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オーケン石。(中編)

「きいたん、みんなにカリカリおやつ、あげようねって、いったんだよ。

 それなのに、みみたが、いらないっていうんだよ。」

「その前にきいこ。お前その袋、何処から持ってきた。」


 状況を説明しながら、きいちゃんはしょんぼりと肩を落とした。

 やはり演技だったようで、加賀見もあっさり冷静さを取り戻した。

 小さい人が持った袋を取り上げ、他にもないか、背負ったリュックの中を調べる。


「勝手にお父さんの机を漁ったら駄目だって、いつも言ってるだろ。」

「だって、きいたん、あげたかったんだよ。」

「それとこれとは話が別!

 駄目だって言ってること何度もしない!」


 どうやら、きいちゃんが戸棚を漁ることを覚えてしまい、黙って中身を持ち出すようになったらしい。手に届く所に危ないものは置いていないようだが、勝手に持っていかれて良いはずもない。

 しょうがねえなと文句を言いながら、取り上げた袋は自分のかばんに仕舞い、代わりに別の袋を引っ張り出して、娘に見せる。


「あげるんだったら、こっちにしなさい。」

「ん。」

「ん、じゃなくて、ありがとうだろ!

 あと、ミミ太は食べないって言ってるから今度な。

 ほら、しまっといてやるから。」


 余り反省していなさそうに手を伸ばす小さい人を叱りながら、背負わせたリュックに袋をしまう。

 娘の相手を終えると次に、耳を後に垂らして不機嫌そうな瑞宮に歩み寄り、膝を折って視線を合わせた。加賀見の右目にゆっくりと蒼い光が灯り、瞬きに併せて消えていく。


「診た感じ、おかしなところも特にないな。

 で、どうしたミミ太。お腹がいっぱいな訳じゃないんだろ?」

『うーん、そうなんだけどさ。』


 頭をゴシゴシ撫でられて、瑞宮はなんとも言えない顔でぺろりと口の周りを舐めた。

 うちの霊獣は生身に見えるが付喪神に近く、砂で出来た身体は肉や魚を必要としない。霊気を大量に含んだ水や鉱石も口にするが、神域にいる限り、絶対に必要なものでもない。

 それでも瑞宮は加賀見やきいちゃんがくれる、おやつ代わりの水晶が大好きで、口に出してねだりはしなくても、いつも楽しみにしている。

 それを要らないとはどういうことか。

 弟たちがいつもと違う兄獅子を囲み、ミュウミュウ言う。


『瑞宮、何で食べないの?』

『ミミ兄、やっぱり具合悪いんじゃないの?』


 陸晶が頭を低くし、落ち着かなさげに尻尾を細かく振れば、逸信も心配そうに鼻をピスピス鳴らす。

 天祥がしがみつくようにして、瑞宮へ前足を掛けた。


『ミミ兄が食べないんじゃ、テンちゃんも食べない!

 でもテンちゃん、カリカリ食べたい!』

『ボクのことは気にしないで、テンちゃんは貰えばいいじゃん。』

『嫌だ! ミミ兄も一緒じゃなくちゃ!

 何で食べないの? 何で要らないの? ねえ、もらおうよ!』


 ここで「じゃあ、そういうことで。」と言わないのが天祥の可愛いところであり、面倒な部分でもある。

 仲良しの兄の様子がおかしいことに不安も感じているのだろう。みゃうみゃう何度も鳴いて、いつもと同じ元気な瑞宮に戻そうとする。

 弟に心変わりを促されて、瑞宮はムフーと荒い息を吐いた。

 そして、きいちゃんが背負っているはずのおやつを睨み、じゅるりと唾を飲み込む。


『……。』


 本当に食べたくないわけではないようだが、無言で黙り込むのに子獅子の意地を感じる。

 これは向かい合って話をせねばなるまい。



「陸奥、天祥と他のを連れて行ってくれないか。」

『はい、おじいさん。』


 頼みに大柄な獅子はゆっくりと頷き、騒ぐ天祥の首根っこを咥え上げた。


『天祥。此処はおじいさんと加賀見さんに任せて本殿に行くよ。』

『嫌だーッ!!』

『ほら、皆もついておいで。』


 咥え上げられ、手足をジタバタ動かして抵抗するも、まだ柴犬サイズに毛が生えた程度の天祥では陸奥には勝てない。

 ぎゃあぎゃあ鳴いて暴れる弟を咥え、大きな獅子はのしのし本殿へ向かって歩いて行き、他の子獅子たちもその後を追う。

 けれども、陸晶と逸信が付いていかず、素知らぬ顔して縁側に上がった。


「こら、お前たちも陸奥と一緒に行きなさい。

 天祥だって向こうに行ったんだぞ。」

『やだよ。だって瑞宮が心配だもん。

 それに天祥は、自分で行ったんじゃなくて連れていかれたんじゃん。』

『ボクらはもうお兄ちゃんだから、ミミ兄のこと助けられるもん。

 だから、ミミ兄がカリカリ食べない理由、ちゃんと知っておく必要があるもん。』


 本殿へ行くよう追いやっても言うことを聞かず、理由が分からねばフォローも出来ぬと腹ばいになり、動かない所存を態度で示す。

 きいちゃんも父親のズボンを引っ張り、駄々をこねだした。


「おとうたん、きいたん、おやつ、あげたいんだよ。

 みみたがいちばん、おいしい、おいしいってたべるんだよ。」

「そうだな。同じあげるのでも、喜んで食べてもらうほうが良いよな。

 でも、本人が食べたくないって言っているのを無理強いするわけにも行かないから、後でな。」


 ハイハイと軽くあしらわれた小さい人は、仕方がないと諦めたようだ。むっふーと不満げに頬を膨らませながらも、瑞宮に背を向け、よちよちと縁側にあがる。

 そのまま、いつも陸奥にしているように、逸信の腹の真ん中あたりにどしっと座り、豪快に寄りかかった。

 椅子代わりにされた逸信がぐえっと呻く。


『きいたん、お腹の上には乗らないでよ。』

「ふん! いっちゃんは、いっちゃんだから、いいんだよ!」

『訳がわからないよ。』


 文句を言うも全力で無視され、逸信は諦めたように床に顎をくっつけて伏せた。その様子を眺めながら陸晶がおかしそうに尻尾を揺らし、加賀見も縁側に座り直した。

 これでは出掛けるわけにも行くまいが、次の予定は大丈夫だろうか。


「時間は平気なのか?」

「頼まれた配達は9割終わってるし、あとは音津を通って水都に戻るだけだから、どうとでもなる。

 第一、このままにしといたら、きいこが煩くて敵わん。」


 巻き込んでしまい申し訳なく思うも、どうということはないと軽く払い退けられた。

 それよりも瑞宮のことが気になるらしく、おいでおいでと子獅子を手招きする。

 呼ばれた瑞宮は仕方なさそうに足元まで寄っていき、寄りかかるようにして郵便屋に身体を預けた。



「で、ミミ太は何でカリカリ要らないんだって?」

『……なんでだっていいじゃん。』

「そうかい。」


 もしゃもしゃと首周りを撫でながらの問いは、回答を拒否された。

 ふんと鼻息一つ返しただけで、そっぽを向く瑞宮をおかしそうに笑い、加賀見は縁側に寝そべる逸信たちに目を向ける。


「だってさ。」

『何を意地はってんのかねえ?』

『ミミ兄、本当に具合悪いんじゃないの?』


 先の診断結果から大したことではないと高をくくっているのか、小馬鹿にするように陸晶が鼻を鳴らし、反面、逸信は心配そうに耳をピクピクさせる。

 それぞれの反応を見せる子獅子達に郵便屋は目を細め、何でもなさそうに言う。


「具合が悪いと言えば、三峰のミオがまた、体調を崩したんだよな。」

『えっ、そうなの!?』


 先日遊びに来た、可愛らしい子狼の名前に逸信が上半身を起こし、寄りかかっていたきいちゃんがバランスを崩した。

 急に背もたれがなくなり、後に転びそうになった小さい人はプンプンと子獅子を怒る。


「いっちゃん、きゅうに、うごかないで!」

『きいたん、ごめんね。』


 叱られた逸信は申し訳なさそうに耳を頭にくっつけ、大人しく前足を折り、床に伏せ直した。

 新しい友達の不調は聞き捨てならなかったのか、陸晶も顔色を変えて耳を動かし、瑞宮も寄りかかっていた身体を起こして、グルルと鳴く。


『加賀見の兄ちゃん。イッちゃん、貰った飴ちゃんのお薬、ミオちゃんにあげたんだよ。

 それなのに良くなってないの?』

「ああ、やっぱりミオにあげたのか。」


 あれはよく効く特別な薬ではなかったのか。

 瑞宮に責められるように問われた郵便屋は、別の所に反応した。

 きっと、逸信はそうすると思った。そう呟いて、ゆったりと頷く。


「あれは怪我には効果覿面だし、病気もある程度直すし、霊力も回復する。

 が、魂の傷をも全快とは流石にいかないなあ。」

『えー! それじゃあ、意味ないじゃん! 

 折角、イツが譲ったのに!』

「一時的な回復はするから無意味ではない。完治はしないだけ。」


 あの飴では治らないと聞いた瑞宮は、怒ったように加賀見の膝を前足で引っ掻く。

 なんとかする方法はないのか。触れてはいけない魔物への禁忌を知らない子獅子はぐるぐる唸って不満を示す。

 縁側の上では、逸信がしょんぼりと顎を床にくっつけた。


『そっか。あれじゃ、よくならないんだ。』

『仕方がないよ、逸信。

 そんなに簡単に治るなら、きっととっくに治っているよ。』


 落ち込む兄弟を慰めて、陸晶がフシッと鼻を鳴らす。


『それで加賀見の兄ちゃん、ミオちゃんは何処が悪いの?

 魂の傷ってどういう事?』

「また難しい事を聞くね、お前も。」


 ぱしぱしと前足で床を叩き、説明を要求するのに、加賀見が苦笑いする。

 どことなく眠そうな顔をしていても、キーワードを聞き逃すことのない陸晶を誤魔化すのはかえって面倒だ。

 郵便屋は少し考えて、分かりやすく説明してくれた。



「簡単に言うと、ミオの魂には生まれつき棘が刺さっているんだよ。

 その棘から罅ができて、霊力が外に漏れ出してしまい、身体に行き渡らない。

 あの飴は罅を上から塞ぐことは出来るけど、棘が抜けなければ、また新しい罅ができる。

 だから治らないんだ。」

『棘を抜くことはできないの?』

「風船に刺さった棘を抜いたら、どうなると思う?」


 すぐさま陸晶が発した質問には、質問で返された。

 風船に棘が刺されば普通は割れる。割れずとも少しずつ空気は漏れだし、しぼんでしまう。穴を開けると同時に栓になった棘を抜けば、あっという間だろう。

 喩えに何となく状況を察して、子獅子たちは揃って俯いた。

 ミュウーと悲しげに逸信が鳴く。


『じゃあ、ずっと良くならないの?』

「さあなあ。」


 はぐらかすわけではなく、本当にわからないと加賀見は首を横に振った。


「それこそ棘を抜いてしまえれば良いんだが、反動があるだろうし、そもそも、どうやって抜けば良いのやら。

 せめて何とか小さくできないか鋭意努力中ですが。」


 魂は分からんことが多すぎると呟き、何か考えるように逸信をジツと見つめる。



「イツ、ミオがそんなに気になるか?」

『えっ!?』


 思いがけない質問と真っ直な視線を受けて、子獅子は更に強く耳を頭にくっつけ、顔を引きつらせた。


『そりゃ、だって、あの子、真っ黒だったし、ちっちゃいし、病気で可哀想だし……』


 戸惑っているのか、照れているのか、困り眉毛のような暗色斑にふさわしく、オロオロと頭を動かしてから、逸信は丸くなるようにして、抱えている幼児に鼻を押し付けた。

 きいちゃんは余所見をしていて、全く話を聞いていなかったようだが、お腹の辺りをふがふがとやられて、ようやく子獅子に気がついたようにその額をぺしぺし叩いた。

 小さい人に叩かれて情けなさそうながらも、顔を背けたままの兄弟に陸晶がフシッと鼻を鳴らす。


『加賀見の兄ちゃん、イッちゃんをからかわないでよ。

 それにボクだって気になるよ。』


 自分たちはあまり他所の霊獣と関わりがない。物珍しいと言うのは不適切だが、新しい友達が気になるのは当然のこと。

 変なことを言うなと尻尾で床を叩く陸晶に、瑞宮も協調して吠える。


『そうだよ! あの子、ずっと抱っこされたままで歩けもしないんだよ!

 ボクだって気になるし、可哀想だよ!

 兄ちゃん、なんとかしてあげてよ!』

「なんとかしたいのは山々だけど、俺にも出来ることと出来ないことがあってな。

 移動魔法や幻術じゃあ心の傷は治せ……あれ? やろうと思えば出来るんじゃね?」


 子獅子に叩かれて何かの可能性に気がついたようだが、幻術の有効性もケースバイケース。今回は不適切と一人で納得した加賀見は、背中に負ったかばんを前に動かした。



「ま、いいや。でも、そうか。

 イツ、お前の飴、あげちゃったんなら新しいのをやろうか?

 って言うか、今、食うか?」


 新しい飴に留まらず、おやつとして今、食べる分もくれると言う。

 がさがさとかばんを漁る郵便屋に子獅子たちの目の色が変わる。


『兄ちゃん、本当?』


 逸信ではなく陸晶が鼻をピスピス鳴らして、上半身を起こした。

 この子はさほどおやつには執着しないのだが、それだけの価値があの飴にはある。とても美味しいのだ。

 一つ貰ったときのことを思い出し、自分も口の中に唾が溜まるのをバレないように飲み込む。


「ああ。きいこもおやつあげたがってるし、優しい逸信にボーナスだ。

 リクも食べるだろ?」

『食べる。イッちゃん、食べるでしょ?』

『うん! ……でも、ボクらだけ?』


 郵便屋の気が変わらないうちに早く貰おうと呼ばれ、抱えたきいちゃんに気を使いながらも、逸信はいそいそ立ち上がったが、すぐに本殿へ行った兄弟たちのことを思い出し、不安げに耳を横に垂らした。

 安心しろと顔色一つ使えず、加賀見は言う。


「全員分、あるぞ。じいさんの分も。」

「本当か?」


 思わず腰を浮かしてしまい、歳甲斐もなくと自嘲する。

 だが、あの蕩けるような味わいは早々忘れられるものではない。

 瑞宮も興奮で尻尾を振り回し、左右にぴょんぴょん跳ねた。


『兄ちゃん、ボクも! ボクも貰えるの?!』

「ああ、いいぞ。」

『やったあ!!』


 大喜びで燥ぐ子獅子に郵便屋はゆっくりと頷いて、それからわざとらしく首を傾げた。


「あれ、でも瑞宮。お前、おやつは要らないんだったよな?」

「ミッギャーーッ!!!」


 まるで尻尾を踏み潰されたかのように大きな悲鳴を上げ、毛を逆立てて瑞宮は垂直に飛び上がった。



『食べる! 食べるよ! ボクもあの飴、食べたい!!』

「いやー 別に良いぞ。いらないのに食べなくても。」

『いる! いるってば!!』

「そうは言ってもなー

 お前が一度決めたことを、無理に覆させたみたいで気が引けるわー」

『してない! 無理してないから!』


 みゃあみゃあ半泣きで訴える子獅子を飄々と受け流す郵便屋に、自然と溜息が零れる。

 ミオちゃんの病気が此処に繋がるとは思わなかった。

 確かに、普通に問いただしても中々口を割るまいし、初めから餌で釣るのは瑞宮のプライドが邪魔したであろう。そこで一度、別の話題に意識を移し、油断させてから本題に戻るとは。

 まんまと釣り上げられた瑞宮はもう、飴のことしか考えていない。


『じゃあ、貰えないの?! ボクは飴、貰えないの!?』

「いや、やっても良いんだけどさ。」


 みゃーと情けない声で叫び、半泣きで座り込んだ子獅子に、そこまで落ち込まなくともと加賀見は少し焦った様子だった。


「そもそもお前、何でおやつ要らないとか言い出したんだよ?」

『だって、皆がボクのこと、デブだデブだって言うんだもん!!』


 理由を説明しろと言われ、意地もプライドも忘れて叫んだ子獅子に、ああーとその場にいたもの全員が納得する。


「何、言ってるんだ、瑞宮。お前は別にデブじゃ……」


 食べ盛り、育ち盛りの子供が病気以外でダイエットなど馬鹿らしい。

 加賀見は眉間に深く皺を寄せ、声を荒げたが、途中で言葉を区切り、首を傾げた。


「ないけど、確かにちょっと丸いな。何でだ?」


 霊獣の身体は必要なだけの霊気を吸収する。

 何もなければ太りすぎたり痩せたりすることはないはずで、不思議がる郵便屋に、感情のまま瑞宮はゴロゴロ転げまわって手足をジタバタさせた。



『ほらー! 加賀見の兄ちゃんもボクのこと、デブだって言うーッ!!

 筋肉なのに! これは筋肉なのにっ!!』

「いや、丸いとは言ったが、デブとは言ってないだろ。」

『おんなじだよ! 言ってるのとおんなじだよ!』


 温和でおおらかな瑞宮が珍しく怒り狂うのに、逸信が陸晶をみゃっと叱る。


『もー リクちゃんがミミ兄を揶揄うからだよ。』

『だって実際、お腹周りがタプタプしてるじゃん。

 それに隙間に詰まるんだもん。この間だって、縁側に……』

『詰まってない! ボクが大きすぎて通れなかっただけ!!』


 言い訳する陸晶を遮って瑞宮が吠え猛る。

 きいちゃんがふんと鼻息を一つ吹いた。


「みみたは、たぷたぷが、いいんだよ。」


 タプタプが良いか悪いかは兎に角、瑞宮のしっとりすべすべなマシュマロボディには定評があるが、特に横っ腹のあたりが最も触り心地が良いと言われている。

 全体的にフォルムが丸く、ふっくらしているのも事実である。

 その時点で結論が出ている気もするが、動物は体毛で三割増ぐらいされている可能性が零ではない。

 故に回答は保留に致したい。


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