出会いの森編 シェリル
お嬢様はお休みになり大体の片付けも終わり一息ついたその時、遠くに一線の光が立ち上がり空の上で四方八方に拡散し、やがて消えて行くのが見えた。
なんか白く輝くような美しい光だった。
ここは異世界だ、いろいろなことがあるのだな……
と見とれていた。
大いなる縁を結ぶ聖なる光……話は数時間前に遡る。
---------.---------.---------.---------.---------.---------.---------.---------.
夕暮れが迫っていたので、2名の騎士を連れた貴族の娘らしき者が宿への道を急いでいた。
2人の騎士は護衛であり、一人は若い男だが、近衛師範でもある腕利きの近衛騎士モーゲン、もう一人は親衛隊に抜擢された腕に覚えのある女騎士サリアである。
サリアは美しい顔立ちであったが、左目に眼帯をしており、その眼帯からは大きくはみ出した刀傷が顔に刻まれていた。
親衛隊であるサリアが「今日の宿には、この地方特産のおいしいブミャ肉があるそうで、楽しみですね。」と語りかけると、「いつものように、サリアは、色気より食い気が先に立つのだな」とシェリルが笑いながら答える。
サリアは「良い温泉もあり、ゆっくりできますよ。。」という何ということのない会話をしていた。
少し進んだところに3人の進む道を塞ぐかのように、一人の男が立っていた。
恐らくは盗賊の類かと思われたが、腕利きの騎士が2人も付いているのだ通常であれば問題はなかったはずであった。
モーゲンが「私たちに何か御用でしょうか?」と問いかける。
「そこの聖女様に一緒に来て頂きたく、お迎えに上がりました」と答える。
その話を聞き、剣を抜き構える2人の騎士達。
実はシェリルはソルア国の第二王女である。
何より2人が驚いているのは、公言などされていない……王国内でも一部のものしか知られていない秘匿事項……そう、シェリル姫は「聖女」だった。
聖女とは、通常の魔力を使った「魔法」と対をなす、精霊に愛された聖なる光といわれる聖気光を操り「奇跡」と呼ばれる術や「癒し」の技を操れるものである。
しかし近年その数は絶対的に少なく、今では教会にごく少数のそれも回復薬の製造ができる程度の聖女が大半で、傷や病気を癒せる上位聖女は本当に少なくなっていた。
シェリルは、とある理由で教会に属することなく、聖女とは公言もされていない。
しかし実は聖気光の使い手であり、その力は通常の聖女の「癒しの光」ではなく、神罰と呼ばれるほど強力な「奇跡の光」を起こせる聖女であった。
この不審な男は、王国の秘匿事項である「シェリルが聖女である」ことを知っており、シェリルを引き渡せと言っているだ。
モーゲンが試すように、複数本の小さな短剣を男に向けて放つと、男は正確に急所に迫ってくる複数の短剣すべてを簡単に受け止めた。
「相当の手練れのようだ、サリアは姫を守って安全な所へ、それと護衛全員を呼んでくれ」と指示をし、姫を連れてサリアは即座にその場を離れる。
サリアが合図の笛を吹くと、数組の旅人を装った男女、十数名の護衛の騎士が集まってきた。
王族の一行にしては護衛の人数が少ないと思われただろうが、今回は要件の都合で、目立たないように目的地まで行くことになっていた。
しかし王族であるので、少し離れたところから、それなりの護衛を付けていた。
集まった各人は剣、槍、杖等の武器を取り出して男に対峙する。
「ザビル、囲まれているわよ、なんか劣勢じゃない」と物陰から女が現れ「『覚醒の時』は迫っているのよ、急がないとだめじゃない、何なら手伝いましょうか?」と男に話しかける。
「この程度で助けが必要な訳ないだろう!!、すぐ片付けるよ、レーゲル」と言うと取り囲んだ騎士相手に剣を抜いて対峙する。
旅人を装っていた護衛の騎士たち剣や槍を持って、男に挑みかかっていき、魔導士は魔法を使い、男を攻撃する。
しかし、それは一瞬だった、魔法は全く役に立たずかわされ、男の持つ剣は、相手の剣や槍ごと人を真っ二つに切断していた、あっという間に10名が倒れた。
決して護衛の剣はそんなに軟な剣ではないし、近衛騎士の中にはアダマンタイトの剣も持っていた、それをいとも簡単に切ってしまう武器とは、失われた古来技法で作成された「古代宝剣」だと考えられる。
王国の秘匿事項を知ることや、そのような武器をもち、一瞬で姫の近衛騎士団数名を切り崩す腕、どれを考えても「ただ者」ではなく、それなりの組織から選りすぐりの者たちが着ているのだろう、問題は、先ほどの女のように仲間がまだ数名、息を殺して隠れているようであり正確な人数の把握はモーゲンにも出来なかった。
幸いにも王女とサリアはだいぶ離れていったようだ、後は少しでも時間稼ぎが出来ればと考えたその時だった。
男は「ちょこまかと走り回ってもらうと困るな」と言い放つと、剣を振り魔法を放った、数千という短剣が、魚の群れでもあるかのように美しくキラキラと輝き、そして、整然と一直線にシェリル姫とサリアの足元を狙い、襲い掛かった。
逃げていた二人の下半身は鮮血に染まりその場に倒れ、走ることどころか歩くことすらできなくなっていた。
モーゲンと残りの近衛たちは、男に向かっていった。
古代宝剣、その強化された避けることが出来ない剣の速度と切れ味に、師範モーゲンであっても時間稼ぎにもならなかった。
男は「悪いな、遊んでいる時間はないのだよ」と言い捨てる。
邪魔者がいなくなったことで、ゆっくりとシェリル王女のもとに向かう男、手には服従の魔道具があった。
足の動かない中でサリアが防御魔法で王女を守りながら剣を男に向けるが、男の「古代宝剣」が振り下ろされた。
その剣を遮ったのはシェリル王女の国宝の槍であった、「サリアは私が絶対に守る、いや守らなければならないのだ!!」そう言って、「セント・バイオレンス」と叫ぶと左手より大きな聖気光(神罰)が放たれた。
男は消し飛んだのか、後には何も残っていない。
しかし、後ろから先ほどの仲間と思われる女が現れ、「すばらしい、ここまでの聖気光があれば『神おろし』にも対処できるだろう」と意味が分からないことを呟く。
シェリル姫が応戦しようとしたとき、「邪魔な槍はいらない」と王女の右腕ごと切り捨てた。
体を引き裂かれた痛みに耐えかねてシェリルは地面に倒れる。
この隙にサリアが魔法で攻撃しようとするが、もともと聖女以外に用がないため、なんの考慮もなくとサリアの急所に剣を突き立てる。
痛みで意識が朦朧となりかけていた王女は、その光景に「サ、サリアーッ」と叫び声をあげるが、王女はそのまま意識を失った。
しかし、不思議なことに意識のない王女の左手が勝手に天に向かって特大の聖気光を放った。
眩い光は天に向かい一直線に登っていき、やがて四方八方に分かれて広がって行った。
その後光は消えて行ったが、特にその時はなにも起こらなかった。
そんな様子を、心配することもなく女は、後ろを向いて「遅いじゃないの」と声をかける。
そこには消し飛んだはずの男が現れ、「本気で危なかった」とつぶやく。
そして、服従の魔道具を王女に装着し、歩けないシェリル王女を肩に抱えて、どこかに消えて行った。
後には、横たわる多数の近衛騎士が残り、夜の暗闇と静寂がその場を支配していった。
---------.---------.---------.---------.---------.---------.---------.---------.
光に見とれていたが、今は就業時間は終わったと安堵していた。
しかしそれもつかの間だった、マリアスの声が聞こえてくる。
初日から残業かな、というか就業時間契約は結んでいなかったので24時間就業かもしれない。
これは立派なブラックな職業に違いない……
とユニーが暢気に考えていると驚愕の事実がマリアスから告げられるのだった。
「実は……、お嬢様は、何らかの組織に狙われており、今までも何度も襲われています」
驚きはない「やっぱりか……」と頷いてしまう。
何となくお嬢様は、特殊な理由だと思っていたが、狙われているということだ。
しかし、「何らかの組織」ということは、何度も襲われているのに未だに相手も、襲われる理由もハッキリしていないということなのだろうか?
その上、現在まで、お嬢様の正体も謎のままですから……。
というか、せめてお嬢様のお名前くらい教えてください!!
マリアスは続ける
「私は、もうお嬢様の侍女にも戻ることは叶いませんし、その体に戻ることもできません。」
「先日の襲撃でこのような状況になりました。」
「もうすでに、あなたを教育する時間も、能力も殆ど残っていません。」
「それでも、私があなたに出来るだけのことを最大限したいと思います。」
これはうすうす感じていたことだ、でも信じたくなかった。
マリアスは既に亡くなっているだろうと予測していた、なぜならお嬢様と違い、私の名前を呼ばないマリアスに違和感を持っていた。
そのうえ、受け答えがなぜか機械的だと思っていた。
そう、例えるならSNSであるようなお天気や占いの【ボット】や【人工無能】と呼ばれる仕組みのような受け答え……
そういえば、今の話し方も「短い文章を区切って」話している。
これは私の相手をしているマリアスが最悪の時のために準備していた、言うなればお嬢様を守るための「魔法による新人侍女チューターシステム」なのだろう。
そして、その原動力はマリアスが残した「マリアスの残像思念」だろう。
マリアスは、なおも続けていく。。。
「今から、覚えて頂きたい魔法・・・『防御・攻撃魔法』を教育いたします。」
「攻撃魔法など物騒であると思われますでしょうが、お嬢様を守るためにしっかり身に着けてください」
「ただし、最低限しか、お教え出来ません後はあなたは大至急習得し威力や精度の向上をするために日々練習してください。」
攻撃のスキルは、先ほどの記憶の引き継ぎはできないようだ。同じ体であるが、個人の精神力により変わり、威力や精度は練習により向上するらしい、そういえば演奏することも、同じ体なのにうまく演奏できなかった
最後にマリアスは
「あなただけが頼りです」
と付け加えた。
衝撃の内容だ……
でも、事情がどうあれ、私はお嬢様とマリアスのお陰でここにいる(生きている)のだ。
それと、「あなただけが頼りです」と言われた以上頑張るしかない。
自信はないが、気を取り直してマリアスの教育を受けることにした。
まずは訓練場所への移動:
収納魔法で使われている格納庫がある次元の中に訓練部屋があるらしい。
格納ポケットからブレスレットに魔法陣を記載した魔道具らしきものを取り出し、そのブレスレットに魔力を込めると、格納庫空間に移動する。
いつも、ものを出している格納庫と同じということで、なんだか妙な感じだが、格納庫とはまったく違う空間で、浮島のごときエリアが浮いているのだ、もちろん下は地面であるが空はないというか無限に続いているように見えるので、少々荒事をしてもここの空間は影響はないだろう。
また、外部時間差という機能が働く、食料保管の腐敗や劣化防止の機能の発展形らしい。
この空間と、元の空間の時間の流れが調整されているが、時間の流れが元の時間と大きく異なると、生物時計が崩れるため1:3程度くらいの時間経過差となっている。
難しいことは分からないので、訓練時間が3倍になるということで理解している。
もし外からこの世界を見れるのであれば、この中で3倍速い動きで動き回っている状態は、早送り動画再戦のよう見えるのだろう。
さて準備が整い教育が始まる。
初等教育のお陰で、習得も難しくはない、身体強化の初歩的なものは簡単にできるようになった。
マリアス曰く、身体強化は女性の体力では、同じように訓練された男の兵士には敵わないので、今は、「そこそこの実用レベル」で良いとの話だった。
身体強化魔法は、日常生活でも役に立つし、ひそかにレベルを上げようと心に誓う。
そして、武具を使った武術の向上を目指すなら良い武術の先生がいないか探さねばとか考える。
結局攻撃魔法であるが、この世界では魔法属性はいろいろあるが、実は同じ魔力から派生するため、実はどの属性でも使える。
よって攻撃魔法もいろいろな種類をその場に合わせて発生させるのだ。
今回のマリアスの教育はいろいろな訓練を一気に進める、教えるのも一回こっきりで、その後のフォローがない。
つまり、私が使う魔法の結果に関係なく、フォローがなく次の魔法の訓練に進むのだ。
ここまで順調だった私の教育が壁にぶつかっており、私は現在とっても不安な状況になっている。
攻撃魔法の習得は簡単だったのだが、魔力コントロールがうまくできない、楽器演奏と同じだ状態だ。
実習中、私の魔法は威力が全くないうえに、魔力が無駄に消費されマリアスの指示回数魔法を発動できずに魔力切れを起こすのである。
「なんだこれ……、まずいよ…………、襲われると一瞬ですべてが終わるな。」
言うまでもない、今の状況はいつ襲われるか分からないのだから致命的である。
襲撃がすぐに無いことを祈りつつ、毎日の一連の訓練内容として必死で練習するしかないのだろう。
教育は終わり、マリアスからは明日に備えて眠るように言われたが、回復魔法も教えてもらっていたので、眠気を回復魔法で紛らわし、そのまま起きておく。
なお、明日の最初の仕事はテントの移動だそうだ、襲撃に備え同じ場所での野営を控えるのだそうだ。
今からは、本当は睡眠時間だが、ユニーの自由時間だ、やりたかったことを実現することにした。
少し手荒い登場シーンとなったシェリル姫様。
シェリル姫様は重要な役割を持つキャラです。
これからも登場シーンは多いので応援してやってください。