二十八話 襲撃④
「……ぁ、こぞ、う、貴様ぁ……!」
土の地面に伏し、憎々し気にユリエルを睨み上げる三人組のリーダー。
残る二人はとうに意識を失い、倒れ伏していた。
その中で、ユリエルは無傷で直立し、リーダーの男を見下ろしている。
「なあ、聞きたいことがあるんだが」
ユリエルは右手で手刀を作ると、男の近くにしゃがみ込み、彼の顔近くに右手を近づける。
それは質問ではなく、脅迫、あるいは尋問だ。
男は一瞬息を呑むと、しかしすぐに愉快気に笑った。
「はっ、誰が教えるか。それよりいいのか、こんなところでのんびりと尋問なんてしてよ?」
「……なに?」
男の言葉に、ユリエルは目を細める。
くっくっく……っと、小ばかにするような笑い声と共に男は話す。
「この学園に来たのが、我々三人だけだといつから勘違いしていた。貴様は我々の策に泳がされただけだ、くっくっく、はっはっはっはっは!」
「――のやろぉッ!」
不快な笑い声を封じるべく、ユリエルは男の首元に手刀を下ろす。
ぐぇっという声と共に、男はその場に崩れた。
「別動隊がいるってことか!」
わざわざ怪物を使ってまで学園に襲来した時点である程度予測しておくべきだった。
自分の浅慮さに苛立ちながら、ユリエルは実技施設を飛び出す。
外に出てすぐ、周囲に視線を向ける。
当然、すでにそこにカティーナの姿はない。
「くそっ、どこに行った……!」
時間がない。普段のカティーナであれば邪竜教徒と遭遇してもなんとか太刀打ちできるだろうが、今はそれが全く見込めない。
魔法使いは魔法が使えなくなれば途端に無力になる。
すぐに見つけなければ。
焦り気持ちを落ち着けて、思考する。
こういう時、カティーナが行きそうな場所といえばどこだ。
人間恐怖状態に陥れば、自分が最も信頼する人や物の下へ無意識に向かうものだ。
それは、目覚めてすぐに聖剣を見つけ、そして取り返そうとしたユリエルにも当てはまる。
「――ッ、聖剣」
天啓がひらめいたような表情で、ユリエルは遠くに薄らとその姿を覗かせる塔の先端付近を見据える。
そうだ、カティーナは剣聖ユリエル=ランバートを心の底から慕い、尊敬している。
そんな彼女が最後に行きつくのは聖剣が差されているあの塔の袂なのではないか。
確証はない。だがそれ以外に考えも浮かばない。
ユリエルは再び走り出した。
◆ ◆
「待ちなさい、そう早るものではありやせんよ」
白衣を纏った男が、丸メガネのレンズをキラリと光らせながら、カティーナの下へ跳びかかった邪竜教徒たちを止める。
予想外の行動に、カティーナは訝し気に男を睨む。
男は白衣を翻しながらカティーナに近づく。
「初めまして、カティーナ=ミルフォード殿。小生、マクドールと申しやす、以後お見知りおきを、ひひっ」
大仰な仕草で頭を下げるマクドールを、カティーナは一層警戒する。
その様子を見てマクドールはやれやれと言った様子で頭を振り、肩を竦めた。
「どうやらどうやら、その様子ですと小生共の使者がご無礼を働いたようで。ええ、小生共にあなたに危害を加えるつもりはありやせんよ」
そう言うと、マクドールはにやりと口の端を歪ませると、手を差し出してきた。
「どうです、カティーナ殿。小生と共に来ませんか、くひひっ。あなたの縁者もいらっしゃいますよ、ええ」
「縁者――!?」
その言葉に、カティーナは目を見開く。
邪竜教に属している自分の縁者、それは一人しか思いつかない。
だが、もう死んでいると、そう思っていた。
「さあ!」
マクドールが返事を急かしてくる。
お断りしますわ――と、すぐに言葉にできなかったのは、カティーナ自身興味があったのだ。
由緒あるミルフォード家当主の弟として生まれながら、なぜ邪竜教に与したのか。
その理由を知りたいと思っていた。
もちろん、理由を知ったところで到底許せる話ではない。
本当に生きているのなら、捕まえて、父の前に連れていく。
しかし、それは今ではない。
先ほど実技施設で襲ってきた三人組の一人がご所望は心臓であると口走ったのを覚えている。
つまり、彼らは自分を殺す気でいるのだ。
震えそうになる声を必死で飲み込み、代わりに毅然とした言葉を返す。
「――お断りしますわ」
「……ちっ、あいつら余計なことを言いやがりましたね」
マクドールの表情から笑みが消える。
不快気に顔を顰めると、周囲の外套を纏った集団に命じた。
「始末してやりなさい、心臓は傷つけないように」
その命令を受けて、今度こそ邪竜教徒たちが襲い掛かる。
魔法を放つでもなく、その手にはただの金属のナイフが握られている。
下手に魔法を使って心臓を傷つけてはまずいと考えてのことだろう。
――魔力さえ残っていれば!
せめてただではやられないとカティーナは痛みを訴える両足に鞭を打ち、走り出す。
迫る邪竜教徒たちの凶刃を紙一重で躱しながら塔の袂、台座へ向かう。
迷いは一瞬だった。
自分が尊敬する剣聖へ申し訳なく思ったが、それでも生き延びる道はこれしかない。
「――申し訳ありません!」
一言謝罪し、カティーナは聖剣の柄に手を伸ばす。
そして、勢いそのままに台座から引き抜いた。
両手にズッシリとのしかかる聖剣の重み。その重みは、恐らく聖剣そのものの重量だけではない。
英雄の武器を扱うなど、あるまじき行為だ。
追撃をしかけてきた邪竜教徒たちに対して、カティーナは聖剣を構える。
剣聖の武器を今持っていることへの満足感はない。
あるのは命の危機にあるこの状況への恐怖と、そして剣聖の武器を汚してしまったことへの苦悩。
「――! どうしてッ」
突き出されたナイフを弾くべく、カティーナは聖剣を振り上げようとする。
だが体力も魔力も尽き、ボロボロの彼女に聖剣を意のままに扱う余力など当然ない。
思うように持ち上がらず、ナイフがカティーナの眼前に迫る。
「っぅ……、くぅ――!?」
顔を歪ませ、痛みに耐えようとしたその瞬間、聖剣から猛烈な光が溢れだし、邪竜教徒のみならずカティーナまでもを吹き飛ばした。
その余波で塔の壁に全身を叩きつけられたカティーナは意識を失いそうになりながらも必死で堪え、聖剣に視線を向ける。
地面に倒れる聖剣の青い宝玉は激しく光を放ち、刀身には白い光の粒子が纏わりついている。
そしてその向こうで、同じく聖剣に吹き飛ばされた邪竜教徒たちが地面に横たわり、更に奥にはマクドールが再び狂気的な笑みを携えて両手を上げていた。
「素晴らしい! これが、彼の聖剣の力! くひひっ、良いものが見れやした! あなたたち、早くあの小娘を捕らえ、聖剣を奪取しなさい!」
マクドールに指示されて、邪竜教徒たちがよろめきながらも立ち上がる。
ナイフを構えなおす彼らを見ながら、カティーナもまた立ち上がろうと体に力を籠める。
だが、彼女の体力はもう限界であった。
視界がぼやけている。
その中で燦然と輝く聖剣の眩さに見惚れながら、迫りくる刃を他人事のように見届ける。
体に力が入らない。
だが、
「――――」
カティーナは視界の端に、銀色に揺らめく何かを捉える。
直後、邪竜教徒たちが風に叩きつけられたかのように横に吹き飛んでいた。
突然の出来事に驚きを露わにするマクドールたちを尻目にカティーナは、また、助けられてしまったと、小さく笑みを浮かべた。




