足らない。(後半)
「何、騒いでんの?」
そこにフラフラやってきたのは、只人にしか見えない魔物の郵便屋。移動魔法を得意とし、周囲との伝令役をしている加賀見だ。
顔見知りの登場に、子獅子たちは早速好き勝手に報告し始めた。
『お出かけだよ!』
『じいちゃんが、三峰に連れて行ってくれるって!』
『みいちも、いきたいの!』
『お利口じゃなきゃ駄目なんだよ!』
「三峰? 何、三峰に行くのか?」
のほほんとしていた加賀見の顔が険しくなった。
その様子に彼が三峰の新しい霊獣と、関わりたがっていないことも思い出す。ただ、理由は嫌悪や反感などではないはずだ。
「三峰ねえ……それ、行かなきゃ駄目なやつか?」
案の定、続けた言葉から不快は感じられず、思い悩むような視線を加賀見は宙に泳がせた。
加賀見が三峰の子霊獣と接触を拒否しているのは、具合が悪いのを改善できないだからだと思われる。
移動範囲の広さや豊富な知識、器用で精密な魔術の腕により、不可能を可能にするとまで言われる彼として、対応出来ないことに自尊心を傷つけられるのか、単純に可哀想で見ていられないのか、よくわからないのだが、一目見た後、一切関わろうとしないらしい。そのくせ、薬を持ってきたり、病状を知りたそうであったりと、なんとも曖昧で煮えきらない不審な態度を取っていると聞いた。
何方にしろ、自分たちが行くことで迷惑は掛けたくないので、避けたほうが良い理由が有るなら訪問は中止だ。
「止めたほうが、いいか?」
「いや、今、騒がさないほうがいいと言っていいのか、どうなのか。」
負荷になるかを聞けば、非常に複雑そうな顔で中途半端な回答があった。
聞いた話通り、どうにもはっきりしない。
「ちょっと正直、なんとも言えん。」
子獅子達を半眼で見つめ、溜息を付く姿を見て、少なくともプラスにはならないと判断する。
「じゃあ、今は止めておくか。」
絶対に行かなければならない事情が有るわけでもない。様子伺いの手紙や見舞いの品を送りたいのであれば、それこそ加賀見に運んでもらえばよい。
時間が経てば、状況も変わるかもしれない。
それからでも遅くはない。
「そうか。」
自分の決断を聞いて、加賀見が少し安心した様子を見せた。それだけでも、止める理由として十分であると思う。
しかし、出かけられると期待していた子獅子たちは大層落胆した。
『おでかけ、いけないの?』
改めて手紙を受け取ったり、口頭での伝言を聞いたりしている自分の足を、巳壱が悲しげに引っ掻いた。
自分がお利口ではない所為か。
そう言わんばかりに、ミュウミュウ鳴く。
「ごめんな、巳壱。
具合の悪い赤ちゃんがいるから、また今度な。」
頭を撫でながら言い聞かせれば、他の子獅子たちも納得したらしい。顔を見合わせ肩を落とすも、誰も何も言わなかった。
天祥だけが、忌々しげに鼻をフンと鳴らす。
『テンちゃんを、置いていこうとするからだよ!』
いや、そんな話し、してましたっけ?
君が置いていかれるのは、君が悪いからじゃなかったでしたっけ。
「何、天祥、置いていかれることになってたの?」
聞かん坊の甘えん坊に、お留守番させるのは難しい。
そう言って、加賀見が蒼い目を瞬かせれば、白い子獅子は実に心外であると前足で地面を叩いた。
『テンちゃんが、お利口じゃないていうんだよ!』
「ああ、そりゃ確かに。シズの奴は口煩いしな。」
三峰の霊獣頭に怒られるのが関の山。止めておいて正解だと加賀見は笑い、そのまま首を傾げた。
「っていうか、出かけたいなら俺と一緒に来るか?
2、3匹だったら、連れていってやるぞ。」
これから他の神社にも足を伸ばすが、日が暮れるまでには戻ってこれる。
一緒に来たければ連れて行く。
そんな提案に子獅子たちは目を丸くして、再び顔を見合わせた。
『加賀見の兄ちゃんと?』
不安そうに瑞宮が尋ねる。
「ああ。」
『じいちゃんは? じいちゃんも一緒に来るの?』
「いや、じいさんは別の仕事が有るだろ。」
連れて行くのは子供だけ。仕事の有る大人を巻き込むのは迷惑になるので駄目だ。
そう言われた途端に燦馳と豊一が後ずさりする。
『やだ。』
『じいちゃん、いかないなら、やだ。』
幾ら顔見知りと言っても、保護者が加賀見しかいないのはハードルが高いようだ。
さっと自分の後ろに隠れた二匹と、まだ決めかねている兄獅子達を交互に眺め、巳壱もオロオロ歩き回る。
陸晶が此方を振り返った。
『じいちゃん、行ってもいいの?』
「加賀見がいいなら、まあ、いいが。それこそお利口にしないと。」
子供なれしている郵便屋と一緒であれば、滅多なことはなかろう。ただ、加賀見本人に迷惑を掛けるのはよろしくない。
行く先にもよるだろうが、興奮して暴れなどしたら困ると考えて、訪問先が何処かを確認する。
「連れて行くって、何処に行くんだ?」
「音津と水照宮かな。行きしに寄ってはきたんだが。」
聞けばここらで最も大きな都、水都にある大きめな神社の名前が出てきた。全く接点がないわけではないが、知り合いというのも憚られる間柄だ。
伝令役として出入りしている加賀見は当然、それなりの付き合いが有るだろう。しかし、うちの霊獣が神職の付き添いも無しに便乗していいものか。
悩む間に今度は逸信が首を傾げてにゃあと鳴いた。
『誰がいるの?』
自分と同じ獅子の霊獣がいるのか、それとも違う種族がいるのか。
好奇心に満ちた眼差しで尻尾を揺らす逸信に、加賀見は口角を上げた。
「音津は狐、水照宮は犬系の霊獣がいる。
水照はまだしも、音津は雌ばっかりだから、毛並みが整ってなかったり、汚れていたり、ダサい格好してると嫌われるぞ。」
大丈夫かと笑われて、子獅子たちは顔をしかめた。
まず、瑞宮が耳を横に垂らす。
『ボク、いいや。』
別に変な格好はしていないが、あれこれ言われるのは嫌だ。
そう言って、不機嫌そうに尻尾をピシピシと振り回す。
『みいちも、いい。』
瑞宮が来ないと知って、巳壱がホッとしたようにみゃあと鳴いた。兄獅子とは一緒にいたいが、加賀見と出かけるのは怖かったらしい。
では、残りも行かないかと見てみれば、逸信が真剣な顔でまだ悩んでいる。
大人しい性格からすれば意外だが、外へ興味が有るようだ。
『ボク、どうしようかな。いってみようかな、でも、』
『イッちゃん、止めとこうよ。ボール遊びにしようよ。』
首をふりふり悩んでいるのを、陸晶が前足で撫でる。
元々、その予定であったと止められれば、仲の良い陸晶に逆らう程の意思はなかったらしく、逸信は素直に諦め、みゃあと鳴いて了承を示した。
誰も行かない流れの中、小さな青い子獅子がぴょいと飛び出る。
『むい、いく。』
怯む兄獅子を押しのけるように参加を申し出たのは、一番幼い無比刀。
場の空気や自分の幼さを気に掛けないマイペースにも程がある。
「無比刀、行くのか?」
『うん、おもしろそうだもん。
それに、むいはちいさいから、だいじょぶだよ。』
此方の心配を他所に、無比刀は全く臆さず尻尾を揺らす。まだ子供だから多少変でも、そう悪くは言われないと高をくくってもいるようだ。
この慧眼は何処から来たのか。
「良いのか、無比刀。じいちゃんも兄ちゃんもいないぞ?」
加賀見の確認にも、無比刀は堂々と頷いた。
『だいじょうぶ。』
「そうか。」
郵便屋は目を細めて楽しそうに笑い、自分の瞳と同じ色の子獅子に手を差し出す。
「よし。じゃあ、おいで。」
兄弟たちが見守る中、蒼い子獅子は嬉しそうに尻尾をくねらせ、差し出された手に飛びついた。加賀見に抱き取られた無比刀を皆、口を開けて眺めている。
ぐるぐると喉を鳴らす弟の姿に、逸信が何か言いたそうな顔をしたが、再び陸晶に前足で叩かれ、耳を横に垂らして俯く。
「じゃあ、無比刀。行こうか。」
抱きかかえた子獅子がみゃうと返事をするのに微笑み、出かけようとした加賀見に向かって、ギャウと吠えかかった奴がいた。
『テンちゃんも、行く!』
決死の形相で、天祥が前に出る。
『テンちゃんも、一人で平気だもん!
それにお利口だもん! なにより可愛いから、大丈夫!』
無比刀に負けるのが嫌だったのか、きちんと他所でやれると証明したかったのか。自分で可愛いとか言っちゃうのは如何なものか。
兎に角、意を決した様子で地面をどんと前足で叩く白い子獅子に、加賀見は眉を潜めた。
「天祥、大丈夫か? 瑞宮もじいさんも行かないんだぞ?」
『うん!』
当神社一番の甘えん坊が、本当だろうか。不信を込めた確認に天祥は胸を張って頷く。
「なら、いいけどさ。」
少し投げやりな調子で頷き、加賀見は天祥も片手で掬うように抱き上げた。
「じゃあ、改めて行ってくる。5時前には戻る。」
「ああ、すまないがよろしく頼む。」
いつものとおり、郵便屋は煙のように消え、魔法が解けたように其々が動き出す。
『テンちゃんも、ムイちゃんも、大丈夫かねえ?』
『加賀見の兄ちゃんが一緒だから平気だよ。』
心配そうな逸信を陸晶が軽く鼻で押しやり、自分の顔を見上げる。
『それより、じいちゃん。ボール投げてくれるんだよね?』
「はいはい、わかった、わかった。」
了承を示せば、他の子獅子達からも歓声が上がる。改めてボール一式を取りに物置小屋へ向かう。
確かに心配では有るが、陸晶が言うように加賀見がなんとかしてくれるだろう。
約束通り、加賀見は4時半に戻ってきた。
彼の腕の中から元気に無比刀が飛び降りる。
『ただいまー』
機嫌よく尻尾を揺らして帰還を告げる子獅子の様子を見るに、お出かけに満足しているようだ。
『ムイ、おかえり。』
『どうだった? 楽しかった?』
瑞宮と逸信が早速尋ね、巳壱たちも興味津々で答えを待っている。
『うん。おもしろかった。』
皆の興味を集めて嬉しいのか、無比刀はゴロゴロと喉を鳴らす。
『ふさふさしっぽが、たくさんいたよ。
みんな、やさしくしてくれたよ。おやつも、もらった。』
思い出したのか舌なめずりする弟に、瑞宮が羨ましそうに唸った。
『いいなあ、ボクも食べたかった。』
「そうな、また今度な。」
不貞腐れる瑞宮の頭を加賀見が良し良しと撫でてくれる。それを皮切りに他の子獅子たちも残念そうにみゃあみゃあ鳴いた。
『やっぱり、ボクも行けばよかったかなあ。』
『どうだろう。』
逸信もしょんぼりと肩を落としたが、陸晶が疑り深そうにフンと鼻を鳴らす。
『無比刀、本当に楽しかったの?』
『うん。』
兄獅子に聞かれた無比刀は不思議そうに首を傾げたが、陸晶は眉間にシワを寄せて加賀見を、正確には彼が抱いたままの天祥を見やった。
『じゃあ、何で天祥はあんなに元気がないの?』
『むいには、わからんよー』
強めの口調で問われ、無比刀は居心地悪そうに顔をそむけ、身体をブルブルと振るった。
確かに天祥はしょんぼりと小さくなって、加賀見に抱きついたままだ。
無比刀の様子からして、天祥も歓声あげて帰ってきそうなものなのに、どうしたのだろう。
「どうした、何か失敗したのか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど。」
聞けば加賀見は当惑した様子で頭を掻いた。
「どうした、天祥?」
『じいちゃん!』
直接、子獅子に声をかければ、天祥は半泣きで飛びついてきた。
『じいちゃん、テンちゃん、悔しいよ!』
自分に抱きつき、歯を食いしばって子獅子は怒る。
この有様はどうしたことか。
「どうした? 何があったんだ?」
「いや、何もないんだけどさ……」
焦る自分に説明しようとする加賀見の言葉を遮り、天祥が叫んだ。
『じいちゃん、なんで彼奴等、あんなに沢山尻尾が有るの?
なんでテンちゃんには尻尾、一本しかないの?』
一体、何の話だろうか。
口元を引きつらせながら、加賀見が事情を話してくれる。
「いや、音津に連れていくって行ったじゃん。
あそこの霊獣の狐はさ、九尾とかがいるじゃん。」
確かに狐の霊獣は位が上がるほど尻尾が増える傾向が有る。それがどうしたと視線で問えば、加賀見は力なく笑った。
「なんかそれが羨ましいと言うか、負けた気分になったらしいんだよね。」
『彼奴らばっかり、ずるい! テンちゃんだって尻尾、沢山ほしい!』
前足で人をバシバシ叩いて子獅子は悔しがり、潤んだ目を向けてきた。
『じいちゃん、テンちゃんも尻尾増やしたいよ。
どうやったら増える?』
獅子は狐と違うから無理。
そう言ったところで、きっと解決しなかろう。
「……歳を取ったら、大きくなったら増えるんじゃないか?」
「あー 猫又はそうだな。」
無表情で答えれば、加賀見も首肯してくれた。
自分たちが言うのであればと、天祥も納得したらしい。
『そっかー
じゃあ、テンちゃん、はやく大きくなるよ!』
尻尾を振り回して宣言するも、それ以上は騒がず、天祥は仲間の元へ戻っていった。
因みに現在、当神社最古参の二前、陸奥は勿論のこと、獅子の尻尾が増えることなどあった例がないが、それを伝える気にはなれない。




