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大地の力、霊気には流れがあり、流れる力が強ければ良くも悪くも周囲に影響を与える。
神域と呼ばれるほど強い流れの中心には管理施設として神社が置かれ、大概、霊気を糧とする霊獣が住み着いている。邪鬼や怨霊などと戦い、神域を守る霊獣の補佐や社の管理をする者は神職と呼ばれるが、うちの神社にいるのは宮司の自分、ただ一人である。
宮司とは簡単に言えば神社の長だが、一人しかいないのに何がと思う。うちが管理している場所の広さや霊獣の数を考えれば、もう二、三人神職がいてもいいよなとも感じる。
だが、いないもんはいないので仕方がない。人を増やすには経費や希望者の有無など、ただ望むだけでは解決しない問題が有る。
それに迎え入れるのであれば、単なる留守番アルバイト程度の増員ではなく、施設の管理や霊獣たちの日々の世話は勿論、邪物の討伐に参加でき、自分に万一のことがあっても対応できる有資格者がよい。
神職の資格だけではなく、隣接する村の許可も必要だ。こっちは希望者がいれば、すぐに了承されるような気もするが。
うちの神社と村との関係は良好だ。何一つ、問題がないとまでは言わないが、お互いに無理のない範囲での協力体制が整っている。
通常、神職は近隣の村から選出されるものでもあり、話し合いで何度か議題に上がったこともある。
ただ、残念なことに希望者がいないのだ。
この近辺は豊かで平和だが人口が少なく、人手不足はうちの神社だけではない。誰かが現在の仕事を辞め、神職に転職すれば残ったものが困る。若者はどうしても賑やかな都に出ていってしまう傾向もある。
そこを敢えてとする程には切羽詰まってもおらず、必要だからと誰かに強制するのはおかしい。
故にそんなものかと半ば諦め、真剣に考えてこなかったのだが、最近それだけでは済まないものを感じている。
何時からはわからないが、どうも獅子たちが村の人に恐れられているようなのだ。特に子連れの母親あたりに。
うちの神社の霊獣は獅子、ひいてはライオンだ。
子獅子であっても爪は鋭く、力は強い。まして大人は大きな猛獣。一定の威圧感を与えることは否めない。
しかし、彼らの外見が怖いから神職のなり手がいないのであれば、誤解だと主張したい。
霊獣は地脈を護り、邪物を討伐する存在として尊ばれ、言葉が通じるからと言って気安く関わる存在ではないとされている。
稀に彼らを商品として害する悪人が居るので、安全のため見知らぬ人には警戒せねばならないし、安易に近寄られ、意図せぬ怪我をさせてもいけないので、一定の距離は保ってほしい。
だが、近寄ってはならないからといって、言葉の通じない獣や化物であるかのように忌避され、必要以上に敬遠されるのは心外だ。
霊獣は賢い。きちんと人とコミュニケーションが取れるし、理由が有っても暴れたりしない。
まして、仲間となる神職や子供を襲うことなぞありえない。
そもそも、うちの獅子は結構子供好きだ。
パトロールや討伐などで忙しい為、時間が許せばとの前提はあるが、一言声を掛けてくれればきちんと対応する。
子獅子だって猫でこそないものの愛らしく、人懐っこい。
巨大な猛獣という外見だけで判断しないでいただきたい。
けれども、今日も獅子たちが訓練に励む広場のフェンスから一歩離れ、なんとも言えない複雑な笑みを零しながら通り過ぎる村の人を見てしまった。
不安や憂慮を示すであろうそれは、仕方がないのかもしれないが、やはり寂しい。
以前はそんな目で見られる事はなかったのだが。一体何時から、どうしてそうなってしまったのか。
今度、村長に相談してみようか。何か良い改善方法があるかもしれない。
そんなことを考えているうちに日が暮れてきた。
本日は幸いにして出動要請もなく、獅子たちの訓練も切り上げる時間のはず。そろそろ本殿へ戻るように伝えよう。
書き物を辞めて机を片付け、縁側から外に出る。
拝殿前でじゃれ合う子獅子たちに出掛ける旨を伝え、参道の階段を下る。傾斜はなだらかではないが5分も降れば終わり、獅子達のいる広場に付く。12,000㎡はある村所有の広場では獅子達が飛ばすボールが弾丸のように行き交っていた。
相変わらず遠慮がない。
実戦では火球を飛ばし、邪鬼に叩きつけるのだが、この勢いで当たればボールであっても大怪我必須だ。
真剣な表情で走り回り、技を繰り出す獅子達は勇猛で近寄りがたい反面、見ているだけで心躍るものがあった。
夕日を受けて光る彼らの毛並みは美しい。
ときおり聞こえる咆哮は力強い響きを持って耳を打つ。
その鋭い爪や牙の一撃をまともに受ければ、自分の命などひとたまりもないが地脈を、ひいては周囲の生き物の平安を守って戦う獣達に畏敬の念こそ感じても恐怖はない。
自分は親馬鹿ならぬ、宮司馬鹿というやつだろうか。
苦笑し、視線を動かした先、少し離れたフェンスの向こうに、自分と同じような目で獅子の群れを見つめる集団を見つけた。
小学生程度の子どもたち。
好奇心と畏怖、半々が浮かんだ輝く瞳に少し安心する。ああやって子供のうちから慣れてくれれば、霊獣への恐怖心が薄れ、神職を望む子も出てくるかもしれない。
敢えて子供達に声を掛けることはせず、できるだけ何でもない風を装って、出入り口の戸を開ける。
迎えに気がついた獅子の一匹がグアゥと吠えた。それに応じて、広場の獅子達全員が動きを止める。
筆頭獅子の五十嵐がブルブルと身体を振るい、思念波を飛ばしてきた。
『じいちゃん、もう帰る時間?』
「ああ、そろそろ戻っておいで。」
十分身体を動かし満足したのか、五十嵐がグアウと機嫌よく返事をしたのを皮切りに、若獅子達が次々と集まってくる。白と青、其々の鬣をゆうゆうと振りかざし、獅子達が一列に並ぶ様は壮観だ。
フェンス向こうの子供達の瞳が、一層輝きを増したように思える。
何かを待ち望むかのようにきゃあきゃあと子供達が騒ぎ出す。
理由が分からず首を傾げた自分に、五十嵐がガウと一声吠えた。
『じいちゃん、ちょっと待ってて。』
頷けば、白獅子はゆったりと子供達の側まで歩き、すぐ手前で威嚇するように胸を張った。
大きく息を吸い、鋭い牙の並んだ口が裂けるように開かれる。
グアゥッ! グアゥッ! グアアウゥ……ッ!
耳を塞ぎたくなるような獅子の咆哮に、子どもたちが悲鳴をあげて逃げていく。
恐怖一色の様子でこそなかったが、これはどういうことか。まさか子どもたちに近寄るなと脅しているのか。
一仕事終えたと言わんばかりの顔で戻ってきた五十嵐を咎める。
「五十嵐、今のはなんだ?!」
『ファンサービス!』
間髪入れずに返ってきた回答に、思考が止まる。
「ファンサービス、なのか……?」
『うん。これ始めたら、集まってくる子供が増えた。』
伝えられた回答を繰り返すことしか出来なかった自分に対し、五十嵐は何の疑問も感じていない様子で尻尾を揺らし、グアウと鳴いた。
『さっ、じいちゃん、早く帰ろう。今日も一日、ご苦労様でした。』
自分で自分を労いながら、筆頭獅子は仲間と一緒に参道へ向かっていく。取り敢えず、今日のところは後に続くしかなく、出入り口の施錠を行いながら思う。
確かに子供達は悲鳴をあげながらも喜んでいたようだから、まだ良いが。
村の人が零していたのは不安とかではなく、ただの苦笑いが正しい気がした。




