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三話 決闘の結末

 土塊が衝突した腹部をさすりながら、ユリエルはこの場にいる誰よりも今起きたことに関しての説明を求める。


「っ、《アン・クロディ》!」


 ある程度の実力の持ち主なのか。

 困惑による停滞は一瞬だけ。


 カティーナは溢れ出る困惑を飲み込むために口を引き結び、すぐさま同じ魔法を放つ。

 再度放たれた土塊。狙いは変わらずユリエルの腹部。


 だが、今度は――


「よっと……」


 ユリエルは右手で土塊を掴み取り、握り潰した。

 パラパラと、開いた右手から砂と化した粉塵が零れ落ちる。

 そして、今の感触を確かめるようにユリエルは右手を見つめた。


 そんな彼をよそに、カティーナを含む周囲の人垣からは一層深い動揺が生まれている。

 一体どんな手品で土塊を掴み取り、無力化したのか。


 その疑問の渦中にいるユリエルは、しかし自分の右手を見つめ続ける。

 やがて、得心がいったのか深く頷いた。


 人族が魔法を使えたことに驚いたとはいえ、どうして剣聖であるユリエル=ランバートが少女の初撃に反応できなかったのか。


 ――そんなことはあり得ない。


 今の土塊よりも遥かに早い速度で攻撃を放ってきた敵とは何度も相対したし、その攻撃を避け、防ぎもしてきた。

 ユリエルからすれば、少女の攻撃はひどく遅く見えている。

 目で追えてもいた。

 だが、結果は手傷を負わなかったとはいえ無防備にも腹部に直撃を食らってしまった。


 しかし、それが答えだった。


 つまり、ユリエルの剣聖として培ってきた経験が少女の攻撃を全くもって脅威であると認識しなかったのだ。

 攻撃を、攻撃と判断しなかった。

 そのことを、今まさにユリエルは確信した。


 手のひらで受け止めた土塊。

 それを握り潰した感触は、なるほど攻撃と認識するレベルに達していない。


(……それにしても、他の奴らは俺が対抗魔法を使ったとか言っていたが)


 もちろん、ユリエルはそんなものは使っていない。

 使えない。


 けれど、今のでユリエルは確信をもつ。

 この決闘、やはり負けるわけがないことを。そして同時に、勝てないということも。


(何せ、魔法を使えないからな)


 決闘の条件、魔法のみによって勝敗を決する。つまりは肉弾戦の禁止。

 永い眠りから起きたばかりで自分の行動を制限され、苛々とした挙句やけくそ気味に決闘を受けてしまったことを一瞬後悔したが、少女の魔法が自分に通じない以上少なくとも負けはない。


 だが、ユリエルが魔法を使えない以上勝利に終わることも――


「っ、狼藉を働く割には中々の腕前ですわね! まさか、わたくしに認識させることなく対抗魔法を行使するなんて……」

「え、うん……?」

「ならば、わたくしも全力を出せるというもの……覚悟しなさい!」


 魔法を使ったと勘違いされ、困惑するユリエル。

 しかし、カティーナが自分を睨みつけながら叫んだと同時にぞわりと背筋に寒気が走る感覚を覚えて、即座に地を蹴り跳躍した。


 ――直後、


「《エンハルビ・スティリア》!」


 周囲の地面に敷かれたレンガがボコッという異音と共に盛り上がり、そこから氷の柱が幾本も現れ、ユリエルを貫かんと迫りくる。


 〝剣聖としての勘〟でいち早く宙に跳躍していたユリエルは、地面から突如として生えるように現れた氷の柱を目視すると、宙で僅かに身をよじりながら回避。

 その後、勢いを失い停止した氷の上にとんっと軽い調子で飛び乗った。


「……なるほど、これはすごいな」


 地上から三メートルほどの場所に立ち、ユリエルは感嘆の声を漏らした。

 しかしそれは決して、魔法によってこの埒外の現象を生み出したカティーナに対するものではなく――


「――魔法学園。中々立派な施設のようだな」


 高みから見える辺りの景色に対するものであった。


 魔法学園と聞いてもユリエルの想像にあったのは、彼自身が生きた時代の学び舎程度のものだ。

 つまり、ぼろい古屋に集って算術や剣術を教わるだけの場。


 しかしここは違う。


 見渡す限り整然と聳え立つ建物の数々やレンガで舗装された道は、ユリエルの想像を逸していた。

 これが時代の変化というものか。


 改めて自分が新時代に目覚めたことを自覚する。

 そうして彼が辺りを見渡している間、地上ではカティーナが唖然とした面持ちで見上げていた。


「あの一瞬で身体強化魔法までッ、あなたは、一体……!」


 自身が放った魔法を難なく躱し、その先端に悠然と佇むユリエルに対して、カティーナは声を震わせる。

 無論、やはりユリエルは身体強化魔法など使っていない。


 ただ、彼女たちの常識が今の行為を身体強化魔法によるものだと思わずにはいられない。

 軽く跳んだように見えたにも関わらず地上三メートルまで跳躍するなど、魔法なしでは不可能なはずなのだから。


 陽の光が魔力を帯びた氷の柱を貫き、辺りに幻想的な光景を生み出す。


《エンハルビ・スティリア》――指定した一帯の地面から幾本もの氷の柱を現出させることで敵を穿つ、カティーナが持ちうる魔法の中でも上位に分類される魔法。


 これが防がれた以上、カティーナは認めなければならない。

 目の前の不埒者が、強いということを。


 辺りを見渡し終えたユリエルは視線をカティーナたちに戻す。

 誰も彼もが自分に対し、畏怖に満ちた表情を浮かべている。

 その様子を見ながら、一つの妙案を思いつく。


(……待てよ、普通に動いただけで魔法と勘違いされるのなら、倒した方によってはもしかしたら)


 魔法によって倒したと思わせることができるのではないか。


 この決闘における唯一の障害である肉弾戦の禁止。

 それによってユリエルの勝利はないものと思っていたが――


 にやりと、意地の悪い笑みを浮かべる。

 上空に吹く激しい風にユリエルの長い銀髪は靡き、その笑みと相まって一種の美しさを見る者に抱かせる。


 三百年の月日が経ち、かつての友たちが生きているのか定かではない。

 この時代に居場所があるのかすらわからず、目的もない。

 たが、ひとまず今は自分の愛剣を取り戻す。


「とりあえず、今は目の前のことに集中だな」


 いつだって、あの時邪竜を倒した時だって、後先考えず目の前のことを考えて動いてきた。

 ユリエル=ランバートはどのような状況であれ、そうやって今を精いっぱいに生きてきたのだ。


「何を笑っていますの――ッ」


 その笑みを挑発と受け取ったカティーナは、カッとしながら自身が生み出した氷柱に魔力を注ぎ込む。氷柱から青白い魔力が溢れ出る。


「――っと、ぶねっ」


 魔力を得た氷柱は突然活動を再開し、ゴゥと風を切りながら再びユリエルを貫かんと地上から迫る。

 ユリエルは空中でその一本一本の動きを見切りながら回避し、氷柱に着地してはすぐさま跳躍する。


 そうして回避に集中している状況を、カティーナは見逃さない。


「《クウィンク・クロディ》!」


 突如、周囲から歓声が沸き出る。

 二つの魔法を同時に発動したカティーナの妙技に賛辞の声が投げられる。


 ユリエルは今、氷柱の攻撃を回避するために無防備にも空中にいる。

 そんな彼に迫るのはカティーナが生み出した土塊――都合五つ。

 狙いを過たず、真っ直ぐにユリエルの全身を穿たんと飛翔する。


 ――勝ったッ!


 勝利を確信したカティーナは拳をグッと強く握る。

 しかし、ユリエルの表情に焦りはなかった。


「数が増えても無駄だぜ、っと」


 襲い掛かる五つの土塊が全身を貫かんと縦一直線に並んだその瞬間、宙で身動きがとれないはずのユリエルは不敵な笑みを浮かべ――腕を縦に一閃。


 残像が見える速度で振り下ろした腕は五つの土塊をいともたやすく両断する。

 と同時に、ユリエルは背後から自分に迫っていた氷柱に飛び移った。


「っ、いい加減……ッ、《クウィンク・クイドフレメア》!」


 あれほどの魔法攻撃をものともせずに防ぎきってみせたユリエルに若干の苛立ちを抱きながら、しかしカティーナは即座に魔法を行使する。


 詠唱の直後、今度は五本の氷槍が燐光を散らしながら彼女の周囲に現出する。

 それを見ると同時に、ユリエルは自分が立つ氷の柱を蹴り、飛翔する。


 超速で放たれた氷槍を手刀でいなし、躱しながら地上へ降り立つ。

 鋭い視線をカティーナへ向けながら、ユリエルは足に力を集約させる。


 直後、地面を踏み抜いてカティーナとの距離を詰める。その衝撃でレンガ造りの道は破砕する。


「――ッ」


 表情に焦燥の色を覗かせながらユリエルとの距離を保とうと、カティーナは後退する。

 しかし、ユリエルの速度はカティーナの動きを遥かに上回っている。


 数十メートルもあった両者の差は一瞬にして半分以下に縮まる。


「《テッラ・マトフィーラ》!」


 それを見てカティーナは距離を取るのを諦め、即座に方針を変える。

 自分が離れるのではなく、ユリエルに近づかせないように。


 地面に手を添えて何か詠唱をすると同時に辺りの地面が凍り付く。

 その冷気は超速で迫るユリエルの足にも纏わりつき、彼の下半身を凍てつかせ――


「ふっ!」


 ユリエルは凍てつく大地を一瞥。すぐさま右足を高く上げ――地面に向けて振り下ろした。

 衝撃が彼の右足の着地点を中心に円状に広がり、同時に冷気が吹き飛ぶ。


 まだ人族が魔法を扱えなかった時代。それに比類する技術として磨かれていた体術の一つ。

 剣聖、ユリエル=ランバートの体技、《震脚》。

 鍛え抜いた圧倒的な身体能力によって大地を震わせる体術だ。


 ――が、カティーナからすればそれは体術などではなく魔法に見えるわけで。


「っ!」


 彼女の表情が苦悶に満ちたものへと変わる。


 相手には一切の魔法が通じず、加えて相手が魔法を使っていることすら感じることができない。

 そこに圧倒的な実力差があるのはもはや明瞭であり、それが彼女を苛む。


 そんな彼女とは正反対に、ユリエルはカティーナという少女を評価していた。


 これほどの魔法は、あるいはエルフの中でも魔法が不得手だった者を悠に超えられる。

 エルフという魔法に特化した種族の、最底辺とはいえそれを超えることができるのは十分評価に値するものだ。


 加えて、彼女の胆力も凄まじい。

 迫る敵に対する恐怖、それを一瞬にして飲み込み、自分が持つカードの中で最適を選び抜く。


 ――惜しむらくは、ユリエルにはエルフの最底辺程度の実力は通じないということだ。


 剣聖であった彼には、エルフの中でトップクラスの魔法使いであっても勝てなかった。

 確かに凄まじい力量ではあるが、彼にとってはどれも生温い攻撃だ。


 カティーナはすぐさま魔法を発動しようと魔力を放出する。

 だが、すでにその猶予は与えられていなかった。


 ユリエルとカティーナ、両者の距離はすでに一メートルを切っていて――


「に、肉弾戦は……!」


 姿勢を屈め、懐に滑り込んできたユリエルは拳を握っている。その姿を見て、カティーナは辛うじてそう注意する。

 しかし――


「わかってるさ。まあとりあえず、これでもくらえ」


 なんでもないかのように返しながら、風を纏ったユリエルは右手に作った拳を捻るようにしてカティーナに向けて突き出し、彼女の懐に寸止めする形で掌底を突きつけた。

 掌底はカティーナの直前でとまる。が、そこから余波のように放たれた衝撃波が彼女の体を貫き、吹き飛ばす。


「きゃあっ!」


 可愛らしい叫び声を上げて、カティーナは宙を舞う。

 突き出した右手を引き戻しながら、ユリエルはそのまま地面に倒れ落ちるカティーナに鋭い視線を送る。


 体技、《掌底波》。


 腕を捻るようにして突き出し、掌底を突きつけることで生じる衝撃で相手を吹き飛ばす体術。

 肉弾戦が禁じられているとはいえ、これならば実際にカティーナに触れたわけでもないし、あわよくばこれすらも魔法と勘違いしてくれるかもしれない。


 さて、相手はどんな反応を――。


 疑問と共に、ユリエルはカティーナを見つめる。


「……へ?」


 同時に間抜けな声を漏らした。


「うきゅぅ……」


 そこには、全身が地面に強烈に叩きつけられた衝撃で気を失ったカティーナの姿があった。


「……勝ち、ってことでいいんだよな」


 戸惑いながら、ユリエルは周囲の群衆へと確認の眼差しを向ける。


 だが、その誰もが今の一連のユリエルの戦いぶりに驚き、誰一人として彼の問いに答えることができなかった。

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