宅配便。
関東地方だけでも大小併せて260余りの神社や部族が存在するが、神域としての恩恵や所属する霊獣は其々異なる。故に得意分野に合わせて業務を分担し、協力し合うのが一般的だ。
自分が管理する咲零神社も智知や不二、三峰など、複数の神社と提携している。
遥か昔は電話が各家庭どころか一人一台まで普及しており、何処からでも話が出来たそうだが、今の時代は手紙が主な連絡手段。どうしても時間がかかるので連絡は小まめに、予定は前広に伝えなければいけない。
蒼い目の郵便屋に頼めれば一番速いが、奴は気まぐれ。当てに出来るような存在でもなく、大きな荷物は運んでくれないので、一般的な郵便や宅配サービスも利用する。
此処の所、宅配には別の方が担当されることが多かったのだが、今日は久しぶりにいつものお兄さんが荷物を持ってきてくれた。
長年この地域を担当する荒幡さんは、茶髪にヒゲと一見軽そうに思えるが言葉遣いや雰囲気が爽やかで、何より仕事熱心だ。
獅子達にも評判が良く、子獅子も気がつくと顔を見せにくる。鬣のないのは安全上、無闇に人前には出てはいけないことになっているも、宮司の自分がいるなら大丈夫と尻尾を揺らして覗きに来る。
お兄さんは仕事中だと理解しているので長居はせず、荷物の匂いを嗅いだり、一定の好奇心が満たされれば去っていくし、挨拶だけして通り過ぎる場合もあるが、どの道、もう一人の方とは偉い違いだ。
今年、晩春へ差し掛かった辺りから、やってくるようになった新人さんは、もうすぐ年が変わると言うのに、未だ子獅子達と馴染んでいない。初訪問が獅子達の機嫌が悪い時期であったことに加え、不慣れで手順を飛ばすなど手際の悪さを披露してしまったのがいけなかったようだ。大人の獅子たちは、もう気にしていないが、子獅子には完全に無視されている。
雑談ついでにその話に及んだが、「北野のことですよね? いやー 仕方ないんじゃないでしょうか。」と、軽く流された。
「彼奴、父方のおじいさんが水蛇系らしいんですよ。
蛇と猫、鳥系は仲があまり良くないから、本能的に警戒されているのだと思います。
ここの獅子は戦闘系でそういうのに敏感で当然、むしろ気にならないほうがおかしいですし、お気になさらないでください。」
斯く言う荒幡さんは東北の鬼の血を引いているそうで、「殆ど意味ないですけどね。」と、爽やかに笑われた。
基本的に人は人、霊獣は霊獣、妖怪は妖怪と同族で結婚するが異類婚姻もなくはない。ただ子供はできにくく、何より出産する母親に過度の負担が掛かるため、余り推薦されない程度に避けられる。
尤も、気持ちに理屈が通用するとは限らず、恋は何時でも10万ボルトなので、思い出したように聞く話ではある。
婚姻で争いがちだった種族の仲が取り持たれることもあれば、子供も両親のいいとこ取りなハイブリッドとして産まれることもあり、悪い面ばかりでもない。
どの種族でくっつくかも大きく、人間は生活上有利な体型と外見的基本にもなっているせいか、比較的上手くいくことが多いようだ。そして遺伝子的に優性らしく、混血の特徴が目に見える形で現れるのは子供まで。孫になると一気に影響は薄れ、ひ孫ともなれば只の人と変わらない。
昔は優位性を持とうと、神職や武家など一部で混血が尊ばれたこともあったが、今ではそんなん手間が掛かるだけじゃで、やはり推薦されていない。
某郵便屋曰く、結局ハードよりソフトが大事。いくらグラフィックが美麗でもクソゲーはクソゲーだろとのことだ。
もう少し、他の例えはなかったものか。
兎に角、共生関係が保たれている現在、別に人間という一つの種族に拘る必要もなく、毛の生えたような特性に頼らずとも、人には人の得意な分野が沢山ある。
種族間の差別意識も相当に減少した、寧ろ持ってたらやってられない現在では、何らかの違和感を覚えても、タネが知れればなくなるようなもので、話のネタにはなるが取り立てて騒ぐことではない。混血とはそういう扱いである。
そうと知ったからには獅子たちに伝えておこう。きっと、無闇に新人さんを警戒することもなくなるはずだ。
ただ、目の前のお兄さんも鬼の血筋であったことには、若干納得した気がなくもない。
道理で一抱えもあるダンボールをいくつも纏めて運んで平気な顔してると思った。身体能力向上系の魔法を使っているにしても、あれはちょっと普通じゃない。
誤差程度の優位性とは言え、嵌まるとこうも有効なんだなあと感心する。
荷物を全て拝殿に運んで貰い、受け取り票に捺印をしたところで、子獅子の逸信が遅ればせながら駆けてきた。
この子は特にこの宅配便屋さんが好きで、制服を真似して着たこともある。
『荒幡のお兄ちゃん、いらっしゃい。』
「やあ、逸信。久しぶり。」
尻尾を揺らして挨拶に来た子獅子に荒幡さんも相好を崩した。どんな仕事であっても喜んで迎えてもらえるのが嬉しくないはずがなく、控えめに体を押し付けてくる逸信の頭を、笑顔で撫でてくれる。
「そうだ。今日は逸信に、お土産があるんだ。」
『お土産?』
思わぬ言葉に子獅子は耳を動かし、尻尾を揺らした。
宮司さん、良いですかと一旦此方へ許可を取るため、荒幡さんはポケットから取り出したものを見せてくれた。
大きな手のひらの上にはピンポン玉サイズの姫リンゴ。
「この前、実家に帰ったとき、木に一つだけ残っていたんです。
逸信が喜ぶかと思って。」
「これはこれは。良かったなあ、逸信。」
『うわぁ、お兄ちゃん、ありがとう!』
当社の獅子は果物どころか肉や魚を必要とせず、食べられもしないのだが、逸信はりんごの香りが大好きだ。それを覚えていてくれたらしい。
困っているような暗色斑とは逆さまに、子獅子は嬉しそうに鼻をピスピス言わせ、此方を見上げる。
『じいちゃん、これ、ボクが一人で貰っていい?』
「ああ、いいぞ。」
『やったぁ!』
他の獅子はりんごは勿論、果物にさほど興味を示さない。
喧嘩の原因になるとも思えず、独り占めを許可すれば、逸信は本当に嬉しそうにグリュグリュ喉を鳴らし、荒幡さんに頭を押し付けてお礼を言った。
それからりんごを大事そうに受け取って、本殿の中にある寝床に持っていこうとしたが、何かに気がついたように戻ってきた。
『荒幡のお兄ちゃん。お兄ちゃんは三峰神社にもお仕事にいくの?』
りんごを咥えたまま首を傾げ、不思議なことを問う子獅子に、宅配便のお兄さんも併せたように首を傾げた。
「行かないこともないけど、どうしたんだい?」
『あのね、もし、お仕事に行くなら、このりんご、ボクより、三峰のミオちゃんにあげてほしいと思って。』
真っ赤なりんごを足元に置いて、子獅子は言い訳でもするかの如く、途切れ途切れに説明した。
『ミオちゃんはね、病気で走ったり出来ないんだよ。
でも、このりんごは凄く良い匂いがするでしょ?
動けなくても近くに良い匂いがするものがあったら、楽しいかと思って。』
「うーん……」
「こら、逸信。そんなことを頼むんじゃないよ。」
内容が内容だけに、困った様子の荒幡さんの代わりに逸信を嗜める。
宅配業者さんが荷物を運ぶのはきちんとした仕事で、子供のお使いではない。
もし頼むのであれば、正式な郵送準備を整えてやらねばと言えば、逸信はおとなしく諦めた。
『そうだよね。駄目だよね。ごめんなさい。』
しょんぼりと耳を横に垂らす子獅子をお兄さんは撫でてくれた。
「ミオちゃんって、あの小さい子だね。
それなら今度、あの子の分も持ってくるよ。
だから、このりんごは君が貰ってくれないか。」
『……うん。お兄ちゃん、ありがとう!』
もう年明けまで実家には戻らず、りんごの収穫時期も終わってしまう。来年の秋になってしまうかもしれないが、それでも良いかと聞いてくれるお兄さんに、逸信は申し訳なさそうに耳を頭にひっつけた。
それでも新しい友達の分も約束してもらったのは嬉しかったようで、どこか安心した様子でりんごを咥え直し、飛び跳ねながら本殿へ仕舞いに行った。
「すみません、うちのが変なことを頼んでしまって。」
「いえいえ。違う種族なのに、仲が良いんですね。」
お土産を追加で頼むような形になってしまい、頭を下げればにこにこと笑顔で応じられた。
そのついでと言っては何だが、今後、三峰から手伝いが来るので、自分の代わりに対応するかも知れないことも伝えれば、来年の親善試合に向けた強化訓練ですねと、何故か理由が9割型バレていた。
当社に対し、口に出さない思うところは宅配業者さんの間にもあるようで、頑張ってくださいと熱い応援を受けた。
別に今年もサボったわけではないが、来年こそ何とかしようと心に刻む。
仕事が終わった荒幡さんを参道まで見送る途中、戻ってきた八幡たちとすれ違う。
『あれ? 兄ちゃん、来てたんだ!』
『いつもお仕事、お疲れ様。』
『残りのお仕事も気をつけてね!』
「ああ、ありがとう。」
殆ど言い捨てで駆けていく子獅子たちを眺め、流れで挨拶した様子の荒幡さんは目を大きく見開いた。
「今のは八幡君と陸晶君と……新しい子ですか?
霊獣も増やしたんですね。」
あのフワフワの子は狛犬ですかと聞かれ、首を横に振る。
「いえ、あれは瑞宮です。」
「へー……みずみ、ミジュ!? 今のミジュ!? ええっ、あれ瑞宮君ですか!?」
見かけは違うが、元からいる子獅子だと答えたら二度見された。
普通はそういう反応されるよなと思う。
昨今、うちの獅子はおやつを食べすぎると、稀に全身の毛が伸びる性質があることが発見された。末っ子の無比刀に続いて、真ん中の瑞宮が先日、体内の霊力の乱れを正すにあわせてフカフカになった。
長毛になるのは二匹目とあって当人は然程気にしていないし、郵便屋や兄獅子たちが「まあ、そういうこともあるか。」で流したので、自分の感覚がおかしいような気になっていたが、やはり、驚いて然るべきことだ。
そうだよ。普通、吃驚もすれば、心配もするよ。
そのまま宅配便屋さんとは別れ、拝殿前の広場に戻れば、子獅子があらかた揃ってじゃれ合っていた。此れ幸いと注意事項を伝えるべく、両手を叩いて呼ぶ。
遊んでもらえるのかと期待に満ちた目をして、子獅子たちは自分を囲むように集まった。
『何、じいちゃん? ボールなげてくれんの?』
「いや、そうじゃなくて、皆に伝えておかなければならないことがあるんだ。」
代表してガウと吠える八幡を片手で制する。
遊びではないと少しガッカリしたようだが、子獅子たちは何だろうと興味深そうにお互いの顔をみやり、尻尾をゆらゆら揺らした。
「今、宅配便の荒幡さんが来たろう?」
『うん、来てたね。』
「彼の他にもう一人、今年からくる新人さんがいるだろ。」
『あー 彼奴ね。』
やはり、反応が違う。受け答えをしている八幡だけでなく、他の子獅子たちの気配があからさまに変わった。
水蛇の血とは、そこまで気になるものなのだろうか。
「あの、新人の北野さんのことが随分気に入らないみたいだが、やっぱり、妙な気配がするのか?」
『うーん、まあ、そういうわけじゃないんだけど。』
大事な荷物を運んでくれる宅配便屋さんを悪く言うのは気が引けるのか、曖昧な態度で尻尾を左右に揺らす八幡に、同意するように子獅子たちがミャウミャウと低い声で鳴いた。
「今日、聞いたんだが、北野さんはおじいさんが水蛇らしいんだ。」
『ふーん、そうなんだ。』
「だから、ちょっと変わった感じがするのかも知れないが、気にしなくていい。
大丈夫だから、次に見かけたらちゃんとご挨拶しなさい。」
『えー まあ、いいけどさあ。』
思ったよりも反応が鈍い。納得したともしていないとも言えず、寧ろ、元々興味がないようにもみえる。気の抜けた返事をしながら、バリバリと後ろ足で耳の後ろを掻く八幡を筆頭に、子獅子たちはどこか不満そうだ。
はて、新人さんが嫌われているのは、血筋のせいではないのだろうか。
自分の疑問が的はずれでないことを示すように、瑞宮と陸晶もグルルと唸り、逸信も困ったように尻尾を揺らす。
『でもさあ、じいちゃん。
彼奴、ダンボールの荷物、持ってこないじゃん。』
「……そうだっけ?」
『そうだよ。持ってきても、小さいのを一つか二つだよ。』
『大きいのはいつも荒幡のお兄ちゃんだもんね。』
余り気にしたことのない指摘に首を傾げるが、間違いないと言い切られる。
上の子獅子たちが口にした不満を支持するように、下の子たちも騒ぎ出した。
『やっぱりさ、ダンボールは沢山もってきてくんなくっちゃ。』
『そんで、大きいのが良いよ。』
『彼奴はいつも封筒ばかりで、ダンボールは持ってきてくんないもん。』
『ミイチはまだ、封筒でも入れる。でも、ダンボールの方が良い。』
ガアガア、ミャアミャア好き勝手吠えるのを、両手を叩いて止める。
「そうか。でも、誰に対しても失礼な態度を取るのは良くない。
担当やシフトの関係もあるだろうし、そう邪険にするんじゃない。」
どのような理由であろうと駄目なことは駄目だ。
無礼を叱れば、諦めたようにびゃあと鳴いて、了承を示した。これで次からは大丈夫だろう。
話が終わると子獅子たちは思い思いに散っていった。自分もこれから届いた荷物を仕分けしなければいけない。
しかし、知らなかった。
配達員さんのヒエラルキーが、持ってくるダンボールの量と大きさで決まるとは。
霊獣は人ほどに賢いものであるが、慣れ親しんだ宮司の自分であっても、彼らの価値観には時々驚かされる。




