お出掛ける。(その4.智知神社【前半】)
電車は時刻通りについた。
寝ていた子獅子たちを起こせば、ブルブルと体を震わせ、顔を拭った。
『ボク、寝ちゃったよ。』
しょんぼりと陸晶が肩を落とす。
『逸信に電車に乗るの、どんなだったか話そうと思ったのに。』
『ゆらゆら揺れて、気持ちが良かったって言えばいいよ。』
尻尾をブンと振って眠気を払い、瑞宮が明るく言う。その隣で天祥も大あくびした。
伸びをしたり、身繕いしようとする弟たちを湊が急かす。
『ほら、早く降りるよ。』
忘れ物がないか確認し、一列になって進む。
電車を降りた天祥は周囲を見回し、ミャウッと元気よく鳴いた。
『何にもない、ところだねえ!』
『何にもなくはないよ。自然がいっぱいだよ。』
聞き方に寄っては失礼な弟獅子を湊が訂正した。
列を崩さずホームを進み、一つだけの改札口を出る。改札口の先は大きなロータリーで何台かの車やバスが停まっており、待ち構えていたように装束を着た若い男性が手を振っていた。
若いと言っても自分よりはというだけで、40半ばにはなっているだろう。気だけは若いセミモヒカン、クリクリとした大きな目が特徴の智知神社の宮司、平さんだ。こちらに向かって、大声で叫んでいる。
「山口さーん! こっち、こっち!」
既に目が合っているのだから、そんなに大きな声を出さずともよかろうに。
自分がそちらへ歩き出そうとするより早く、呼ばれたことを理解した天祥がぱっと飛び出し、すぐさま湊に踏みつけられる。兄獅子に低い声で唸られて、子獅子はばつが悪そうにみゃあと鳴いた。
湊の足元で、瑞宮と陸晶が口々に言う。
『飛び出しちゃ、行けないんだよ。』
『じいちゃんの前に、出たらいけないんだよ。』
これだからテンちゃんはと小さい兄獅子達にも睨まれて、子獅子は口を尖らせた。
『テンちゃん、ちゃんと分かってるよ。』
『分かっているなら、飛び出すな。』
弟を抑えたまま、湊が眉を釣り上げる。
ただ、人前でお説教は宜しくない。そのへんにしておけと止める。
「天祥、もう、わかったよな。湊、放してやれ。」
言われて渋々と言わんばかりに引率の若獅子は弟から手を放し、天祥はブルブルと体を震わせ、毛並みをなおした。口を尖らせたまま子獅子は列に戻り、文句を言う代わりに偉そうに胸を張って、ふんと鼻を突き出した。
改めて、出迎えに来てくれた平さんの方へ向かう。
「お久しぶりです。わざわざ迎えに来ていただいて、すみません。」
「遠いところを良く、いらっしゃいました!
お元気でしたか?!
獅子さん達もいらっしゃい! 電車はどうでした?
いい景色だったでしょう!」
久しぶりの再会で、頭を下げる暇もないくらい矢継ぎ早に話しかけられる。
相変わらず、元気のいい宮司殿だ。
「君は、湊くんかい?
ちょっと見ない間に随分、立派になっちゃって!
鬣フサフサじゃん、格好いい!
こっちのおちびさんたちは、八幡くん、じゃないね?」
挨拶代わりに湊の鬣をもしゃもしゃかき混ぜて、平さんは子獅子たちに目を向けた。見知らぬ神職の勢いに飲まれかけていた子獅子たちだったが、大慌てで挨拶する。
『こんにちは! 瑞宮です!』
『陸晶です!』
『テンちゃ、天祥です!』
天祥が一瞬どもったが、このくらいなら合格点。
『ボク達、咲零神社の子獅子です!
今日は、宜しくお願いします!』
決まり文句を揃えて吠えて、ペコリと頭を下げる。
「はいはい、いらっしゃい。元気が良くて、お利口さんだね!
僕は智知神社の平です。宜しくね。
今日は遠いところをご苦労さま。」
ニコニコと笑顔で平さんは返してくれ、其々頭を撫でてもらう。他所の宮司さんに褒められて、上手に挨拶が出来たと瑞宮たちは嬉しそうに尻尾を揺らした。
「さあ、それじゃあ、うちの神社に行こうね。
君等、車は乗ったこと有るかな?」
『ないよ!』
平さんの質問に天祥が即答して、湊にお尻を叩かれる。
『天祥、言葉遣い!』
『ありません。今日、電車に乗ったのも初めてです。』
兄獅子が弟を注意している隙に、陸晶がすかさず答える。そんな彼らに、平さんは笑いながらも少し困った顔をした。
「いいよ、いいよ、そんな型式張らなくて。
でも、そうかー 電車も初めてじゃあ、ちょっと怖いかも知れないけど乗れるかな?
湊くん、弟さんたちは大丈夫だと思う?」
言いながら、後ろの軽トラックを振り返る。
天祥を叱っていた湊だが、呼ばれて真面目な顔で頷いて返す。
『大丈夫です。僕が見ておきますし。』
これから彼らは乗るのは軽トラックの荷台。当然シートベルトなどはない。
本当は交通安全上いけないのだが、大型の霊獣が乗れる車は数少ない。車体が小さければ当然入らないし、大きくても座席が邪魔になる。仕方がないので例外的に認められてはいるが、車両の揺れで振り落とされないよう、十分気をつけなければいけない。
ただ、彼らが人と共に暮らす以上、今後も有ることだ。これも練習と平さんと頷きあう。
「できるだけ、ゆっくり運転するからね。
さあ、乗って乗って!」
後アオリを降ろしてもらい、後ろから獅子達は勇んで乗り込んだ。興味津々で早速荷台から顔を突き出して下を見てみたり、足を載せる弟たちを、湊が呼び集める。
『腹ばいになって、足でしっかり踏ん張って落ちないようにするんだ。
怖くても、怖くなくても、絶対に立ち上がったり、荷台から顔を出してはいけないよ。』
真剣な表情の兄獅子の説明に子獅子達は神妙な顔で頷く。それでもどうしても安心できないのか、湊は天祥の首を咥えて引き寄せ、抱え込むように自分の腹の下に敷いた。
まるで赤ん坊の様な扱いに天祥が文句を言う。
『ミナト兄ちゃん、テンちゃん、大丈夫だよ。』
『いいから大人しくしてなさい。本当に危ないんだから。
ミミ太も、リクも、頭を低くするんだぞ。』
外の景色を見ようと首を伸ばしていた二匹にも湊は注意する。
子獅子達が大人しく座ったのを確認し、自分たちもトラックに乗り込む。
駅から神社まで、車で5分も走れば着く。村から外れた当社と違い、智知神社は町の中に有る。十字路を曲がる際、後ろから楽しそうな悲鳴が聞こえたが、概ね問題はなかったようだ。
車を止め、動いても良いと分かると、子獅子たちは歓声をあげて荷台から飛び降りた。白い玉砂利をジャリジャリ踏んで、周りをきょろきょろ見回す。町中にも関わらず、霊気の流れが異なるのが分かるようだ。
瑞宮がなにか言いたそうに自分の腹をジツと見つめ、諦めたように顔をあげた。
あれは多分『そう言えば、ボク、お腹が減ったよ。』だろうなと思う。同じ神域でもうちの神社とは霊気の流れ方が違うので、すぐには吸収できず返って不足を感じたようだ。暫くすれば体が慣れて、必要なだけの霊気を取り込み始めるだろう。
それより、まずはご挨拶。境内へ向かって進む。
神門をくぐった所で頭上を大きな影が横切り、殆ど音もなく大きな霊鳥が現れた。尤も、静かであったのは羽音だけ。
『やあやあ、いらっしゃい!
遠いところをよくお越しくださいました!』
オウムのように元気でテンポのいい思念波を飛ばしてきたのは、30cm程の白いフクロウ。平さんの肩にとまるとメガネを掛けたような大きな目をくるくる回し、ホッホーと高い声で鳴く。
『鳥だ!』
『まるい!』
『目がでかい。』
ただ、初めて会う他所の霊獣と言うだけではなく、見慣れた鳩やカラスとは違うフクロウ独特の楕円形なフォルムに、子獅子たちは顔を強張らせる。
『ミツバ兄ちゃんとは、違うねえ。』
以前、神社に居た霊鳥の名前を口にし、陸晶が不安げに口の周りを舐めた。
若干怯えているのか頭を下げて上目遣いになった彼らに、フクロウは愛想よく短く鳴いた。
『三葉くんは鷲の霊鳥だったね。
同じ猛禽系でも僕とは種類が違うから。
僕は智知神社のフクロウ、雪之丞。宜しくね!』
金色の目をくりくりさせて話すフクロウは、名前に相応しい雪のような白い羽毛をしている。同じ白い霊獣であるから、親近感も湧くだろうと羽毛を膨らませるが、子獅子たちは胡散臭そうに耳を伏せるばかり。
『怖い。目が怖い。』
『なんであんなに目玉がでかいの?』
『ほら、失礼だよ。それより、ちゃんとご挨拶しなさい。』
頭を低くしたまま、ヒソヒソと話し合う弟たちのお尻を湊が前足で軽く叩く。
そんな子獅子たちの様子に平さんがウンウンと頷く。
「嫌だよねー
こんな大きい上に、全く笑っていない目で見られたら、怖いよねー
何、企んでるか、わからないよねー」
『ちょっと! 人ぎきの悪いこと言わない!
あんたが一番失礼でしょ!』
「でも、大丈夫だよー
このおっさんフクロウは、猛禽類のくせに弱いから。
おっさんだし。」
『しょうがないでしょ、僕は戦闘系じゃないんだから!
それにおっさん2回も言う必要有る?
自分だっておっさんのくせに!』
緊張をほぐすつもりか酷い説明をする平さんを雪之丞が怒って翼でバシバシ叩く。大して痛くもないのか慣れているのか、智知神社の宮司殿は笑いながら、それを片手で振り払った。雪之丞のほうがよろけ、肩から落ちそうになって飛び上がる。
空中で体勢を整えてから肩へ止まり直し、憤慨するフクロウを眺める弟たちに湊が紹介する。
『雪之丞さんはね、此処の筆頭霊獣で探索が得意なんだよ。
鳥は普通、夜間の活動が苦手だけど、どんなに昏くても爪の先程小さい邪鬼すら見逃さないんだ。
それに凄く色んなことを知っているから、話すだけでも勉強になるよ。』
「要は頭でっかちなんだよね。」
『宮司!
自分の神社の霊鳥が褒められているのに、けなさない!
宮司でしょ、あんた!』
折角、湊が褒めているのに、笑顔で端的且つ一方的な評価を述べる平さんを、雪之丞が再び翼で叩く。漫才のようなやり取りに安心したのか、子獅子たちは下げていた頭を持ち上げ、改めて、不思議そうに見慣れない霊鳥を見上げた。
神門前で騒いでいると、責めるような思念波が飛んでくる。
『煩いね、全く。』
現れたのは、二匹の子虎を連れた大きな雌の虎。黄金と黒の縞模様に白い胸元が美しい。年配でも有るらしく、声はしわがれ、毛並みに若干艶がないものの、優雅な足取りに堂々とした佇まいは、うちの獅子たちとは違う気品を感じさせる。
来客である自分たちの姿を見定め、虎はブルリと体を震わせた。
『お客様をこんなところに留めているんじゃないよ。
無作法だね。早く拝殿に案内おし。』
何をするにも、まずは智知神社の御神体への挨拶を済ませてから。呆れたように注意して、彼女はうちの子獅子達に目を向けた。自分たちと同じネコ科の霊獣が現れたと落ち着きなく、もぞもぞ体を動かしているのに顔をしかめる。
『これはまた、騒がしそうなのが来たね。』
『こんにちは、瑞宮です! 隣は弟の陸晶と天祥です!
今日は宜しくお願いします!』
『おお、元気のいいこと。』
代表して挨拶する瑞宮に、金色の虎は紫色の瞳を見開き、そのままゆっくりと細めて笑った。
『はい、こんにちは。あたしゃ、紫と言う婆さん虎ですよ。
今日はゆっくりしていっておくれ。』
ぐるぐると喉を鳴らして歓迎され、きちんと挨拶できたと瑞宮が鼻息を荒くする。そんな簡単なことでと陸晶が無言のまま鼻先で笑い、天祥はそれより紫の後ろに隠れた子虎が気になって仕方がないようだ。座ったまま首を伸ばして良く見ようとしているのを、湊が後ろから尻を叩く。
『天祥、お行儀。』
弟を注意する白い若獅子に、金色の虎はゆったりと近づき、フンと鼻を鳴らした。
『あんたは湊だね。
暫く見ないうちに、随分と立派になったもんだ。
鬣なんか生やしちゃって、偉そうじゃないか。』
『はい、先日漸く生え揃いました。』
背筋を伸ばして受け答える兄獅子を子獅子達は口を開けて見上げ、きちんとしなければいけない相手だというのを察して、居住いを正した。
獅子たちの中に緊張が走る。
「はいはい、じゃあ、行きましょうか。」
『婆さん、お客さんを足止めするなって、自分が言ったんでしょ。』
お客を威圧するのは、その辺にしておけと平さんが止め、雪之丞が羽をばたつかせながら文句を言う。
『全く、婆さんときたら、隙あれば直ぐお説教を始めようとするんだから。
湊くん達は獅子ですよ。
成長すれば鬣が生えるに決まっているじゃないですか。』
『うるさいね、この鳥は。
目に見えて変わったってことを言いたいってぇのに、そんなことも察せず、口ばっかり達者で仕方がないよ。
ホウホウ鳴くばかりでどんと構えてられないなら、筆頭霊獣なんか止めちまいな。あたしが何時でも変わってやるよ。』
『止めません! 変わりません!
婆さんが筆頭になったら、せせこましくって参拝客も来なくなっちゃうよ!』
別に偉そうにしているわけではないと、うちの獅子をかばってくれたのであろうが、倍以上言い返されて、雪之丞が悲鳴を上げる。
「はいはい、婆さんもおっさんも喧嘩しない。行きますよ。」
『べぇーだ。婆さんなんか、べぇーだ。』
慣れているのか見向きもせず、平さんはスタスタと拝殿へ向かって歩き始めた。
肩に乗った雪之丞はそのまま運ばれながらも、首を後ろに向けて舌を突き出す。
『子供っぽいったらありゃしないよ、このおっさん鳥は。』
尻尾をピシリと振って紫はその後を追い、子虎達も足元に纏わりつくように続く。
『何時も、こうなの?』
首を傾げた陸晶に苦笑するだけで返し、ゆっくりと後を追って参道を進む。
進むに従って聞こえてきた水の音に、瑞宮が目を見張った。
『川だ! 境内に、川がある!』
その様子に、子虎達が紫の足元でくすくす笑った。
『あるよ。』
『咲零には池も川もないそうだけど、うちには有るよ。』
おばあさんの足に隠れながらも、すごいでしょと自慢げに尻尾を揺らす子虎達に、瑞宮は憮然と言い返す。
『でも、手水舎も井戸も有るし、代わりに大きな木が沢山有るよ。』
『此処は町中だからね。うちの神社より、ずっと栄えてるよ。』
池も川もないと馬鹿にされたと感じたのか、少しムキになっている兄獅子の隣で、陸晶が口の周りをぺろりと舐めた。
『流れる霊気も違うし、同じ神社でもボクらのとは全然違う。
神社は何処もそう。特性が違うから、比べるだけ無駄。』
『そうなの?』
『そう。多分、あのこ達もボクらより年上。』
訳知り顔で語る陸晶に瑞宮が目を見開き、天祥が驚いてミャッと鳴く。
『えっ、でも、テンちゃんと同じ大きさだよ?』
『ルー兄やティー兄だって、テンちゃんと同じだよ。
でも、ニノ兄ちゃんより年上だよ。』
相変わらず大きさだけでしか物を見ない弟に眉をひそめ、陸晶は知り合いを例えに出した。偶に郵便屋が連れてくる動くぬいぐるみには、小さくて愛らしい外見に似合わぬ太古の魔狼の魂が入っている。
具体的に説明を受けて漸く納得した様子の兄弟に、陸晶は仲の良い兄獅子から聞いたらしい情報を伝えた。
『少なくとも、ハチ兄がボクらと同じぐらいのときから、変わってないみたいだよ。』
『八幡は、元気?』
『璃宮は、鬣、もう生えた?』
その話を肯定するように、子虎達が尻尾を揺らして尋ねる。
『元気だよ。』
淡々とした陸晶の答えを聞いて、彼らは笑いながら先へ立って駆けていき、そのまま何処かへ消えてしまった。
『なんだい、あの子達は。行儀の悪いことだよ。』
拝殿へもたどり着かないうちから居なくなってしまった子虎達に、紫が鼻にシワを寄せ、雪之丞が困ったように胸元をふくらませる。
『武斬も美乃も今日を楽しみにしてたのにね?
急に恥ずかしくなっちゃったのかな?』
「猫は気紛れだからね。」
実も蓋もない結論を述べて、平さんが此方に「ですよね。」と同意を求める。取り敢えず頷いたが、うちの獅子はあそこまで気紛れでもないなと思う。うちの連中は邪鬼討伐のために集団で活動しているせいか、ネコ科にしては協調性が高いと加賀見が話していたのも思い出す。
紫が首を振りながら溜息をついた。
『あたしたち霊獣は、本人の心掛けが体の成長にも大きな影響を与えるからね。
あの子達は何時までも子供のつもりで困ったもんだよ。
あんた達が甘やかすから。』
『いいえ、婆さんです。』
「一番、甘やかしているのは婆さんです。」
即座に雪之丞と平さん、双方に言い返されて、金色の虎はフシャッと警戒音を出して二人を牽制した。
兎に角、居なくなってしまったものは仕方がなく、そのままにしておくとして、手水舎で手を洗い、参拝を済ます。
『あんなに小さいのに年上かあ。
ねえ、ハチ兄から他になにか聞いた?』
『聞いてないよ。同い年ぐらいの霊獣がいるってだけだよ。
だからボクも、ハチ兄と同じぐらいの大きさだって思ってた。』
『どっちがブサンで、どっちがミノだったのかな?』
『雄がブサンで、雌がミノに決まっているよ。』
背後でにゃぐにゃぐ言っているのを聞き流しつつ、柏手を打ち、拝めば智知神社の霊気が流れ込んでくるのを感じる。すっきりと頭の中が冴え、十分な睡眠の上、目覚めた朝の様な気持ちよさだ。
強く流れてくる霊気が漸く体に馴染んできたのか、子獅子たちも頻りと体を振るい始める。
『気持ちがいいね。』
『此処の霊気も気持ちがいいね。冷たいお水みたい。』
嬉しげに体を振るわす子獅子に紫が満足そうに頷く。
『うちの神社は学業成就のご利益が有ると有名なんだよ。
霊水も飲んでおいき。あんたたちには特に必要だろう。』
『うん! テンちゃん、沢山飲むよ!』
『婆さん! また、そういう意地悪、言わないの!』
嫌味スレスレの冗談に天祥が素直に頷き、雪之丞が慌てた様子で叫ぶ。瑞宮も意味が分からず、キョトンとしているが、陸晶はそっぽを向いて耳の後ろを描き、湊が弟たちを眺めて肩を落とした。
「婆さんは本当に口が悪いんだから。」
苦笑いを浮かべ、平さんが気を取り直すように社務所の方を示す。
「さあ、さっさと面倒くさい打合せとか、仕事は適当に済ませて早くお茶にしましょう。」
欲望に正直な提案に従って、社務所に移動しようとすると、紫が子獅子たちを鼻で追いやった。
『あんた達は境内で遊んでおいで。
どうせ、話し合いなんか大人しく聞いていられやしないんだから。
それに子供は外で遊ぶもんだよ。』
言われてみればもっともで、隣の湊を振り返る。
若獅子は心得顔で頷いて子守に向かおうとしたが、それも金色の虎が押し留めた。
『いいよ、あたしが見ておくから。兄獅子達に報告だってしなくちゃいけないだろう?
あんたは山口さんの警護含めて、きっちり自分の仕事をやんな。』
子供の面倒を見るのは自分の仕事。何より、如何に他所の神域の中であろうと、霊獣が自分の神社の外で宮司を一人にするものじゃない。
そんなことを口にして紫はゆったりと歩き出し、獅子達が一斉にこちらを見上げる。うちの霊獣たちにも子守婆さんと呼ばれる彼女が見守ってくれるのであれば、問題は何もないだろう。頷いて許可を出す。
早速、婆さん虎の後について行こうとする弟たちに湊は眉を顰め、短く吠えて天祥を呼び止めた。
『良いか、天祥。
紫さんの言うことをちゃんと聞いて、駄目って言われたら直ぐ止めるんだぞ。
あと、境内の外には何があっても、絶対に出るんじゃない。
絶対にだ。約束だぞ。』
『うん、わかった。』
『“うん”じゃない、返事は“はい”だ。』
どうにも信用の置けない弟に湊は肩を落とし、瑞宮と陸晶にも声を掛ける。
『頼んだぞ、二人共。ちゃんと天祥を見てやるんだぞ。』
『はい、兄ちゃん。』
瑞宮が尻尾をピンと立てて返事をし、陸晶も黙って頷く。それでも湊は不安そうな顔をしたが、振り切るように鬣をブルブルと振るわせた。弟のお守りから開放されたはずなのに、返って元気をなくしている。初めての引率で、少し気負いすぎているのかも知れない。心配しすぎだと首の後ろを撫でてやる。
「大丈夫だよ。
此処までだって、きちんと出来たじゃないか。」
『でもさあ、ここ、町中じゃん。
神門を一歩出ただけで、普段見慣れないお店とかいっぱい有るじゃん。
彼奴ら、物珍しさで境内を出て行っちゃったら、どうしよう。』
撫でられて若干甘えが出たのか敬語を忘れ、湊は何時もと同じ口調で不安を零す。
『この前だって、イガ兄がふらふら出て行っちゃって、一緒に居た僕らまで、紫さんにうんと叱られたんだよ。
僕、また怒られるの嫌だよ。』
「ごめん、湊。その話、後で詳しく。」
うちの神社とは違う誘惑が沢山有ると言う若獅子の懸念は尤もであったが、それ以上に問題が発覚した。内容如何によっては帰ってからお説教する必要が有る。
聞くだに、うちの筆頭獅子が引率のときの話でありそうだから尚更、質が悪い。




