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お出掛ける。(その1.きっかけ)

 龍脈や地脈など呼び名は様々だが、土地が持つ力には流れがある。

 強い力は良くも悪くも周囲に影響を与え、核となる御神体を不用意に傷つけるなど扱いを謝れば、地脈の暴走からの地崩れや旱魃など大きな災害に繋がるため、管理施設として神社が建てられる。関東全域には、大小併せて260余りの神社や部族が存在し、自分が神職として属する咲零(えみお)神社はその中で、神域の広さは割と大きい方だ。


 地脈の流れというのは複雑で、広ければ沢山流れてくるというものでもなく、間欠泉の様に一箇所にまとまって吹き出すなど、小さくても多大な影響力をもつ神社も有る。

 御神体の性質も様々で、訪れたものの怪我や病を直すのに長けていたり、邪鬼や怨霊などを祓う守護を与えたり、場所によって異なる。地脈の力を含んだ鉱石を作ることや、霊獣と呼ばれる特殊な生き物を生み出すこともある。

 うちの御神体からは純白、若しくは空色の獅子が生まれる。勇猛果敢な彼らは邪物の討伐に長けており、関東の守護の一角を担う存在と周囲の期待を担っている。


 尤も、攻撃力さえ高ければ優秀なはずもなく、まして、子供は子供である。

 偶のお出かけに興奮して、先程から落ち着きがない。出先でガウガウみゃあみゃあ騒がないでほしい。



 ことの起こりは久方ぶりにやってきた蒼い目の郵便屋。

 術の難しさや性質上、一部を除いて禁止されている移動魔法を唯一自在に使いこなす魔物、加賀見の訪問だった。

 前触れもなく数週間ばかり音信不通となり、漸く顔を出した彼は酷い有様だった。服はずぶ濡れ、髪はバサバサ。靴は泥で汚れ、何より顔半分が染まるほどの流血。

 思わず自分は持っていた箒を取り落とし、子獅子達も悲鳴をあげた。高位の龍や鳳凰も恐れるという彼に何が有ったというのか。


「どうした! 大丈夫か!」

「何、見た目ほど酷くない。」


 走り寄った自分や子獅子を片手で制し、加賀見は軽く肩を竦めた。


「西洋の爺さん竜とやりあってな。

 ちょっとしくじった。」

「まさか、金色の撃墜王とかいうやつか?」


 以前、海を超えた先の大陸で最も有名な竜王と聞いた名前を出せば、加賀見は意外そうに目を瞬かせた。


「おう、よく覚えていたな。それだ、それ。」

「何が有ったんだ!?」


 此方でも何処でも、竜というのは多くの生き物の頂点に立つ存在。撃墜王とやらも大きな町を幾つも滅ぼした凶悪なドラゴンと聞いた。それとやり合うとは余程のことだろう。

 ぱっと見、四肢の欠損などはなく、この程度の傷ですんで良かったのかもしれないが、酷い出血だ。

 見ているこっちが痛くなる有様と言うのに、加賀見はフンと軽く鼻を鳴らし、どうでも良さそうに答えた。


「主力の魔物が揃っての会議中に落書きするなとかウダウダ煩いからさー

 休み時間に色々嫌がらせしてやったらキレて、飛ばしてきた火弾を避けようとした時に、足滑らせて池に落ちたんだ。」


 一体、何処で何をやってきたのか。いや、今聞いたけど、そういう問題じゃない。



「大体、基本、俺関係ないのに、会議に出席してるだけ偉くない?

 それを落書き程度でサボりと言うなら、全力でサボッてやろうかとも思って。

 そのまま全部放り出して来てやった。」


 そう言って胸を張る加賀見の神経はちょっとおかしいと思う。


「それにしたって、その出血!」

「大丈夫、大丈夫。死なない、死なない。

 毒を食らったわけでもねえし、流れ過ぎなければどうということはない。」

「だから、その流れ過ぎが今起こっているんだろ!」


 血みどろで笑う加賀見の傷口を調べれば、確かに出血量の割に深くはなかった。少し安心するが、このまま放置していいはずがない。


「お前、回復魔法使えるだろ。早く直せよ!」

「回復魔法は反動有るから、使わずに済むならそれに越したことないのよなー」


 早く治療するよう急かせば、魔術に長けた魔物らしくそれっぽい理由で躊躇する。

 反動を気にする余裕はあるのだろうか。何もしていないのにどっと疲れを感じ、追い払うように手水舎の方へ押しやる。


「もう、わかったから、早く傷口洗って社務所に来いよ。

 手当してやるから。」

「うえーい。」



 大人しく言いつけに従い、傷口を洗っているのを確認してから、社務所に走って薬箱を取り出す。

 地脈を乱す邪鬼の討伐に参加するため、一般的な治療道具は一頻り揃えてある。傷薬にガーゼ、包帯、テープなど、使いそうなものを予め準備する。勿論、回復系の術も扱える。状況に合わせて対応しよう。

 みゃうみゃうと騒ぐ子獅子の声で加賀見の到着を知り、縁側に座らせると問答無用で洗った傷口に消毒液をぶっかける。


「痛い。しみる。」

「うるさい。」


 仏頂面で文句を言うのを無視して、もう一度傷口を確認する。やはり、思ったほど酷くはなさそうだ。これならばと傷薬を塗り、ガーゼで抑える。血は止まりかけているようなので、これでよかろう。テープで固定して、一区切り付くと加賀見は大儀そうに息を吐いた。


「わりいな。ありがとう。」

「謝らなくていいから、こういうことがないようにしてくれよ。」


 余り心配させるなと見かけだけは若い友人を注意すれば、大人しく頷く。

 傷の手当が済んだら次は服と、濡れて張り付く上着を加賀見は嫌そうに引っ張った。


「後、着替えるから部屋、貸してくれ。」

「良いけど、着替えはどうするんだ。」


 自分のを貸そうかと腰を揚げれば、無表情でVサインしてくる。


「そのへんは任せてくれ。伊達に魔法に長けてないわ。」


 移動魔法の応用で自宅から取り寄せると言う。


「だったら、初めから自宅に帰ればいいのに。」

「いや、自宅だと色々足がつくじゃんよ。

 なにより、メルに怒られるじゃんよ。」


 抜け出したのは複数の種族代表が集結して行われる重要な会議で、安易に離脱すれば自宅を始めとした立ち寄り先に、捜索が掛かるそうだ。

 それ以前に此度の件がバレれば、仕事中に何をやっているのか。なにより、怪我をしたとはどういうことか。

 そう言って、使い魔の犬がブチ切れるらしい。とても怖いらしい。


「余計な心配を掛けても、つまらんしなー」

「じゃあ、心配するようなことを引き起こさないでくれ。」


 ペットと違い、飼い主には絶対服従という使い魔のあり方からすれば、主にキレるなど有ってはならないのかもしれないが、その辺、加賀見の管理は緩そうだ。そして理は毎回使い魔ちゃんの方にありそうだ。



 子供部屋を貸して、着替えている間にお茶を用意する。

 戻ってきた加賀見はいつもの通り平然として、大量出血の影響は見受けられなかった。どうやったのか髪も綺麗にまとまっており、絆創膏だけが不自然に額に張り付いている。

 取り敢えず、座布団を勧めて湯呑を差し出す。なんとなしにお互い無言でお茶を飲み、殆ど同時に大きく息を吐く。

 子獅子たちは心配そうに縁側の下から様子を眺めていたが、もう大丈夫と判断したのだろう。みゃうみゃう鳴きながら、思い思いに去っていった。

 兄弟が其々の遊びに戻る中、子獅子の一匹、天祥(てんしょう)がひょいと中に入ってきて、加賀見の隣にちょんと座る。


『加賀見の兄ちゃんもドジだねえ。池に落ちるなんて。』


 さも呆れ果てた様子で思念波を送ってくる白い子獅子の頭を、郵便屋はゴシゴシと撫でた。


「ハハハ、天祥。

 お前はそうやって俺を笑うかもしれないが、お前も近いうちに必ず池に落ちる。良いか、絶対にだ。」

「うちの子獅子に変な呪いを掛けないでくれ。」


 笑顔で酷いことを断言され、思わず止めれば真顔で返された。


「いや、呪いじゃなくて予言っていうか、経験上から来る予測っていうか。」

「止めろ。

 確率が非常に高いのが俺にも分かっちゃうから止めろ。」


 天祥は元気でやんちゃな分、10匹に1匹ぐらいはやるかな程度の失敗を引き起こす傾向が有る。

 うちの神社に池はないが、加賀見の予言は信憑性が高すぎる。



『テンちゃん、そんなオッチョコチョイじゃないよ!』


 池に落ちそうなタイプと診断され、天祥は実に心外であると郵便屋をバシバシ叩いた。現実と当人の認識に若干のずれを感じる。

 怒る子獅子のパンチを黙って受けて、加賀見は静かに天祥の頭をなでた。


「真面目な話、気をつけろよ天祥。

 池に落ちるだけならまだしも、怪我をしたら大変だ。

 兄ちゃんも正直、今日は魔物でよかった。人間だったら危なかったと思ったからな。」


 やっぱり危なかったようだ。

 あれだけ血が出ていれば当然か。


『ふーんだ。テンちゃん、そんなドジ、踏まないよー』


 郵便屋の忠告に、生意気なせせら笑いを浮かべて子獅子は逃げていく。

 自分の未来に池ポチャなどありえないと確信しているようだったが、その思い込みは危険だと言わざるを得ない。



 微妙な雰囲気の中、お茶を飲み終わった加賀見はゆっくりと立ち上がり、退出を告げた。


「騒がせて、すまなかったな。

 俺はちょっとこれから、竜堂の婆さんのところまで行ってくる。」


 婆さんと気軽に言うが、彼が示しているのは関東全域を収める龍族のご隠居。その居城は水都と呼ばれる都の中心にあり、ここから30kmは離れている。

 移動魔法に長けた加賀見に距離の長さは大した意味も持たないとしても、大量に出血したばかりなのだ。もう少し休んだほうが良くはないだろうか。


「大丈夫かよ。あんなに血が出ていたのに。」


 もとの色が白いので分かりづらいが、顔色も良くない。

 訪問の切っ掛けからして訪れる予定や約束が有ったわけではなかろうし、今日は止めておくように勧めるが、蒼い目の郵便屋は静かに首を横に振った。


「いや、こっちに来たからには多少は顔出して、手伝ってやらねえとな。

 婆さんにはうなぎを食わせてもらった恩が有る。」


 平気だというのを更に止めるには加賀見の能力は高すぎて、黙って頷く。

 ただ、恩と言うには大したことないなと思った。



 そのまま、煙のように郵便屋はかき消えて、戻ってきたのは30分後だった。

 留守にした期間に溜まったであろう手紙の量を考えれば、随分早い。殆どを打ち捨てて、本当に必要な範囲に絞ったそうだ。

 自分に渡された手紙も一通だけだった。

 宛先は北西50km先の智知(ちしる)神社。要約すれば、打ち合わせついでに偶には遊びに来いとのことだったので、本当に必要な範囲で動いたのか、疑問に感じる。

 折角なので誘いは受けることにしたが、了承の返信は届けてもらえなかった。時間がないと蒼い目の魔物は首を横に振る。


「悪いけど、会議の休み時間が終わるから、そろそろ戻る。」


 一応、休憩時間の範囲内でサボッていたらしい。それはサボりというのだろうか。

 取り敢えず、手紙は通常の郵便で送ることにした。

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