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遊ぶ。

 土地が持つ力には流れがあって、良い影響を与えれば神域、穢れや病を招き寄せれば魔境とされる。

 神域の中心には要となる御神体があり、これらを管理する施設として神社が建てられ、霊獣や神職によって護られる。


 ここいら一体で最も大きな都となる水都、昔は東京と呼ばれた地域を中心に存在する神社や部族は260余り。龍の一族、竜堂家の統率に寄り、一つの国として纏まっている。

 竜堂家は先の戦で当主が亡くなり、継嗣も諸事情で国を離れているため、現在は前御台所が代理をされている。当主代理のお人柄や、周囲の龍族が忠義を尽くして働いていることもあって、公正無私な統治が行われていると評判だ。

 前御台所の御三男もその類にもれず、家督を継ぐべき甥が不在の現状、最も跡目に近い立場でありながら、自ら巡業に出ることで有名である。


 しかしながら、うちのような田舎の神社に特別な用事が有るわけもなく、仕事を理由に遊びに来ているだけなのが分かるので、余り有り難みがない。

 まして、延々と他所の神社の霊獣を褒め称えられても、対応に困るのだ。



「いやー 可愛いのは前回から知っていたが、今日も本当に可愛かった。

 ちっちゃくって、ふわふわで、毛並みが真っ黒でな、不思議そうに小首を傾げる仕草なんか、もう、愛らしいとしか言いようがないんだ。

 確かに体調が悪いせいか、ちょっと毛艶の色が悪いんだが……瞳がこれまた絶妙な青と緑で神秘的と、あれは将来絶対美人になる!」


 目の前に座って熱く語るのは竜堂家の御三男、勇殿。人間であれば30代ほど。温厚そうで愛嬌に溢れた笑顔を浮かべているが、纏う気配は凛と澄んでおり、短く刈り上げた黒髪に、引き締まった太い眉が男らしい武人だ。

 ただ、先程から語るのは小さい生き物の愛らしさという、あまり武人らしくないものである。

 近所と言うには遠く、遠方と言うには接点の多い三峰神社からの帰り道、うちにも寄ってくれたのは良いが、最近生まれたと伝え聞く、三峰の新しい霊獣の話が延々と止まらない。

 社務所に向かう途中で捕まえた当社の子獅子、瑞宮のお腹をムニムニ揉みながら、勇殿は断言する。


「あれは一見の価値が有る。

 山口さんも、会いに行ったほうが良いぞ!」

「そうなんですね。」


 無礼講を許可されているが、相手は関東広域を治める龍族の一人である。失礼があってはいけない。

 しかし、積極的に同意するには思うところも有って、曖昧な返事をせざるを得ない。

 此方が困っているのを察してか、お付きの青年、小日向殿が上司を止めに入ってくれた。


「勇様、そんな勝手なことを仰ってはいけません。

 見世物ではないのですし、何よりあの子は病人ですよ。

 騒いでは三峰の沈黙が無駄になり、山口殿にも迷惑です。」

「おっと、いけねえ。そうだった。

 あんまり可愛いんで、ついな。」


 叱られて、ばりばりと頭を掻く勇殿の袖元で鱗がわずかに光る。

 人の姿をしていても、この方々は確かに龍族なのだなとぼんやりと思った。


「でもよ、あれは本当に可愛いよな。

 政司もそう思うだろ?」


 名前で呼ばれた部下は落胆を隠さず、溜息をついた。


「確かに否定はしませんが、そうやって容姿で判断するのも、好みを押しつけるのも感心できません。」

「そりゃ、そうだけどよ……」


 きっぱりと小日向殿に切り捨てられて、しょんぼりと肩を落とす様も、彼が龍だと思えば非常に不思議に思える。

 それを除けば年下の部下に叱られるおっさんでしかないが。



 捕まった時に諦めたのか、大人しくされるがままであった瑞宮が、話が途切れたのを見てガアと鳴いた。


『おじちゃん、その子、そんなに可愛いの?』


 興味と言うよりお愛想だろう。獅子の喉では人の言葉を発せないので代わりに飛ばす思念波から、あまり好奇心は感じられない。それでも勇殿はお気に入りの子獅子の質問に、嬉しそうに答えた。


「おう、すっごく可愛いぞ。

 病気が治ったら、ミミ太も会えると良いな。」

『わんこなんだよね?』

「犬っていうか、狼な。」

『ふーん。じゃあ、ティー兄みたいに、足速いかな?』


 柔らかいお腹を揉まれてくすぐったさそうに、瑞宮はぐるりと体の位置を変え、知り合いの名前を口にした。


『ティー兄は凄く足が速いんだ。

 その子も早く元気になって、一緒に遊べるといいねえ。』

「そうだな。」


 子獅子らしく容姿には無頓着な感想に勇殿は大きく頷いて、瑞宮の頭を撫でていたが、ふと、何かを思い出したようだった。



「そうそう、遊ぶと言えば、今日はミミ太にお土産が有るんだ。」


 両手を打って、膝の上から瑞宮を下ろす。


『お土産?』

 

 瑞宮は嬉しそうに尻尾を揺らして首を傾げたが、カバンを漁る勇殿に小日向殿が端正な顔を歪めた。部下が微妙な表情をしているのに気が付かないまま、彼が取り出したのは猫じゃらし。

 あー……と何とも言えない空気が当人以外の周りに流れる。


「ほら、ミミ太、お前、こういうの好きだろ?」

『うーん……』


 自分を可愛がってくれるおじさんが、ニコニコ差し出す猫じゃらしを無碍にも出来ず、瑞宮は複雑な表情で猫じゃらしを眺めた。

 対応に困っている子獅子を見過ごせず、小日向殿が上司をまた止める。


「勇様、此処の霊獣は仮にも獅子です。

 猫じゃないんですから。」

「そうか? でも、嫌いじゃないだろう?」


 止められて、勇殿は一瞬迷ったが、瑞宮当人に聞くことにしたようだ。


「ほら、ミミ太。ほらほら。」


 子獅子の前で猫じゃらしを動かす。目の前でゆらゆら動いたり、左右に振られる猫じゃらしを瑞宮は目だけで追っていたが、最後には諦めたように前足でちょいちょいと突付き始めた。小日向殿が申し訳なさそうな視線をこちらに向けてくる。

 大丈夫です。確かに嫌いではないから、大丈夫です。


「ほらほら、ミミ太。面白いか? 可愛いなあ。なあ、政司。」


 猫じゃらしで瑞宮をじゃらし、勇殿はご機嫌だったが横槍が入った。


『じいちゃん、お話し終わった? もう、遊べる?』


 縁側に瑞宮の弟獅子、天祥が元気よく飛び乗る。



『テンちゃん。』

「お、テン坊。お前も遊ぶか?」


 瑞宮がホッとしたように手を止め、新たな子獅子の登場に、勇殿はそちらにも猫じゃらしを差し出したが、天祥はフンと鼻で笑った。


『テンちゃんは、そんな小っちゃいおもちゃじゃ遊ばないよ。』

「そうなのか?」

『うん。動きが小さくて、つまんない!』


 大切なお客様にダメ出しして、臆するところがないのは子供の怖いところだ。

 勇殿には殆ど興味を示さず、天祥は小日向殿の所へちょこちょこ寄っていき、無遠慮に前足で叩く。


『それより、小日向のお兄ちゃん。

 また、遊んでよ。ボール遊びしようよ。』

「あなたじゃ相手になりません。

 鬣の生えたお兄さんを呼んできなさい。」


 誘いを小日向殿は冷たく断った。彼の入ってはいけないスイッチが入ったのを感じる。

 先日いらした際も獅子達の相手をしてくれたのだが、御本人にとって不本意な内容だったらしい。

 刀に手を伸ばすのは止めてください。



 小日向殿の雰囲気が変わっても、天祥は全く気にせずみゃうみゃうと鳴いた。


『それなら下の広場に行こうよ。

 今日はミナト兄ちゃんがいるよ。』

「陸奥か五十嵐はいないんですか?

 まあ、いいです。そいつから沈めてやりましょう。」


 膝を浮かせた部下を、今度は勇殿が真顔で止める。


「政司、遊びだからな、遊び。」

「分かっています。当然じゃないですか。」


 隙の一切ないままに小日向殿は頷き、立ち上がると靴を履いた。


「さあ、行きましょうか、天祥。」

『うん、早く行こう! ミミ兄も行こうよ!』


 冷たい薄笑いを浮かべる龍族の青年に、見ている此方は不安を覚えるが、天祥は無邪気にはしゃぎ、瑞宮を呼ぶ。


『おじちゃん、じいちゃん、ボクも行ってもいい?』

「ん、ああ、いいぞ。うんと遊んでこい。」


 あからさまにウズウズしている瑞宮に問われ、勇殿は一瞬気の抜けたような返事をしたが、直ぐに笑顔で送り出した。


『やったあ! 行ってきまーす!』


 大喜びで駆けていく瑞宮を見送って、御三男殿はポツリと呟いた。


「そうか……猫じゃらし、つまらなかったか…」


 子獅子にお愛想で遊んでもらっていたと知り、色々傷ついたのだろう。



 大きな背中に哀愁が漂うのは見ていられず、フォローを入れる。


「嫌いじゃないんですが、あの歳になると運動量も増えますし、猫じゃらしだと物足りないみたいです。」

「なるほど。」


 納得されて勇殿は頷いたが、同時に気が付かなくて良いことに気がついてしまった。


「じゃあ、もっと小さい子なら、遊ぶかな?」

「あー…… 確かに、喜ばないこともないですが。」


 彼が言うとおり、もっと小さい子獅子であれば猫じゃらしに飛びつく。ただ、少し懸念が有るものの、先程から隣の子供部屋でゴトゴト音がしているので、これも定めかもしれない。

 一言断って、ふすまを叩く。


「巳壱、燦馳、起きてるか?」


 みゃーと可愛らしい返事があったので戸を開ければ、昼寝から起きた幼い子獅子たちがチョロチョロと現れた。白の巳壱に燦馳、青毛の豊一。一匹、青が足らない。まだ無比刀は寝てるのか。


『おきゃくさんだ。』

『しらない、おじちゃん。』

『いさみさまだ。こんにちは。』


 客間に自分以外の人が居るのを認め、幼い子獅子たちはみゃうみゃうと鳴き、勇殿は相好を崩した。


「おー ミイたちか。元気だったか?

 ちっちゃいのはそれだけで可愛いな!」


 おいでおいでと呼ばれて、面識の有る巳壱たちは撫でてもらいに寄っていったが、豊一は一瞬足を突っ張って、ジリジリと後ろに下がる。


「あれ、こっちの青い子は、この間、箱に入ってた子と違うな?」


 寄ってこない子獅子に勇殿は首を傾げた。そう言えば前回、豊一は居なかった。


『それは、きっと、むいちゃん。あれは、とよいち。』

『むいちゃんは、おねぼう。まだ、ねてる。』


 勇殿の大きな手で撫でてもらい、気持ち良さそうにゴロゴロ喉を鳴らしながら燦馳たちが説明する。兄弟が嬉しそうに構って貰っているのを眺め、豊一は真面目な顔をしたまま、ゆっくりと勇殿に近寄っていった。差し出された手の匂いをフンフン嗅いで、そっと前足を載せる。


「お前は豊一というのか。仲良くしような。」

『……うん!』


 載せた前足に何も怖いことをされず、にこやかに挨拶されて、漸く安心したのか、豊一はミャーと鳴いた。そのまま、巳壱たちと一緒になってお客様の周りで遊び始める。



「可愛いなあ。ところでお前たち、これは好きか?」

『それ、なに?』

『それ、なあに?』


 遊びを押し付けないよう気をつけながら、勇殿が猫じゃらしを振ると、巳壱たちは目を丸くして食いついた。揺れるふさふさした物に釣られ、そわそわ、もじもじと落ち着きをなくしている。

 瑞宮と反応が全く違うのを見て、良し良しと龍族の御三男は、猫じゃらしを動かす。


 ひゅっひゅっと左右に動いたり、止まって小刻みに揺れる猫じゃらしに、子獅子たちの体も併せて動き始めた。そうなったら、もう止まらない。最初にパッと燦馳が手を出し、巳壱も豊一も猫じゃらしに飛びかかる。


「おお! 流石、勢いがいいな!」


 真剣な表情で猫じゃらしを追いかけ回す子獅子たちに捕まらないよう、勇殿は上手に穂先を動かしたが、悲劇はやはり起きてしまった。


 ゴチン、バチンと音がして、ギャウッと悲鳴が上がる。



『いたい! なにすんの!』

『なんでぶつの!』

『わざとじゃないよ!』


 猫じゃらしを追い回すのに必死になって、横から突っ込んだ豊一が巳壱に頭突きを噛ましてしまい、止まったところを燦馳が誤って打ってしまう。そのまま、ぎゃあぎゃあと喧嘩が始まった。


「あっ、こら、止せ! 喧嘩は止めろ!」


 慌てて勇殿が其々の首を掴んで引き剥がす。

 フーッ シャーッ ガウッとお互いを威嚇し合うのに、龍族の御三男は肩を落とした。


「お前たち、兄ちゃんは喧嘩をさせたいんじゃないぞ?

 止めなさい。」

『ごめんなさい。』

『おじちゃん、ごめんなさい。』

『もう、しません。』


 お客様の前で行儀が悪かったと、三匹とも直ぐ大人しくなり、みゃあと鳴く。

 肩を落として一列に並んだ子獅子たちを良し良しと撫でてやり、勇殿は小さく溜息をついた。


「いや、俺も悪かった。お前たちが遊ぶには此処は狭かったな。

 危ないことさせて、御免な。」

『だいじょぶ。』

『もう、いたくない。』

『おじちゃん、わるくない。』


 暴れて謝られるなど、思ってもみなかったのだろう。子獅子たちは大慌てで勇殿に擦り寄り、手を舐めたり、頭をこすり付けたりと問題ないことを伝えようとした。

 禍根なく場を収めるのは伊達に統率する立場ではないなと思う。


 喧嘩が完全に終わったのを見て、勇殿は静かに頷き、一匹ずつ頭を撫でて、外を指差した。


「もう大丈夫なら、仲良く遊べるな?

 お外に行っておいで。」

『うん! おそとであそぶ!』

『ぼく、じんにいちゃん、さがす!』

『みいちも、みみにい、さがす!』

 

 すっかり仲直りして、じゃれ合いながら子獅子たちは駆けていき、揺れる尻尾が消えるのを眺め、勇殿は此方に振り返った。



「もしかして、こうなるから普段はボールを使ってるのか?」

「実はそうなんです。」


 幼い子獅子は夢中になるあまり周囲に注意を払えず、周りを見ていないのが一点集中するのは危ない。ある程度大きくなれば、こんなどんくさい事件は起こさないのだが、その頃には猫じゃらしでは足らなくなる。以前、打ち込み練習用に紐のついたボールを釣り竿に繋げた巨大な猫じゃらしを使ったことも有ったが、余り意味がなく、複数のボールを個別に四方へ投げるのが、手間もぶつかる心配も少なく、楽だった。


 なるほどなと納得して、龍族の王子は猫じゃらしを眺めた。


「使われていないのには、意味が有るんだな。」

「少数ならいいんでしょうが、うちは数が多いですから。」


 仮に使う状況になっても、遊べる時間はそう長くないだろう。子獅子の運動量は日々、目に見えるように伸びる。

 そんな気の抜けた会話を交わしていると、再び、ふすまの向こうがゴトゴト言った。開ければ一番幼く、一番マイペースな青い子獅子が扉が開くのを待っていた。



「無比刀、起きたのか。」

『うん。』


 兄弟たちより一足遅れて起きた子獅子は、のしのしと此方にやってくると、ぐるりと頭を動かして部屋の中を見回した。


『みんなは?』

「外に、遊びに行ったぞ。」

『ふーん。』


 一人だけ取り残されたと知っても無比刀は特段慌てず、目の合った勇殿に挨拶した。


『おじちゃん、いらっしゃい。』

「おう、無比刀。元気か?」

『うん。』


 マイペースな子獅子は挨拶の途中でクアァとアクビをし、ブルブルっと体を震わせる。


「巳壱たちはたった今、出ていったぞ。

 急げば間に合うと思うが。」


 教えはしても、恐らく追いかけようとはすまい。そう思ったとおり、無比刀は兄弟たちの行方よりも、お客様が持った見慣れないおもちゃに興味を示した。


『おじちゃん、それ、なあに?』

「ん、これか。これは猫じゃらしだ。」


 他に喧嘩になるような子獅子もおらず、勇殿が気楽に猫じゃらしを振ってみせると、のんびりやの無比刀も目を輝かせた。


「ムイ、これで遊ぶか?」

『うん、むい、あそぶ。』


 誘いに無条件で頷いて、無比刀は尻尾をゆらゆら揺らし、身構える。


 サッ パシッ ササッ パシッ


 猫じゃらしが動く音と、無比刀が畳を叩く音が楽しげに響く。


「ほらほら、どうした? 全然捕まらないぞ。」

『むー』


 勇殿に揶揄われながら無比刀は体を大きく左右に揺らし、タイミングを併せて飛び出した。


 サッ ササッ バシッ


 猫じゃらしの動きに合わせて、青い子獅子はジグザクに跳び、見事、穂先を両足で捉えた。

 と、思う間もなく抑えた穂先に噛みつき、思い切り引っ張る。ブチッと音がして、穂先は棒から取れてしまった。


『こわれた。』

「あーあ。」


 咥えた穂先を放り捨て、悪びれもせず此方を見上げる子獅子の無心。顎の強さも牙の鋭さも猫とは段違いなので、当然の結果かもしれない。

 そうは思っても、人様のものを壊してしまったことには変わりなく、謝る。


「これは大変申し訳ありません。」

「いや、おもちゃだし、大したものでもないし。」


 勇殿は笑って許してくれ、無比刀の頭を撫でた。


「面白かったか、ムイ?」

『うん、おもしろかった。もっと、やりたい。』


 子獅子は尻尾を揺らして答え、とんとんと前足で床を叩いて繰り返した。


『もっと、やりたい。』


 何の疑問もなく此方を見つめる瞳から、よく分からない威圧を感じる。



「いや、でも、壊れちゃったし。」

『なおして。』


 苦笑しながら勇殿が諦めさせようとしたが、無比刀はこともなげに要望した。


「無比刀、お客様に我が儘を言うんじゃ……」

『じいちゃん、なおして。』


 失礼だと止めようとしたが、言い終わる前に言い切られる。


「……無比刀、」

『じいちゃん、なおして。はやく。』


 もう一度止めようとしたが、有無を言わさず要件を伝えられた。

 命令でも、我が儘でもない、只そうなると信じ切った真っ直ぐな視線に押し負けて、勇殿が此方に振り返る。


「山口さん、糸とセロテープみたいなもの、有るか?」

「それは勿論、ありますが…」


 取れた穂先を糸で結び、作った即席の猫じゃらしで無比刀はよく遊んだ。

 そして、何度も壊した。



 猫じゃらしが14回目に壊れた時、そろそろ時間だと勇殿は腰を上げた。沢山遊んでもらった子獅子はご機嫌で、尻尾をゆらゆら揺らし、みゅふーと満足そうに鳴いた。

 予定以上に拘束してしまったのが分かるので、頭を下げる。


「お引き止めしてしまって申し訳ありません。

 その上、こんなに遊んでいただいて。」

「いや、遊んでもらったのはこっちだ。

 おもちゃも気に入ってもらえて良かったわ。」


 勇殿は声だけで笑ったが、口調が何処か疲れていた。子獅子と猫じゃらしで遊ぶ。彼が望んだ結果になったはずなのに、この倦怠感はなんだろう。

 それでも何とか龍族の御三男は笑顔を取り戻し、無比刀の頭をなでた。


「じゃあな、ムイ。また今度な。」

『うん。また、あそんで。ぜったい。』


 何の他意もない、子獅子の単純な希望。

 それにも関わらず、空気が冷えた。

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