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食べたい。(中編)

 後できちんと調べようと決めるも、まずは郵便屋の相手を済ませることにする。

 部屋に上がるように勧め、茶を淹れようと腰を浮かせば、靴を脱いだ魔物はお構いなくと片手で留め、自分でやると口角を上げた。勝手知ったる他人の家というやつだ。

 先に手紙の受け渡しを済ませ、確認している間に淹れてもらったお茶を啜って一息つくと、加賀見は不貞腐れている天祥にも手を伸ばした。


「それでテン坊は、そんなにおやつが欲しいのか?」


 頭をぐしゃぐしゃ撫で回され、揶揄われた子獅子はイジケて前足を引っ込め、ますます丸くなった。


『テンちゃんは、じいちゃんのがいいんだよ!』


 猫のように膝の上に陣取ったまま、フーッと唸る天祥に加賀見は首を傾げ、こちらを振り返った。


「だってよ。ちょっと食わせてやれば?」

「馬鹿言え、そんなこと出来る訳ないだろう。」


 無責任な提案を一蹴するが、青い目の郵便屋は僅かに眉を動かし、重ねて勧めてきた。


「言葉で説明したって駄目だろ。実体験にまさる教育はないぞ。」

「けどなあ。」


 駄々を捏ねれば思い通りになると、勘違いされても困る。子獅子のうちに変な癖をつけたくない。

 そんな迷いを振り切り、決断させたのは最後の一言。


「でも此奴、このままじゃ絶対納得しないぞ。だったら、やらせてみるべきだ。

 見える範囲なら止められる。我慢させた結果、知らないところでつまみ食いとかされたら、返って面倒だろ。」


 加賀見は所詮趣味と多くを認めないが、得意の移動魔法を駆使し、身寄りをなくしたり、虐待された子供を世界中から集め、保護している。豊富な子育て経験からきているであろう意見は重みがあり、合理的でもあった。



「じゃあ、テン坊。食ってみるか?」

『いいの?』


 膝の上の子獅子を撫でれば、パッと天祥の顔が明るくなる。


『じいちゃん、ありがとう!』

「でも、天祥、その前に約束がある。」


 大喜びで立ち上がり、頭を擦りつけてくる子獅子を抱き上げ、目線を合わせて言いつける。


「口に入れるだけで、飲み込んだら駄目だぞ。

 約束、守れるか?」


 叱るようなきつい言い方をしたせいか、天祥は不本意そうに言い返した。


『テンちゃんはお利口だから、ちゃんと約束守れるよ!』

「そうか。約束だぞ。

 絶対、飲み込むなよ。」


 再度強く言い聞かせ、横に降ろせば、白い子獅子は鼻を突き上げ、偉そうにふんと鳴らした。単に我儘に屈してしまっただけではないのかと、少しだけ不安になる。



「さて、何から食わすか。」

「とりあえず、醤油と魚でいいんじゃねえの。」


 打ち合わせにもならない言葉を加賀見と交わし、小皿とボールを用意する。


「じゃあ、まず醤油からな。」


 小皿に少し取り分けてやると、天祥は真面目くさった顔をして、ふんふんと匂いを嗅いだ。

 妙なことが始まったと陸晶と逸信が寄ってきて近くに座り、縁側から動かないものの、瑞宮も不思議そうに見守っている。

 垂らされた茶色の液体に天祥は首をかしげ、恐る恐る舌を突き出し、ぺろりと舐めると即座に顔をしかめた。


『まじい! 舌がピリピリする!』


 ぺっぺっと吐き出す仕草をして、首を激しく横に振り、塩味から逃れようとする弟分に、陸晶と逸信が耳を伏せて顔をしかめる。


『まずいんだ。』

『やっぱり、美味しくないんだ。』


 ボクら、食べなくてよかったね。

 顔を見合わせて頷く兄獅子たちに、天祥はますます顔をしかめ、悔しげにグルルと唸った。


「ほら、口を漱げ。」


 水を張ったボールを加賀見が差し出せば、子獅子は乱暴に口を突っ込み、ぴちゃぴちゃと水を撒き散らした。


「まだ、食うか?」

『……食べる!』


 これで懲りたかと思えば、まだ諦めず、鼻にシワを寄せて吠える天祥に肩をすくめ、こちらを振り返った郵便屋へ、首を横に振って仕草で応える。こうなったら、満足するまでやらせるしかないだろう。



「じゃあ、次は魚な。」


 塩鮭から骨を取り除き、一欠片、箸で口元に持っていってやるが、天祥はそれを無視し、机の皿から素早く大きな塊を咥え取った。


「あ、この野郎。」

『大きくないと、味、わかんない!』


 欲張って小さな欠片を拒否した子獅子だが、すぐにその顔は暗く、沈んだものに変わっていった。


『……これ、おいちくない。

 カリカリじゃないし、ぐにゃぐにゃしてるし、ボソボソだし、なんか、生臭い。』


 ぐちゃぐちゃと口を動かしながら耳を垂らす天祥に、誰からともなく大きなため息が漏れる。


「だから言ったろ、美味しくないって。」


 吐き出すよう小皿を差し出すが、天祥は未練がましく口の中のものを何度か噛み締め、飲み込もうとした。

 急ぎ、喉を抑えて止める。


「こら、飲み込んだら駄目だ! 約束だろ!」


 首を絞められた形になった天祥は、ウエッと口の中のものを吐き出した。すかさず小皿で受け取って、やれやれと眉尻を下げれば、横から加賀見がボールを差し出す。


「ほら、水。」


 無言で顔を突っ込もうとする天祥の首根っこを掴み、注意する。


「待て、約束を覚えてるか? 水も飲んだら駄目だぞ。

 濯ぐだけで、吐き出すんだぞ。」

『わかってる!』


 ふしゃっと天祥は言い返したが、絶対わかっていなかっただろう。それでも大人しく水の中で口を動かし、終わると不機嫌も顕にペッぺと吐き出す。仕方のないやつだ。



 手ぬぐいで口の周りを綺麗に拭いてやれば、終わった途端に天祥は怒り出した。


『ちっとも美味しくなかった! まじかった!

 何であんなもの、テンちゃんに食わせた!』

「お前が食べたいって言ったんだろ。」


 散々止めた上での結果に文句を言う、我儘子獅子には困ったものだ。


『美味しそうに食べてたのに! だまされた!』


 子猫よろしく丸まって、毛を逆立てて怒る天祥の背中を撫でて慰めてやる。


「だから、お前には美味しくないって何度も説明したのに。

 それより、飲み込んでないだろうな?

 もし、ちょっとでも飲んでたら、言わないと駄目だぞ。」

『テンちゃん、ごっくんしてないよ! うえってなった!』


 鼻にシワを寄せて不貞腐れるのを宥め、口を開けさせて調べる。とりあえず、中には残っていないようだ。

 一安心していると、不思議そうに首を傾げていた陸晶が、みゃうと鳴いた。



『ねえ、じいちゃん。どうして、じいちゃんは毒食べても平気なの?

 っていうか、どうして毒をご飯にしてるの?』

「ん? じいちゃんは、毒は食べられないぞ?」

『でも、それ、食べたら毒なんでしょ?』


 何でと問う陸晶につられ、逸信もどうしてと同じように首を傾げる。気になったのか、漸く縁側から立ち上がり、瑞宮もちょこちょこ寄ってきた。

 どうしたもんかと隣の郵便屋を顧みれば、子供慣れした加賀見は任せろと軽く片目をつぶり、説明を変わってくれた。


「いや、じいさんが食っているものは毒じゃない。

 正確にはお前らにとっても毒ではない。

 ただ、食べたあとに毒になってしまうんだ。

 何故なら、お前らには吸収できないからな。」

『どういうこと?』

「器となる体を何で形成しているかということだ。

 因みにお前らはどれだけ、他の生き物を知っている?」


 逆に尋ねられた子獅子たちは顔を見合わせ、口々に言う。


『御池のお魚とか。あと、鳥と鹿。』

『よそんちの神社には猫さんと犬さんがいるんだよね?

 あと、狐。しっぽがたくさんあるやつ。絵本で見たよ。』

『森で時々、ちっさい人をみるよ。あと、夜、空を飛んでる鬼火とか、木霊も見たことある。木の中に住んでるの。』

『テンちゃん、こないだコウモリ捕まえた!』

「そうだな、いろいろいるな。」


 ふんふんと適当な相づちを打って、加賀見は更に尋ねた。


「じゃあ、そいつらの体は何でできている?」


 考えたこともなかったのだろう。白い子獅子たちは再び顔を見合わせ、揃ったように首を傾げた。

 返事がないのに、さもありなんと加賀見は笑う。



「世の中にはいろんな種族がいる。

 鳥や獣のように変わりづらく、滅びやすい肉の体を持つ種族が多いが、石や人形など、無機物に宿るのもいる。お前らの兄ちゃんが退治している怨霊みたいに器のない霊体もいれば、木霊や妖精等、霊と現し身の中間を保つ奴らもいる。

 基盤となる定まったものが無いと存在を維持するのは難しいから、霊体の部分が多ければ多いほど、生き物として不安定だけどな。

 なんにしろ、生命の核となる魂だけでなく、その器となる身体が重要なことは間違いない。」


 ここまでわかるかと問われ、子獅子たちは揃って首を傾げた。多分、瑞宮と逸信は半分ぐらい、天祥は8割以上わかってない。

 陸晶が何とかついていけているだろうか。


「して、精霊やお前らみたいに、霊力だけ吸収していれば良い場合もあれば、じいさんみたいに身体を維持するための栄養を、別途、取らなければいけないこともあるわけだ。

 お前らの体の本質は砂だから、鉱石ならば同質のものとして吸収できるが、じいさんが必要な肉や魚などのタンパク質や、野菜なんかの食物繊維は受け付けない。

 だから、欲しいと思わないし、美味しいとも感じない。仮に食べても吸収できずに、何時までも腹の中でとどまるだけになる。」

『お腹の中に、ずっとあるってこと?』


 不安そうに瑞宮が聞き、加賀見は深く頷いた。


「そうだ。他の生き物のように吸収できなくとも、そのまま出してしまえればいいんだが、お前らは元々必要なものしか摂取しないだけに、胃がホースじゃなくて、袋状になってるからな。

 吐き出しでもしない限り、ずっと腹の中だ。」

『ずっと、お腹の中にあるんだって。』

『中で転がって、ゴロゴロするね、きっと。』


 嫌だねえとさして嫌そうでもなく、陸晶と逸信がしっぽを揺らす。

 何とか理解したらしい天祥が、自分の腹を眺めた。


『テンちゃんのお腹も、ゴロゴロになる?』


 もしかして、大変なことをしてしまったのかと真剣な顔つきになった子獅子に、加賀見が呆れたように答える。


「だから、再三飲み込むなって言われたろ。」

『テンちゃん、ごっくんしなくてよかったよ! 

 お利口だったよ!』


 漸く言いつけを理解し、安心、納得したのか、むふーと鼻息荒く偉そうに胸を張る天祥に、思わず突っ込む。


「いや、お前、直前まで飲み込もうとしてただろう。」


 幼いとは言え、色々棚上げな子獅子に加賀見も苦笑し、纏めに入った。


「同じ様に俺やじいさんは、お前らが食べる鉱石を必要としないし、飲み込んでも吸収できない。

 そんな訳で同じ物を食べないんだ。」


 わかったかと問われた子獅子たちは、揃ってびゃあと鳴き、納得したことを示した。

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