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二話 少女の怒り

「……ん?」


 少女の声に、ユリエルは訝しみながら振り返る。

 その声の主はまさしく彼の背後に立ち、こちらを指差しながらその端麗な顔を怒りに歪ませていた。


「今、あなたはその聖剣に触れようとしましたわねっ」


 ユリエルを咎める語気で、少女は今しがたの彼の行動を問い質す。


 少女は、一目見て美しいと感じる容貌だ。

 金色のハーフアップの髪と、青い目はさながら人形のようであり、淑女らしく気品に満ちた雰囲気が漂う。


「あ、ああ」


 少女の詰問に、ユリエルは戸惑いながら頷き返した。


 ――瞬間、少女の怒気がさらに激しくなる。そしてその怒気は周囲を行き交う者たちからも発せられていた。


 その怒りの矛先は、当然ユリエルだ。

 金髪の少女は怒りに震えながら口を開き、同じく震える声を発した。


「あなたは、それがなんであるかを理解していますの? ――三百年前、わたくしたち人類に災厄をもたらした忌むべき存在、邪竜を、その身を挺してまで倒し、人類を救った英雄、《剣聖》ユリエル=ランバート様が使われた聖剣バルムンクであるとっ」

「そりゃあもちろん知ってるさ」


 少女の物言いに気恥ずかしさを覚えながら、ユリエルはかつてバルムンクと共に渡り歩いた戦場を思い出し、笑みを浮かべる。

 ――それが、少女の怒りを爆発させた。


「――ッ! あなたのその狼藉、見過ごすわけにはいきませんっ! アレイシア王国ミルフォード公爵家次期当主、カティーナ=ミルフォードがあなたに天誅を下します! この世界に生きる者として、ユリエル=ランバート様を汚す蛮行、万死に値しますわ!」


 叫びながら、カティーナは白い布を取り出してユリエルの前に投げつけた。

 その行動の真意を理解できず、ユリエルは眉を寄せてその布を見つめる。


「本来ならば極刑に処してもいいところですが、ここは魔法学園。あらゆるものは学園の規定に則り決闘にて収めますわ。わたくしが勝った場合、あなたには聖剣バルムンクの前で額を地に擦り付け、謝罪していただきます。あなたも学園に通う生徒であるならば、決闘の手順ぐらいご存知でしょう?」


 カティーナは胸に手を当てて、目を細めながらユリエルを睨みつける。

 困惑の渦に囚われている彼に、彼女は続ける。


「――さぁ、あなたが勝利した際に敗者に突きつける条件。それを宣言して布を取りなさいっ」

「――――」


 カティーナのまくし立てるような弁に置いていかれながらも、ユリエルは辛うじて重要な要素だけを掻い摘み、理解していく。


 つまるところ、どうやら目の前の少女は自分が聖剣に触れようとしたことが気に食わず、それを謝罪させるために決闘というものを申し込んできているらしい。


 そして、彼女が口にしたいくつもの言葉をかみ砕く。

 三百年、魔法学園――。


 自分が邪竜を倒して眠りについてから、三百年もの月日が経過したということか。


 そして、魔法学園。ユリエルが生きていた時代にも魔法というものは存在していたが、学び舎が開かれるほど一般的なものだったわけではない。

 そもそもごく一部の種族しか使えなかったのだ。

 少なくとも目の前の少女――人族は使えない、はずだ。


 ユリエルが黙したままそんなことを考えていることなど露知らず、カティーナは業を煮やしたのか苛立たし気に、


「どうしましたのっ?」


 言外に、早く布を取り、決闘を受けろと急かしてくる。

 少女の剣幕にユリエルはどこかばつが悪そうに己の銀髪を左手でがしがしと乱暴に掻き、気だるげに口を開く。


「あー、決闘って要は喧嘩だろ? 意気込んでいるところ悪いが、断る。結果の決まっている一方的な喧嘩はやらない主義なんだ」


 ユリエルの言う一方的な喧嘩とはすなわち、自分が勝つということだ。


 かつて人類最強と謳われ、邪竜を倒した己の実力をユリエルは決して謙遜したりはしない。

 己の力を磨くために注いだ努力の量は、彼のその自信を後押しする。


 三百年余りもの間眠っていたにもかかわらず、自分の肉体に衰えは感じない。

 それはつまり、邪竜を倒した時のスペックをいかんなく発揮できるということだ。

 カティーナという少女の目の前には、《剣聖》として世界を救った男がいる。


 こんなもの、勝負をする前から結果は決まっている。


 ――しかし、カティーナはそんなことは知らない。


 知っているのは、伝説の英雄の所有物に恐れ多くも触れようとし、そしてそれを悪びれない傲岸不遜な不埒者ということだけだ。

 ゆえに、カティーナはユリエルの言葉を受けて挑発するような笑みを浮かべ、


「あら? 身の程は弁えているみたいですわね。それなら話が早くて助かりますわ。今すぐ地に額を擦り付け、『ユリエル様申し訳ありませんでした』と謝罪するのであれば、あなたの狼藉を見逃して差し上げますわよ?」

「誰がするかっ!!」


 何が悲しくて自分自身に対して地に額を擦り付けて謝らなければならないのか。

 ユリエルの拒絶にカティーナは呆気にとられた様子で目を丸くし、掠れた声で問う。


「あなた、本当にユリエル様に対して悪いと思っていませんの?」

「誰が思うか! いいか、よく聞け。これは俺のものだ。だから持っていこうとしただけだ。何か問題があるか」

「大ありですわっ! 聖剣に触れようとしただけでなく、あまつさえ持ち去ろうとしていただなんてっ。絶対に許しませんわ!」

「だーっ、もう面倒くせぇ! いいぜ、決闘とか言ったか。受けてやるよ。俺が勝った時はこいつを貰っていく!」


 勝利した際に敗者に呑ませる条件を、聖剣バルムンクを指差しながら宣言する。

 そして、カティーナの指示通りにユリエルは地面に投げつけられた白い布を拾い上げた。


「も、貰っていくと言われましても、聖剣の処遇についてわたくしの一存では……。せめて学園長の指示を」

「なら俺が勝ったらその学園長とやらに、俺に聖剣を渡すよう交渉してくれ」

「――っ、わ、わかりましたわっ。そもそも、あなたのような方にわたくしが負けるわけがありませんもの。杞憂ですわ」

「そうかいそうかい、じゃあ始めようぜ。――と、その前にだ。決闘について俺はよく知らないんだ。細かいルールを教えてもらえると助かるんだが」

「決闘について知らない? あなた、魔法学園にいながら……いえ、わかりました。魔法学園で行われる決闘において重要なルールはただ一つ。肉弾戦は行わず、魔法のみによって勝敗を決すること。これが最低限、そして最も重要なルールですわ」

「……は?」


 カティーナが戸惑いながらも口にしたルール。その内容に、ユリエルは思わず気の抜けた声を漏らした。


「勝敗は相手が降参と口にした時点でつきますの。その際に生じた怪我などは全て自己責任。暗黙の了解で禁じられてはいますが――殺してしまっても、かまいませんのよ? 命が惜しければ早めに降参することをお勧めいたしますわ」

「いやいやいや、ちょっと待て! 魔法のみって、それじゃあ殴る蹴るはダメってことか!」


 あたふたとしながら、ユリエルはカティーナに聞き返す。

 その問いに、カティーナは眉を寄せながら、


「何を当たり前のことを。ここは魔法学園ですのよ? であれば、魔法で互いの実力を競い合うのは当然のこと。――それともまさか、怖気付きましたの?」

「――っ、冗談はやめてくれ。いいぜ、やってやるよ。俺にもやることは色々あるんだ。さっさと聖剣を返してもらうぜ」


 この二人の言葉の応酬を皮切りに、それまで疎らだった人込みは二人を円状に囲っていく。

 結果として、その中に二人が戦うには十分すぎる空間が生まれた。


「決闘を行う際の儀礼として、改めて名乗ります。わたくしはカティーナ=ミルフォード。あなたは?」

「俺は、ユリエル=ランバート」

「――! まさか、ユリエル様の姓まで騙るとは! 最早容赦しませんわよ!」

「いや、騙っているわけじゃなくて、俺が――」

「黙りなさい。互いが名乗りあった以上もう決闘は始まりましたのよ。――《アン・クロディ》!!」


 ユリエルの言葉を遮り、カティーナが何か聞きなれない単語を呟いた瞬間、彼女の胸の前に顔ほどの大きさの土塊が一つ、大気に燐光を放ちながらどこからともなく現れた。

 そして、それは即座にユリエルに向けて超高速で放たれる。


 なぜ人族が魔法を――。


 目の前の光景にユリエルは思わずそんなことを考える。

 そしてその間に、土塊は彼に直撃した。

 ――が、


「うそっ!?」


 土塊はユリエルの腹部に当たると同時に砕け散る。攻撃されたユリエル当人はというと、平然とその場に立っていた。


「対抗魔法!? いつの間に展開しましたのっ」


 自身の放った超速を誇る魔法を事も無げに粉砕され、声を荒げて動揺するカティーナや周りの群衆たち。

 そんな彼女たち以上に困惑している者がこの場にはいた。


(今、俺何もしなかったんだけどなぁ……)

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