七話 カティーナ=ミルフォード
「だー、いい加減離せって!」
螺旋階段を下りながら、ユリエルはイライザを振りほどいた。
そしてそのまま睨みつける。
女性ながら身長の高いイライザの目線はちょうどユリエルと同じぐらいか。
黒いスーツも見事に着こなしている。
カッコイイ、と形容するのが相応しい女性だ。
しばしの間睨み合いが続く。
先に折れたのはイライザの方だった。
「そんなに睨まなくてもいいだろう。私は君の担任だ。君が今後魔法学園で過ごしていく上で一番頼れる存在になると思うけれどね」
「俺も今朝まではそう思っていたよ。だが、教師が生徒を殴るとか普通に考えておかしいだろ。――断言する、あんたは教師に向いていない」
「それについては安心したまえ。いつもであればきちんと寸止めしている。さっきのは君が明らかに私の殺気に気付いていたのがいけない。避けられるとわかっていて寸止めできるか? 後、私が教師に向いていないことについてだが、それは当然だろう。私は別に、教師をやりたくてやっているわけではないのだからね」
「……は?」
イライザの言葉に、ユリエルは目を丸くする。
「私は元々この学園の生徒でね、その実力が評価されて卒業後もこの学園で教師なんてのをやっている。無論断ってもよかったのだが、魔法学園の教師というのは私の目的に合致していてね」
「目的?」
眉を寄せながらユリエルは問う。一瞬の間をおいて、イライザが口を開いた。
「……私は強い者と戦いたいんだよ。魔法使いでありながら先ほどのように肉弾戦を鍛えているのは、ひとえに《剣聖》の影響だ。――知っているか? 彼の剣聖は魔法を使えない時代に生まれながら、魔法を手にしている私たちよりも遥かに強かったそうだ。それを知ったとき、私は興奮したよ。ああ、願わくば一度戦えたなら……」
自分の世界に入り込み、陶然と天井を見上げるイライザ。そんな彼女をユリエルは顔を引き攣らせながら見つめる。
「だからこそ、私は思ったのだ。魔法よりも何よりも、体を鍛えるべきだと。剣聖のような強靭な肉体を手にしてから魔法という技術を習得するべきだとな。まあ、魔法学園に勤める身として最低限の魔法に関する心得はあるつもりだが。――っと、すまないな。少し話が逸れた」
こほんと一息ついて、今度は真剣な表情を浮かべる。
そして自らの生き方を口にした。
「私が魔法学園で生徒を育てているのは、強くなった彼らと戦う為だ。そのために私は教師をやっている」
「……あんた、マジで教師には向いてねえよ」
つまるところ、このイライザ=キャラトルという女性はただの戦闘狂らしい。
ユリエルは面倒くさそうに頭を掻くと、半眼でイライザを睨みつける。
彼女がただの戦闘狂であることは理解した。
だが、まだ何か腑に落ちない。何かが引っかかる。
胸の内にわだかまる違和感の正体を探っていると、イライザが身を乗り出しながら提案してきた。
「それにしても、君は相当強そうだ。是非とも今度は正式な場所で手合わせ願いたいものだが」
「お断りだ」
イライザは肩を竦めて「残念だ」と呟くと、ユリエルの背を向けて歩き出す。
彼はその背中に続いた。
やがて塔を出て長く広いレンガで舗装された道を突き進む。
少し離れたころにそびえたつ五階建ての建物。
イライザはそこに入った。
「少し待っていたまえ。私が入ってこいと言ったら入ってくるんだ」
最上階である五階まで上がり、その奥にある部屋の扉の前でそう言われて、ユリエルは大人しく扉の前で待つ。
満足そうに頷くと、イライザは室内へ入っていった。
少しして――
「――入ってきたまえ」
その声が耳に届くと同時に、ユリエルは部屋――もとい、教室の扉を開けて中に入る。
すると、
「ちょ、ちょっと! どうしてあなたがここにいますのっ!?」
先日決して小さくない因縁を生んだばかりの少女の驚きと困惑に満ちた声が、ユリエルを出迎えた。
がたりと、座っていた席から立ち上がり、ユリエルを見下ろす金髪青目の少女――カティーナ。
その表情には明らかに嫌悪の色が窺える。
「ああ、そうか。君たちはすでに顔見知りであったな」
どうやら決闘の一件を知っているらしいイライザは、楽し気に笑みを浮かべながら頷く。
イライザだけではない。魔法学園に通う者のほとんどが二人の決闘のことを知っている。
それだけ、カティーナ=ミルフォードという少女は注目される存在なのだ。
何せ、カティーナの経歴と言ったら――
「イライザ先生っ! どうしてこの狼藉者がここにいるのですかっ?」
「なんだ、話を聞いていなかったのか? 彼が今日からこのクラスに編入することになった――」
カティーナの叫び声に応じながら、イライザは視線をユリエルに向ける。
その視線の意図するところを察したユリエルは、
「えーっと、ユリエルです。家名はありません。魔法に関してはど素人なんでよろしくお願いします」
と、簡潔に名乗った。
その振る舞いに毒気を抜かれたように、カティーナは唖然とした表情を張り付けて呆然と立ち尽くしている。
「聞いての通りだ。ちょうどいい。カティーナ、君が彼に学園内を案内したまえ」
「!? わたくしがですかっ!?」
「君ならば少なからず彼と接点があるだろう? 何かと話しやすいはずだ。これからはクラスメートになるんだ、じっくり親睦を深めたまえ」
不服そうに苦々し気な表情を浮かべるカティーナにはこれ以上は取り合わないと、イライザは手をひらひらと振る。
やがて諦めたようにカティーナは不満げに席に着いた。
「まあそういうことだ。君は彼女の隣に座るといい」
「…………」
無言でユリエルは指示に従う。
話したこともない者の隣よりも、例え悪印象を抱かれていても知っている者の隣の方がいいだろうと判断したのだ。
階段状になっている通路を上り、カティーナの様子を窺いながらその隣に腰掛ける。
彼女の席は教室の真ん中。その周囲には不思議と誰も座っていない。
「えーっと、まああれだ、とりあえずよろしく頼むよ」
「……よろしく、お願いしますわ」
三人掛けの木製の古びた長椅子に座ったユリエルは、不満げに顔を背けているカティーナに声をかける。
それに対して不貞腐れたような態度で返してきた彼女の行動に、ユリエルは一応返事はしてくれるのかと意外そうに目を丸くした。




