お出掛ける。(その2.選出)
郵送でのやり取りのため、日程が決まるまで2週間ほどかかった。
火急の用であればまだしも、半分遊びの様なものの為、急がなかったこともあるが、他所との連絡は通常それぐらいの時間がかかる。連絡係として加賀見は実に優秀だと言えよう。
移動手段は自動車があればよいのだが、獅子が乗れるほど大きいものはなく、バスで行くには遠すぎる。まして、人が歩いていく距離ではない。
少々値段が張るが、特急電車で行くことにした。数が少ないので万一帰りの電車に乗り損ねれば、泊まりは必須。単線であることも手伝って、特急と言う割に時間がかかる。それでも、線路が通っているだけ幸せだ。
目的地の智知神社には霊獣が複種類所属しており、中にはネコ科も居るのでお出かけ先に丁度良い。さて、誰を連れて行こうか。
話を聞いた子獅子達は、一瞬顔を見合わせたが、皆、直ぐに立ち上がった。
『ボク、行きたい!』
『ボクも!』
『ボクも行きたい!』
揉めるのは容易に予想でき、大人の獅子も揃えて本殿で話をしたのは正解だった。みゃうみゃうぎゃうぎゃう、喧嘩になりそうなところを、古参の兄獅子、二前が一喝して止める。
『喧嘩しない! そんな悪い子は他所の神社に連れて行けない!』
バシッと叱られて、子獅子達はしゅんと肩を落とし、大人しくなった。
二前の相方、陸奥がゆったりと尻尾を揺らす。
『智知神社は遠いからねえ。行儀悪いのも困るけど、
落ち着きがなくて迷子になったり、電車に遅れたりしたら大変だ。』
『電車に乗るの!?』
途端に天祥が飛び上がり、たった今叱られたのも忘れて、みゃうみゃう鳴く。
『電車だって!』
『黄色かな? それとも、青いのかな?』
『みいちも、でんしゃ、のりたい!』
つられて他の子獅子達も再びざわめき始めるが、二前の低い唸り声で慌てて大人しくなる。
落ち着きのない子供達に兄獅子は尻尾をピシリと振るい、きっぱりと言った。
『天祥は、行けないよ。』
『なんで!?』
名指しで参加を却下されて、小さい子獅子は目を大きく見開き、口を空けた。
その様子にわずかに顔をしかめ、二前は淡々と説明する。
『お出かけできるのは、本殿で寝られるほど大きくなった子だけ。小さい子は駄目だ。
外は危険だし、疲れたり嫌になっても社務所に戻れないんだから。』
外出先は境内と違う。
長い間、大人しく座っていなければならない、不審者に気をつけねばならない、見慣れないものに気を取られてもならない、何より途中で帰れないと、幼い子供には難しく、辛いことが多いのだ。
ただ、口で説明されても納得できる歳ではなく、天祥は前足で床を引っ掻いて反発した。
『嫌だ! テンちゃんも行きたい!』
聞かん坊主の弟獅子に二前は静かに首を横に振る。
『だから、そうやって我が儘言う子は駄目なんだよ。
他所でも我慢できなくて、おじいさんや皆に迷惑を掛けるのが目に見えている。』
駄々をこねることで自らで不適切だと証明してしまい、天祥は黙り込んだ。
小さい子は不可と聞いて、同じく社務所で寝ている子獅子の一匹、巳壱が小さい声で問う。
『じゃあ、みいちも、いけない?』
『巳壱も駄目だ。もっと大きくなってからにしなさい。』
そうなると自ず参加可能なメンバーは判明する。当然だろうと一番の兄獅子に首を横に振られ、しょんぼりする巳壱の周りに幼い子らは集まって、悲しそうにみゅうみゅう鳴きあった。
反面、寝床を本殿へ移動している子供達は色めき立つ。
騒げば折角のチャンスを失うのは分かっているので、お互いの顔を見合わせながら、ウズウズと前足で何度も床をひっかく。
『智知って、どんなところかな?』
『ボクは、電車が気になる。』
『向こうにも霊獣がいるよね。仲良くなれるかな?』
にゃぐにゃぐと小声で話す弟たちに、八幡が偉そうに尻尾を振り、何か言おうとした横で、璃宮がミャッと短く鳴いた。
『ボク、いいや。今回は行かない。』
折角のチャンスを自ら放棄するのに驚いた兄弟達の視線を集め、璃宮ははにかむように首を傾げた。
『だってボク、智知神社は行ったこと有るもん。
代わりに瑞宮たちを連れて行ってあげてよ。
まだ、何処も行ったことないでしょ?』
討伐などの仕事以外で、外に出掛けられる機会は少ない。自分だって本当は行きたいだろうに、弟に譲る璃宮は立派だと、二前を始めとした兄獅子たちは満足げに頷き、了承を示してガアと吠えた。
言葉で形にされずとも実質的に褒められた璃宮を、八幡は口を空けて見ていたが、結局何も言わなかった。
あれは多分、弟たちに自分が案内してやるとか言うつもりで、機会を譲ることなど思いつかなかったのだろう。無言でそっぽを向いたのは、内心、悔しがっているからに違いない。
寂しそうながらもしっかり座っている璃宮と、不貞腐れ、後ろを向いてしまった八幡を交互に眺め、二前はゆっくりと頷いた。
『じゃあ、今回出掛ける子は、瑞宮、陸晶、逸信でいいかな。』
『やった!』
正式な決定に、名前を呼ばれた子獅子たちは飛び上がり、跳ね回ってはしゃぐ。
『良かったねえ、イッちゃん。外に行きたがってたもんね。』
『うん。』
嬉しさを抑えきれず、ぴょんぴょん跳ね回る兄獅子達を見上げ、天祥が弱々しくミャーと鳴く。
『ミミ兄も、行くの?』
あまりに悲しそうな弟の泣き声に、瑞宮達はバツが悪そうにはしゃぐのを止めた。
瑞宮と天祥は特に仲が良い。
大好きな兄が出掛るのに自分はついていけないなど、到底納得できることではないだろう。
何より、天祥は当社一番の甘ったれで頑固な我が儘坊主だ。歳が離れていようが、自分が小さかろうが皆と一緒、同じでないと納得できず、があがあ吠えて駄々をこねたり、床を転がりまわったりする。
今日だって、泣き喚いて暴れてもおかしくないのに、子獅子はそれ以上何も言わず、ただ蹲った。
衝撃が大きすぎて、我が儘を言うことも出来ないのだろうか。
瑞宮がすり寄って慰める。
『テンちゃん、仕方がないよ。
また、今度一緒に行こうね。』
『………。』
優しく舐めてやるが、天祥は返事をしない。
様子のおかしい弟を心配して、陸晶と逸信も一緒になって頭をこすりけるが、天祥は俯いたまま一言も口をきかない。
あの、暴れん坊がどうしたことか。大人の獅子たちにも衝撃が走り、無言で顔を見合わせる。
陸奥が何か言いたげに相棒の二前を見つめるが、獅子達の長兄は黙って首を横に振った。
『天祥は放っておきなさい。
それより出掛ける子は、挨拶の練習や電車の乗り方の勉強をしなさい。
出かけた先で恥をかいたら困るだろう。』
『はい、兄ちゃん。』
瑞宮が代表で返事をし、少し弟を振り返るも、意を決したように天祥から離れた。
陸晶もそれについて行く。
ただ、逸信は離れた瑞宮達と蹲る天祥を交互に眺め、動かない。咎めるように陸晶が呼ぶ。
『イッちゃん。』
呼ばれて逸信は振り返ったが、それでもやはり、動けなかった。
『ニノ兄ちゃん、』
耳を横に垂らし、困った顔に見える特徴的な暗色班が似合う、か細い声でおずおずと言う。
『あのね、ボク、行かなくてもいいから、テンちゃんを代わりに……』
『逸信。』
皆まで言わせず、二前が低い声で唸る。
『そんな我が儘を言ってはいけない。』
『……ごめんなさい。』
天祥を叱った時よりもずっと怖い顔の長兄に睨まれ、逸信は小さく縮こまって謝った。
泣きそうな弟に二前は深く息を吐き、淡々と説明する。
『璃宮がお前たちに譲るのと、お前が天祥に譲るのは違う。
小さい子が駄目な理由は、さっき言っただろう。』
天祥の外出が許可されなかったのは、単に手の掛かるやんちゃ坊主なだけではなく、幼い子に外出は難しいからだ。慣れない環境に疲れて体調を崩したり、人混みに紛れて迷子になってもいけない。
もし、事故が起こった時、責任が取れるのかと問われて、逸信は小さな声で言い訳する。
『ボク、テンちゃんが可哀想だと思って……』
『天祥が可哀想だと言うなら、巳壱や他の子はどうだ。
天祥だって、自分だけじゃないのが分かっているから我慢しているのに、兄のお前が足を引っ張るようなことをするんじゃない。』
二前が前足で示した先で、巳壱達幼い弟たちが悲しそうな顔をしているのをみて、逸信は俯き、小さな声でもう一度謝った。
『……はい、ごめんなさい。』
天祥と同じ程に落ち込む子獅子には誰も近寄らない。
二前が怒る理由があるだけに誰も口を出せない。
逸信は優しい。それは決して悪いことではないが、ルールを破る切っ掛けになってはならず、結果を顧みない浅慮もいけない。
何より、あの子は優しすぎて、自分の分を誰かに譲ってしまいがちだ。時には奪ってでも取りに行くような強さがなければ、周囲に負けて端に追いやられてしまう。
二前は冷淡であるかのように見えるが、逸信に期待しているからこそ敢えて厳しくしているのだ。
蚊の泣くような逸信の謝罪の後、苦い沈黙が続く。
瑞宮が眉間にシワを止せ、噛みしめるように口を結んでいる。
陸晶は無表情に横を向いているが、ひどく不機嫌そうだ。
八幡は呆れ、璃宮は困惑しているようだ。
天祥はうずくまったまま動かない。
その他の兄獅子や子獅子も不安げで、巳壱は泣きそう。もう、あのこが一番泣きそう。
陸奥が二前を見つめるが、相棒は無言のまま。代わりに当神社筆頭獅子、五十嵐がガアと鳴いた。
『それで結局、誰が行く? 引率は誰がやる?』
若干無神経とも思える話の切替に、大人の獅子たちは再び顔を見合わせた。
自然と視線は二前に集まったが、彼が口を開く前に陸奥がガウと鳴く。
『この分じゃ、逸信はいけないね。繰り上がりで天祥が行ったら。』
流れを覆すような相方の提案に二前が眉をひそめたが、構わず陸奥は話を進める。
『天祥は確かに小さいけど、他の社務所組より大きい。
そろそろ本殿で寝てもいい頃だし、多少疲れても1日ぐらい頑張れるだろ。』
『じゃあ、それで。引率は誰がする? 俺が行こうか?』
五十嵐が尻尾をブンと振って同意してしまい、番狂わせに他の獅子達もざわめく。
勝手に決めて素知らぬ振りをする二匹を睨み、二前は顔をしかめたが、諦めてググウと鳴いた。
『それなら、引率は湊が行きなさい。』
『オレですか?!』
呼ばれて若い白獅子、湊が背筋を伸ばす。
『そろそろお前も弟の引率ぐらい出来ないといけないだろ。
この機会にしっかり弟を躾けてこい。』
『は、はいっ!』
緊張して畏まる湊の隣で面白そうに青獅子、仁護が笑う。
『頑張れ、湊。テン坊のお守りは大変だぞ。』
二前を除いた他の獅子達も頷き、グルルと笑ったが、当の湊は口を歪めて子獅子たちを見た。
その顔は急遽引率を申し付けられた困惑か、天祥のお守りを押し付けられた不服か。
これで決まったと獅子達はぐるぐると鳴きだし、其々、居住いを崩す。
変更が揺るがないと理解したのか、天祥がぴょんと立ち上がった。
『ニノ兄ちゃん、テンちゃんが行っていいの?!』
『仕方がないね。今回だけだよ。』
相変わらず不機嫌そうにだが正式に二前が認め、天祥はぴょんぴょん飛び跳ね始めた。
『やった! やった! テンちゃんも、お出かけだ!』
落ち込んだだけに余程嬉しかったのだろう。ガウガウ吠えて、はしゃぎ回る。
『天祥、うるさいよ!!』
ガッと陸晶が不機嫌も顕に吠えた。
普段、自分を放ったらかしにはしても怒らない陸晶に怒鳴られて、天祥はビクッと固まった。困惑した様子で陸晶に近づき、小さな声でみゃうと鳴く。
そんな弟のご機嫌伺いを陸晶はそっぽを向いて無視した。
『リクちゃん、』
弱々しく逸信が仲裁にはいるが、これにも陸晶はシャッと威嚇音を出して、拒否した。
長兄に叱られ、陸晶も怒らせ、弱り果てた逸信は下を向く。
そんな弟に瑞宮が近づき、黙って頭を押し付けた。幼い子獅子達もわっと駆け寄り、何とも言えない調子でみゃうみゃう鳴く。
半ば自分のせいで小さい兄獅子が叱られたことを思い出し、天祥は漸く陸晶が怒っている理由に至ったらしい。
置いていかれる兄弟たちの手前としても、無神経だったと落ち込んで、しょぼしょぼと逸信に近寄ってみゅうと鳴いた。
『イツ兄……』
『お出かけできることになって、良かったね。テンちゃん。』
切っ掛けになったのは天祥だが、叱られたのは逸信が犯したルール違反。
謝るのも慰めるのもおかしく、言葉を見つけられない弟を逸信は舐めてやる。
『いいんだよ、ボクが悪いんだから。
テンちゃんがそんな顔しなくていいよ。
それよりお外、楽しんでおいで。』
優しい言葉を掛けられて、返って悲しくなってしまったのだろう。天祥はみゃうっと子猫のように鳴いて逸信に突進し、ひたすら頭を押し付けた。
転ぶから。天祥、気持ちは分かるけど、逸信、耐えきれなくて転びそうになってるから。
近寄ってきた湊が相手の様子を顧みず、力一杯ぐりぐり頭を押しつける天祥の首を加えて引き離した。
そのまま、ペイっと横に捨て、難しい顔でグルルと鳴く。
『天祥、逸信が転ぶ。周りや相手の事を考えないと駄目だ。
他所に行くなら、尚更だぞ。』
『うん、わかった。』
『“うん”じゃない。返事は“はい”だ。』
『はーい。』
どうも真剣味の掛ける弟に湊は顔をしかめた。
引率時に抑えが効かないのは困る。前足で床をひっかき、若干強い調子で言う。
『外でじいちゃんや皆に迷惑を掛けるようなら、そのまま捨てていくからな。』
『え、やだ。』
捨てられると聞いた子獅子は即座に拒否し、兄獅子は更に前足で床を叩く。
『やだじゃない!
それだけお利口にするよう気をつけろってこと!』
『テンちゃんは、いつだってお利口だよ。』
ふざけているように見えるが、天祥は至って真面目である。
一瞬、湊は凄く不安そうな顔をしたが、気を取り直して陸晶を呼んだ。
『リクも何時までも不貞腐れない。』
『ボク、別に不貞腐れてないよ。』
憮然とした表情のまま、陸晶はそっぽを向いた。
棚ぼたな天祥にも、余計なことをした逸信にも、兄獅子達の甘い対応も気に入らないのか、不機嫌に尻尾でピシリピシリと床を叩いている。感情の収まりがつかないのだろう。
八幡が寄ってきて、機嫌の悪い弟を鼻で突く。
『リク、陸晶。なんでお前がそんなに怒ってるんの。』
『……だってイッちゃんは、ずっと外に行きたがってたんだよ。』
そう言えば以前、そんな事があった。他所の神社を周る郵便屋の魔物が、話の流れで連れて行っても良いと誘ってくれたのだ。
逸信は強い興味を示していたが結局行かなかった。陸晶が止めたからだ。
陸晶は歳の割に賢い。逸信が外へ興味を持っていることも、自分が邪魔をしたこともちゃんと覚えていて、だからこそ納得出来ないらしい。
『でも、イツがいいって言ったんだぞ。
しょうがないじゃないか。』
不貞腐れる弟に、怒っても仕方がないと八幡はぐるぐる鳴いた。
『どの道、全員はいけないんだ。でも、これが最後じゃない。
イツだって、次はいけるよ。順番が変わっただけだよ。』
『そうかも、しれないけど。』
機嫌を直せと仲良しの兄獅子に前足で叩かれて、陸晶はムーと唸りながら尻尾を振り回す。
『何時まで揉めているんだ。』
にゃごにゃごやっているのに業を煮やし、二前がしっしと前足で子獅子たちを散らせた。
『こんな所で群れていないで、出掛ける子は準備をしなさい。
陸晶も切り替えなさい。決まったことは決まったことだ。』
何時でも平等に行くとは限らず、一度確定したことは早々覆らない。気に入らないと怒っている暇が有ったら、他にすることが有る。
そう一番の兄獅子に云われ、陸晶も渋々ながら納得したのか、びゃあと返事をした。
すかさず天祥と逸信が揃って頭を押し付け、謝るのを黙って受け入れる。
弟達が仲直りするのを見届け、二前はぐるりと鳴いた。
『湊、瑞宮達に電車の乗り方を教えておきなさい。』
『はい。分かりました。』
背筋を伸ばして湊が返事をするのに頷いて、二前は次に逸信を呼んだ。
『それから逸信、ついでに璃宮と八幡も広場においで。
久しぶりにどれだけボールが取れるようになったか見てやるから。』
『ニノ兄ちゃん、本当?』
一番の兄獅子直々に稽古を付けてやると言われ、逸信の顔がぱっと明るくなる。
弟が元気を取り戻したのを見て、瑞宮が安心したように尻尾を揺らした。
『良かったな、イツ。』
『うん。ボク、ボールとってこなきゃ。
ミミ兄も出掛ける練習頑張ってね。』
ぐるぐると嬉しげに喉を鳴らす逸信に、もう大丈夫と判断したのだろう。
『じゃあ、解散。お疲れさまでした。』
五十嵐が立ち上がって体を振るわせ、正式に打合せの終了を宣言し、他の獅子達がぐるりと鳴いて了解を示す。
逸信も早速外にかけて行こうとしたが、ぐるっと回って戻ってきて、陸晶にもう一度頭を押し付けた。
『リクちゃん、心配掛けてごめんね。
あとで、どんな練習したのか、教えてね。』
『……うん。逸信、次は一緒に行こうね。』
漸く完全に切り替わったのか、陸晶も頭を押し付け返す。
改めて、逸信は外へ駆けていき、八幡と璃宮がその後を追う。瑞宮達も湊に呼ばれて、部屋の隅で外出の勉強を始めた。
次々と部屋を出ていく獅子達と同じ様に、二前も逸信達の後を追おうとしていた所を呼び止める。
「ニノ、二前。」
怪訝な顔で足を止め、振り返った純白の獅子の長い鬣を撫でる。
「ごめんな、嫌な役をやらせて。」
二前が何時も長兄として皆をまとめてくれているが、元々は獅子たちの統率含め、宮司である自分が全てやらなければいけないことだ。神職が自分しかおらず、人手不足を理由に彼に押し付けてしまっていることは多く、己の力量不足を感じる。
二前にも、ただ神社の霊獣としての仕事だけに集中させてやりたい。
子獅子にするように耳の後ろをワシワシと撫でる。
二前は黙って撫でられていたが、ぐるると静かに喉を鳴らした。
『じいちゃんは、今のままでいいんです。』
彼が自分のことを、じいちゃんではなく、おじいさんと呼ぶようになったのは何時からだったか。
長兄として敬語気味の口調を僅かに崩し、静かに頭を押し付けてくる。
ゆっくりと陸奥が近寄ってきて、同じ様に頭を押し付けてきた。
自分よりも大柄で、同じ様に獅子たちの兄として重責を受け持つ兄弟に、二前は鼻にシワを寄せる。
『陸奥、』
言い掛けて止め、シャッと警戒音を発するに留める。
相棒がいいたいことを分かっているだろうに、陸奥は素知らぬ顔。ゆらゆらと尻尾を揺らす大きな獅子の耳の後ろも撫でる。
「ムツ、ニノの邪魔しちゃ駄目だろ。」
結果的に天祥、逸信双方の要望を叶え、丸く収めたように見えるが、却下した二前の立場がない。後ろで此方を伺っている五十嵐にも、視線で注意する。
当社の筆頭獅子は耳を横に垂らしたが、観念したように頭を下げてのそのそ寄ってきた。
バツが悪そうに肩を並べた二匹を軽くにらめば、陸奥は少し首を傾げた。
『まあ、それはそうなんだけど。』
長兄の指導を邪魔するつもりはないと五十嵐も軽く鬣を振るう。
『だって、智知神社には子守婆さんが居るじゃん。
ちょっと天祥はお説教されればいいと思って。』
例外を推奨した理由が思っていたより酷かった。
『確かにあそこの婆さん口煩いけどさ、他所んちに子供のしつけ、押し付けちゃ駄目だろ。』
『いや、これも経験だし。』
『それに婆さんも喜ぶから。
あの婆さん、お説教が生きがいだもん。
俺もさんざん怒られた。』
『それはイガがだらしない格好しているからだろ。』
『別にだらしなくはしてませんよ!
ちょっと鬣、はねてただけだよ!』
ガウガウ揉める獅子達に溜息を一つ付いて、追い払う。
「止めなさい。それよりニノ、イツを見てやるんだろ。
イガもどうせだったら一緒に行ってやりなさい。
ムツはミナトのフォローしてやれ。」
『はい、じいちゃん。』
言いつけに五十嵐ががうっと返事をし、二前と本殿を出ていき、陸奥も湊の様子を見に行った。
彼らが言うように、智知には子供の面倒を見たがる霊獣がおり、お陰で何時も安心して子獅子を連れていけるのだが。
今回は若干、それが不安だ。




