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邪竜を倒した剣聖ですが目覚めたら魔法使いとかいうモヤシ共がのさばっていました。  作者: 戸津 秋太


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二十四話 カティーナが背負うもの

「――しまった、今日から休校だったな」


 早朝。起きてすぐに魔法学園の制服に着替えてから、ユリエルはその事実を思い出す。

 羽織ったローブの袖を掴み、脱ごうかと一瞬逡巡してからしかし手を離した。

 どうせ外を歩き回れるような一張羅などないのだから、このままでいいと思ったのだ。


「……そういえば、返し忘れていたな」


 机の上に置いたままの伝記を手に取る。

 学園が休校中もカティーナは学園内にいると言っていた。

 適当にぶらついて見つけたら返そう。


 ユリエルは伝記を手にしたまま学生寮を出た。

 聞いていた通り学園区に向かう道中すれ違う人はいつもと比べると遥かに少ない。

 レンガ造りの道を歩くユリエルの足音だけが辺りに響いている。


 少しして塔にたどり着いた。


 居住区から学園区へ最短で行くにはどうしてもこの塔を通る必要がある。

 普段は時々エレナに近況を報告するために学園長室に寄るが、当の本人が王都に行っているので長い螺旋階段を上ったところで時間の無駄でしかない。


 ユリエルはふと、学園長室のある塔の先端を見上げた。


「……なんだか、今日はやけに空が綺麗に見えるな」


 澄み渡る青空が広がっている。いつも通りといえばいつも通りであるが、今日の空は一際澄んで見えた。

 きっと、人が少なくて辺りが静かだからだろうとユリエルはその場で軽く伸びをした。


「……ん?」


 視線を下ろすと、台座に差されている聖剣バルムンクの宝玉が明滅していた。

 普段周囲を生徒が行き交っている時はこんな反応は示さないが、人目がない今日は遠慮なくユリエルに声をかけようという算段なのか。

 ユリエルは台座に歩み寄り、周囲をちらと見て誰もいないことを確認してから聖剣に手を伸ばす。


 ――が、その手が聖剣の柄に触れるすんでのところで手を止めた。


「悪いな、やっぱり今の俺にはお前を握る資格がない。今の俺は剣聖じゃないからさ」


 更に激しく明滅するバルムンクに笑いかけながらユリエルは台座から離れる。

 ここできちんと一線を引いておかないと、学生としての自分に戻れなくなる。

 そんな予感がしたのだ。


 何かを訴えるように輝く相棒に再度「悪いな」と謝り、ユリエルは学園区へ向かった。


 ◆ ◆


 学園区に入ってすぐ、大気がピリつくのを感じた。

 それが殺気によるものではなく、魔力によるものであるということを認識できる程度にはここ暫くの学園生活で学んでいた。


 休校期間の早朝に、一体誰が魔法を使っているのだとユリエルは疑問を抱いた。

 魔力の気配を感じたのが実技施設であることに気付き、もしかしたらイライザが待ちかねて暴れているのかとも思ったが、そもそも彼女は積極的に魔法を使おうとする手合いではない。


(どうせこの後行こうと思っていたし、先に寄ってみるか)


 ユリエルはローブを翻して駆け出した。

 実技施設にはすぐに到着した。


 休校期間中でも入り口は開いていて、中からは破壊音が轟き、魔力の風圧がユリエルの全身を撫でる。


 中々に暴れん坊らしい。

 絶え間なく聞こえてくる爆発と吹き荒れる魔力でそう断じ、さて一体誰が――と実技施設の中を覗く。


「――なんだ、カティーナだったのか」

「……ッ!」


 土煙の舞う空間で毅然と氷魔法を辺りにはなっていたのは、金色の髪を揺らす少女、カティーナを見つけて声をかけた。

 すると、それまで鋭い眼差しで眼前を見据え、魔法を行使し続けていたカティーナは弾かれたように入り口の方を向き、ユリエルの姿を視界に捉えて目を見開いた。


「あなた、どうしてここに……ッ」

「俺も学園に残ってたんだよ。それでやることもなかったからとりあえず学園に来たら一人暴れてるお前と遭遇したってわけだ」

「暴れるとは、人聞きが悪いですわね。鍛錬ですわ、鍛錬」


 そう言って大きく息を吐き出し、カティーナは荒くなった呼吸を整える。

 その間に、ユリエルは入り口から彼女の下へと歩み寄った。


「休みの日までこんなに厳しく鍛錬する必要はないんじゃないか? 息抜きも大切だぜ」

「この間言いましたわよね。わたくしには、遊んでいる暇はありませんの」

「どうしてそこまで。魔法が全てじゃないだろ、折角学生なんだから今のうちにしかできないこと……例えば友達と遊ぶとか、そういうのをやっといて損はないと思うけどな」


 言い淀んだのは、途中で彼女に友達と言える友達がいないことに気付いたからだ。

 ただ、ユリエルのその言葉は彼女にとって痛かったのか。カティーナは悲痛な面持ちで彼から視線を遮るように顔を伏せた。


「……わたくしは、強くならないといけませんの。家名についた汚名を返上するためにも」

「家名についた汚名?」


 ユリエルが反芻すると、カティーナはしまったといった表情でユリエルに背中を向けた。

 そんな彼女の拳はきつく握られている。


「カティーナ、家名についた汚名ってのはどういうことなんだ?」


 彼女があまり答えたくないことであると知ったうえで、ユリエルは再度問う。


「普通、空気を読んで聞かないと思いますけれど」

「悪いな、俺は空気を読むのが苦手なんだ」


 ユリエルは飄々と言い放つ。

 その態度に怒りを通り越して感嘆を覚えたのか、カティーナは小さく笑うと振り向いた。


「あなた、友達がいないでしょう?」

「それ、物凄いブーメランだぞ」


 互いに軽く笑い合うと、ふとユリエルが右手に握るものに気付いたカティーナが声を上げた。


「それは……」

「ああ、借りたままだったのを思い出してな。遅くなっちまった。ありがとう、とても勉強になった」

「いえ、それはよかったですわ」


 ユリエルから受け取ると、カティーナは表題の部分を指で優しく撫で、慈しむ様な笑みを浮かべながら丸で他人事のようにぽつりと呟き始めた。


「……私の家、ミルフォード家は代々公爵家としてこの国を支えてきた由緒ある家ですの。魔法がまだエレナ様の手によって体系化されるまでは剣術に才がある騎士が次期当主に、そして魔法が世に広まってからは魔法使いとして優れた者が次期当主に。そうやって、長きに渡り力のある者が当主となることで貴族間で生じる権力争いにも打ち勝ってきましたわ」


 元々エレナの庇護下にあるこの国は、三百年の間一度も滅びることなく栄えてきた。

 その国の中で同じく三百年もの間公爵の地位につき続けたのはミルフォード家を除けば片手で数えられる程度だという。

 それほどまでに彼女の家は古い歴史を持つ。


 なるほどと、ユリエルは思った。


 それほどの名家のそれも次期当主であるならば、責任感や周囲の期待に束縛されて魔法の鍛錬にご執心なのも納得できる。

 だが、彼女は家の汚点のためと言った。


 丁度、今まさにその話をしようとしているのか。

 これまですらすらと家のことについて話していたカティーナの話が一瞬止まる。


「……ですが、先代――わたくしの祖父にあたる方の弟が人としての禁忌を犯しましたの」

「禁忌?」


 カティーナは小さく頷く。

 そして、震える声でそれを口にした。


「弟は、邪竜教に離反したのです」

「――! ……それが、汚点」

「ええ。人類にとって共通手の敵である邪竜教、そこに加わったのが公爵家の当時当主である祖父の弟とあって、ミルフォード家への叱責は相当なものであったと聞いていますわ。それでも公爵家の位を失わなかったのは、これまでの長きに渡る国家へ献身によって陛下から温情を賜ったのです。ですが、当然ながら他の家は違いました」


 貴族の権力争いは激しいものだ。

 特に、貴族のトップである公爵家同士ともあればなおのこと。

 お互いが不動の権力の上にあるがゆえに、蹴落としがたく、また蹴落とされにくい。


 そんな折、当主の弟が邪竜教に寝返ったというのは相手を蹴落とす最大の材料になる。

 その汚点を拭うためには、国家への更なる献身と功績が必要になる。


(そういえば、以前カティーナに邪竜教について聞いたとき、家のことがどうとかって言ってたな)


 私の家がそういう暗い過去を持っていると知った上で聞いているのかと、そういう意味を孕んだ問いであったのだろう。


「だからこそ次期当主であるわたくしは他家にも負けない力を手にする必要があるのですっ。――それこそ、ユリエル様に並ぶような、強い力が」


 カティーナは再度剣聖の自伝に視線を戻し、その表紙を撫でる。

 彼女の剣聖への異常な崇拝は、あるいはそういった憧れから生まれていたのかもしれない。

 だとしてもそれほどの重荷を少女一人に背負わせていいのかと、ユリエルは憤りを感じた。


「わたくしの家がそういう過去を持っているのは周知の話ですわ。だから、誰もわたくしと関わろうとはしませんの。誰だって、邪竜教と繋がっているかもしれない者と接そうだなんて思いませんから」


 彼女が浮かべた笑みはどこか自嘲めいたもので、どこか諦めが入り混じったものだった。

 どれだけ優秀な成績を収めようと、魔法使いとして優秀になろうとも、彼女を見る周囲の目は先祖の遺した不名誉によって黒く塗りつぶされる。


 この時代に生まれたわけではないユリエルは彼らとは価値観が違う。だからこそ、そのことがどれだけ少女にとって理不尽なものであるか正しく理解できた。

 彼女はこの十七年間、そういう理不尽の中に放り込まれながらそれでも自身の研鑽を続けてきたのだ。


「さあ、あなたもわたくしとはもう関わらない方がいいですわよ」

「いいのか? お父様に言われてるんだろ?」

「あなたに嫌われたのであれば、仕方がありませんわ」


 それは、恐らくは彼女の優しさだ。

 カティーナの父親がユリエルと仲良くするようにと言ったのは、家の汚点を剣聖を懐柔することによって相殺できると考えたのだろう。


 もちろんそのことをカティーナは知らない。

 それでも彼女は父親の命よりもユリエルのことを気遣ってそう言ったのだろう。

 自分と関わっていれば周りからも避けられるだろうと。


 そのことをこれまで言えずにいたのは、彼女自身孤独を怖がっていたからか。

 しかしそれも今日で終わり。家の過去を伝えた以上、ユリエルも離れているだろうと見限っているのだ。


 こちらに背を向けて、脱いだローブの上にそっと伝記を置くカティーナ。

 毛嫌いしているはずの自分にわざわざ家の汚点を包み隠さず教えてくれたのは、誰かに聞いてほしかったのだろう。彼女が抱えているものの一端を。


 きっとそれは、彼女自身意図していないものだ。無意識のうちにそう願っているだけ。

 だが、空気が読めない鈍感なユリエルの目から見てもわかる。

 本当は、彼女も孤独が怖いのだと。友達と触れ合い、笑顔に満ちた学園生活を過ごしたいはずだと。


(……全く、本当に素直じゃねえんだから)


 ユリエルは苦笑いを浮かべながらローブを脱ぎ、パサリと地面に置く。

 その音に気付いたカティーナが振り返った。


「魔法の鍛錬、付き合ってやろうか?」

「……え?」

「学園を案内してくれたことと、後あれだ、ペンと伝記とサンドウィッチと……この短期間で俺、随分お前に世話になってたんだな。まあともかくだ、どうせ俺も暇なんだ。お礼というには少々安上がりすぎる気もするが、付き合うぞ」


 指を折り、カティーナに世話になった回数を数え、その多さに驚きながらユリエルが言う。

 すると、カティーナは驚いたように固まり、それから目尻に僅かに涙を滲ませながら笑った。


「……あなた、友達がいないでしょう?」

「だから、お互い様だっての」

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