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邪竜を倒した剣聖ですが目覚めたら魔法使いとかいうモヤシ共がのさばっていました。  作者: 戸津 秋太


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二十三話 サンドウィッチ

「来週から、魔法学園が休み?」


 二時限目の授業が終わり、三時限目の授業の前に教室で軽食をとるカティーナが口にした言葉をユリエルは疑問交じりに反芻した。


「やはり聞いていなかったんですね。エレナ様をはじめ、一部の先生方が王都に向かわれるので、魔法学園は休校。各自自主学習にいそしむようにと今朝のホームルーム中にイライザ先生がおっしゃられていたというのに……」


 そう言いながら、カティーナは呆れたようにため息を吐く。

 そんな彼女にユリエルは頬を掻きながら「あー、言ってた。うん、言ってたな、そんなこと」と取り繕う。


「しっかしどうして王都に行くんだ? それも学園長であるエレナ、様が」


 エレナのことを呼び捨てにしようとしたとき、カティーナの視線がやはり鋭くなり慌てて敬称をつける。


「わたくしたちには何も聞かされていませんわね。ただ、これまで何度かこういうことはありましたわ」

「へぇ……」

「自主学習にいそしむようにと先生方はおっしゃられていますが、多くの方は一時帰省するらしいですわね」

「お前は帰省しないのか?」


 ユリエルがごく自然にそう問うと、カティーナは言葉を詰まらせた。

 その態度に疑問を抱くよりも先に、しかし彼女の口は開いた。


「……わたくしは《魔導師》の称号を授かった者として、魔法を学ばなければなりませんもの、帰省している暇はありませんわ。それに……」


 苦虫を噛み潰したように、沸々と沸き上がる決意を抑え込むようにして顔を伏せながらカティーナは言いよどむ。

 言葉にしなかったものの、それが彼女が休む間もなく魔法を学び続けようとする真の理由であることを、ユリエルはなんとなく、彼女の雰囲気から察した。

 同時に授業の合間のちょっとした休みに聞くことでもないと思い、自分から話題を提示した。


「魔導師か、それってどれだけ凄いんだ?」

「……魔導師というのは、全ての系統において最高位の魔法を扱える者に与えられる称号ですわ」


 最早ユリエルの無知ぶりには突っ込まず、代わりにジト目で答える。

 全ての系統。魔法にも系統があるのかと新たな知識に感嘆しながら、さすがにこのことについてまでカティーナに聞けば自分が魔法を本当に使えるのか怪しまれるだろうと判断してグッと堪えた。


 それにしても――


「なんだ、もしかしてお前って凄いのか」

「あなたの言い方、なぜだか癪に障りますわね」


 カティーナの鋭い声を「気のせいだって」といなしながら、ユリエルは事実心の中で驚嘆していた。

 魔法について詳しく知らないユリエルからしても、全ての系統において最高位の魔法を扱えるということの凄さはなんとなくわかる。

 それが彼女のようなまだ成人前の少女であるのなら、尚のこと。


 一体どれだけの努力を重ね続ければ、それほどまでになえるのか。まして、戦いの少ないこの時代で。

 彼女が周りから孤立しているのは、あるいはその異常性のせいなのかもしれない。


 そんなお節介な思考に埋没しながら、ユリエルはボーッと彼女を見つめていた。

 するとその視線をどう勘違いしたのか、カティーナが目の前の机においたバスケットに触れて聞いてきた。


「……食べます?」

「え、あ……いや、折角ならいただこう」


 小首を傾げてバスケットに入るサンドウィッチを差し出してきた。

 どうやら、見つめていたのがバスケットだと勘違いされたらしい。

 一瞬断ろうかとも思ったが、貰えるものならば貰っておこう精神で受け取る。


 バスケットに手を入れ、サンドウィッチを掴み取る。

 タマゴサンドだった。

 なぜだか見つめてくるカティーナに気付かぬふりをして、ユリエルはサンドウィッチを口元に運ぶ。


「……んまいな」

「あ、ありがとうございます」

「? もしかしてこれって、お前が作ったのか?」

「当然ですわ。……その、誰かに食べていただいたのは初めてだったので、お口に合うか不安でしたけど」


 食べるときにこちらを見つめていたのは反応を見ようとしていたのか。

 ユリエルは納得しながら、同時に驚いた。


 決闘の際、彼女は公爵家の次期当主だと名乗っていた。

 それほどの身分にある者がきちんと料理を作れることに、やはり驚きを覚えた。


「しっかし、本当うまいなこれ。カティーナが料理上手だとは知らなかった」

「――っ、サ、サンドウィッチぐらい誰でも作れますわ。そんなにおだてても、あなたに心を許しはしませんッ」


 そう言ってカティーナは自らもサンドウィッチを口に放り込む。


 あくまでこれは父親に命じられたから。

 その態度を崩さないカティーナだが、自分が作ってきた軽食を分け与えるのはその域を脱していることに気付いているのだろうか。


 やはり素直ではない。だが、嫌いでもない。

 ユリエルは、隣でこちらに視線を向けることなくサンドウィッチをほうばるカティーナにそんな印象を改めて抱いた。


 ◆ ◆


 軽食を取り終え、魔法実技の授業のために教室から実技施設へ移動中。吹き抜けの廊下を歩いている最中、近くで沸き立つ声が聞こえてユリエルはそちらを向いた。


「ん、なんだあれ?」


 その視線の先には人垣ができていて、中心に立つ長身の男を数十人近い女生徒が取り囲んでいた。


 人垣のせいで男の容貌までは見えないが、時折女生徒たちの黄色い声に混ざってキザな言葉遣いが聞こえてくる。

 ユリエルと共に行動していたカティーナは彼に続いて足を止めると、同じく人垣の方に視線を向け、納得したように頷いた。


「たぶん、フレイド先輩ですわね」

「フレイド? 誰だそれ」

「この学園の現生徒会長です。そして何より、昨年の魔法祭の優勝者――つまり、現序列一位。この魔法学園最強の魔法使いの一人ですわ」

「――あいつが、序列一位」


 ユリエルの視線が鋭くなる。

 強者を前にするとついスイッチが入ってしまうのは悪い癖か。


 とはいえ、気になる。

 序列一位の力量がどの程度のものなのか。


「――!」


 その瞬間、女生徒の合間から男がユリエルに向けて視線を向け、微笑んだ――ように見えた。

 思わず警戒してしまったが、さすがに気のせいかと無意識に握ってしまった拳を解く。


「どうかしましたの?」

「いや、なんでもない」


 人垣から視線を切り、実技施設へ急ごうと歩き出す。

 と、そこに後ろから声がかけられた。


「なんだ、君たちまだここにいたのか。急ぎたまえ、授業が始まってしまう」


 振り返ると、そこには同じく実技施設へ向かう途中のイライザが立っていた。


「イライザ先生、申し訳ありません。急ぎます」

「うむ。あーっと、ユリエル、君は少し残りたまえ。話がある」


 言外にカティーナに先に行くよう告げる。


 何か言いたげだったが、カティーナはイライザに軽く頭を下げると先に実技施設へ向かった。

 その背中を見届けてからユリエルは振り返り、イライザを見る。


「話ってなんだ?」

「いやなに、そう警戒するようなことじゃない。放課後の鍛錬のことで少しね」

「鍛錬? それでカティーナだけ先に行かせたのか」


 教師と生徒が二人で鍛錬をしてもあまり不自然ではないだろうが、ユリエルとしてはあまり人に知られたくない。

 部外者であるカティーナを遠ざけたのは至極道理だ。

 得心がいったユリエルは続きを話すようにイライザの顔を見た。


「ふむ、昨日始めたばかりで悪いのだがね、今日から暫くの間鍛錬は中止にしてくれないかね」

「中止? なぜだ」

「少し野暮用ができてね。今日から一週間ほど、放課後に時間を割けそうにないのだよ。勘違いしないでくれ、私も本当はやりたいのだよ。だが物事には優先順位というものがあってね、その野暮用は取り分け優先度が高い」

「そういうことなら構わないが、忘れるなよ。次は俺からだ」

「無論、覚えている。ところで、君は来週からの休みはどうするのだね」

「来週から? ああ、休校期間のことか」


 先ほどカティーナから聞いたことを思い出す。

 それに対する答えは決まっている。


「俺は学園にいるさ。適当に魔法に関する勉強でもしておくとするよ」

「……そうか」


 ユリエルが答えると、イライザはどこか残念そうに目を細める。

 その態度を不思議に思いながら、ユリエルは「そうだ」と口を開いた。


「エレナたちが王都に行くっての、あんたが行かないのなら学園の休校期間中二人で鍛錬をするってのはどうだ? 幸い帰省する生徒が多いんだろ? なら、人目にもつかないし、時間もたくさんある。うってつけだと思うが」

「それはとても魅力的な提案だ。確かに、私は王都には行かない。が、たぶんそれは無理だろう」

「どうしてだ?」

「……いや、そうだな。わかった、では適当に私を探して声をかけてくれ。――っと、急がねば授業が始まってしまう。行くぞ」

「あ、ああ」


 急かすようにイライザが肩を掴んできて、ユリエルは戸惑いながら指示に従う。

 肩を掴んできたイライザの力がいやに強いなと、彼は僅かに顔を顰めた。

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