Part.4
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バーテンダーの服を着た少女に席を案内される瑶。
可憐で美しい少女に微笑みかけられ、自然と足はカウンター席へと向かっていた。
瑶は、七席のカウンターの中の一つ、向かって右側の端から二つ目の席に腰を下ろし、少女は微笑みながら、そっと温かいお絞りと冷えた氷水をテーブルに置く。
見た目は確かに少女なはずなのに、その手慣れた仕草とバーテンダーの服装は少女を大人っぽく見せていた。
そして、何よりも驚いたのは店の外観と内観の違いだった。
外の小汚く薄暗い雰囲気とは異なり、タイムスリップしたようなレトロでヨーロピアンを思わせる内観。天井には小さなシャンデリアが飾っており、店内を明るく灯している。
壁には大きな風景画。海辺が描かれている絵からは海の音が聞こえてきそうだ。反対の壁には、木製の本棚がいくつもあった。その中には、英語で書かれている洋書や和書の本が並べられている。
シンプルだけど昔のヨーロッパを思わせるような内観だった。
こんなお店でパリの人達は朝の一杯を楽しむのだろう……と、瑶は思った。
次に、瑶は、カウンターの中にいる少女をチラッと見る。つい身惚れてしまいそうなぐらい美しい少女。
色素の薄い長い髪には、ウェーブがふんわりとかかっている。まるで、キャラメルを上から落とし、ふんわりとしたお菓子のよう。
肌は降り積もったばかりの雪のように白く、瞳はまるで、海底を思わせる深い色だけど、どこか澄んでいるようにも見える蒼い瞳。
見た目は10代の少女なのに、大人の雰囲気も持っている不思議な少女だった。
(ハーフ、だよな…?蒼い目をしているし…)
もしハーフなら納得のいく顔立ちだ。そんなことを思いながら少女を見ていると、バチッと目が合った。
「――っ!!」
瑶は何故か急に恥ずかしくなり、目の前にあるメニュー表を慌てて手に取った。
焦げ茶色の皮で出来た長方形のメニュー表。中は朝食用の軽めのサンドイッチやガッツリ食べたい夜食用のシチューやグラタン・喫茶店には必ずあるナポリタン、そして、食後のデザートとソフトドリンク・珈琲の欄があった。
ここは珈琲がメインなのだろう。
メニュー表には瑶が知っているアメリカン珈琲やキリマンジャロと言った珈琲はもちろんブレンド珈琲等も記載されているが、聞いたこともない珈琲豆や珈琲の雑学についても記載されていた。
ここの店長は、余程の珈琲好きらしい。
「……」
瑶は苦い顔をした。しかし、それも一瞬のことだった。
メニュー表を閉じ顔を上げると、カウンターの中にいる少女に向かって注文をする。
「すみません。カプチーノを一つ下さい」
「かしこまりました」
少女はニコリと微笑み注文を受ける。その微笑みに思わずドキリと胸が鳴る瑶。
自分にその気は無いとわかっていても、天使のように美しい少女の笑みは、とても心臓に悪かった。
(バイトの子なのかな…?)
黙々と作業をする少女の姿に、ふと、小さな疑問が抱いた。
――店の店員が、彼女一人だということに。
もし仮にバイトだとしたら、それはおかしい。
余程のブラック企業ではない限り、店の管理を一人のバイトに任せるのは有り得ないことだからだ。それがこんなひっそりと建っているお店でも、もう一人ぐらいは居てもおかしくない。
かと言って、年齢から考えるに正社員でもなさそうに見える。
そんなことを考えていると、ドアベルの音が店内に響いた。
――カランカラン
この店に自分以外の誰かが訪れるとは思わず、瑶は扉の方を振り向く。
(一体、どんな人が……?)
少しの興味で振り向いたはいいが、瑶は扉の前に立っている客に思わず驚き目を見開いた。
瑶は唖然となり、口はポカーンと開いている。それぐらい驚いていた。
店に入って来た客は20代ぐらいの背の高いスーツ姿の男性だった。と言っても、スーツはかなり着崩している。
それもどうかと思うが、瑶は、それよりも男の顔に驚いていた。顔自体は悪くない。整っており、所謂、イケメンの部類に入る――が、今の男の顔は物凄い形相をしていたのだ。色男も台無し、幼い子供が見ればきっと泣き出してしまうだろう。
正に、鬼のような…悪鬼のような形相だったのだ。そして、何故だか鉄パイプを持っていた。
男は鉄パイプを杖にし、ヨロヨロとこちらを見ながらカウンター席へと向かっている。すると、カウンターの奥から小さな溜息が聞こえてきた。
「はぁ…。また、ですか?」
「ぐっ、ぐぬううっ……」
男は、なんとか席まで辿り着くと倒れこむように椅子に座る。顔は疲れきっており、テーブルに全てを預けていた。
「た、頼む……」
「はぁ……」
「それと……こ、これ…も……」
男はスーツの内ポケットから一枚の写真を取り出し少女に手渡すと力尽きたようにバタッ……と、再びテーブルに倒れ込んだ。
少女は写真を受け取ると何事も無かったかのようにニコリと微笑み、淹れたてのカプチーノを瑶の前に置く。
「お待たせしました。カプチーノです」
「あ。ど、どうも……」
フワリと揺れる白い泡…ミルクと珈琲の匂いが鼻腔を擽り、心をホッとさせる。
瑶はカップを持ち、コクリと喉を鳴らしながら一口飲む。
「――美味しい!」
その言葉に少女はニコリと微笑んだ。
「ふふっ、ありがとうございます」
先程の笑みは何処に行ったのやら。少女はジト目で瑶の隣に座っている例のスーツ男を見る。
少女は溜息を吐くと、何かを払うようにポン…ポン…と、男の頭と肩を叩いた。その瞬間、鬼のような形相だった男がコロリと表情を変えた。まるで物憑きでも落ちたかのようにスッキリした顔になり、男は首と腕をグルグル回し始める。
「ふぅ〜。楽になったぁ」
瑶は、その様子を呆然としながら見ていた。
少女の方は天井を見上げ、誰かに向かって話しかけている。
「いえいえ、どういたしまして。あ、お帰りになる前に少し訪ねたいことが。こちらの方を誰かご存知ありませんか?」
「ん?…お。珍しいなぁ〜、客か」
「……」
瑶は、今もまだ誰かに向かって話している少女を不思議そうな目で見ていた。
瑶の唖然呆然とした様子に男は気づき、クスリと笑う。
「何だ、お前始めてなのか?こういうの」
「……え?」
そこでようやく瑶は男を見た。どうやら、この男には少女が誰に向かって話しているのかわかるらしい。
瑶は失礼とわかりながらも少女を指さす。店の名前や友達から聞いた情報から薄々感づいてはいるが、それでも確認したかった。
少女を指す指は驚きのあまりか微かに震えている。
「あ、あの…あの子…だ、誰と話して――」
「――霊と話している」
「れ、霊?!」
「俺は、霊を無意識に引き寄せる体質らしくてな。体が重くなったら、よくここで祓ってもらってるんだよ」
「……」
「信じられないだろ?」
男がニヤリと笑い、カウンターの隅に置いているおかわり用の水をコップに汲むと一気に飲み干した。
ゴクゴク…と、男の喉が鳴る。余程、喉が乾いていたらしい。
喉が潤うと、男は再びニヤリと笑みを浮かべた。
「因みにアイツはな、あぁ見えて25歳だ」
「は?!25歳?!」
「ここに来る初めての客はよく間違えるんだが、やっぱ、お前も間違えてたか。あはははっ!」
「か、彼女が…25歳……」
瑶は少女の方を向き、これまた失礼とわかりながらもガン見する。やはり、どこからどう見ても何回見ても25歳には到底思えない。普通に10代にか見えなかった。
あまりの衝撃の事実に口があんぐりと開く瑶。すると、少女――いや、正確には《《女性》》は男の方を見た。
「神崎さん、残念ですね。この方を見た人はいません」
スーツ姿の男は神崎という名前らしい。妙にしっくりくる苗字に瑶は内心頷く。
女性は写真を神崎に返すと、その瞬間、たまたまその写真が瑶にも見えてしまった。瑶は、見えた写真に目を見開き、徐に立ち上がった。
「ゆ、祐希?!」
「「え…?」」
女性と神崎は、無意識に言葉が重なる。そして、互いの顔を見合わせると二人同時に瑶の方を見た。




