出先だということを、すっかり忘れ去ったらしい。
ボキャブラリーの少なさを指摘した陸晶は口の周りを舐め、紫が首を振りながらぼやく。
『山口さん、あの子は大変だねえ。
鯉を追いかけ回すわ、石から石へ飛び移るわで、ちっとも落ち着きやしない。』
あれだけ約束したにも関わらず、全然言うことを聞いてないらしい。すっかり疲れた様子の婆さん虎に頭を下げる。
「どうも、ご迷惑を掛けたようで。」
『いや、男の子はあれぐらい元気がいいほうが良いのかも知れないけどね。
うちのはもっと大人しいから、ちょっとしたカルチャーショックだよ。』
よろよろと座り込んでしまった紫を見て湊が怒る。やはり目を離すのではなかったと若獅子は弟を呼びつけた。
『天祥! 今直ぐ戻ってきなさい!』
『えー なんでー?』
怒られてる理由がわからないと、子獅子は大きな石の上で首を傾げた。
『“なんで?”じゃない! 約束したろう!
駄目って言われたら、直ぐ止めるって!』
『んー でも、テンちゃん大丈夫だよ。』
湊に怒られながらも、天祥はひょいひょい石の上を移動する。
『テンちゃん、お魚追いかけて落ちないし、
ジャンプだって、上手だよ。』
危ないことは何もない。そう言って、子獅子は飛び跳ねる。
ちっとも分かっていない弟に、湊はいいから戻ってこいと叫んだ。
『そういう問題じゃない! 約束だろ!』
『もー しょうがないなあ。』
頭から怒鳴られて一人前に肩を落とし、天祥は戻ってきた。そのジャンプは軽やかで、危なげなところはない。
大きな鯉が隣を横切るまでは。
『あ、おっきいお魚。』
天祥は目の前を泳ぐ鯉に興奮して、手を伸ばしても落ちはしなかったし、石の上を飛び回っても、バランスを崩すことはなかったそうだ。
だが、鯉の誘惑と斜めで足場の悪い石の双方が揃って、何も起きないほどではなく、飛び上がった瞬間、隣に大きな鯉が泳いできたのに気を取られ、着地に失敗し、河に落ちた。
バッシャーンと大きな水音と、水しぶきが舞う。
「天祥、お前そんな、ベッタベタな。」
ここまで来ると、もう何の感情も湧いてこない。
『助けてぇ! じいちゃん、助けてぇ! テンちゃん、泳げないよ!』
バシャバシャともがいて悲鳴を上げる天祥に、座って見ていた陸晶が鼻先で笑い、瑞宮が憤慨して唸る。
『あーあ。やっぱりテンちゃんは落ちると思った。』
『ばあちゃんの言うことも、ボクの言うことも、ちっとも聞かないんだから。
ちょっと痛い目を見ればいいよ。』
「そんな事言ってないで、まずは助けないと!」
溺れる弟を前にそれは、流石に冷たくなかろうか。
そっぽを向くばかりで、ちっとも動こうとしない二匹に違和感を覚えれば、陸晶が嫌そうにガアと鳴く。
『だって、じいちゃん、ここ、足着くよ。』
本当だ。凄い、浅い。
覗けば普通に底が見える。多分水深15cmもない。
『助けて! じいちゃん、助けてぇ!』
「天祥、落ち着け。まずは落ち着きなさい!」
『助けてぇ! テンちゃん、溺れちゃうよ!』
「天祥、落ち着いて! ここ、足着くから、まずは落ち着いて!」
水の中で暴れる子獅子を眺めて悟る。
駄目だ、あの子、人の話を聞かない子だった。
いくら浅くても溺れる時は溺れる。これは助けに行かねばならないだろう。
でも、この寒い中、水に入るの嫌だな。そんな思いがつい、頭の中をよぎる。
だが、自分は宮司で霊獣を守るのが仕事だ。それに彼奴はまだほんの子供で、庇ってやらねばならない存在だ。覚悟を決めて足を踏み出した自分を押しのけて、バシャンと水の中に大きな白い塊が飛び込む。
ザブザブと水をかき分けて、天祥を咥え上げ、湊が無言で戻ってきた。げふげふと咳き込む弟をそのままペイと陸地に捨てる。
『テン坊、あんた、大丈夫かい?』
心配した紫が何度も顔を舐めてくれ、天祥は小さな声でみゃうと鳴いた。子獅子が思念波を使う余裕を取り戻す前に、湊が二前もかくやと思える程低く、唸る。
『天祥、兄ちゃん、なんて言った?』
『ごめんにゃさい。』
ケホケホとまだ少し咳き込みながらも、天祥はすぐさま謝った。本当に怖かったらしく、珍しく泣き声である。
『あれだけ約束したろう! 駄目って言われたら、やらないって!』
『ごめんなさい、テンちゃん、悪くて、ごめんなさい。
言うこと、きかなくって、ごめんなさい。』
牙をむき出して怒る湊に、途切れ途切れに謝りながら、天祥はすり寄った。
『ありがとう、兄ちゃん、テンちゃん、悪い子なのに、助けてくれて、ありがとう。
怖かったよう、テンちゃん、怖かったよう。』
泣きべそをかきながら足元にしがみついてくる弟に、湊は顔を思い切り歪め、本当に情けなさそうであったが、それでも何とか感情を抑えたらしく、黙って天祥の顔を舐めた。
口を開けば怒鳴ってしまいそうなのか、そのまま黙り込み、体を振るって水を落とそうともしない湊に、天祥はぴったりくっついて離れようとしなかった。
やれやれと溜息を付いて、袂から手ぬぐいを取り出す。
すっかり元気をなくした子獅子をゴシゴシ拭いていると陸晶がよってきて、ガウと鳴いた。
『テンちゃん、すっごい、間抜けだよ。』
『うん……』
ストレートに馬鹿にされても、怒る気もしないらしい。天祥は小さな声でミュウと鳴いただけだった。
何時も優しい瑞宮も今日はパシッと前足で弟のお尻を叩く。
『だから駄目って、何時も言ってるじゃない。』
『うん……』
一番仲良しの兄にも叱られて、落ち込む天祥を紫がもう一度舐めてくれた。
『自分が悪いんだから、仕方がないよ。
助かったんだから、もうシャキッとおし。男の子だろう。』
『うん……』
何度も舐められて、小さくブルブルと体を震わせ、漸くちょこちょこと歩き出した弟に、湊が諦めたように言う。
『ほら、落ち着いたなら、社務所の方に行こう。
平さん達がおやつを用意して待ってるよ。』
『おやつ? 兄ちゃん、本当?』
天祥の代わりに瑞宮が嬉しそうに顔を上げ、陸晶もしっぽを揺らす。
『おやつって、何だろう?』
『やっぱりカリカリかな?』
二匹揃ってにゃぐにゃぐ鳴いて、両脇から弟を急かし、前へ押しやろうとする。
『テンちゃん、早く行こう。』
『早くいこう。ここも神域だけど、ボク、なんだか、お腹が空いたよ。』
『……うん!』
兄獅子に囲まれて天祥も走り出し、湊が漸く安心したように体を奮って水を落とす。
その鬣をワシワシと撫でてやる。
「湊、可哀想に。冷たかったろう。」
冷たさに躊躇せず、弟を助けて偉かったと褒めてやる。
『あんた、立派になったのは鬣だけじゃないようだね。』
『そんな事、ないです。』
紫も喉をぐるぐる鳴らして言うのに、湊は恥ずかしげに小さな声で短くガウと鳴いた。
その後、揃って社務所に戻り、出してもらったゼリーを大変美味しく頂いた。
話を聞いた雪之丞が心配してホーホーと鳴く。
『この寒いのに川に落ちるなんて大変だったね!
大丈夫かい、天祥くん?
風邪を引かないように、しっかり体を温めておくんだよ。』
『そうするよ。水の中は冷たくって、テンちゃん、本当にびっくりしたよ。
でも、ミナト兄ちゃんが居るから。
兄ちゃんにくっついてれば、安心だよ。』
真面目な顔でそんなことを言う天祥に、湊は肩を落とした。
『流石に風邪からは、庇えないよ。』
ぐったりと疲れた様子の兄獅子を、面白がって瑞宮と陸晶がにゃぐにゃぐ鳴く。
帰る頃には天祥もすっかり元気を取り戻し、兄獅子たちと一緒に大きな声で、別れの挨拶とお礼をきちんと言えた。
お土産を沢山貰い、帰りの電車もきちんと間に合って、余裕を持って乗り込む。
行きと同じ様に窓の外を眺め、瑞宮達が何か騒いでいるが、そのうち寝てしまうだろう。
天祥は既にピッタリと湊の腹に体を寄せて、幸せそうにしている。
時刻通り電車も運行し、後はこのまま帰るだけ。
良くも悪くも、今日は土産話が沢山出来た。




