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邪竜を倒した剣聖ですが目覚めたら魔法使いとかいうモヤシ共がのさばっていました。  作者: 戸津 秋太


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十六話 イライザの課題②

 最初の接触は、突き出された拳をユリエルが右手でいなすところから始まった。


 いなされ、勢いそのままに脇をすり抜けようとするイライザの背後に回り込み、ユリエルは手刀を打ち込む。

 本能でそれを察知したのか、イライザは右足に力を込めて踏ん張り、体の向きを返しながら両腕でそれを受け止めた。


 が、勢いを殺しきれずにイライザは数メートル先の地面まで滑り転がることになった。


「っぅ……、いやはや、本当に強いな君は。完全に受け止めたというのに、両腕が痺れているよ」

「守られたら防がれる程度の攻撃を攻撃とは言わない。それを突破してこその攻撃だ」

「なるほど、勉強になる――よ!」


 会話を早々に切り上げ、再度イライザは地を蹴った。

 そして、直立したままのユリエルの頭部に向けて右足で蹴りを入れる。


「っ!」


 だがそれを、ユリエルはいとも容易く掴み取る。


 彼の人離れした握力によって拘束され、イライザは顔を顰めた。

 だが、空いている左足を体を捻るようにして浮かび上がらせ、がら空きの右半身から再び頭部へと蹴り上げる。


「――――」


 ユリエルはイライザの右足を離し、上半身を引いてそれを回避。

 その間にイライザは右手で地面を押し、跳びはねる。くるくると宙で回転しながら地に降り立った。


 ――と、その着地を狙って間髪入れずに今度はユリエルが肉迫する。


 体勢を立て直している最中のイライザに向けて超速で繰り出される掌底。

 その照準は彼女の顎先に向かっている。


 的確な急所へ向けられる殺意の塊に、イライザは冷や汗を掻きながら今度は回避行動に徹する。

 体を捻り、紙一重で躱せたとしても続く二撃目が襲い来る。それを回避することは恐らく無理だろう。


 そう判断してイライザは体を前に傾け、ユリエルの懐へ飛び込んだ。


 回避の後、一旦距離を取ると予想していたユリエルは一瞬虚を突かれたような表情を浮かべる。

 だが、少し予測と外れたからといって硬直する程度の経験値ではない。


「ふっ!」


 流れるような動作で突き出していた掌底を引き戻し、すぐさま近付くイライザにめがけて半ば刃と化した右腕を一閃――。

 懐に潜り込むために前進を低く沈めていたイライザの腹部に容赦なく叩き込まれる。


「ぐふっ、かはぁ……っ!」


 肺から空気が一気に吐き出され、喘ぎ声と共にユリエルの攻撃が直撃した余波で巻き起こった大気の乱れと共に、イライザは吹き飛ばされる。


 あまりにも長い滞空時間を経て、イライザの体は重力に引かれるよりも先に壁に叩きつけられた。


「ぐう……!」


 二度目の衝撃が彼女の全身を襲う。

 だが、意識は失わず、イライザはよろりと片膝をつきながらも辛うじてユリエルを睨みつけた。


 そして――笑った。


 その笑みの意味を、ユリエルが問うことはない。

 問わずとも、理解しているからだ。


 口の端から滲み出た血を右手で乱暴に拭いながら、イライザは枯れた笑い声を漏らす。


「凄まじいな、君は。こんなにも赤子の手を捻るようにあしらわれたのは人生で二度目だよ」

「二度目?」

「ふふ、そうか。君は私が教師として勤めるようになった経緯を知らなかったな。なに、随分と昔の話だ。一度学園長と相対したことがあったんだよ……」


 立ち上がりながら、イライザは肩を竦めた。


「君の力は学園長のそれだよ。まるで怪物のようだ」

「怪物にならないと辿り着けない領域があったんだよ。全ては、成り行きだ。俺は成り行きで力を求めて、成り行きで強く在ろうとした」

「ふっ、成り行きか。とてもそうは見えないがね。君の力は君の意志を持って磨き上げられたものだ。……少なくとも、私はそう感じた」

「――ッ、言葉遊びはもういいだろ。それよりどうする。見たところ結構きつそうだが、この辺りで終わりにしておくか?」

「バカを言うな。ここで終わりにするぐらいなら初めから君に挑んでなどいないさ」

「挑む、か」


 挑む。この表現をしたということは、イライザは決闘を始める前からわかっていたのだ。

 自分では、ユリエルに勝てないということを。


「それじゃあ終わらせるか。久々に体を動かせて楽しかったが、俺もこの後少し用があるからな」

「それはなんとも悲しくもあり、嬉しい提案だな」


 敵わないと知ってなお、獰猛な笑みを浮かべて応じるイライザ。

 その姿に、ユリエルはかつての自分を幻視した。


 まだ英雄になる一歩手前だったころの自分と。


「――――」


 ユリエルは息を吐き捨てると、右腕を僅かに動かす。

 そしてその瞬間、衝撃を残して地を蹴った。


「……!?」


 気付けばユリエルがすぐ目の前にいて、イライザは驚きに目を見開く。


 体技、《縮地》。


 一定の力量を持つ相手に有効な体術。

 僅かな動作を見せることで視線をそちらに誘導し、その一瞬の隙きをついて距離を詰める。

 相手からすれば、まるで瞬間移動してきたかのような錯覚を覚える。


 イライザが回避行動をとるよりも、移動の速度を上乗せしたユリエルの攻撃の方が速い。

 咄嗟に両腕を前に構える彼女のその防御に向けて――ユリエルは拳を下向きに打ち込む。


「ぐぅっ!?」


 両腕の防御をものともせず、衝撃はみぞおちに達する。

 そのまま、衝撃は地面を抜けることなくイライザの体に留まる。


 この間、刹那にも満たない。


 大抵の相手ならば、全身を巡る衝撃に耐えきれず意識が飛ぶはずだが――


「……っ」


 イライザは、両膝をつき、しかしそれでも辛うじて意識だけは留めている。


 ユリエルは思わずほぅと感嘆の声を漏らし、意識を刈り取るべく背後に回り込み、がら空きの首筋に向けて手刀を落とした。


 どさりと、イライザが地に倒れ伏す音がユリエルの耳朶を打ち、ようやく全身から力を抜く。

 小さく息を吐き、横たわるイライザを見下ろした。


「……悪くはない、か」


 その呟きはだだっ広い実技施設――もとい、決闘場を吹き抜け、消えていく。

 拳を握っては開き、握っては開きを繰り返し、ユリエルは今の戦いの感触を確認した。


 ◆ ◆


「……ぅ」

「お、気付いたか」


 手を首に当て、気だるげに起き上がったイライザに、ユリエルは声をかける。

 イライザは焦点のあわない視線でユリエルをおさめると、自嘲気味に笑った。


「参ったな。もう少しは耐えられると思ったのだがね……」


 勝てるとまでは思っていなかったとはいえ、イライザ自身自分の力にはそれなりの自負を抱いていたのだろう。

 まさかこれほどまでに手も足も出ずに敗北するとは予想だにしていなかったはずだ。


 だが、イライザはよろりと立ち上がると快活な笑みを浮かべたままユリエルを真っ直ぐに見る。


「決めたぞ、君を私の師匠に任命しよう」

「……は?」

「だから、君は私に体術の指導をする。代わりに私が君に魔法を教えてやろう。どうだ、お互いに有益だろう?」

「いや、有益も何もあんたの仕事は生徒に魔法を教えることだろ」


 ため息を吐きながら、しかしユリエルの表情は明るい。


「ま、俺も鍛錬にはなるし、強くなろうとするあんたに思うところがないわけでもない。……よろしく頼むよ」

「ああ、見ていろ。ゆくゆくは君を打ち倒し、そして学園長を超えてみせよう」

「あんた、どんだけエレナに勝ちたいんだよ」

「私が体技を磨き始めてから初めて負けた相手が彼女だからな。彼女を倒さずしてその先はない」


 イライザの決意を聞いて、ユリエルは脳裏にかつてのエレナの姿を思い浮かべた。

 敵を強力な魔法でなぎ倒していく彼女の姿を。


「……ま、まあ頑張れ」


 無謀とも言えるイライザの目標に、せめてもの励ましを。

 ユリエルは小さく彼女の背を押すように呟いた。


 結果だけを考えると、幸い全てユリエルの都合のいい方に転んだ。

 魔法を学ぶという面においても、イライザという最高の協力者を得た。

 加えて、体術を教えることで自分の心に燻る虚無感を紛らわすことができる。


「では、今日から放課後は互いにここで教え合おうとしようではないか」

「ああ、よろしく頼むよ」


 踵を返し、実技施設を立ち去るイライザの背中に視線を送りながら、ユリエルもまた地面に追いていたローブを手に取り、歩きだした。

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