昔語りのエコー・Ⅱ 白洲邸内部
その領域は、奥側にある館と、その館の前まで均等に敷き詰められているように見える白砂利という景色から、人々からは白洲邸と呼ばれている。本来の言葉としての白洲とは関係がないらしく、単なる見た目を称したものだという。
「……敵性体反応を小規模で複数確認。腕部装備を起動します」
ヴェニスは、突入後すぐに臨戦態勢に移行。腕に装備したプロテクターを展開して周囲にノイズ汚染対策の防御領域を発生させる。
「これでよし」
『こちらリード。ヴェニス、聞こえるか?』
「こちらヴェニス。中は敵性体の反応が複数ありますね。あと、濃度の程度は違いますが汚染領域が所々にあるようです」
『ふぅむ…。先に知れたのは重畳だったが、その様子だと一時的拠点の確保も厳しそうだ。キミも内部の調査と情念の回収を終えたら、迅速に撤収しておくれ』
「了解しました」
通信を終えると、ヴェニスは敵性体と汚染領域の位置を素早く確認。
次いで円筒形の回収装置を準備すると、視覚端に表示されている情念反応にナビゲート用の印をつけた。
「情念反応、三か所…。汚染領域に接地している、か」
内燃機関の出力を再び上昇させ、飛び石の様に配置された磨かれた石の上を蹴り跳ぶように移動する。響鳴機関の副次作用によって、蹴り跳ぶたびに、金属質の床を踏むときのような音が、後からついていくように響く。
そして。
「これで三か所目。情念、とったどー」
遠回りになりつつも敵性体と汚染領域とを回避したヴェニスは、どうにか無事に最後の情念回収に成功した。
円筒形の装置の中には、三か所分の情念による濃い光粒子の渦ができあがっている。端から見ていると、複数の色に変化する仕掛けを持つ気の利いたインテリアにも感じられた。
「こちらヴェニス。ドクター・ドール、聞こえますか?」
仕事を終え、最後の報告と帰還準備要請のための通信を送る。
『………』
しかし、通信機器から聞こえてきたのは砂嵐とも揶揄される雑音だけだった。つい先ほどまで聞こえていたリードの声は、一切聞こえない。
「これは…。今更ですか…」
何も知らない存在であれば、この状況の急変に驚きの一つもするのだろうが、ヴェニスにとっては慣れたものだった。彼女は手早く視覚情報を整理すると、敵性体の位置情報のみを表示するようにした。
すると、先ほどまで汚染領域として表示されていた場所に敵性体の反応が重なっていることに気が付いた。
(汚染領域から発生した敵性体は、通常の個体と比較して特異な機能を持つ個体が多い。今回は通信遮断能力ですか)
その場に留まり、周囲を見渡す。特に変わったものは見当たらず、音も聞こえないが、敵性体反応が忙しなく移動しているため、警戒を怠ることはない。
(反応は忙しなく動いているが姿は見えない…。これは…)
すると、あれほど忙しなく動いていた反応が、ある場所でピタリと停止した。直後、足元から振動が伝わり始める。
(狙いは、私の真下!)
ヴェニスはそう口にすると、内燃機関の出力をさらに上昇させて後方に飛び退いた。
その次の瞬間、彼女が先ほどまで立っていた場所を粉砕するかのように、地面から大蛇の形を取った黒い霧状の敵性体が姿を現したではないか。それは大量の砂利を巻き上げながら空へと昇ると、すぐさま反転して地面に激突するように着地した。
「狙いは良いですが、残念でしたね」
そのままヴェニスを取り囲むように這い回っている黒い霧を見据え、戦闘用装備の展開を手早く行う。先ほどまで障壁を展開していたプロテクターは、今度は両腕に半透明の青いエネルギー刃を形成するための機構へと変形していた。
「―――――――!!」
ヴェニスの戦闘態勢の完了を感じ取ったか、黒い霧の大蛇が頭を動かし、威嚇行動を取る。同時に全身に紫色の電流が走っていき、その影響か周囲の砂利が空中に浮かんでいく。
「響鳴機関、出力上昇。戦闘解放…!」
凛々しい声をと共に彼女の体から透き通った音が発せられたかと思うと、両腕のエネルギー刃が半透明の青から瑞々しい翡翠色へと変化した。同時に彼女の全身にも力が満ちていく。
「準備完了…。では、いざ尋常に、勝負!」
そして満ちた力のままに、彼女は霧を祓い得る一陣の風となった。