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昔語りのエコー  作者: ラウンド
3/3

昔語りのエコー・Ⅲ 白洲邸の深層部


 戦いは黒い濁流と翡翠の燐光の交差から始まった。

 敵性体ノイズの大蛇による突撃をヴェニスが側転で躱し、同時に大蛇の中腹に一撃を打ち込む。滑るようにエネルギー刃が表面を引き裂こうとするが、紫色の電流が鱗の代わりとばかりにそれを阻む。エネルギー同士がぶつかるスパーク音が、大蛇の放つ突撃の轟音に鋭く混ざった。

(防御障壁特性まで備えているとは。少し、甘く見ていましたね)

 ヴェニスは、エネルギー同士の衝突によって弾き飛ばされた勢いを利用し、大蛇から適度な距離を取って着地。素早く体勢を整え大蛇に視線を戻す。

 黒の大蛇は、地団太でも踏むようにその場でのたうって荒ぶり、しかし、すぐにヴェニスを捉えると、猛然と突撃を再開した。纏った紫色の電流が周囲の砂利を弾き飛ばしながら進むさまは、さながら弾雨の中を駆け抜ける装甲列車のようだった。

(厄介ですね。素早く仕留めなければ…)

 ヴェニスは、砂利の弾幕を近場にあった岩場や木々を渡り歩くことで防ぎつつ、突撃を躱すために黒の大蛇の側面へと回り込んでいく。

「コアは…どこでしょうか」

 突撃を側転や宙返りで躱しつつ、円運動を利用した斬撃で攻撃すると言う曲芸まがいの戦闘を繰り返す。加えて、センサーを使い、黒の大蛇の情報を集めてもいく。形状や能力の情報はもちろん、特に敵性体ノイズの心臓部であるコアの情報は重要だ。

 すると。

「うん?」

 何回目かの反撃の際、ヴェニスはある違和感に気付いた。

(やはり、色の薄い位置を攻撃したときに弾く力が強い代わりに、連打を弾く力が…弱い?これは、もしかすると…?)

 着地し、素早く蹴走の構えを取ると、まさに脱兎のごとく、一切の迷い無く攻勢に転じた。

 黒の大蛇もまた衰えを知らぬ猛然さで突撃をかけ、一挙に勝負を決めんと襲い掛かる。

「勝負…!」

「-----!!」

 ヴェニスは、正面から迫りくる大蛇の頭を背面にやり過ごすように跳ぶと、片方のエネルギー刃が大蛇の表皮面に接触するように構える。当然、触れた瞬間に電流で弾かれ、その勢いでヴェニスの体には強烈な回転が加わった。

「そこです…!」

 そのまま弾き出されるかと思われた、次の刹那。ヴェニスは回転によって生じた加速を利用し、一瞬だけ生まれる防御機能の間隙を突き、エネルギー刃を無理矢理に色の薄い部分に向けて打ち込んだ。大蛇が突撃の勢いのままに身悶え、ヴェニスも振り回される。

「ぐっ!」

 不自然な体勢で弾き飛ばされ、しかし、辛うじて着地できたヴェニスは、身悶え、砂のように分解されていく大蛇を見ながら、会心の微笑を浮かべた。

「しかし!手応え…アリですね!」


 それは、何度か攻撃を仕掛けて徐々に掴んだ情報だった。

黒い大蛇の持つ防御機能は強固な反面、連続的な攻撃に対しての反応が鈍い傾向にあったのだ。敵性体ノイズは、コア以外の部分を損傷しても即座の修復が行えるため、その欠点は大した問題にはならないが、コアの位置が判明している場合は話が違う。


「ふぅ…」

 どうにか敵性体ノイズを仕留めたヴェニスは、展開していたエネルギー刃を収納し、プロテクターの変形を元に戻したあと、大蛇が消えた場所へと近寄る。

「うん?これは…」

 そこには、微かに黒いもやに包まれた古い冊子と絵馬が落ちていた。

「汚染判定を…って。ああ、ボクスは居ないんでしたね。とは言え、無暗に触らない方がいいでしょう。しかし、これは何でしょうね」

 古い冊子に目を向ける。表紙には『古都探訪ガイドブック』と書かれており、どうやら観光客向けの雑誌であることが分かった。

「なになに…?“運気高揚の蛇神特集。金運・恋愛運編”…?知の民の、何かの宗教ですかね?」

 表紙に書かれている文字を読みあげ、首を傾げる。

「それでこちらには…?」

 次に絵馬を見やる、が、しかし。

「掠れていてほとんど読めないですね…。えっと。“…君とラブラブ……できますように”?」

 辛うじて読むことのできた文字を読みあげ、今度はポンと手を打った。

「おお、なるほど。これが噂の、神頼み、願掛け、という文化ですかね?そうなると、奥の館は社、というものなのでしょうか?」

 興味深げにそれらを観察し、そのまま奥側遠くに見えている館へと目を向ける。だが、直ぐにまた首を傾げた。

「しかし、神頼みや願掛けというものは、資料によれば幸福を願うものというではないですか。それが汚染領域を形作り、しかも敵性体ノイズ化するという事は、よほど強力で濃密な情念エコーが込められていた、という事なのでしょう。何故なのかは、よく分かりませんが」

 それから他の絵馬にも目を向け、内容を読みあげ、時に首を傾げ、時にポンと手を打ちながら、その内容を記録していった。

 そして、十六枚目の絵馬を読みあげた頃。

『…か!?』

「うん?」

 今まで沈黙したままだった通信機器から雑音が聞こえ始める。

『…ら…リード……えるか!?』

「ああ、そう言えば。通信遮断状態になっていたのでした。こちらヴェニス。ドクター・リード、応答願います」

 通信機器の状態から現状を思い出したヴェニスは、雑音の向こう側へと返信を行う。

『…ああ、良かった。聞こえる。大丈夫かい?』

 雑音が徐々に消え、リードの、少し焦りが感じられる声がはっきりと聞こえるようになる。

「申し訳ありません、ドクター・リード。通信遮断能力を持つ強力な敵性体ノイズと遭遇し、交戦。ちょうど中和キャンセルを完了したところです」

『なるほど、それは重畳。では一度、輸送車カーゴに帰還しておくれ。メンテナンスついでに、色々と情報が知りたい』

 最初は焦りが感じられたリードの声も、徐々に冷静さを取り戻していく。ヴェニスは数度頷いたあと、目の前に落ちている冊子と絵馬を見据える。

「了解しました。直ぐに帰還します。ああ、そうでした。貴重な情報源となるオブジェクトを持って帰りますので、浄化の準備もお願いします」

 そして、微笑みを浮かべながらそう口にした。


ここまでのお付き合い、有難うございました。次のエコーシリーズか、別の作品で、またお会いしましょう。

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