二十九話 襲撃⑤
塔に向かっていたユリエルは、その袂が金色に輝いているのを確認して、カティーナがそこにいることを確信した。
到着すると、案の定邪竜教徒たちがカティーナに向けて襲い掛かっている。
ユリエルは左足で踏ん張りその場に止まると、その反動を生かして右腕を前方に打ち出す。
少し離れた邪竜教徒たちに向けて掌底を突き出した。
ユリエルの前方に衝撃が生まれ、大気を震わしながら邪竜教徒たちへ襲い掛かる。
――体技、《掌底波》。
掌底を突き出したことで生じた衝撃波は邪竜教徒たちを吹き飛ばした。
数メートルの浮遊の後、地面に叩きつけられる。
それを見届けるよりも先にユリエルは動き出し、彼らとカティーナの間に割って入る。
そして、邪竜教徒たちを警戒したままカティーナの様子を見る。
「気を失っているだけ、か」
目立った外傷はない。
ひとまず胸を撫でおろす。同時に、唯一まだ無傷でこの場に立つ白衣の男を鋭く睨みつける。
「おかしいですねえ、指示通りあなたの下には失敗作を向かわせたはずなのですがぁ? もしや、彼女がここまで逃げおおせたのはあなたの助けによるものなのですかね? くくっ」
「てめえが今回の襲撃の首謀者ってことでいいんだよな?」
「ひひひっ、そんなところでやすかね、マクドールと申します。そういうあなたはユリエル殿ですね、ええ、存じておりやすとも」
仲間が全員倒されたというのに、マクドールはその態度を崩さない。
「なぜ、カティーナを狙う」
「彼女の心臓が必要でしてね」
「心臓が?」
眉を寄せる。そしてすぐに、ユリエルは一つの仮定に辿り着いた。
心臓といえば、つい先ほど自分を襲った怪物が身に宿していたものが――
「てめえまさか!」
「おや、流石は失敗作を倒しただけのことはありますねえ。いいですよぉ、その頭の回転。くひっ、是非とも解剖してみたいものでございやす」
口元を歪め、マクドールはバサリと白衣を翻して両手を大仰に上げた。
「そう! 彼女の心臓こそ邪竜復活に必要な核! 魔法使いとして最高レベルの魔力回路を備え、尚且つ、邪竜との縁も持つ! これほど素晴らしい素材は他にはありやせん! くひひ、くひひひひっっ!!」
どこか恍惚とした表情でマクドールは叫ぶ。
邪竜との縁。それは恐らく、彼女の家の人間が邪竜教に離反したことだろう。
だが、それよりも何よりも、
「まさか、本気で邪竜が復活すると思っているのか」
そんなはずがない。
邪竜はこの手で、聖剣によって葬り去ったはずだ。
ちらりと、地面に転がる聖剣の姿を認めて視線を移す。
眩く光る相棒を見て、ユリエルは僅かに表情を緩めた。
(カティーナを、守ってくれたんだな)
バルムンクはただの剣ではない、聖剣だ。悪しき者に襲われる少女に力を貸すぐらいは造作もないだろう。
この場に逃げてくれてよかったと、ユリエルは心から安堵する。
そんなユリエルに、マクドールはどこか誇らしげに言い放つ。
「小生の力をもってすれば、邪竜を蘇らせることなど造作もないこと! その理論はすでに構築されていやす。後は、その素材を手に入れるだけ。くひひ、何者であれその邪魔はさせやせん」
「教徒一人の手で蘇るなんて、随分安っぽい神様だな。それより理解してるのか、てめえのお仲間は仲良く地べたで横になってるってことをよ」
一歩前に出ながらユリエルは事実を告げる。
それを受けて、マクドールは突然笑いの種類を変える。
これまでは隠すことのない狂気的な哄笑。そして、今は何か腹に黒いものを抱く含み笑い。
果たしてマクドールは両腕を広げると、空を見上げた。
つられてユリエルも視線を上にあげる。
「……! これはまた、厄介なッ」
蒼穹には三つの小さな点。それはみるみるうちに大きくなっていく。
ユリエルはそれらが何か、知っている。
先ほど自分を襲った異形の怪物。それが今度は三体も現れた。
ズドォォオオンと、着地の衝撃で地面が砕け、辺りが揺れる。
三体の怪物の後ろでマクドールは高らかに笑う。
「小生、初めからこんな雑魚共に期待などしていませんよ! 小生を守り、そしてあなた方を倒すのは小生が創造した人工生物――合成獣でございやすよ、くひひひひひひっ! さあ、やりなさい!」
創造主の命を受けて、二体の合成獣が咆哮する。
大気はビリビリと震え、ユリエルは顔を顰めながら拳に力を籠める。
(っ、不用意に動けないな)
意識を失っているカテイーナにも気を配らなければ戦闘に巻き込んでしまう。
かといって、手加減をしながら二体の合成獣相手にその心臓を的確に狙うのもまた至難の業だ。
合成獣の相手をせず、マクドールを先に片付けるか。
だがそれを警戒してから、マクドールは一体の合成獣を自分の手元に残している。
その狂気的な発言とは裏腹に存外に冷静で頭の回る相手らしい。
どうしたものかと周囲に目を配ると、地面に転がる聖剣バルムンクと目が合った。
聖剣の宝玉は激しい光を放ち、自分を使えと訴えてくる。
それに手を伸ばしかけて、ユリエルは躊躇う。
再び聖剣を手にしていいのか、迷ったのだ。
聖剣を手にすれば、自分はただのユリエルではいられなくなる。
聖剣を手にしたからには、剣聖として戦わなければならない。
少なくとも邪竜が君臨していた時代よりは平和なこの世界で、それは本当にいいことなのか。
「グォァァアアアッッ!!!!」
合成獣が雄叫びを上げる。
ユリエルはその雄たけびを、邪竜の咆哮と重ねた。
『――あなたの力が必要になるかもしれません』
以前、エレナが口にした言葉が脳裏をよぎる。
「……そうか、そうだよな」
今更、何を言い訳しているのだろう。
誤魔化せるわけもない。自分の戦いは三百年という歳月を経てもまだこうして続いているというのに。
合成獣の鋭い爪が迫りくる。
ふっと、ユリエルは自然な動作でそれを軽やかに躱す。
もう一体の攻撃を潜り抜けながら、聖剣の下へと駆け寄る。
主の決意を受け、地面に転がっていた聖剣が纏う光が増し、宙に浮かび上がる。
遠くからマクドールの驚きに満ちた声が聞こえる。
背後から合成獣のブレスが放たれた。
熱気が迫る。
だが――ユリエルはその全てを置き去りにして、宙に舞う聖剣に手を伸ばした。
「うぉぉおおおお!!!!」
ユリエルの手が聖剣の柄に触れる。
その瞬間、目を焼くほどの輝きが周囲一帯を覆った。




