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八話 魔法学園

 今日は授業がないらしく、イライザから諸連絡を受けた後そのまま下校することとなった。

 そうして、エレナに言われていた通りこれからの住処となる学生寮を探そうと席を立ったところで、隣から声がかけられた。


「どこに行きますの?」

「え、いや、学生寮に行こうとしたんだが」

「それでしたら、その前にわたくしがこの魔法学園をご案内いたしますわ。いいですか?」

「あ、してくれるのか」

「当然です。イライザ先生に言われましたもの」


 だから仕方なく、という部分を強調するようにカティーナが応じる。


 てっきり案内してくれないものだと思っていたユリエルは、挨拶を返してくれた時と同様に驚く。

 それから得心がいったように小さく頷いた。


(なるほど、根は真面目なのか……)


 思えば、三百年ぶりに目覚めたあの日、自分に決闘を挑んできたのだって、過去の偉人を思ってのことであってユリエルの正体など知らないカティーナには全くの非がない。

 第一印象が最悪だったせいで嫌いかけていたが、よくよく考えると彼女の在り方はユリエルにとって好意的に見えた。


「なんだか、お前となら仲良くやっていけそうな気がするよ」

「勘違いしないでくださるかしら。わたくしがあなたを案内するのは、イライザ先生に――」

「あー、わかったわかった。とりあえず案内を頼むよ」

「――、ついてきてください」


 見透かしたようなユリエルの態度を苛立たし気に睨みながら、自分の後をついてくるようにカティーナは指示する。

 教室に残った者たちからの視線を背中に感じながら、ユリエルは彼女を追従した。


 イライザに連れられた廊下を戻り、建物を出る。

 振り返って改めて見てもやはり立派な造りで、少なくとも三百年前にはこれほどまでに堅牢な建造物はなかった気がする。


(やっぱり、技術も進歩しているんだな……)


 昔、敵に占領された城塞の壁を拳で破壊し突撃した記憶があるが、果たしてそれが今の時代でもできるのか。

 ……などと、くだらないことに考えを巡らせていると、カティーナに「こちらですわ」と先を急ぐように呼ばれて慌てて追いかける。


「……それにしても、あなたの名前は本当にユリエルでしたのね」


 横並びで歩いていると、カティーナがぼそりと前を向いたまま呟いた。


「まあ、な……」

「だからといって、あなたがあの場でユリエル=ランバート様の家名を名乗ったことには変わりありませんわ。わたくしは絶対にあなたを許しません」

「許さないって、どれだけその剣聖のことが大切なんだよ。会ったこともないだろうに」


 カティーナの異常なまでの崇拝に、ユリエルは思わず聞き返す。


 どうしても理解できなかった。

 なぜ過去の人物をそれほどまでに敬っているのかが。


「当たり前のことですわ。何もわたくしがおかしいわけではないです。幼少期、誰もが眠りにつく際にベッドの傍らで読み聞かされる一人の英雄の物語。それこそがユリエル=ランバート様の伝記ですわ。初めてそれを読み聞かされたとき、わたくしは感動しましたもの」

「……へ、へぇ」


 思わず顔を引き攣らせる。

 物語の中の自分がいかに脚色されているのかを想像して。


「そして今、この年になって改めてユリエル様の功績の偉大さを知り、どうしてユリエル様を敬愛せずにいられますの?」


 今度はカティーナが、理解できないとその青い瞳を真っ直ぐに突きつけてくる。


 なるほど、ユリエルはどうやら理解が足りていなかったらしい。

 やはりこの時代における人々の自分に対する認識は、それこそただの英雄に留まっていないのだ。


「もしかして、ユリエル様の伝記を読まれたことがなくて?」


 聞かれて、ユリエルは正直に頷いた。

 すると、カティーナは目を見開き、口元に右手を添えて、


「そ、それはもったいない! よろしければユリエル様の伝記をお貸ししますわ」


 と、そんな提案をしてきた。


 一見したところ、彼女が随分と自分に打ち解けてくれているような気もするが、実際のところは違うことをユリエルは勘違いすることなく理解していた。


 彼女がどうして自分にそんな提案をしてきたのかといえば、それはひとえに自らが陶酔する《剣聖》ユリエル=ランバートの功績を知ってほしかったからだろう。

 自分の伝記。変な気もするが、この時代の認識を学ぶには必要なものかもしれない。


 ありがたく、その申し出を受けることにする。


「あー、それはありがたい。俺もユリエル……様の伝記を読んでみたかったしな」


 自分を様付で呼ぶのはどうにも気恥ずかしいのだが、呼び捨てしようとした瞬間にカティーナがこちらを天敵を見るような目で睨んできたのだからしかたがない。

 同じクラスに所属することになったのだ、これから先彼女には色々と世話になるかもしれない。無闇に敵対しない方がいいだろう。


「そういえば、どうしてお前の周りだけ人が座っていないんだ? 少し気になっていたんだが」


 道を歩きながら、少しでも彼女との仲を深めようとユリエルは話しかける。

 すると、その問いにカティーナは僅かに顔を伏せた。


「わたくしが公爵家の人間であることと、この歳で《魔導師》の称号を授かっていることが原因していますの。みなさん、わたくしに遠慮されるので。――それに」


 そこで言葉を区切り、立ち止まる。

 続いてユリエルも立ち止まり、振り返った。


「どうかしたのか?」

「――ッ、い、いえ、なんでもありませんわ」

「? そうか……」


 ユリエルの声かけにカティーナは僅かに肩を震わせてから、取り繕ったような笑みを浮かべて再び歩き始める。

 そうしながら話を逸らすかのように言葉を紡ぐ。


「それにしても、あなたはやはり変わっていますわね。なんの遠慮もなしにわたくしに話しかけてくる方をわたくしはあまり知りませんもの」

「……もしかして、友達がいないのか?」

「い、いますわよっ! ……少しなら」


 最後にぼそりと呟かれた言葉がなんとも虚しい。

 顔を背ける彼女の姿を見て、ユリエルは思わず――


「なあ、もしよかったら俺と友達に――」

「それは遠慮しておきますわ」

「だよなぁ……」


 この雰囲気ならばあるいはと思って聞いたのだが、即座に断られてしまった。取り付く島もない。


 これから魔法を学んでいくのであれば、親しい者をつくるのもまた必要なことだ。

 だがどうやらその道のりは険しいらしい。


 ユリエルは密かにため息を吐き、肩を落とした。


 ◆ ◆


「――魔法学園のちょうど中心に位置しているのが、この塔ですわ」


 足を止めて、カティーナが魔法学園で一番高い建造物――最上階に学園長室のある塔を手で指し示した。

 塔の先端に取り付けられた巨大な時計は魔法学園全域から見ることができるそうだ。


「そして、この塔を中心に魔法学園は全部で四つの区画にわけられますの。西側が商業区、東側が農業区、南側が居住区、そして先ほどまでわたくしたちがいた北側が学園区になっていますわ」

「本当に一つの街になっているんだな」


 塔から見下ろした時には感じていたが、魔法学園なる施設は相当に広い。


 正確には商業区や農業区は学園創設時にやってきた商人たちの手によって形成されたもので、魔法学園の施設というわけではないらしいが、今では外部からはこの四つの区画を魔法学園として捉えられているのだそうだ。


「農業区はわたくしたちには直接の関係がありませんから省くとして……学園区がどのような場所なのかはわかりますわよね?」

「要するに学校だろ? 校舎とかがある」

「その通りですわ。他にも魔法の訓練施設や研究施設などがあります。その辺りの案内は、後日、必要な時にいたします」


 次いで、カティーナは西側に体を向ける。

「商業区は言葉通り商業施設が立ち並ぶ区画ですわ。こちらは実際に行ってみた方がいいかもしれませんわね」


 そう言って、カティーナは足早に歩み始める。

 塔を囲う広場を抜けて少し歩くと、そこは活気で満ち溢れていた。


「これは凄いな…‥」

「この区画では学園長であるエレナ様が許可を出した商人以外、店を開けない決まりですの。学園が休みの日は買い物をする方たちで溢れかえっていますわ」

「へぇ、エレナ……様公認の店か。それは安心だな」


 呼び捨てにしようとして、またもやきつく睨まれ、ユリエルは慌てて敬称を後につける。

 旧友、あるいは妹分であるエレナに様付けというのはなんとも居心地が悪い。

 そんなユリエルの気持ちなどあずかり知らないカティーナは学園内の案内を続ける。




「――そして、こちらが居住区ですわ。ここは学生寮や、商業区や農業区で働いている方たちの家々が集まって形成された区画ですの。あなたの学生寮はどちらです?」

「えーっと、確か第二号館……だったかな」

「……わたくしと一緒ですわね。ここまでくると、何か悪意のようなものを感じますわ」


 青い目を細めて、カティーナは不満げにそう口にする。


「そう言うなよ。まあほら、クラスも寮も一緒なんだから仲良く――」

「しませんわっ」


 強く言い残し、カティーナは寮へと歩き出す。ユリエルは慌てて追いかけた。


 三百年前とはすっかり変わった家並みを眺めていると、目的の第二号館に辿り着いたらしい。

 建物の中に入ったユリエルは、カティーナに言われて一階の広間で待つことになった。


 学生寮自体もかなりの規模で、しかもレンガと石を併用したがっしりとした造りになっている。

 外見からもわかるぐらいに、一部屋一部屋がそれなりに広そうでもある。


 あの頃――邪竜討伐のために世界を放浪していたころは野宿が基本であった。


 それも思わぬ夜襲に対応できるように、意識を半分覚醒させたままの睡眠。

 体が休まるだけで、決して心は休まらない。


 そう言った生活を送っていたユリエルにとっては、寝床がきちんとあり、夜襲の心配もないこの学園はまさに楽園と呼ぶにふさわしい。


「お待たせいたしました」


 広間の隅に置かれてある長椅子に腰掛けて物思いにふけっていると、戻ってきたカティーナが発した声がユリエルの意識を現実へと引き戻す。

 彼女が腕に抱える一冊の本を見て、ユリエルは思わず苦笑した。


「伝記って、そんなに分厚いんだな……」


 五百ページほどだろうか。

 鈍器にもなりそうなその本を見て、ユリエルは陳腐な感想を零す。


「当然ですわ。ユリエル様の功績は、それこそ本一冊におさまりきるものではありませんもの」

「ああ、はいはい。じゃっ、ありがたく借りることにするよ。まあ急いで読んで返すから」

「別に急がなくても構いませんわ。わたくし、その本を別にまだ持っていますもの」

「はぁ!? こんなに分厚い本をか!?」

「ええ、当然」


 金色の髪を右手で掬い上げ、カティーナは自慢げに胸を張る。

 それほどまでに、彼女のユリエルに対する敬意は絶対的なものなのだろう。


(俺がそのユリエル=ランバートって知ったらどんな反応をするのかね……)


 失望の色に染まるであろう彼女の反応を想像して、ユリエルは密かにため息を吐く。

 すると、カティーナが思い出したように言葉を発した。


「それと、その本はお貸ししますが今日はあまり読まれない方がいいかもしれませんわね」

「ん、どうしてだ?」


 剣聖を敬愛する彼女のことだ、てっきり早く読めと急かしてくるものと思っていた。


「だって、明日は重要な試験の日ですもの。いかにユリエル様の伝記が素晴らしかろうとも、だからといって勉学を疎かにしてはいけませんわ」

「……はい?」

「あら、その反応ですともしかしたらご存じありませんでしたの? 明日は中期試験。成績いかんによって下級の第一階級に落とされるなんてこともあるかもしれませんのよ? ……とはいえ、第二階級に飛び級編入したあなたには杞憂なのかもしれませんけれど」


 カティーナは唇を尖らせながら、どこか拗ねたように続ける。


「……ええ、あなたは魔法の腕は確かなのかもしれません。ですが、今回の試験はわたくしが勝たせていただきますわ。もし万が一、あなたのような狼藉者に今回も負けるようなことがあれば、わたくしはユリエル様に顔向けできませんもの……!」

「いや、別に顔向けしていいぞ」

「あなたのことではありませんっ!」


 ユリエルが返した言葉に、カティーナは心外だと否定する。


「なあ、一つだけ教えてくれないか?」

「なんですの?」


 そっぽを向くカティーナに、ユリエルは恐る恐る問いかける。


「明日の試験って、どういう内容なのか参考までに聞かせてもらってもいいか?」

「どういう内容も何も、明日は筆記試験ですわ。歴史をはじめ、魔法学などの――」

「それって、計算とかもあったりするよな?」

「え、ええ、もちろん」

「なるほど、よくわかった。――悪いが、筆記試験とやらでも勝たせてもらうぞ」


 カティーナの答えを聞いて、ユリエルは先ほどまでの不安はどこへやら、自信に満ちた態度で宣言する。

 隠すことなく溢れ出る自信を前に、カティーナは堪らず後ずさりした。


「な、なんですの、急に……」

「言っておくが、俺は同年代の中でも飛びぬけて優秀だったんだ。特に計算においてはな。ま、そう言うことだ。とりあえず今日は案内してくれてありがとよ。それじゃあな」


 カティーナに挨拶を残してユリエルは上機嫌でエレナから聞いていた自分の部屋へと向かう。


 そう、嘘偽りなくユリエルは計算を得意としていた。

 同年代の中でもその正確さと速さは群を抜いていたのだ。


 そして歴史。

 歴史に出題されてくるような時代で生きていたユリエルにとって、そんなものは過去の思い出を引き出し、綴る程度のものでしかない。


 つまるところ、いかに何の準備もなく行われる筆記試験であろうと、彼がカティーナに負ける道理はないのだ。

 そして、ここで彼女に試験においても勝利することで、自分のことを認めさせることに繋がるかもしれない。

 ……少なくとも、狼藉者という汚名を消し去る程度には。


「――よし、明日のために今日は早く寝るかっ」


 そう意気込みながら、ユリエルは自分の部屋の扉を力強く押し開けた。

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