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邪竜を倒した剣聖ですが目覚めたら魔法使いとかいうモヤシ共がのさばっていました。  作者: 戸津 秋太


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二十一話 月夜の死闘

 五人の人影はユリエルの超速の接近に瞬時に反応する。

 聖剣が飾られている台座を背に、三人が前衛に、残る二人が後衛に回る。


 詰め寄ってくるユリエルめがけて前衛の三人が同じ魔法を同時に発動した。


「「「《クウィンク・クイドフレメア》」」」


 詠唱と共に、三人の周囲に燐光を散らしながら計十五本もの氷槍が現出する。

 それは以前、カティーナとの決闘において彼女が行使した攻撃魔法と同一のものだ。


「――ッ」


 氷槍の鋭い先端が月明りを反射して妖しく光る。だが、ユリエルは臆することなく距離を詰める。

 直後放たれた十五本の氷槍。敵を貫かんと迫りくるそれらを、ユリエルは左右に跳躍して躱す。


 剣聖を前にこの程度の物量ではなんの脅威にもなりえない。

 容易く氷槍の雨をかいくぐり、前衛の懐に鋭い刺突を放とうとして――


「ッ、……っと」


 地面が盛り上がり、そこから氷の柱が幾本も屹立する。

 ユリエルはすんでのところで踏ん張り、氷の柱を避けながら一旦後方へ距離を取る。


 両者の立ち位置は、接触が始まったときとほぼ同じものへ戻ってしまった。


 前衛の盾として現れた氷の柱を見て、ユリエルはぼそりと感想を零す。


「この時代の攻撃魔法は、それほどバリエーションがないのか?」


 氷の柱、そして氷の槍。それらの魔法はどちらもカティーナが決闘の際に使用したものだ。

 それを偶然か、目の前の怪しげな集団も用いてきた。


 少なくともユリエルが生きた時代ではこれよりも遥かに強大な魔法がいくつもあったはずだ。


「……いや、違うか。この魔法が魔力とやらの消耗が少なくて、かつ効率的に相手を殺せるからってだけだろうな。確かにこのコンボは中々どうして、よくできている」


 今の時代、敵は竜ではなく人だ。

 その人を葬るのに必要なのは、強大な力ではなく、強力で相手をしとめることに最も効率的な魔法。それがこの二つの魔法のコンボということなのだろう。


 多勢に無勢である以上、カティーナの時のように簡単にはいかない。

 さて、どうしたものか。

 ユリエルが冷静に分析していると、後衛の二人が妙な動きを見せる。


「おい、さっきも言ったがやめておいた方がいい。お前たちに触られてそいつが黙っているとは思えないぞ」


 今の攻防でユリエルが相当な手練れであると判断したのか、前衛を殿として残し、後衛がこの場を立ち去ろうと聖剣に手を伸ばす。

 それを見てユリエルは再度忠告した。


 が、それを聞くわけがなく、一人が聖剣に触れる。瞬間――


「グカァッ、ァァァアアアアアッッッ!!!!」


 夜の静寂を切り裂く咆哮が男から発せられた。

 反射的に男は聖剣から手を離して地面に転がる。痛みを訴え悶える男を見て、ユリエルはため息交じりに呟く。


「だから言っただろ。聖剣は普通の剣とは違って意思があるんだ。ただ単に触ってみたいだとか、ただの好奇心ならまだしも、お前らみたいに明らかによこしまな考えを持った奴が触れたら聖剣が抵抗するのも当然だろう」


 見ると、聖剣バルムンクの黄金の柄に埋め込まれている青い宝玉から光が溢れている。

 それは何かを訴えるようである、何かに憤るような光だ。

 ユリエルはその光を苦笑しながら見つめ、それから地面に転がる男に視線を戻す。


「全身を焼けるような痛みが巡っているだろ? 心配するな、暫くすれば痛みも治まる。――だが、これで確定したな。あいつがお前たちを明確に拒絶した以上、お前たちは俺にとって明確な敵だ。……いや、違うな。俺にとってではなく、世界にとってのだ」


 声色を冷たくし、ユリエルは鋭い視線を五人に注ぐ。明確な殺意が込められた瞳だ。

 紅い瞳は静かな怒りで燃えている。


 今この瞬間に、ユリエルの五人に対する認識は変わった。

 これまでは、彼らをただ戦う相手としてしかとらえていなかったが、今はもう敵として見ている。

 内側から込みあがってくる怒りは、かつてユリエルを戦場に留め続けたもの。


 かつて邪竜という才外から世界を守るために生まれた聖剣。その聖剣がこれほどまでに明確に彼らを拒絶したということは、すなわち彼らが世界の敵であるということに他ならない。

 そして、この世界の敵とは――


「全く、俺も眠っていた間に随分と鈍ったみたいだな。最初に感じた邪気、それですぐに気付くべきだったってのに……」


 少し長い銀色の髪をかき上げながら、沸き上がる怒りを押し殺し、冷静にいるよう努める。

 ここに来る直前に全身を震わせた嫌な気配。その邪気とでも呼ぶべき感覚を、ユリエルは知っていた。


「そうだろ? ――邪竜教」

「「「「「――――!」」」」」


 ユリエルがその名を口にした瞬間に、五人はあからさまに動揺を露わにする。

 その反応が、つまりは答えだ。


 世界の敵である邪竜。そんな邪竜を、彼の竜が起こす破壊こそが世界の創造、新世界の始まりであると、そんなバカげたことを高らかに叫び、邪竜討伐を行おうとした仲間たちを数えきれないほど屠った憎き存在。

 本来であれば死ぬはずもなかった戦士たちが凄惨で無念の最期を送る羽目になった、邪竜以上に憎き存在。


 瞼を閉じると、邪竜教徒たちとの戦いで死んでいった仲間たちの姿が脳裏をよぎる。

 死の間際に立ち会ったとき、彼らは最期に一言「こんなところでは死にたくなかった」と、そう言い残した。

 あの時の彼らの悔し気な顔。愛する人たちを守るべく大義を掲げ、己の全てを捧げてでも邪竜を倒さんと立ち上がった英湯たちが夢半ばで朽ちたその無念。


 それらを思い出すだけで、かつて抱き続けた怒りを憎悪が胸に蘇る。


 ――と、そこでユリエルは大きく息を吐き出した。


 怒りの中で戦えば、いつしか怒りに飲み込まれてしまう。

 戦いながら胸に宿すのは、闘志だけでいい。


 地面から突き出ていた氷の柱はいつの間にか光となって霧散している。

 次こそは確実に仕留めると、ユリエルは全身に力を漲らせて態勢を低くする。

 そうして次の瞬間には五人の懐に飛び込もうとしたその時、初めて人影が声を発した。


「……なぜ、我々を見てそれほどまでに怒りを抱く」


 問われたその声は小さく、しかしどこか薄暗い何かを感じさせるものだった。

 問いを投げかけてきたことが意外だったユリエルは、目を見開いて上体を起こした。


「お前たちには並々ならぬ借りがあるからな」

「……それほど曖昧な理由で我々に挑むか。我々がどういう存在であるかを知った上で」

「曖昧、ね。戦う理由なんてそれで充分だろ? それに、どういう存在か知った上で挑むんじゃない。どういう存在か知ったから倒すんだよ」


 ユリエルの返答に、邪竜教徒たちは何が可笑しいのか外套の中で嗤う。

 その嗤い方はひどく不快で、ユリエルの気分を逆なでした。


 先ほどの攻防で彼我の力量差は明白だというのに、なぜ嗤えるのか。

 ユリエルが苛立ち交じりに問おうとしたとき、それよりも先に男たちが溢れ出る邪悪な嗤いを噛み殺しながら言った。


「だってそうであろう。たかが人の分際で、邪竜に選ばれ、力を授かった我々を倒すなどッ!」


 誇らしげに叫ばれたその言葉は、陽が沈み、闇に支配されるこの世界を切り裂く。

 世闇の中でハッキリと視認できるほどに更に暗く、昏い両翼を背に生やし、邪竜教徒たちはユリエルを夜空から見下ろした。


「その翼は……」


 彼らが上空に飛翔し、そして重力に逆らってそこに留まり続けられている要因が背中からとつっ所として生えた黒い両翼であることは一目瞭然だ。

 そしてその翼に、ユリエルは見覚えがあった。


 かつて剣聖として駆けた最後の戦場。すなわち、邪竜との戦い。

 遥か上空にその黒い巨躯を浮かべるために羽ばたかせていた、邪竜の両翼。

 邪竜教たる彼らが背に宿している両翼は、邪竜のものと比べると遥かに小さいものだが、色や形などは非常に似通っている。


 見紛うはずがない。


 ユリエルの呟きを、自分たちの力への畏怖ととらえたのか。男たちは一層獰猛な笑い声を上げる。


「そう! これこそが邪竜がいまだご存命である証! そしてこの力を我らが授かった以上、我らの使命はただ一つなのだッ!」


 使命。邪竜を神のように崇め奉る彼らが何を為そうとしているかなど、それ以上語られずともわかっている。

 そこに興味はない。ただ、男が口にした言葉の中に一つだけ、聞き捨てならないものがあった。


「邪竜が存命している証、ね」


 そんなはずがない。

 邪竜はあの時、間違いなく自分の手で葬り去った。


 だが――本当にそうであるならば、彼らの背中に生えているあの黒い両翼はなんだというのか。


 もしかすると、なんて最悪なことを考えてしまう。

 しかし、ユリエルはそれらを忘れ去ろうと頭を振り、夜空に舞う邪竜教徒たちを睨みつける。


「どうあれ、人類の敵である邪竜の力を宿すお前らもまた邪竜と同じ存在だ。なら、俺がすべきこともまたただ一つ」

「ほう? この姿を前にしてもまだひかぬか。その勇気だけは誉めてやろう。……だが、それは蛮勇だ。地を這いつくばる貴様が天を舞う我々に勝てる道理などないのだからなッ」


 そう言いながら、男たちは右手をユリエルに突き出す。

 実際、彼らが舞うのは地上から十メートルの地点。幾らユリエルといえども跳躍で届く距離ではない。


「「「「「《クウィンク・クイドフレメア》」」」」」

「またそれか……」


 計二十五本の氷槍が詠唱と共に夜空に現出する。

 先ほどよりも十本も増えたというのに、ユリエルは詰まらなさそうに吐き捨てた。


 彼の呟きには隠すことのない落胆の色が溢れていて、その余裕に邪竜教徒たちは一瞬怯み、しかしただの虚勢と断じる。

 上空から地べたを這う無様な敵に一方的に魔法を叩きこめるという優位性。この事実は揺らぎようがないのだから。


 現に、放たれた氷槍をユリエルはただ避けることしかできない。


(少し、足りないか……)


 彼我の距離を目測し、ユリエルは自分の跳躍でも届かないと結論づける。

 彼らと違って魔法を使えないユリエルの攻撃手段は己の体のみ。距離を詰めることができない以上、近接戦闘しかできないユリエルに勝ち目など――


「でもまあ、わざわざ武器をくれるんだ。これを使わない手はないよな」

「「「「「!?!?」」」」」


 超高速で放たれた氷槍の一本を、ユリエルは難なく掴み取る。

 そして体を捻ることで生じる遠心力を生かし――掴んだ氷槍を邪竜教徒目掛けて投げ返した。


「かはぁっ……!」


 自分たちが放った時よりも遥かに早い速度で投げ返された氷槍に腹部を貫かれ、地を口から吐き出しながら苦悶の声を上げる。

 彼らの注目がその男に向かった隙をついて、ユリエルは更にもう一本の氷槍を掴み取り、投げ返した。


「――ちっ」


 その投擲は、しかし別の邪竜教徒の脇を掠めるに留まり、狙いを逸らしたユリエルは思わず舌打ちをした。

 邪竜教徒の腹部に突き刺さった氷槍は程なくして光の粒子となって霧散する。同時に、栓を失った腹部からは血と臓腑が溢れ出た。


「ば、化物だッ。――て、撤退だッ!」


 自信に満ちていた彼らも、今の反撃には畏怖を超えた何かを覚える。

 そもそも他者の放った魔法を掴み、投げ返すなど人の域を超えている。


 あり得ない。邪竜の力を得た彼らでさえ、撤退を選ぶほどに。


 傷を負った一人を二人で支え、残る二人がユリエルをけん制する。

 彼らが抱いた畏怖から生じる焦りとは裏腹に、撤退自体は非常に落ち着いて行われている。

 なぜなら、ユリエルは空を飛べない。ゆえに、空を飛ぶ自分たちを追うことはできないという安心がそこにはあった。


 だから――


「この借りは、必ず返させてもらうぞッ!!」


 最後に邪竜教徒はそう吐き捨ててユリエルに背を向けた。

 その様子をユリエルは地上から見上げ、


「ま、仕方ないよな」


 と、呟いた。そう、逃がしてしまうのは仕方がない。敵の逃亡を許しても文句の言われない状況だ。

 敵は空を飛んで、こちらは飛べない。どうあっても追う術はない。


 ユリエル以外なら――。


「だが、俺はお前らを逃がさない。ここで取り逃せば、お前らはいずれどこかで災厄を振りまくだろう?」


 声は一気に低くなり、鋭い視線は逃亡する敵から目の前の塔へと移る。

 直後には、ユリエルは塔へと走り出していた。


 一瞬にして超速へと加速したユリエルは、そのまま塔の壁に足をねじ込む。

 そして、そのまま塔の壁を走り出した。

 壁に食い込ませるようにして足を突っ込んでは引き抜き、突っ込んでは引き抜きを繰り返して塔の先端へとたどり着く。


 そこはもはや、邪竜教徒たちが舞う場所よりも遥かに高く――


「お前らは、ここで落ちろ!」


 己を鼓舞するように叫びながら、塔の先端から邪竜教徒たちへ飛び移る。

 一番近くにいた一人を踏み台にし、負傷した仲間を支える二人のうちの一人に飛び移り、頭部に跳び蹴りを放つ。


「――!」


 ここでようやくユリエルの行動に気付いた男が逃げおおせたと思い込んでいたために弛緩していた表情を引き締めて魔法を慌てて魔法を行使しようとするが、それよりも先にユリエルの拳が顔面にねじ込まれる。


 そして、


「せやぁッ!」


 支えを失った残りの邪竜教徒の後頭部めがけて、力いっぱいに踵を振り下ろした。

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