十八話 放課後のひと時
「魔法祭とは何か、知りたい?」
「昨日イライザ、先生が魔法実技の授業中に言っていただろ? あれって何なんだって思って」
四時限目の授業を終えたユリエルは、教室のある校舎のすぐ隣の建物内にあるカフェテリアにて、カティーナと共に食事をとっていた。
一日の授業が終わるのは大体三時、四時頃で昼食は基本それからとることになっている。
魔法学園において食事をする際は基本このカフェテリアか、商業区で買い食いをするか、それとも各学生寮に設置されている小さな食堂のいずれかになる。
生徒たちがサンドウィッチなどの軽食を持ってきて、授業の合間に食べることもまた教室では見慣れた光景になっている。
イライザとの話し合いの結果、二人での魔法と体術の特訓はなるべく人目につかないよう日が傾く時分、つまりは六時頃から行うこととなった。
したがって、ユリエルは学園での授業が終わってから二時間ほど手持ち無沙汰になるわけである。
そこで今日、時間潰しというわけではないが、放課後カティーナをカフェテリアに誘ったわけである。
父親からユリエルと仲良くするようにと言われ、その上存外面倒見のいいカティーナがこの申し出を断るわけがなく、二つ返事で快諾してくれた。
そして今、二人はそれぞれ食事を頼み、適当な席に腰掛けているところだ。
パスタを口に運びながら、ユリエルは結局日中にイライザに聞き忘れた、魔法祭についての説明を求める。
すると、カティーナは紅茶の注がれたカップを優雅にソーサーの上に置き、問い返す。
ユリエルの無知ぶりにもいい加減慣れたのか、ため息を吐きながら彼女は説明を始める。
「魔法祭というのは、そうですね……学園中で行われる決闘のイベントみたいなものですわ」
「決闘のイベント? なんだか物騒な物言いだな」
「実際物騒ですわよ? この魔法学園に通う生徒たちがトーナメント形式でその力を競い合う、対外的にはその名の通りお祭りですの。決闘同様、例え死んだとしても自己責任ですから、何年かに一度死者も出ていますわ」
「死者、ねえ。……お前はそのことをなんとも思わないのか?」
「思いませんわ。実際、この魔法祭は棄権することもできますのよ? それでも出場したということは、当然そのことを覚悟しているということ。仮に覚悟せずに出場したとして、どちらにせよかける情などありませんわ」
カティーナは整然と、あくまで冷たく、「それに」と続ける。
「魔法を学ぶ以上、命を落とす覚悟はしていて当たり前ですもの」
「命を落とす覚悟、か」
確かに、今のように力を学ぶ場がない時代――それこそ三百年前ならば、それは道理だ。
あの頃、騎士や戦士、魔法使いに至るまで、その誰もが戦場で命を削りながら技を磨き、力をつけてきた。
その過程で死ぬのならば、その程度のものであったと。
だが今は違う。少なくともこうして学び舎があり、争いから遠い場所で力を研鑽できる環境がある。
彼女の鬼気迫る覚悟にユリエルが目を細める中、カティーナは尚続ける。
「魔法祭は一月かけて行われますの。対戦相手は抽選で決まり、勝てば次の相手、負ければそこまで。最後まで勝ち残った者には将来が約束されますわ」
「将来が約束?」
「ええ。学園に通う生徒の頂点、誰もがそこを目指して魔法祭に出場しますわ。この魔法祭は全世界に注目されていますから、ある程度勝ち残ることができればそれだけで価値があることですけれど」
「ふぅん……」
この学園のトップになることがどれほどのことなのか。
ユリエルにはいまいちそのことがピンとこない。
「それこそ、序列に載ることができればもはや将来が約束されたものですわ」
「序列? ランキングみたいなものか」
「ええ。この魔法祭上位百名に与えられる、そうですわね……言うなれば称号のようなものですわ。序列を持っていれば、それだけで諸国の重要機関などから声がかかりますの。大半の生徒は学園のトップ、序列一位などという非現実的なものよりもそちらを目指しているかもしれませんわね」
もぐもぐと咀嚼しながら、ふとユリエルは気になった。
「そういや、カティーナって序列何位ぐらいなんだ?」
「わたくしですか? わたくしは現在、序列三十二位ですわ。もっとも、来月に行われる魔法祭が終わればこの序列も変わりますけれど」
「三十二位……この魔法学園で三十二番目の強さってことか」
「組み合わせによって一回戦などで強い人同士あたることもあるので一概には言えませんけれど、そうですわね。去年の魔法祭で序列に載ることができた第一階級の生徒はわたくしだけでしたので、その点においては少なからず誇っていますわ。――ですが、わたくしは必ず序列一位になってみせます。必ず」
テーブルの上に乗せている右手に力を込め、カティーナは決意を口にする。
その決意にはいつになく彼女の感情が強く込められていて、ユリエルはそのことに驚いた。
同時に、ユリエルは彼女の実力で魔法学園で三十二番目なのかと首を傾げた。
カティーナと決闘でやりあったユリエルは、彼女の実力が三百年前の平均的なエルフの魔法に迫るものだと知っている。
この学園では、そんな彼女よりも強い魔法使いが少なくとも三十一人はいるということになる。
序列一位ともなれば、どれほどの魔法を使うのだろうか。
気にはなるが、もし戦ったとして勝てるだろうかなどという疑問は湧かない。
どれほどの実力の持ち主であろうと、エレナ以上の実力を持つ魔法使いはいないという確信があったからだ。
そして、エルフの中でも最上位の魔法使いであるエレナと戦って勝てるユリエルには、やはりそのような疑問は微塵も浮かばない。
だから、次に口にした問いはそれとは全く違う疑問だった。
「ところで、階級とか等級とかっていうのはなんなんだ。全く知らないんだが」
「どうしてそのことを誇りながら言えるのか、わたくしには理解できませんわ」
特に恥じることなく次々と疑問を投げてくるユリエルの態度にカティーナは小さくため息を吐きながら額を押さえる。
彼女のその反応で、ユリエルは自分が質問攻めしてしまったことに気付き、ガシガシと頭を掻いた。
「飯を食べているときに質問ばかりして悪いな。ただ、前にも言ったと思うけど、魔法学園に関しては全く知らないからさ」
「別にかまいませんわ。ただ、こういうことはもっと早く聞いておいてください。他にもわからないことがあればすぐに解消しておくことをお勧めいたします」
「なに、お前ってもしかしていいやつなのか?」
「説明しませんわよ」
「じょ、冗談だって……教えてください」
青い目を細め、冷えた声で言われて思わずユリエルは敬語で頭を下げる。
そんな彼の行動にまたしてもカティーナは呆れたように息を吐き、そしてユリエルが頭を上げるよりも先に説明を始めた。
「階級は通常一年で一階級あがりますわ。わたくしはこの学園に入学して二年目ですので、第二階級ということになりますの。この学園は三年で一通りの魔法の技術を学びますので、一番上の階級が第三階級ということになりますわね。……ただ、成績が芳しくなかった生徒は階級があがらないどころか、さがることも度々ありますわね」
「なるほどな」
「等級は各階級に第一等級から第五等級まで五つあります。数字が小さいほど、その階級での成績が優秀ということになりますわね。これも成績によって一年のうちに何度か入れ替わることがあります」
「成績、成績って、なんだか大変そうだな」
「あなたも他人事ではありませんのよ?」
カティーナの正論にユリエルは苦笑しながら「そうだったそうだった」と頷く。
もっとも、ユリエルの場合は国王やその他権力者たちの判断いかんによっては近いうちに学園を辞めなければならない、なんて事態になるやもしれないが。
「ん? ちょっと待て。俺はこの学園に入ってまだ一年経ってないが、第二階級だぞ?」
「そこがわたくしも不思議でしたの。飛び級した上に第一等級での入学なんて、前例がありませんもの。……ですが、あなたの実力を考慮すればそれは当然の措置なのかもしれませんわね」
カティーナに決闘で勝利した以上、彼女よりも下の階級、等級は実力にそぐわないということか。
納得していると、カティーナが「もう質問はよろしいですの?」と確認してきた。
ユリエルは腕を組んで考える。この際だ、現状で思いつく質問は全て聞いてしまおう。
少しの間を置いてから、ユリエルは「そうだ」とカティーナを見つめた。
「邪竜教について知っていることを教えてくれないか?」
――邪竜教。ユリエルにとって憎むべき敵。
筆記試験にその名が現れ、彼らがいまだにこの世界に存在していることを知り、エレナにそのことについて聞きはしたが、具体的なことまでは聞けていない。
どうせなら聞いてしまおうと思っての問いだったが、ユリエルが『邪竜教』と口にしたその瞬間、カティーナの表情が強張った。
「ん? どうかしたか?」
「……その、あなたはわたくしの家のことを知った上で聞いているのですか?」
「? カティーナの家がどうしたんだ?」
カティーナは唇を震わせながら問う。その問いにユリエルは困惑気味に答えた。
すると、カティーナはほっと一息つき、薄く笑った。
「そうですわよね、何も知らないあなたが、知っているはずがありませんわよね」
「おい、なんかそれすげえ俺のことバカにしてねえか」
なぜか元気を取り戻したカティーナに憮然とした表情で抗議する。
とはいえ、彼女の言っていることももっともだ。
学園のことであれば、編入したばかりで知らないのも無理はない。
しかし、邪竜教についてまであまり知らないのは、さすがに世間知らずに過ぎる。
カティーナは彼の無知ぶりに慣れたのか、そのことを深く突っ込むことはしない。
というよりも、もう諦めたらしい。
「三百年前、邪竜が世界を荒らしていた時代。当時の邪竜教はその信徒の数も今とは比べ物にならないほどにいたそうですわ。ですが、邪竜なき今邪竜教徒の数は相当減ったと言われています」
カティーナの説明に頷く。
あの頃は、それこそ数多ある国家の幾つかは邪竜教徒に加担していた国もあるほどだった。
国絡みの衝突など、数え切れない程起こった。
邪竜やその配下による脅威よりも、邪竜教徒たちによる被害のほうがむしろ多かったのではないだろうか。
「とはいえ、それでも邪竜教は活動を続けています。……時々、それこそ国の重鎮のような方も邪竜教に加担し、その地位で得た資産や権力を悪用なんて事件も起こっていますわ」
そう語る彼女の表情は暗い。
見れば、肩が震えていた。
「邪竜教徒たちによるテロも度々起きていますが、その度に軍や、それこそエレナ様たちが動き、鎮圧しているそうです。今はまだ邪竜教の脅威はありますが、それも時間の問題。いずれはその全てが裁かれるでしょう」
そう語る彼女の瞳は、邪竜教の滅びを信じて疑わない。
信仰していた対象である邪竜が剣聖によって滅ぼされて久しい今、彼らなど所詮烏合の衆に過ぎないのだと。
「そう、か。なるほどな……」
自分が邪竜を倒したことで、彼女が明日の平和を信じられるのなら、自分がしたことは無駄ではなかったのか。
「ありがとう」
「急になんですの。質問に答えたぐらいでそれだけ感謝されても困りますわ」
ユリエルは突然頭を下げると、感謝の気持ちを口にする。
その大げさな態度にカティーナは戸惑いを見せる。
「そうじゃねえよ」
「……?」
カティーナの言葉をユリエルは否定する。
一層、カティーナはその端麗な顔に困惑の色を浮かばせた。
ユリエルは満足げに笑みを刻むと、パスタを口元に運んだ。




