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邪竜を倒した剣聖ですが目覚めたら魔法使いとかいうモヤシ共がのさばっていました。  作者: 戸津 秋太


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十一話 仮初の平穏

「…………」


 筆記試験が半日で終わったため、時刻はまだ昼を少し過ぎたばかり。

 陽光を反射して燦然と輝く美しい刀身を持つ聖剣バルムンクが飾られている台座の前に、ユリエルは一人直立していた。


 ――確かに、美しい。


 どれだけの敵を葬ろうとも、どれだけの時が経とうとも、その刀身は決して穢れることを知らない。

 だがその刀身が、ユリエルには血塗られて見える。

 数多の亡霊が夢半ばにして死にゆく運命を呪い、その運命を敷いた剣聖のことを怨む。


「そういえば、剣を振るい始めたばかりの頃はそんなことを考えていたっけ」


 戦場に出るたびに、命を奪うことへの罪悪感と自分の行動は果たして正しいのかという疑念を抱き続けていた。

 それがいつからだろうか。命を奪うことになんの感慨も迷いも抱かなくなったのは。


 ユリエルの完全な私見だが、たぶん、そうなってしまった存在のことを人々は英雄と呼び、畏怖し、崇めるのだろう。


 人ではないナニか。人を捨てたナニか。

 その存在に恐怖を抱き、自分たちとは一線を画した存在であると英雄などという幻想をこじ付けて安心しているに過ぎないはずだ。


 ふと、以前この場で怒りに満ちた眼差しで自分を睨みつけてきたカティーナの顔が脳裏をよぎった。


 愚かな英雄を崇拝する、愚かな少女。

 全く笑えないと、ユリエルは大きく息を吐いてから一歩前に足を踏み出した。


 塔の扉を開けて中に入り、螺旋階段を上っていく。

 ユリエルが塔の中に入ったその瞬間、聖剣バルムンクの黄金の柄に埋め込まれている青い宝玉が、僅かに光を発した。




「エレナ、少し話がしたい」


 塔の最上階に駆け上がったユリエルは、学園長室の扉を開けてすぐに執務に従事するエレナに声をかける。

 突然の来訪者に、エレナは資料の束に向けていた視線を上げ、瞠目した。


「どうしたんですか、突然。何かわからないことがあればイライザ先生にと」

「魔法学園についてじゃねえよ。――いや、ある意味関係あるか」


 ユリエルの声色がいつになく張り詰めたもので、彼の話が真剣なものであると察したエレナは僅かに眉を寄せた。


「あなたのそういう顔、あまり好きじゃないです」

「どういう顔だよ。なんだ、俺今何か変な顔をしていたか?」


 ユリエルが怪訝気に問い返すと、エレナは「いえ……」と小さく首を横に振り、愁色を浮かべながら立ち上がった。

 そしてそのままソファに座るよう促すが、ユリエルはそれをはっきりと断る。


「今日、歴史の筆記試験を解いている時に気になる問題があった。――邪竜教についてだ」

「……ッ!」

「この学園のシステム、これはまるで強くて戦える魔法使いを育てようとしている風に見える。優秀な魔法使いでも、人々の役に立つ魔法使いでもなく、だ。そのことが俺はずっと不思議だった。――だが、考えたくもないが、そういうことなんだろ?」


 自分の表情が引き締まったのを、エレナは感じた。

 薄緑の瞳は目の前の銀髪の青年に釘付けになる。

 この間のような誤魔化しは許さないと。

 そう言外に告げてくる、ユリエルの、剣聖の威圧を伴う雰囲気。


 背中に鉛を背負ったような感覚に襲われながら、エレナはようやく口を開いた。


「はい……」


 その口から零れ落ちた声はひどくか細かった。

 だが確かにそれはユリエルの耳に届き、そして彼は重たい息を吐き出しながら天井を見上げた。


「そう、か。……そうだよな、考えればすぐにわかることだ」


 悲しげな声は虚空に放たれ、泡沫のように溶けて消えていく。


 争いの種がなくなるわけがない。そんなこと、世界を少し知った子供ならば誰でも知っていることだ。


 この世界は未だに争いが蔓延っている。それならば、ユリエルは――。


「待ってください、あなたが戦う必要はないですっ。そのために私は魔法学園を……!」

「わかってるさ。まあ、あの頃のように邪竜が暴れまわっているってわけでもない。別に俺の力が必要なことなんてそうそうないだろうよ」

「そうです。邪竜教も各国の軍隊や組織のちからによってその勢力を縮小していっています」


 ユリエルはエレナの言葉に耳を傾けながら、彼女に歩み寄る。

 そして、そのまま困惑する彼女の脇をすり抜けてその背後にある大きな窓の前にたち、目を眇めながら眼下に広がる魔法学園の光景を睥睨した。


 そうしている彼が一体何を考えているのか、エレナにはわからなかった。

 だが、ユリエルと自分との間に距離があるような、そんな漠然とした感覚だけは抱いていた。


「あれ……?」


 ふと、何かを思い出したようにエレナは首を傾げる。

 声に反応して、ユリエルは「どうした?」と問いかけながら振り返る。


「あ、いえ……どうしてユリエルが試験を受けているのかなと」

「…………は?」


 エレナの疑問は、そのままユリエルの疑問へと変わる。

 エレナがなぜそんな疑問を抱いたのか、その理由を知ってユリエルは思わず脱力した。


 ◆ ◆


「どういうことですか、イライザ先生」


 ユリエルが試験を受けたことを聞いて、エレナは急ぎイライザを学園長室に呼び出した。

 現れたイライザに、エレナは厳しい視線を注いで事態の説明を求める。


「私は編入生であるユリエルは中期試験を免除、代わりとして何か課題を出すことで成績をつけるようにと。……試験前日にそうお伝えしたはずですが」

「すまない、忘れていたよ」


 エレナの追求を受けても、イライザは飄々とした態度を崩さない。

 その反応をある程度は予想していたのか、エレナは疲れたように目頭を押さえて深いため息をついた。


「……とりあえず、一ヶ月の減俸です」

「ど、どうしてだっ! あいや、どうしてですかっ!」

「今更な敬語を使ってご機嫌を取ろうとしても処遇は変わりませんよ。編入したばかりの生徒に受ける必要のない試験を受けさせたのですから、当然でしょう」

「――――」


 エレナは革で造られた重厚な椅子に座り、それと対をなす机を挟んで直立するイライザは「酒が……」などと、消えた給料で買う予定であったもののことを偲んでいた。

 二人のやり取りを、ユリエルは部屋の中央に置かれている接客用のソファに腰掛けて眺めていた。


「ところで、話はそれだけなのかな? それならば私は失礼するが。試験の採点などをしなくてはいけなくてね」

「待ってください」


 学園長室を立ち去ろうとするイライザを、エレナは呼び止める。


「どうして、ユリエルに試験を受けさせたんですか」


 その問いに、イライザは一瞬表情を固まらせ、そしてすぐさま不敵な笑みを浮かべてみせた。

 黒い瞳と薄緑の瞳が交差して、互いの思惑を読み取らんと切迫する。

 イライザはそんな状況で右手をふり、


「言っただろう、忘れていたと。別に意図してやったことではないよ」

「誤魔化さないでください。子供のような言い訳が通用するとでも?」

「――そもそも、だ。こんな時期に無理やり編入生をねじ込んだのは君だろう? 今までこんなことは一度としてなかったからね、本当に、うっかりしていたんだよ」


 ユリエルを編入させたことについては、エレナにとって痛いところだったのか。

 イライザにそう言われ、彼女は押し黙る。


 話は終わったと踵を返して学園長室の扉に手をかけたイライザの背中に、今度はユリエルが声をかける。


「なあ、俺は明日の実技試験は受けなくてもいいんだよな?」

「そうなってしまうね。私としては本当に残念で仕方がないが……その代わりに、課題の内容は私に一任されているんだ。私との決闘、もとい手合わせを課題としても問題はあるまい?」

「それはご遠慮願いたいものだけどな。なんとなく、俺はあんたとやり合いたくねえし」


 肩をすくめるユリエルに、イライザは「この短期間で随分な嫌われようだ」とおどけた調子で返す。


「明日は休んでくれてかまわない。商業区でぶらつくもよし、自宅で勉学に勤しむもよし。もっとも、後者に関しては君がやるとは思えないが……そういうことだ」


 最後にそれを言い残して、今度こそイライザは学園長室を後にした。

 ユリエルはしばらくの間誰もいない扉の方を見つめ、そしてすぐに振り返った。


「あいつのこと、どう思う?」

「イライザ先生は優秀な先生ですよ。一部の悪癖を除けば、ですが」

「聞いたよ。生徒を強く育てて、将来そいつと戦うために教師をやっているんだろ? まあ、そういう意味ではお前の望む人材ってことか」


 ユリエルの皮肉を帯びた物言いに、エレナは渋面を浮かべる。

 だが即座にその表情を変えて違う話題を口にする。


「そういえば、魔法学の試験はどうでしたか?」

「お手上げだったよ。俺の知らない言葉、俺の知らない計算、俺の知らない概念。問題すら理解できなかった。――ま、唯一の救いは文字が三百年前とそれほど変わっていないってことだな」

「文字は考えを伝えるための手段ですからね。今のもので不自由がなければ、それほど急激な変化は生まれませんよ。一部では、少し変わった文字も生まれているらしいですが」

「なんにせよ、俺も用はすんだしそろそろ帰るとするよ。あんまり長居しすぎるのもよくないんだろ?」


 ユリエルはそう言ってソファから立ち上がり、イライザに続くように学園長室を立ち去ろうとする。


「これから何を?」

「ん? あー、ちょっとだけ商業区をぶらついて学生寮に戻るさ。明日はおとなしく寮で本でも読んでおくよ」

「本、ですか……。ユリエルに読書の趣味があった記憶はありませんが」

「実際ないさ。ただ、カティーナに借りたからな、さっさと読まねえと」


 そう言って、ユリエルは自分に伝記を渡したときのカティーナの姿を思い浮かべる。

 ユリエルの表情を見て、エレナは僅かに微笑んだ。


「あなたのそういう顔、私はすごく好きですよ」

「だから、どういう顔だよ。なんだ、また俺は変な顔をしていたのか?」


 先程交わした言葉とは少し違う言葉を交わしながら、エレナもまた立ち上がり、一層笑みを深く刻みながらユリエルに近づく。


「これから商業区に行かれるのでしたら、これを持って行ってください」

「これって、金か……?」

「ええ、以前のものとは少しデザインが変わっていますけど、貨幣の価値自体はそれほど変わっていません」

「……女に金を貰っているこの構図だけ見ると、俺結構最低な気がするんだが」


 女性のヒモになる剣聖の姿。全くもって笑えない。

 すると、エレナは可笑しそうに苦笑した。


「そもそも、ユリエルに支払われるはずだった多額の恩賞までも私たちに分配された形ですし、これはただ単にその一部をお返ししただけですよ。何より、魔法学園で暮らしていくにしても最低限のお金は必要ですから、今度纏めてお渡しします」

「恩賞か、そんなのもあったな……」


 すっかり失念していた。


 ユリエルはエレナから手渡された金貨をローブの内ポケットに突っ込むと、改めて学園長室を後にする。

 せっかくだから何か買おうと、そんなことを考えながらユリエルは商業区へ足を向けた。

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