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第20話 焦げる心

 姫佳と美那は学校に着き、美那のクラスの前まで一緒に行く。


「じゃあ、楽しい時間を~」


 美那はニコニコしながらそう告げると、教室へと入っていった。残った姫佳は困り顔でため息をつくと、トボトボと進まぬ足取りで自分の教室へと向かう。

 とりあえず、今日の目標は平静を保つことだ。変に動揺したら、美那みたいにクラスメイトにバレてしまうから。

 …と、心に決めておきながら、教室の扉を開けると、なぜか無意識のうちに席に座っている響に目がいってしまった。

 やばいと思い、目が合う前に視線を逸らす。まだ教室に入ったばかりなのにこの有り様。先が思いやられる。

 一方、響は朝から気怠そうに机に頬杖をついていた。普段もそこまで変わらないと言えばそうなのだが、親友の目から見れば、いつも以上に気怠い雰囲気を醸し出しているのがわかった。


「今日は一段と気怠そうだな」


「倉十が?」


「いやおまえが」


 いつもの流れで姫佳の様子を言っているのかと思いきや、今日ばかりは響の方だったようだ。自分でも気怠いのはわかっているので、“そうです気怠いんです”と相槌を打つ。


「なんかあった?」


「いや、いつも通り平穏な日常を過ごしてる」


 昨日のことは話せないので、こう言うしかない。


「平穏すぎて退屈なんじゃないの?やっぱ俺みたいなさぁー、異能の力に憧れないとダメなんだよ」


「それは無い。断じて」


 この返事だけは曲げられない。異能の力は厄介事を招くだけだ。なにせこの短期間でもう3回も巻き込まれているのだから。…というか、この気怠さの原因も異能の力だと言ってもいい。

 しかし、このことを姫佳の前でも言えるだろうか。…言えないだろう。彼女は異能の力を手に入れたことで、より一層正義感が増している気がする。異能の力を使えば悪い奴を懲らしめられると思っているかもしれない。


「危ねぇよ。やっぱり」


「なにが?」


 思わずポロッと出た一言に貴志が反応する。独り言だったので反応してほしくなかったが仕方ない。


「諏訪の小川原さんへのアプローチ大作戦が」


「おいおい!ちょっと待てよ!なんでいきなりその話!?やべっ…、声がでかい」


 突然の意表を突く一言に貴志は動揺して声を大きくしてしまう。周りからの注目を集めたくないので、慌てて口を手で覆ってブレーキをかける。

 そんな貴志を横目に、響は友人の金山陽希かなやま はるきと喋っている姫佳に目を向ける。……と、姫佳がチラッとこちらに視線を向けてきて、見事に目が合ってしまった。


「はっ…!」


 途端、姫佳は顔を紅潮させ、慌てて視線を戻す。


「どしたの?姫」


「何でもない何でもない」


 陽希が不思議そうに尋ねると、姫佳は何とかごまかそうと苦笑いを浮かべてそう告げた。…まったく、危なっかしいにもほどがある。

 午前中の授業は何とか乗り越え、昼休みを迎えた。弁当を食べた後、廊下を歩いていた響をとっ捕まえて人気ひとけのない体育館裏へと連れ込んだ。


「1つ、約束して」


 姫佳は響の顔の前に人差し指を立ててそう告げる。


「学校にいる時は私のこと見ないように!」


 強い語調と睨み付けるような眼差しだ。破るなんて言語道断。仮に破ればきつい処罰が待ってるぞ――と暗に示すような感じだ。

 だが、響の方も受け入れてばかりではフェアじゃないと思い、こちらからも要求することにした。


「じゃあ俺からも1つ。もう下手に悪い奴を懲らしめようなんて思わないこと。守れるか?」


 響の要求に姫佳は苦い顔を浮かべる。自分の中にある正義感がその約束を拒否しようとしている。…とはいえ、反対に拒否するのは良くないと思う気持ちもある。

 心の中の葛藤。2つの相反する気持ちが頭をぐるぐると駆けまわり、なかなか答えに辿り着けない。


「確かに倉十の行いは正しい。能力を悪用しているやつが絶対的に悪い。…けど、一歩間違えれば命に関わるからさ、懲らしめるにしても突っ走るんじゃなくて、一旦立ち止まって策を練ろうぜ」


 姫佳はその言葉をじっと聴き入っていた。一語一句漏らすことなく心に染み込んでいく。そして同時に心が熱くなっていく―――


「…倉十?」


 響は姫佳の表情に異変を感じる。目が潤んで頬も赤くなっている。その見たことも無い表情にどうしていいのかわからなくなる。


 ダッ…!


「倉十!?」


 突如、姫佳が逃げるように走り出した。響は驚いて引き留めようとするが、彼女は一目散に逃げていってしまった。突然のことに響はどうすることもできず、ただ呆然と突っ立っているしかできなかった。



 昼休みが終わっても姫佳は教室に戻ってこなかった。どうやら早退してしまったらしい。具合が悪いためとクラスには伝えられたが…。

 姫佳は家に帰ってベッドに寝込んでいた。父親は仕事、母親もパートに行っていて夕方まで帰ってこない。静まり返った自室の中で姫佳は火照った顔を枕に押し付ける。


「あーもぉー…猪苗代ー…」


 ――その時、ベッドの傍に置いてあるスマホの着信音が鳴った。


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