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邪竜を倒した剣聖ですが目覚めたら魔法使いとかいうモヤシ共がのさばっていました。  作者: 戸津 秋太


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二十五話 襲撃①

「はぁっ、はぁ、ふぅ――本当、あなたの身体強化魔法は常識外ですわね」


 息を荒げ、肩で呼吸をしながらカティーナが小言を言うように呟く。

 当のユリエルはといえば呼吸を乱すことなく余裕綽々といった様子で立っていた。


 あれから数時間――ユリエル自身はそれ程続ける気はなかったが、カティーナが中々やめようとしなかった――彼女の鍛錬に付き合い、ようやっとカティーナに疲労が見えて中断となった。


 鍛錬といっても、ユリエルはただ単に彼女が放つ魔法を躱す役をしていただけに過ぎない。

 とはいえ、ただ単に空中に魔法を放つことしかできないよりも動く標的があった方が余程鍛錬になるらしく、カティーナ自身は結構喜んでいた。


 彼女の魔法は的確であったが、それでもユリエルを仕留めるには至らない。

 結果として一度もユリエルに魔法を当てることは叶わなかった。


 悔しそうにするカティーナに、ユリエルは笑いかける。


「いや、お前もすごかったぞ。《魔導師》の称号は伊達じゃないな」


 今日の鍛錬では、決闘で見ることができなかった様々な魔法を見ることができた。

 例えば炎の壁であったり、土の檻であったり、雷撃であったり。


 ユリエルにとってもそれは勉強になった。

 だが、カティーナは「嫌味ですの?」と少し怒った様子で噛みついてくる。


「まさか。俺はそれほど多彩な魔法が使えるわけじゃないからな」


 というより、何一つ使えない。

 せめてカティーナの言う身体強化魔法だけでも使えるようになれれば、戦闘の幅も広がるはずだ。

 とはいえ、今更強くなったところでどうするのだという話ではあるが。


「さて、俺は一度イライザ先生を探しに行くが、お前はどうするんだ?」

「わたくしはもう少し続けますわ」

「そうか。頑張れよ」


 そろそろやめておけ、とは言わなかった。

 一家の汚名を返上する。それほどの覚悟を宿して戦い続ける少女にそのような言葉をかけるのは無粋だと思った。


 ユリエルはローブを拾い上げ、いつの間にかついてしまった土や砂を払う。

 そうして纏いながら彼女に背を向けた。


「あの……」

「ん?」


 入口へ向かうユリエルの背中に声がかけられる。

 振り返ると、カティーナがこちらを向いていた。


「鍛錬に付き合っていただいて、ありがとうございました」


 気恥ずかしさがあるのか。その頬は朱に染まっている。

 それでも彼女はこちらの目をそらさずに正面から感謝の言葉を述べた。


「俺なんかでよければ、いつでも呼んでくれ」


 ユリエルはそう言って、実技施設を後にした。


 ◆ ◆


 実技施設を出たユリエルは、少し離れてから立ち止まり、振り返った。


 視線の先からは鍛錬を再開したカティーナの叫び声が聞こえる。

 不遇な境遇と、しかしそれでもその境遇を呪うことも周囲に当たることもせず、ただ真っ直ぐに抗い続ける彼女の姿勢を、ユリエルは応援したいと思った。


「……ま、借りもあるからな」


 それも結構大きな。


 正直なところ、ユリエルからしてみれば周りの人間にどれだけ避けられ、嫌われようが知ったことではない。

 ならせめて自分ぐらいは彼女の傍にいてやろう。


 ……もっとも、自分のことを嫌っている彼女からすればそれは有難迷惑であろうが。


 肩を竦めてユリエルは再び歩き出した。

 とりあえずイライザを見つけて魔法の鍛錬にとりかかるとしよう。

 実技施設にはまだカティーナがいるが、それならそれでイライザに約束を取り付けるぐらいはできるだろう。

 ひとまずイライザを見つけてから。


 そこまで考えて、ユリエルは再び足を止める。

 そして、遥か上空を見据えて顔を顰めた。


「……なんだ、あれ」


 目を凝らして見る。と同時に、目をこすった。

 遠目に見えたその光景が現実のものとは思えなかったからだ。

 だが、物凄い速さでその物体は一直線にユリエルの下に迫りくる。

 同時に、ソレが口を大きく開けて口中に赤黒い何かを集約させていることに気付き、ユリエルにスイッチが入る。


 即座に上体を低くし、どのような攻撃が放たれても瞬時に対応できる体勢を取る。

 拳は握り、耳を澄ませて視覚にも注意を払う。


 つい先ほどまで考えていた平和ボケじみた思考は置き去りにして、ただ目の前の敵を倒す冷静で残酷な思考回路へ切り替える。


 次の瞬間――その物体から炎のブレスが放たれた。


「――ッ、いきなりかよっ」


 自分が狙われる理由に皆目見当がつかない。あるいは無差別なのかもしれないが、ともかくユリエルの全身は回避行動をとる。


 後方へ大きく跳躍し、即座に宙へ跳ぶ。

 更に追跡してきた炎のブレスを空中でも回避行動を取りながら躱し、軽やかに着地した。


 その傍で、標的を逸れた炎のブレスは轟音を立てながらレンガ造りの地面を砕き、削っていく。

 後には、焦土と化した地面と、吹き飛ばされたレンガの残骸があった。

 そしてその間に、空から現れた物体は地上に降り立った。


 バサリバサリと大きな黒い翼を羽ばたかせ、赤、白、黄、黒、緑、色とりどりの体が縫い付けられるようにして一つの巨躯となっている、全長はユリエルの身長の倍ほどの四本足の生物。


 ――異形の化け物。ユリエルの前に現れた一体の生物は、形容しがたい怪物だった。


「なんだ、こいつらは」


 ギョロリと、傷だらけの顔から飛び出ている血走った眼球が、ユリエルを睨む。

 このような化け物とは出会ったことがない。

 だが、その背から生えている黒い翼には、やはり見覚えがあった。


「邪竜教かッ」


 先日遭遇した邪竜教徒が背から生やしていた翼と瓜二つのそれを見て、ユリエルはそう断じた。

 何より、今の平和な時代においてこのようなことをしてくる存在など、邪竜教以外にあり得ない。


 一体何の目的で、などと考えている暇はない。

 考える間もなく、戦うことを植え付けられた体は動きだしていた。


 一瞬にして加速しきったユリエルは怪物の懐に突っ込む。

 どのような生物であれ、生物である以上急所はある。


 例えば――


「ハァーーッ!」


 鋭い手刀を腹部に突き刺さす。

 そこは普通であれば心臓を貫く箇所だ。

 叫び声を上げながら前脚を使って蹴り飛ばそうとしてきたが、それを軽く躱し、去り際顔面に跳び蹴りを食らわした。


 大勢を崩しながら、しかし即座に立て直す。

 腹部からは血が溢れ出ていたが、それを意に介さず怪物は口を開いた。


「――死も、痛みも恐れないバーサーカーか。厄介だな」


 一筋縄ではいかないだろうとは思っていたが、やはりかとユリエルは舌を打つ。

 こういう手合いは速攻で決めないとじり貧になる。


 だが、今の一撃には全く手応えがなかった。

 心臓を貫いたにも関わらず、だ。


「ということは、完全な生物ではないということか。この見た目からして作られた生き物。……ちっ、厄介だ。バルムンクさえあれば、八つ裂きにできたものを……ッ」


 ここから塔まではまだ距離がある。

 何よりこの襲撃が邪竜教によるものならば、何か本命があるはずだ。


「――ッ、のやろぉ!」


 再び炎のブレスが吐き出され、ユリエルはすんでのところで回避する。

 強力な魔法をこうも連発されては致命傷を与える隙が生じない。


「待てよ、魔法を使うってことは――」


 ――魔力回路があるのでは。

 そして魔力回路があるということは、魔力を生成する心臓もまた別にあるということになる。


「ってことは、こいつの真の急所は別の心臓かッ」


 魔法に関する勉強をしておいてよかったと思いながら、しかしそうと決まったわけではないと気を引き締める。

 ともかく、それしかやることがない。


(問題は、どこにその心臓があるかだが……)


 考えている間にも、怪物は炎のブレスを容赦なく吐き出してくる。

 躱している間に周囲にはその爪痕が刻まれ、近くの木が燃えている。

 だが、その一連の攻撃パターンは炎のブレスを放つだけという単純なものだ。


(待てよ、俺がこいつを作るとしたらどうする?)


 何事も構造には合理性があって出来上がる。

 である以上は、心臓の位置も合理性がある場所に存在するはずだ。


『――魔法を発動する際、心臓から生成され全身の魔力回路を巡る魔力を一箇所に集め、そしてそれを解き放つことで魔法を行使するわけだが』


『魔力回路を巡る魔力。それを一箇所に集める際に魔力に対してかかる負荷が魔力抵抗だ。この抵抗が大きいほどに魔力回路を巡る魔力は疲弊し、分散し、体外に滲み出てしまう』


 鍛錬中、イライザが口にした魔法に関する説明が脳裏をよぎる。


(…‥そうだ、人間の場合全身を魔力回路が巡ることで体のどこにでも魔力を集約し、魔法を発動することができるが、その反面魔力抵抗による魔力消費も激しい)


 だが、ある一箇所からしか魔法を発動しないのであれば、当然他の場所には魔力回路は必要ない。

 何より、その近くに魔力を生成する心臓を配置することができれば、魔力消費を一切なくすことだって理論上は可能となる。


 人間は人間であるがゆえに全身を巡る魔力回路をどうすることもできないが、相手が作られた生物ならば――


「奴の真の心臓は、口の中…‥!」


 放たれた炎のブレスをかいくぐり、再び怪物の懐に突っ込む。

 勢いそのままに跳躍すると、その頭を蹴りで吹き飛ばした。


 巨躯は宙を舞い、数メートルの飛翔を余儀なくされる。

 ガガガガッと地面を削りながら転がり、それでも怪物は首を捻り上げ、ユリエルを見据える。


 だが――


「――遅いッ」


 その時すでにユリエルは怪物の眼前にいた。

 反射的に口を開けて炎のブレスを放とうとする。


 その奥に――


「――見えた、それかッ!」


 この巨躯にしては一回りも二回りも小さい、人間の心臓がユリエルの視界に移る。

 それがこの生物を動かす真の心臓であることは歴然であった。


 拳を口にお見舞いし、発動しかけた魔法を強制的にキャンセルさせる。

 同時に顔の下に滑り込むと、再び拳を強く握り――振り上げた。


 体を突き抜ける音の先に、グシャリと心臓が潰れる音が混じる。

 すぐさま腕を引き抜き、巨躯の下敷きにならないよう距離を取る。


 怪物は――その場に倒れ伏した。


「――ッ、はぁ……」


 微妙に荒くなった息を整える。右腕は血に染まっていた。

 すぐにユリエルは真っ赤な右手を見つめ、苛立たし気に強く握った。


「人の心臓を握り潰すなんて、胸糞悪いことさせやがって……!」


 その怒りは、邪竜教へ向けたもの。

 この怪物が体の内に潜ませていたものは、真実人の心臓だ。

 魔力回路を持たない生物に魔法を扱わせるために、恐らくは魔法使いの心臓を植え付けたのだろう。


 そんなわけがないとは疑わなかった。


 右手が訴える感覚はまさしく人間のものであったし、何より邪竜教とは目的のためならばどんなに非人道的な手段も顧みない集団だ。

 ひとまず湧き出る怒りを隅に置き、この怪物をどうしたものかと考える。


 が、すぐにその思考は打ち切られた。

 ドガァアアアンと、耳をつんざくような爆音が轟く。

 その爆音は、ユリエルが今来た道――つまりは、実技施設からだ。


「ッ、カティーナ!」


 あそこには、まだ彼女が鍛錬を続けているはずだ。

 仮にこの怪物が現れたなら、彼女一人で対処できるか。


 ユリエルは返り血を振りまきながら今来た道を急ぎ引き返した。

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