crucify my youth memory
drop tears...
lost my memories...
翌日の朝、昨日の寒さが尾を引いているが太陽は眩しく街を照らしている。一年ぶりに自室のベッドで目を覚ました由貴斗は、母親が掃除をしてくれていたものの少し埃っぽい空気に嫌気が差し早々に一階の食卓へと足を運んだ。
「あら、もう起きてきたの?」
テレビ画面から視線を逸らし、由貴斗の母親が声をかけた。液晶画面上のワイドショーでは、年末にさしかかるということもあり、今年の芸能ニュースをまとめたフリップが映し出されている。
「もうって8時だろ…オレがいくつになったと思ってんだよ…」
寝巻きのまま、由貴斗はファンヒーターを足元に手繰り寄せ食卓についた。母親はなにも言わずに朝食を並べる。
「はい、簡単なご飯だけど」
「あんがと…」
実家に帰るといつまでも子供扱いなのは仕方がないが、こう見えても自活しているんだぞと由貴斗は帰省の度に言いたくなるが、結局はそれにあまえている自分がいることに気づき、それはそれで親孝行なのではと理由を付けている。
「由貴斗、今日の同窓会行かないんだって??」
「ああ、そうだよ。」
底が半分見えるビンからジャムを掻き出す由貴斗に母親は問いかけた。
「あんまりこういうこと言う年じゃ無いのも分かってるけどさ、一度くらい顔出したら?」
由貴斗は無言でビンをかき混ぜていたが、どうにも量が足りないとわかるとバターナイフを置いた。
「いいんだよ。二次会は行くし、何より…やっぱり色々と辛いんだわ」
母親は一呼吸置き、そう…というと再びテレビのワイドショーに目を戻した。
「ただ、ちょっと学校には行かなきゃだめだからな…先生には挨拶してくるわ。」
「あらやだ、あんたスーツとか手土産とか持ってきたの?」
母親は再び顔を由貴斗に向け、焦るように言う。
「母さん、大丈夫だから…」
いつまで経っても親にとって、息子は息子であることを、由貴斗は実感し思わず笑みがこぼれるのだった。
小高い山の中腹にある由貴斗の母校である高校は、相変わらず寂れていた。昭和末期に建てられたら校舎は所々白色の塗装が剥げ落ち、海風に晒されグラウンドを囲うフェンスには錆びも見受けられる。
土曜日のグラウンドから聞こえる運動部の練習の声に、どこか懐かしさを感じながら由貴斗は受付を済ませ職員室へ向かった。
「失礼します」
スライド式のドアをあけ、由貴斗の声が暖房で熱気に包まれた職員室に響く。生徒の物ではないその声に複数の教師たちの視線が集まる中、奥から一人の男性教諭がズカズカと大きな体を揺らして歩いてきた。
「おー!久しぶりだな!スーツなんか着やがって!」
「牧野先生、お久しぶりです」
ジャージ姿の牧野教諭は、薄くなった髪以外は昔と変わらなかった。筋骨隆々な肉体だが、化学教師らしくパリッとした白衣をYシャツの上に羽織っている。
「なんだ、手土産あるんか?」
挨拶もそこそこに牧野教諭は由貴斗の右手に持たれた紙袋に目を落とす。
「ええ、そりゃオレももう
アラサーですもん。これくらいの礼儀は知ってますよ。」
そうかそうか!と由貴斗の背中を叩くと、職員室のドアを開け、こう言った。
「まぁ、ゆっくりできるところ行こうや」
二人で後者を歩く中、階段へさしかかる。
「ほれ、これ見て見ろ。」
牧野教諭は寒さの為か白衣のポケットに両手を突っ込んだまま、顎で踊場の壁に貼られたパネルを差した。
「これ…」
A1サイズ程に引き延ばされた写真が額に入って飾られている。
「なかなかいい写真でな…お前らが卒業したあとに当時の校長に頼んで色々と使わせてもらったんだよ。学校案内パンフレットとかでもな。」
由貴斗は口を開いたまま、写真を見つめる。そこにはブレザー姿の由貴斗と花總が、卒業証書の筒を片手に肩を組んで笑顔で立っていた。しかし由貴斗はその隣にいた人物に目が釘付けとなった。綾乃だ。少し離れた位置でやんちゃそうな笑顔の二人をにこやかに見守っている。
「ああ、忍足さんだったかな、この写真撮ったのは。」
牧野教諭は写真を見つめる由貴斗が写っていない忍足を探しているものと思いそうつけたした。
「先生、この写真…」
「うー、とりあえず寒いから先行こう。お前は厚着してるが白衣ってのは薄いんだよ」
由貴斗の言葉を遮り、牧野教諭は足早に歩き始めた。