第二十一回 幕間 無明を断つ
柳生十兵衛三厳は、父と己の墓前に立った。
公の彼は慶安三年に鷹狩りの最中に、謎の死を遂げていた。
が、十兵衛は生きていた。
由井正雪の手の者により襲われて、瀕死の重傷を負ったが生き延びていたのだ。
(武徳の祖神に生かされたかな)
十兵衛はそう思う。
倒すべき敵を倒さぬうちは、死す事は許されぬ。
武徳の祖神、経津主大神がそう言っているような気がしてならぬ。
余談だが、経津主大神は女性との説もある。
なるほど、武甕槌大神は巨漢で怪力の神だが、経津主大神がたおやかな女性の姿をしていたら、国譲りはならなかったかもしれない。
たとえ、経津主大神が武甕槌大神より強くとも。
(父上……)
十兵衛は父である宗矩の墓を見つめた。本来ならば、その隣に弟の左門の墓があっていいはずなのだ。
だが、それはならなかった。左門は先の三代将軍家光の寵愛を受け、十六万石という大身大名になるはずであった。
しかし、そんな事は到底許されぬ。全国で改易の嵐が吹き荒れたというのに、左門という小姓が十六万石の大名になるなどと。
たとえ家光が宣言しようと、納得する者など果たしてどれほどいようか。忠長の時と同じく、天下が騒ぎだしかねない。
それがために、十兵衛は異母弟の左門を斬ったーー
「父上、俺はいつまで生きればいい?」
父の墓前に問い、十兵衛は背を向けた。彼は己の人生を、先の見えぬ無明の闇にとらえていた。
その闇は未だ晴れる事はなかった。
「む?」
十兵衛は足を止めた。墓所の側にある竹林が風に揺れた。微かな風と共に、十兵衛は己の背後に静かなる剣気を感じたのだ。
(何者!)
十兵衛は前方に飛び、剣気の方へ振り返った。すでに腰の愛刀、三池典太を抜いていた。
魔物をも斬ると言われ、後世には国宝に数えられる名刀、三池典太。
これは、家光の辻斬りを止めさせた褒美として、春日局から賜ったものであった。
(……左門!)
十兵衛の隻眼は、かっと見開かれた。彼は夕闇の中に、暗く漂う人の形をした影を見た。
それは朧気ながらも刀を構えているようだった。そして、その佇まいや風格が、十兵衛の弟の左門を連想させた。
十兵衛は三池典太を正眼に構えていたが、やがて、ふっと笑った。
「ありがたいぞ、左門。俺への激励か」
十兵衛の言葉は、彼にしか理解できぬだろう。
かつて手を取り、看取った弟が彼の前に現れたのは、十兵衛に己を取り戻させんとする、兄弟の情のゆえーー
十兵衛にはそう思われた。
生死の境に踏みこんだ彼の心からは、恐れも迷いも消えている。
捨身必滅、全身全霊。
構えた三池典太で放つ一刀に、己の全てをこめんとす。
「ーー無明を断つ!」
十兵衛は踏みこみ三池典太を打ちこんだ。
光を放つ刃は夕闇を斬り裂いたかに思われた。




