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End of tales  作者: 匿名希望のS
6/7

progress or...?

「なぁ忍足。」

 由貴斗の言葉に、忍足は真っ赤な顔を日本酒の徳利から由貴斗に向ける。

 「結婚したい云々って、本気なのか?」

 「んー、まあねー。」

 一言返すと、彼女は視線を再び酒に戻し、ゆっくりと冷えた日本酒を口に運んだ。

 「そりゃあさ、同級生も結婚していく中でさ…私も女だから、憧れも有るよ。親もうるさいしねー。」

 当たり障りのない返事に、由貴斗は次の言葉を模索する。自分には綾乃がいると固い決心をしていても、花總から聞いた忍足の思いが、仮に今も続いているならこの写真部の『四人』の関係は、とてつもない絶妙なバランスで成り立っていることになり、それが崩れ去る事にもなってしまう。

 「そういえばさ、今日牧野に会ったよ。写真部の顧問だった。」

 由貴斗の言葉に忍足は反応する。

 「牧野先生かぁ…懐かしいね」

 「それでさ…卒業式の後にお前が撮った写真、見たんだよ。オレと花總と、綾乃が写ってるやつ。」

 こーんな大きなさ、と手を広げて由貴斗は慎重に言葉を続けた。

 「オレたち、成長してんのかなって…ふと思ったんだよ。」

 「成長…ねぇ。」

 ちびりと再び日本酒を口に入れ、忍足は言った。

 「私は成長してないわ。だから結婚もしたいっていってるけど、婚活とか街コンとか何か行動してる訳でもない。結局、誰かがなんとかしてくれるって子供みたいな期待してるのよ。」

 …やっぱりか。花總は伊達に忍足と同じ職場にいるわけじゃなかった。惚れた女をよく見ているじゃないかと由貴斗は謎の感心をもった。

 「まぁ、それ言ったら由貴斗、あんたもよ。いつでも綾乃ちゃん綾乃ちゃんって、ばっかじゃないの?そんなに言うなら今日連れて来て見せなさいって話」

 「うるせー。」

 由貴斗は徳利ごと残っていた酒を流し込み続ける

 「同じ職場に、いいのいるじゃないか?」

 「なによ?花總君のこと?」

 忍足は訝しげな目をしている。

 「そりゃあ、給料は良いだろうし、男前、そしてやんごとなき家柄…文句は無い物件よ。」

 花總は忍足の中では一等地の豪邸扱いのようだった。

 「そうね…いい加減私たち、成長しなきゃダメなのかもね。」

 「アラサー三人が今更成長もへったくれもねえな。前に進む、と言っておこう。」

 由貴斗の言葉に間違いないわ。と忍足は付け加えた所で、花總が戻ってきた。

 「いやぁ、冷え込みますね。そろそろインフルエンザも出るかも知れませんよ。」

 彼の顔は寒さと酔いでピンク色だが、完全にいつも通りの表情だった。

 「ちょっとー、こんな時にそんな話しないでよ。気が滅入るじゃないー。」

 忍足は手をシッシと払いのけるように動かし笑う。笑い声が座敷に広がった。

 「はいよー」

 店主が座敷の扉を開ける。

 「〆の雑炊だ!理華ちゃんには卵サービスしとくからね!」

 「おっちゃん!さすが!」

 こうして、一波乱起こりそうで起こらなかった小さな同窓会は、終わりを迎えた。しかし、大きな歯車は、この海辺の街で確実に動きだしたのだった。


 「本日は、取り乱してすいませんでした。」

 『道連れ』を出て忍足を家の前まで送り届けた所で、花總が由貴斗に言った。時刻は11時を五分ほど過ぎた深夜、相変わらず海風が吹き付ける寒さだったが、星が綺麗に輝くほど晴れ渡っている。

 「気にすんな。しかし、お前が後からそのしゃべり方になったの、さっき思い出したんだよ。」

 「そう…ですか。」

 花總は驚いたように目を見開き答える。

 「きっかけが思い出せねえ…何かが有ったはずだが」

 歩きながら腕を組んで考える由貴斗の横で花總はライターで煙草に火をつけた。

 「本当に、何も?」

 そう言って由貴斗の反対側に顔を向け、花總は煙を吹く。

 「ああ、冷静に考えたら、卒業式の前後を殆ど思い出せねえ。はっきりと思い出せるのは、綾乃の前に三人で行ったときだ。」

 由貴斗は花總に、今日母校で牧野教諭と会ったことや、忍足の写真を見てなにも覚えていなかった事を話した。

 花總は何も言わずに黙ってその話を聞く。そして煙草をくわえたまま、先程の由貴斗と同じ様に考え込んだ。

 「なるほど…」

 チリチリと燃える煙草の火が、寂しげに光る。

 「なにがなる程だよ。」

 「いえ。医者という職業柄この手の話は無視はできないものでね。」

 花總は煙草をもみ消して携帯灰皿に入れながら言った。

 「おいおい…怖いこと言うなよ。」

 由貴斗は自分がまだ、何かしらの病気になるような年齢ではないと信じ込むようにそう言った。

 「まぁ、精神科や脳外科的な話は僕の専門外ですから。もし、気になるのならば紹介状書きますよ?」

 花總が茶化した口調でそう言った所で、2人は由貴斗の家の前まで歩いていた事に気がついた。


 「じゃあ、また明日な。」

 「ええ、昼過ぎに合流しますよ。」

 花總が言う。

 「別に気を使わなくてもいいのにさ…」

 由貴斗がそう言うと花總はデートの邪魔をするほど野暮な男じゃ無いですよと笑った。

 「では、おやすみなさい。」

 花總がそう言って背を向けた所で、

由貴斗は彼を引き止める。

 「あ、そうだ。」

 「どうかしましたか?」

 花總が再び由貴斗の方を向く。

 「オレがこんな事言えた義理じゃねえけどさ、忍足のこと、諦めんなよ。」

 「どういう意味で?」

 花總は笑顔のまま、問いかけた。

 「まぁ、みんな進まなきゃダメだって話をしてたってだけさ」

 由貴斗はそう言うと、空を見上げる。無数の星が彼の目に飛び込んできた。この沢山の星達と同じように、人間も多数存在し、それぞれが各々のドラマを抱えている。

 「よく分かりませんが、貴方の言うことですから、信じてみますよ。それじゃ、おやすみなさい。」

 花總はそう言うと、再び由貴斗に背を向けて歩き出す。由貴斗は彼の背中が暗闇に溶け込むまで、静かに見つめていた。

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