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足らない。(前半)

 龍脈、地脈など呼び名は様々だが、土地が持つ霊気には流れがある。その流れが強ければ、良くも悪くも周囲に影響を与える。場の浄化や動植物の繁栄など良い影響を与えれば神域、穢れや病を招き寄せれば魔境とされる。


 神域の中心には御神体があり、その管理施設として神社が建てられる。社の管理や霊獣の補佐をする神職として、自分が所属するのは咲零神社。咲き零れると書いて“エミオ”と読む。

 本殿の奥に安置された御神体から分身として生まれる純白若しくは空色の獅子達と協力して、ここ一帯を守っている。

 霊獣にも色々な種類がいるが、うちの獅子は無機物に魂が宿って動く付喪神に近い。生身の獣と同じ様に動くも、口にするのは霊力を含んだ水や鉱石。それも神域にいる間は身体が勝手に周囲より吸収するため、必要ない。

 必要は、ないのだが。



『じいちゃん、カリカリー カリカリ頂戴ー』


 今日も子獅子の瑞宮が縁側に来ておやつを強請る。

 ここのところ、客人から貰ったり、運動量が多く自然回復では足らなかったりと副食を与える事が多かったので、すっかり変な癖が付いてしまった。

 大体、瑞宮は食いしん坊だ。彼らは食べられない人間用の食事にも興味を示し、覗きに来ては口を開けて羨ましそうに見ている。

 一度それで痛い目を見たにも関わらず、だ。


 瑞宮が騒ぐのを見て、弟の天祥も一緒になって吠え出した。


『じいちゃん、テンちゃんも!

 テンちゃんも、カリカリ食べたい!』


 甘えん坊のこの子獅子は、何でも周りと同じでなければ気がすまない。兄ちゃんばっかりずるいと怒り、前足でとんとこ縁側を叩いて自分の分を要求する。


「もう、ないよ。それにいらないだろ。

 お腹減ってないだろう?」

『でも、食べたいよー』

『カリカリ! カリカリ!』


 駄目だと言い聞かせても納得せず、みゃうみゃう鳴くのは困ったものだ。

 いくら鳴かれても無い袖は触れない。先日、知り合いからおやつ用にと貰った鉱石の欠片は、とっくに食べ尽くしてしまった。そもそも、必要のないおやつを常備する習慣は当神社には無い。

 獅子達が食べるというならば本殿奥の倉庫に専用のがあるが、あれは遠征用だ。怨霊怪異の討伐など、神域から離れなければいけない場合に大人の獅子達たちが食べる、大事な兵糧。日々のおやつに出すようなものではない。


 神社は地脈の核である御神体を護り、管理する施設。ひいては大量の霊気が集まる場所であり、魔石と呼ばれる霊力を多く含んだ鉱石が生み出される場所、である場合も有るが、うちの神社は違う。

 うちの御神体は霊獣を生んでも魔石は殆ど作らず、必要な場合は他の神社から融通してもらわねばならない。神社はお互い助け合う関係のため、譲ってもらう事自体はまだいいが、そのための連絡やら運搬の手間やら、何かと大変なのだ。

 一個ぐらい、さして影響がないとしても、その一個が固くて大きい。ある程度、割ってやらねば子獅子は食べられまい。

 拳大の鉱石を砕くのは非常に労力が掛かる。従って彼らの要望には応えられない。


 結局、単に面倒だからじゃんなどと言ってはならない。

 だって、いらないんだもん。

 怪我や病気で弱っているのであれば、少しでも滋養を取らせるべく砂になるまで擦り下ろし、一さじずつ食べさせてやることもする。

 でも、こいつら元気なんだもん。


「そんなに何か食べたいなら、水でも飲んでなさい。」

『ケチー!』

『じいちゃんの、ケチー!』


 軽く突き放せば、二匹の白い子獅子は揃ってブーッと膨れ、プンプカ怒って駆けて行った。そのまま手水舎までいって、ぴちゃぴちゃやり始める。

 うちの神社は魔石こそ産まれないが、敷地に湧き出している霊水は良質だ。霊獣には良いご馳走であるはずなのだから、文句を言われる筋はない。



 煩い二匹がいなくなったので、別の子獅子が顔を出す。


『じいちゃん、もう良い?』

『ボール遊び、出来る?』


 陸晶と逸信が揃ってボールを咥え、尻尾を揺らしている。遊んでほしいが時間は有るかと、此方の都合を慮る仕草が可愛らしい。

 しかし、いくら賢い霊獣とは言えど、子供にこんな気遣いをさせてしまう状況に反省する。


 うちの神社の規模を考えれば、もう二、三人、神職がいても良いと思う。当神社と隣接する村は非常に良好な関係にあり、社の修理や訓練用の広場の貸出、外出時の留守番など援助をして貰っているが、やはり限度が有る。

 大人の獅子達に子獅子の相手をする余裕があれば良いのだが、彼らは彼らでパトロールや訓練、周囲の要請があれば遠征と何かと忙しい。

 本当ならば自分が行くべきところも、霊獣だけで頑張ってくれている。

 せめてもう一人、神職がいれば良いのだが。

 だが、人を増やすには費用が掛かるなど、色々思い通りにいかない事情が有る。無い物強請りをしても仕方がない。それより、もっと自分が動こう。改めて気合を入れる。


 大体、人手が少ないと言えば、ここより北西に有る三峰神社なんか神職なし、たった3匹の霊獣だけで、うちの数倍はある神域を管理している。あそこの霊獣は人型になれ、汎用性が効くとは言え、その優秀さには頭が下がる。

 久しく会っていないが彼らは元気だろうか。宮司兼筆頭霊獣は顔が良い分、性格がきついと評判だが、残りの二匹は人懐っこく、愛想が良い。

 そして、優秀さを示すように品良く賢い。おやつをねだって大騒ぎとかしないだろう。

 それはそれで少し寂しいような気がするものの、それに比べてうちの子獅子はと残念に思う。


 三峰と言えば最近もう一匹霊獣が生まれた事と、その新しい子の具合が悪いらしいと聞いたのを思い出す。あそことは魍魎の討伐や神域を守る結界の維持など、仕事上連携しており接点が多い。自分も折をみて、様子を見に行こうか。

 出かけるのであれば、子獅子も連れていきたい。気を使う間柄ではない分、余裕を持って外出先での礼儀作法や他種族との付き合い方を学ぶ、良い機会になる。

 さて、行くなら誰を連れて行くべきか。


 自然と顎を撫でて、考え込む仕草をしていたので、陸晶と逸信は思い違いをしたようだ。


『じいちゃん、忙しいなら大丈夫だよ。』

『うん、リクちゃん、あっちでかけっこにしよう。』


 遊んでもらうのを諦めて、向こうへ行こうとするのを呼びとめる。


「ああ、違う違う、大丈夫だ。ボールだな。

 今、投げてやるから。」


 ついでに他の子獅子たちも構ってやろう。そのためには彼らが咥えたボール2つでは足らない。

 一式揃えるべく物置部屋へ向かえば、察した子獅子は自然と集まってくる。



『じいちゃん、ぼーる? ぼーる、なげんの?』

『やったあ! みいち、ぼーる、だいすきだよ!』


 幼い燦馳と巳壱が嬉しそうにみゃうみゃう寄ってきて、その後ろに青い毛並みの豊一と無比刀が続く。


『じいちゃん、ぼくもぼーる、たたいていい?』

『だめだよ。はいでんまえは、せまいもん。』


 甘えた声を出して此方を見上げる豊一を、無比刀が鼻先で笑う。子獅子の遊び場である拝殿前に、ボールを叩いて飛ばすほどの広さはない。人一倍のんびり屋の無比刀だが、ルールはしっかり弁えている。

 弟たちが集まっているのに、当然、瑞宮と天祥も気がついて、すっ飛んできた。


『じいちゃん、ボール? ボール遊びするの?!』

『テンちゃんもやる!』


 すっ飛んできたのはいいのだが、二匹ともびしょ濡れだ。

 水を飲んでいただけで、どうしてそうなった。


 濡れた塊がとんでくるのに、子獅子達が悲鳴を上げた。案の定、到着と併せて急ブレーキを掛けた瑞宮達の身体から、水滴が飛び散る。


『おみず、いやだ!』

『ちべたい! ちべたいよう!』


 燦馳と巳壱が悲鳴をあげて逃げ、陸晶が怒る。


『瑞宮、びしょびしょで来たら嫌だよ!』

『あ、ごめん。』


 素直に謝った瑞宮はまだ偉い。その横で、怒られたことなどお構いなしに天祥が全力で身体を振るう。

 何故、ここでやる。


『いやだー!』

『いてっ!』

『テンちゃん、止めてよ!』


 豊一が逃げようとして無比刀にぶつかり、逸信も叫ぶ。


「天祥! 駄目だろ、ブルブルしたら!」


 頭から叱りつけるも天祥に反省の色はなく、がうと言い返してきた。


『だって、びしょびしょで気持ち悪かった!』


 駄目だ、これは。


「だからって皆がいるところでやったら、皆、濡れちゃうだろ!」

『じゃあ、拭いて! じいちゃん、タオルで拭いて!』


 怒られて尚、ふんすと鼻息荒く胸を張って勝手を言う天祥の頭の中は、どうなっているのだろうか。子供の無邪気ですませていいのか疑問を感じる。

 どちらにしろ行儀が悪いこと、この上ない。自然と溜息が口からこぼれた。


「これじゃあ、天祥は連れていけないな。」


 三峰の霊獣頭は何かと厳しい。子供相手に大人気なく怒鳴ったり、作法を押しつけたりはしないが、礼儀がなっていないのを見逃すほど甘くはない。冷徹な口調のまま彼が放つ、見えない重圧に押し負けて、泣かされるのが目に見えている。

 大体、こんな有様では連れて行く自分が普通に恥ずかしい。気を使う間柄ではないからとか、そういうレベルじゃない。



『連れてく?』

『じいちゃん、どっか行くの?』


 陸晶と逸信が目を丸くする。

 思わず口にした独り言で、子獅子たちの雰囲気が変わった。

 通常、自分が出かけると言えば、大人の獅子と一緒にパトロールか村との話し合いで、子供は邪魔になるため、連れて行かない。神社間での打合せの際は、集会先の霊獣が相手をしてくれることもあり、付き合いがてら何匹か連れていくが、そう数有ることでもない。


「うん、久しぶりに三峰の方まで、行こうかと思っていたんだ。」


 説明すれば、お出かけの気配に子獅子たちは色めき始めた。


『三峰、って何処? リクちゃん、知ってる?』

『聞いたことあるような気がする。』


 珍しく興奮した様子で逸信が陸晶に聞き、瑞宮が慌ててみゃうみゃうと主張する。


『じいちゃん、ボクは大丈夫だよね?

 ブルブルしなかったもん。お利口だよね?』

『テンちゃんだって、お利口だよ!』


 失態を察した天祥がプーッと膨れ上がり、巳壱が泣きそうな顔でぴょんぴょん飛び跳ねる。


『みいちは? じいちゃ、みいちは?』

『ぼくも、おでかけ、いきたいー』

『ぼくもー』


 燦馳と豊一も揃って足にしがみついてくる。騒ぐ兄弟たちを眺め、無比刀がフンと鼻を鳴らして座り込んだ。


『むいが、いちばん、おとなしくできんのに。』


 争ってまで主張する気はないが、行きたくないわけでもないらしい。


「まだ、決まった話じゃないよ。」


 我も我もと騒ぐ子獅子たちに、落ち着くよう言い聞かせる。

 三峰はここから70kmは離れており、それなりの準備が必要になる。連れて行くなら子供だけではなく、大人の獅子も勘定に入れねばならない。新しく生まれた子へのお祝いや見舞いが理由だから、ちょっとした手土産も用意したい。

 じゃあ、これから行こうかと言う訳には行かないのだ。

 しかし、すっかりその気になった子獅子たちは、誰が連れて行ってもらえるのか、是非自分がと、みゃうみゃう、ギャウギャウ騒いで聞き分けがない。

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