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お出掛ける。(その3.電車)

 こうして出かけることになったわけだが、一度決まれば、準備が出来ていようといなかろうと、時間はどんどん過ぎていく。

 あっという間に智知神社に伺う日がやってきた。

 

 雲ひとつない見事な冬場れで、天気が良くてよかったと思う。

 何時もよりずっと早起きしたにも関わらず子獅子達は元気一杯で、外出に併せて久しぶりに社務所で寝た陸晶と瑞宮が、揃って自分を起こしに来たほどだ。

 留守を何時も通り二前に任せ、村の役場にも予め断っておいた。担当の役員さんが昼頃、様子を見に行ってくれるそうだ。



 他の利用客の邪魔にならぬよう駅員さんの案内で改札を抜け、自分、瑞宮、陸晶、天祥、湊の順番で一列になってホームを歩けば、彼方此方の視線が集まるのを感じた。此方を指差す小さな子供がいるのに、早速子獅子達は気を取られ、列を崩して直ぐ後ろの湊に揃ってお尻を叩かれた。

 駅の方も慣れたもので、一車両をまるまる貸し出してくれた。乗客が少ない時間帯を狙ったとは言え、申し訳ない。

 予め準備された無人の車両に乗り込んで、天祥がたたっと列を外れる。ずらりと並んだ座席に目を見張り、吊り下がる吊り輪を見上げて口を開ける。


『すごい! 広い! でっかい箱だ!』

『天祥、ご挨拶は?』


 呆れ顔で湊が小さい弟を呼び、天祥は慌てて戻ってきた。

 入り口で一列に並んですわり、案内してくれた駅員さんにお礼を言う。


「何時もお手間掛けます。」

「いえいえ、気をつけて。帰りもお待ちしております。」


 顔見知りの駅員さんは笑顔で獅子たちにも声を掛けてくれた。


「神使さんたちも、気をつけていってらっしゃい。」

『はい。ありがとうございます。』


 きちんと座った湊が短くガウッと返事をし、その足元で子獅子達も元気よくギャウギャウ吠えた。


『いってきます!』

『気をつけます。』

『お利口で、いってきます!』

「はい、いってらしゃい。」


 ドアが締まれば、子獅子達はすぐ座席に移動して、窓から駅員さんに向かって吠えた。ニコニコ手を振ってくれる駅員さんに尻尾を揺らしてみせる。

 がたん、がたんと独特の揺れと共に電車が動き出し、窓の景色が少しずつ後ろに下がっていく。


『なんか、ぐらぐらする!』

『走ってないのに、景色がどんどん動くよ!』


 興奮気味の天祥と瑞宮がそのまま窓に入り付いているのに、陸晶は耳を横に垂らして此方に戻ってきた。


『じいちゃん、ミナト兄ちゃん……』


 不安げな弟を湊が優しく舐める。


『大丈夫だ、陸晶。怖くない。

 それより揺れるから、気をつけるんだぞ。』

『ボク、別に、怖くはないよ。』


 少しプライドが傷ついたのか、陸晶は不機嫌に尻尾を振ったが、やはり落ち着かなさそうに前足を上げ下げした。

 電車の振動が伝わってくるのが、気持ち悪いようだ。


『じいちゃん、これ、何時まで乗るの?』

「直ぐ降りるよ。5分ぐらい。」

『えっ、』


 白い子獅子の質問に答えると、陸晶は目を丸くして口を空けた。


『そんなに早く付いちゃうの?』

「うん、乗り換えるからな。」


 驚く弟に湊が呆れ顔で言う。


『最初に乗り換えるって教えただろ。』

『うん、でも、ボク、もっと沢山乗ってからと思ってたよ。』


 憧れの電車が直ぐ終わってしまうと知って、陸晶はますますそわそわと落ち着きをなくした。


「特急に乗り換えた後は沢山乗るよ。

 でも、この車両とは雰囲気が随分違う。」

『そうなんだ。』


 座席が長く続き、つり革が有るのはこれだけだと教えると、陸晶は駆けるように瑞宮たちの居る座席に戻っていった。

 思ったより短いと分かり、直ぐ終わると安心したのか、急にもったいなく思ったのか。

 どちらともしれないが、どうせ乗るなら楽しんでほしい。



 神社最寄りの駅から目的地までは2度ほど乗り換えが有る。上手くやれば1度で済むのだが、時間の都合上少し面倒なルートになった。

 あっという間に乗り換えの終点につき、瑞宮が不満げにガウゥと吠える。


『じいちゃん、もうお終い?』

「乗り換えるだけだよ。直ぐ別の電車に乗るよ。」


 車内放送も終点で乗り換えてほしいことが告げられ、瑞宮は不思議そうに耳を動かした。

 空いたドアの先で、既に待っていた駅員さんに連れられてホームを移動する。


「すみません、一駅だけなのに。」

「いえいえ。」


 階段を登って反対側のホームに移動し、駅員さんに頭を下げる。わざわざ対応してもらうのは心苦しいが、先程よりずっと人が増えている。

 自分たちが神社の関係者であるのは見れば分かるので、大袈裟に騒いだり、寄ってきたりする人は居ないが、やはり視線を集めているのを感じる。


『じいちゃん、今度は長く乗る?』


 最初と同じ様に乗り込んで、ドアが閉まると瑞宮が此方を見上げた。


「これも直ぐ、乗り換えるよ。

 次の駅は大きくて、人も多いから気をつけるんだぞ。」


 次はこのあたりで最も大きい主要駅だ。特急は其処から乗れる。

 一駅だけで乗り換えることを知ると、瑞宮は怪訝そうに首を傾けた。


『なんでそんな、短くぶつぶつに切って作ってあるの?

 なんで最初から、大きな駅に繋がなかったの?』

「なんでだろうな。多分、色々有るんだよ。」


 必要な面積の購入価格とか、整備費とか、利用者数とか、色々と。

 直接、神社最寄り前まで繋がっているのも有るのだが、どの道途中で乗り換えが必要になり、準急になるなど勝手も悪い。

 準急になっても意外と所要時間は変わらなかったりもするが、気分の問題だ。特急はやはり特別である。そして今回はちょっと目的が有る。



 大きなカーブの後に到着した主要駅はやはり大きい。

 三つのホームの中央をぐるりと囲う用に移動用のタラップが作られており、改札に繋がっている。構内にも小さな店が幾つも常設されているが、改札の一つは大型デパートに直接繋がっていて、神社の有る村とは異なる華やかな雰囲気が流れてくるのを感じる。

 場所の違いは子獅子たちにもわかるようで、少し先に見える改札口を眺め、コソコソと話し合っている。


『なんか、あそこ、空気が違うね。』

『きっと、都会指数が高いんだよ。』


 なんか変な言葉を覚えているなと思った。

 恐らく教えたであろう郵便屋が聞けば、「この程度で都会指数。」と、ゲラゲラ笑うのであろう。

 子供の言うことでも有るし、あまり深くは詮索しないことにして、通された待合室で時間を調整する。

 程なくホームに入ってきた銀色の車体に、子獅子達は歓声を上げた。


『なんだ、これ! すげえ!』

『顔が丸い!』

『窓、でっけえ!』


 ぎゃうぎゃう吠えだしたので、同席した駅員さんが驚いた顔をした。


「こら、お前たち、静かにしなさい。」


 注意しても待合室のガラスの壁に張り付いて、後ろ足で立ち上がり、吠えるのを止めない。

 湊まで落ち着きなく壁の向こうを覗き、ぐるると唸る。


『じいちゃん、これ、いつもと違くない?』

「ふははは、そのとおり。

 最近復活した新型車両だ。」

 

 復活なのに新型とはこれ如何に。

 答えながら自分も興奮しているなと少し反省する。だが、特急の中でも特に特別な車両にどうしても心が踊る。

 この車両は現代より文明が発達していたという古代の資料を基に、最近再現されたものなのだ。

 従来の角ばったフォルムと違い、運転席の有る先頭車両は丸みを帯びて、空気抵抗を減らしている。何より注目すべきは窓の大きさ。大型の窓ガラスが使用され、膝下までが窓となっており、沿線の風景を遮るものなく眺める事が出来る。しかも座席は回転でき、向かい合わせにすれば同伴者との気軽な会話を、窓と並列にすれば思う存分景色を楽しむことが出来るのだ。


「これに乗りたかったんだよ。」


 銀に青い線の入った宇宙船のようなデザインの車両を眺め、一人呟く。

 一度、運行の開始を祝って行われた村のイベントで乗ったが、仕事で乗るのとはまた違う。

 今回はこのために色々時刻を調整しました。子獅子たちも大喜びで、自分も嬉しい。

 ただ、周囲に迷惑を掛けるのは宜しくなく、改めて注意する。


「お前たち、電車に乗る時はどうするんだった?」


 聞けば子獅子達は大急ぎで居住まいを正した。

 瑞宮が代表して答える。


『大人しく動かないで、吠えたり、暴れたりしません!』


 訓練された犬のようにきっちり座り、背筋を伸ばすのに、駅員さんがふあーっと感嘆の息を漏らす。

 何時もこんなに利口だといいのだが。

 駅員さんの誘導に従って一列になって進む。ピンと尻尾を立て、気取って歩く様を子供ならず大人も指差し、注目を浴びて、子獅子達は嬉しそうに鼻をピクピク動かした。



 案内された車両の前では車掌さんと運転手さんが出迎えてくれた。

 これまでと同じ様に頭を下げ、子獅子達も座って挨拶する。


『こんにちは! ボクたち、咲零神社の子獅子です!』

『お利口です!』

『今日は、宜しくお願いいたします!』

「はい、宜しくお願いいたします。」


 順番に挨拶して揃って頭を下げるのに、車掌さんが丁寧に受け応えてくれ、目をまん丸くしていた運転手さんも慌てた様子で頭を下げ返してくれた。

 練習の成果が発揮できたのに、湊が嬉しそうに喉を鳴らす。ただ天祥、ちょっと違うな。自分で自分をお利口って言うのはどうかな。


「さすが、神使さんは小さくても立派ですね。」


 年配の車掌さんに褒められて、調子に乗った天祥が偉そうに言う。


『そうだよ! テンちゃんは立派なの!

 ナデナデしてもいいよ!』


 胸を張り、得意満面で尻尾をくゆらす子獅子に、車掌さん方は戸惑いの視線を送ってきた。

 仕方がないので笑顔で返す。


「大丈夫です。

 当人もそう言ってますし、宜しかったら是非。」

「いいんですか?」


 神域に仕える霊獣に対して不敬ではないのかと、車掌さんは嬉しそうながらも困惑しているようだったが、若い運転手さんは早速膝を降り、恐る恐る手を伸ばした。


「わぁ……おいで、おいで。」


 差し出された手にたたっと近寄り、フンフン匂いを嗅いでから天祥は頭をこすり付けた。

 そのまま、頭や耳の後ろを撫でてもらい、子獅子はご機嫌で喉をぐるぐる鳴らす。


「うわぁ、すべすべで、柔らかい……」


 だらしなく顔を緩ませる運転手さんに一頻り撫でられてから、天祥は自分の足元に戻り、自慢げに鼻を突き出してフンと鳴らす。

 サービス精神が旺盛で結構です。

 陸晶や瑞宮も撫でてもらい、満更でもなさそうな顔で尻尾を揺らした。



「何ていうか、人懐っこいですね。」

「ええ、彼らが勇猛なのは邪鬼や怨霊など、悪いものに対してだけですから。」


 車掌さんが微笑むのに、此処ぞとばかりに怖くないよをアピールするも、きっちり釘も刺す。


「反面、危害を加えるものには手加減しませんから、変な気を起こした者が近寄らないよう、十分気をつけないといけないんです。」


 余り考えたくないことだが、霊獣は金になる。

 捉えてペットのように従えたり、解体して毛皮や牙などを売り飛ばそうと目論む輩は、残念ながらゼロではない。神使は所属する神社が管理しているため、足がつきやすく騒ぎにもなりやすいが、人馴れしている分、扱いやすいと判断されることも有る。

 特に子供は狙われやすい。

 気をつけなければと改めて己に言い聞かせ、駅員さん達も真面目な顔になる。



「では、そろそろ出発時刻ですし、此方へどうぞ。」


 案内された場所の一部は座席が取り払われ、代わりにビニールシートが敷かれていた。湊用だろう。

 座席にも毛がつかないよう、カバーをお願いしていたのだが、それでは座り心地が悪かろうと丁重に辞退された。せっかく乗るのだから、子獅子たちにも自慢のシートを堪能してほしいと言われ、心遣いに感謝する。

 瑞宮たちは大喜びで黄色い座席の上で跳ねたり、体をこすり付けたりし始めた。


『じいちゃん、この椅子、ふわふわだよ!』

『この椅子、すべすべだよ! じいちゃんも早く座って!』

『こら、お行儀が悪い!』


 湊が顔をしかめて叱るが、余り効果がない。陸晶まで声を上げて、はしゃいでいるのは珍しい。

 車掌さん達に改めて挨拶し、席に座って一息つく。

 此処から先は1時間、特に何もすることはない。窓の景色を眺めながら、のんびりするだけだ。

 腹ばいになっても窓の外が見えると湊も嬉しげに尻尾を揺らす。



 暫くの間、動き出した電車の振動に耳をピクピクさせ、窓の外を流れる景色に目を見張り、座席を登ったり降りたりしながら、子獅子達は忙しなく動いていたが、10分もすれば、だいぶ落ち着いてくる。

 瑞宮は湊と一緒にシートへ腹ばいになって窓の外を眺め、陸晶は座席に座り、天祥に至っては自分の膝に頭を載せて、うつらうつらし始めた。

 早い、天祥、寝るの早い。恐らく朝早くに起きて、興奮のまま騒いで疲れたのだろう。呑気な弟を陸晶が前足で叩いた。


『テンちゃん、せっかく電車乗ってるのに。』

『うーん……』


 勿体無いとは思うのか、天祥は前足で顔を拭った。それでも、やっぱり眠そうで、陸晶が深々と溜息を付く。


『折角、逸信が譲ってくれたんだよ。

 イッちゃんだって、ずっと外、行きたがってたのに。

 それを天祥があんなに落ち込むから、心配して、怒られたんだよ。』

『テンちゃん、何にもしてないよー』


 叱られて、不服そうに天祥は耳を頭にくっつけた。

 それをフシャッと陸晶が怒る。


『あんなにぐったりしてたら、誰だって心配するよ!

 声を掛けても返事もしないで、丸くなってるだけなんだから!』

『ボクも、心配したよ。』


 景色を眺めていた瑞宮が顔を此方に向け、口を挟む。

 兄獅子二人に言われ、天祥はバツが悪そうに頭を下げた。


『だってさあ、だってさあ、ミミ兄も行くって言うし、テンちゃんだって、どうしても行きたかったけど、ヤダって言ったら駄目だって、ニノ兄ちゃんに言われちゃうじゃん。

 だから、どうやったらいいよって言ってもらえるかなって、一生懸命考えて、気がついたら、イツ兄が怒られてたんだもん。』


 落ち込んだり、我慢しようとしていたわけではなく、只、考え込んでいただけだったようだ。

 道理で逸信が怒られているのに、あっさり喜んだはずだ。考え込むあまり、流れを理解していなかったらしい。

 途切れ途切れの言い訳を聞いて、陸晶は口を空けた。


『落ち込んでたんじゃないなんて……逸信が浮かばれないよ。』


 がっくりと俯く背中を撫でてやる。


「次な、次は逸信を連れて行こうな。」


 順番からしても妥当では有るが、次の機会は何時になるやら。

 これから暖かくなるに連れて、邪鬼の動きも活発になり、忙しさでそれどころではなくなるのが分かっているだけに、陸晶は力なく尻尾を垂らして、丸くなってしまった。瑞宮や湊も呆れたようにフンと鼻を鳴らす。

 お説教が終わったと見て、天祥はまた船を漕ぎ始めた。

 全く、大物なのかお馬鹿なのか、判断に迷うところである。



 流れるような景色から人の気配が少しずつ消えていき、森が多くなってきた。ガタンガタンという何時もの電車の音とは少し違う響きに身を任せる。

 さすが新型、振動が少ない。後、シートがふかふか。やっぱり、長距離移動用の車両は違うなと思う。

 窓の外に顔を向けたまま、湊が呟くように思念波を送ってきた。


『そう言えば、加賀見さんが暫くこなかった理由は、何だったんですか?』


 外出のきっかけとなった手紙を持ってきたのが、ここ暫く顔を見せていなかった郵便屋であったことを思い出したようだ。

 引率として気負っているのか、聞き慣れない敬語がおかしい。


『そうだ、加賀見の兄ちゃん、どうしてずっと来なかったの?』


 同じ疑問を感じていたのか、瑞宮も飛び跳ねるように顔を向け、此方に移ってくる。

 先日思わぬタイミングで加賀見が顔を出してから、また間が空いている。怪我や何やらで慌ただしい訪問だったので、ゆっくり話す余裕はなかった。

 当然、不思議そうに首を傾げる子獅子に説明するようなことは聞いておらず、苦笑で返す。


「どうしてだろう。そう言えば、聞かなかったな。」

『ええー なんでだろう。

 兄ちゃんが来ないとカリカリおやつ、食べられないよ。』


 瑞宮にとって、加賀見は自動おやつくれ機なのだろうか。

 お利口に我慢していたのに、この間も貰えなかった。そう言って頬をふくらませる兄獅子を陸晶が鼻で笑う。


『そうやってミミ太がお強請りするから、こなかったんじゃないの。』

『してないよ。しなくても、兄ちゃんはくれるんだよ。』


 言い返して、瑞宮は座席で丸くなっている弟にパンチしようと前足を伸ばし、陸晶がうるさげに反撃する。

 爪で座席を引っ掻いてもいけないので、手で払ってそれを止める。



「まあ、加賀見のことだからな。色々忙しかったんだろう。」


 かの魔物は実に気まぐれ。来ない時は年単位で来ない。そう説明しても、瑞宮は納得行かないようで、ガアと吠えた。


『でもさあ、でもさあ、兄ちゃん、どれだけ忙しいって言ってても、月に一回は来てたじゃん。

 なんで急に来なくなっちゃったの?』

「さあ? なんでだろう。」


 不満そうに吠える瑞宮に陸晶も気になったのか、顔を上げ、此方を見上げているが、わからないものはわからない。ただ、会議に出席していたと言っていたことを思い出し、恐らく仕事だろうとだけ伝える。

 湊が肯定するように尻尾を揺らして頷いた。


『元々、そんなに来るような人じゃないですしね。

 俺が小さい頃は殆ど来なかった。』

『そうなの?』


 来ないのが当たり前。そんな兄獅子の言葉に今更ながら驚いて、瑞宮が湊に駆け寄る。


『じゃあ、兄ちゃんはあんまりカリカリ貰えなかったの?』

『うん、瑞宮たちほどにはね。』

『えー 可哀想。

 カリカリは絶対有ったほうがいいよ!』


 熱く語る弟獅子の顔を困ったように湊は舐めた。

 神域に居る限り、霊獣は腹を減らすことはない。体の維持に必要なだけの霊気を自然と吸収できるからだ。

 霊気の少ない地域で生活しているのであればまだしも、おやつに執着する瑞宮は変わっている。


 そう言えば、神社を出て既に1時間ぐらい経つ。神域を出た霊獣の腹の減り方は大体、人と同じで、どうこういう時間ではないはずだが、子獅子は体が小さい分、早く腹が減る。

 少し、気をつけようと思う。



 お喋りが途切れ、揺れる電車に気持ちが良くなったのか陸晶もウトウトし始め、瑞宮も湊に背中をくっつけたまま、動かなくなった。


「何時からだったかな、加賀見がよく来るようになったのは。」


 なんとなしに呟けば、窓の外を眺めながら湊は尻尾を揺らした。


『確か陸晶が天祥、いや、巳壱ぐらいの大きさな時からですよ。』


 言葉を選ぶようにゆっくりと白い若獅子は首を傾げた。


『陸晶が喋るのが上手になって、八幡の後を追いかけてた頃ですね。

 今、天祥が瑞宮を追いかけているみたいに。』


 その頃、何かあっただろうか。

 うちの神社はこの近辺では大きい方で、獅子達は邪物の討伐に優れていると有名だが、逆に言えばそれだけだ。

 龍や鳳凰も恐れると言われ、西へ東へ飛び回り、世界を股にかける魔物がわざわざ、片田舎の神社へ頻繁に足を運ぶ理由などないように思える。

 けれども、何か、なかっただろうか。大切なことを、忘れてはいないだろうか。

 


「ま、いいか。」


 何だったら、今度来た時に直接聞こう。

 グルグルと喉を鳴らして湊が同意する。

 今すぐではなくても加賀見はそのうち遊びに来る。慌てることは何もない。

 電車の運行も順調だ。到着まで、少し休んでおこう。


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